By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
千代之台から電車で1時間ほどの場所に、海ヶ崎という街がある。
昼は仕事に行き交う人や学生で溢れているが、夜になると街は姿を変える。若者たちが秩序なく集まり、夜通し騒ぎ回ってるというのが、この海ヶ崎の真の姿だった。言ってしまえば、治安はあまりよくない。
さて、海ヶ崎は文字通り海沿いの街である。中心部から少し歩いて行くと、やがて港に辿り着く。
辺りは暗い。既に終電もとうになくなっていた。
夜の港は霧に覆われ、遠くに見える工場の明かりと、立ち上っている煙が微かに目に映った。
この港こそ、若者たちの第二の聖地と言えた。音楽プレイヤーを地面に置きながら、彼らは自由気ままに踊り、歌う。遠くから聞こえてくる霧笛の音も、声によって遮られてしまっている。
その夜、森燃イオナはこの港にいた。本来ならば縁のない場所ではあるが、運命がそうさせていた。
だが彼の表情に覇気は見えない。自由を謳歌する若者たちの中で唯一、彼だけが絶望した様子だった。
そのイオナの正面には、1人の女性が立っている。彼女はやや大きめのパーカーを羽織り、帽子を深めに被り、首からはいわゆるブリンブリンと呼ばれる金色のネックレスをしていた。
やがて彼女は大きな溜め息を吐くと、蔑むような目をしたまま口を開いた。
「本当に、弱いですねぇ」
当然、その言葉はイオナに向けられていた。
「ダサい、情けない、青二才。男らしさの欠片もない」
……別に、そう言われること自体は構わない。
実際に「弱い」とか「運だけ」とか「引きだけ」とか言ってくる奴は、過去にもいた。無論、怒りが湧かないわけではない。ただ結果として、そういう奴らといざ大会で対戦した時は、完膚なきまでにボコボコにしてきた。それで充分なのだ。
だが、今回は事情が違った。
「……嘘、だよな?」
「何がです?」
イオナはその絶望した表情のまま、なんとか言葉を絞り出した。対して彼女は、嗤っている。
事情が違うというのは、ボコボコにする機会がないとか、そういう問題ではない。
何故ならば――
「……嘘だよな、マナ? 君もまた――」
その言葉を発しているのが、目の前で嘲笑している女性が、紛れもなくマナだったからだ。
†
時間は、少し遡る。
イオナが目を覚ましたのは、とある駅の構内だった。電車の中なら寝落ちもわかるが、構内で寝落ちすることはないだろう。まして、直前に電車に乗っていた記憶もない。
イオナが顔を上げると、何やらいつもの駅とは景色が違った。とりあえず、ここが何駅なのかわかりそうなものを探して、構内を歩いていく。とはいえ、なかなか見つからなかった。結局駅を出て、出入り口の看板を確認する。
「海ヶ崎……?」
知らない土地ではなかった。イオナの最寄り駅である千代之台から、電車で約1時間ほどのところにある街である。街自体は大きく、便利なカードショップもある。大会も行われているので、イオナも何度が来たことがあった。
だが直前の記憶を辿っても、自分が海ヶ崎に向かったという覚えはない。
こうなるともう、答えは一つしかない。
つまり、また異世界にやってきてしまった、ということになる。
「あー、このパターンか……」
イオナはひとまず駅前の広場に出た。周辺は随分と暗く、行き交う人も少なかった。それもそのはずで、広場の時計を見ると既に0時を越えてしまっていた。
慌てて終電を調べてみると、千代之台に帰る電車はとっくになくなっている。
「うわ、最悪……」
面倒な話である。帰れない以上は時間を潰すか、外泊するしかない。
しかし本当に間の悪い話だが、外泊するだけのお金はイオナの財布には入ってなかった。というのも、ちょうどレジェンドスーパーデッキを買ったばかりだったからだ。
一応正確に言えば、カラオケなりネットカフェなりで一泊なんとか過ごすことができる金額はあるが、そうなると明日帰る電車賃がない。
学生ということもあるが、あまりお金を持っているわけではないし、お金を持ち歩くという習慣もなかった。財布の中には大抵、電車賃と大会参加費くらいしか入っていない。
マナから何回か「イオナさん、あまりお金に頓着なさそうですけど、財布に最低限のお金を持っておくことは大事ですよ? デッキに入ってる《天災 デドダム》くらい大事ですからね?」という忠告をもらっていたが、思い返すと滲みる。
となると、今夜はお金を使わずに徹夜で始発まで時間を潰さなきゃいけない。その昔、証明写真機の中で一夜を過ごした人の噂を聞いたこともあるが、季節は冬。死んでしまう。
歩いて帰れるかも一応調べてみたが、7時間半かかるらしい。これもこれで、死んでしまう。
つまり結果的に、マナにプレミを叱られたという格好だ。
「……とりあえず、散歩でもするか」
あてもないので、イオナは海ヶ崎の街を歩いていった。
街のところどころから、若者たちの歓声や聞き慣れない音楽が聞こえてきた。この街の治安がお世辞にもよくないのは、イオナも知識としては持っていた。
やがてしばらく歩いていくと、港の方へと出てきた。
夜の港は、なんとも言えない風情があって好きだった。海ヶ崎は工場地帯ということもあり、夜の港から見える工場の明かりはよく映える。今日は霧がかかっているために綺麗には見えないが、その代わりだろうか、何処からともなく霧笛も聞こえてきた。港の何処かに、船がやってきたのだろう。
「やっぱり、港の夜景はいいな……」
海に向かって歩きながら、船止めへと腰を降ろす。気温はまぁ冷えるが、このまま朝まで過ごすのも悪くはないかもしれない。
が、ノスタルジックを味わえそうな雰囲気を壊すような声がイオナの耳にも届いていた。どうやら、ここでも若者たちが騒いでいるようだった。
「うーん、うるさいな。場所を変えるか」
イオナが辺りを見渡すと、確かに若者の集団があった。どうやら彼らは何か歌っているようで、音楽も流れていた。おそらく、彼らはこの街に住んでいるのだろう。まさか自分と同じで電車を無くしたわけではあるまい。
場所が悪かったか、とイオナは顔を背けて立ち去ろうとした。
しかし、どういうわけだろう。彼らの中に、どうも聞き覚えのある声音があった。3~4人ほどの会話の中に、その声は1つ混ざっていた。
「いや、まさかな……」
絶対に、そこには縁がないはずの人物なのだが。だが聞き間違えるわけもない。
恐る恐る、イオナは近づいていく。気のせいなら、それでいい。
だが彼らの姿をハッキリを認識できる距離まで近づくと、疑惑は確信に変わってしまった。
「え、マナ……?」
大地マナの姿が、はっきりと視覚に捉えてられてしまったのだ。
†
いや、ありえないのだ。少なくとも、イオナの認識の中では。
普段お嬢様然とした格好をしているマナが、大きめのパーカーを着ているのはまだいいとして。首から派手な金のネックレスを付けているのも、まぁいいとして。髪にメッシュが入ってるのも、別にいいとして。
「マナ……?」
「ん、あれ? イオナさんじゃないですかぁ。こんなところで、どうしたんですかぁ?」
他人の空似の線も考えたが、本人であることも確定してしまった。
そのマナだが、ビールの缶を地べたに置きながら、胡座をかいて友人と喋っていた。
「…………」
イオナは言葉につまった。
こんなマナを見たくはなかった。
ビールを呑んでるのは二十歳になってるし問題ないが、流石に地べたに胡座は違うだろう。
マナは、そんなことしない。
彼女は大浦のそれなりにいいところのお嬢様っぽい出自らしいが、別に「良家のお嬢様」というほどではない。快活で、まぁまぁやんちゃなこともする人だし、ファミレスのハンバーグにはアホみたいな量のケチャップ・マヨネーズ・タバスコをかけたりもする。
でも所作というか、そういう点にやっぱり育ちは出るもので、マナはそういうところに関してはしっかりしているのだ。それが、地べたは、ちょっと、流石に……。別に誰がやっていても気にしないが、マナがやっていると衝撃が大きい。
だからつまり、なんと言えばいいんだろうか。このマナは“解釈違い”ということになる。
服装や格好だけみれば「いや、これはこれで……」とも思えるのだが、イオナとしてはちょっと心穏やかではない。
いや、自分でも相当質の悪い拗らせ方をしているという自覚はある。でもやっぱり、そうであっていけないものは、そうであってはいけないのだ。いくらマナとはいえ、マナがマナでないのは無理だ。
そしてその動揺は、顔にも出てしまったらしい。
「イオナさぁん、何か言いたそうだけど。どうしたんですかぁ?」
「……マナ、向こうで話そう?」
そう言って、イオナはマナをグループから引き剥がした。手を掴んで、港の西にある広場の方へと連れていく。
「イオナさんにしては珍しく強気ですねぇ、どうしちゃったんですか?」
「いや、『どうしちゃった』はそっちの台詞だけど」
「えー、もしかして怒っちゃったりしてます? これから説教ですかぁ?」
「…………」
マナはずっと挑発的な喋り方をしている。一体誰が、誰がマナをグレさせてしまったんだ。マナはもっと素直でいい子で……アングラな世界よりも、夏の向日葵畑の中を駆けている方が似合うはずなのだ。
グレてしまったマナを正気に戻す方法……何か……もしあるとしたら……。
そうだ、デュエマだ。デュエマをするしかない。
「マナ、一旦落ち着いて」
「私は落ち着いてますよぉ? 慌ててるのは、イオナさんだけです」
マナは片手に持っていたビールを煽っている。
「あー……うまっ」
「マナ?」
「イオナさぁん、今から飲みに行きませんかぁ?」
「マナ、そろそろ目を覚ましてくれ。ほら、デュエマしよう」
「え~~~、イオナさんとデュエマですかぁ?」
マナはヘラヘラと笑っていた。
「面白くないですよぉ。だってイオナさん弱いんですもん」
「弱い……?」
マナの口から出た言葉が、信じられなかった。
「はい、とっても。まぁ、どうしてもって言うならやってあげますけど」
そう言って、マナはスマホで音楽を鳴らし始めた。
刻まれていたのは、何処かで聞いたことがあるようなラップのリズムだった。
「じゃあイオナさん、とりあえず8小節2本からでいいですよねぇ?」
「待って、待って、何の話?」
なんか絶対デュエマとは関係のない単語が飛び出してきた。
「え、だってイオナさんから言ってきたじゃないですか。あ、ハンデで後攻はあげちゃいますよ」
「えっと……?」
「イオナさん、デュエマって言ったら『アルティメット・デュエマラップ・バトル』しかないですよぉ」
・デュエマラップ(通称:デュエラップ)でフリースタイルバトル!
「じゃあ、さっさと始めましょう、イオナさぁん」
マナはカード束から1枚引いた。そこにあったのは《龍素記号wD サイクルペディア》だった。二度ほど頷いたあと、音楽を再スタートさせた。
Yo 龍素記号wD サイクルペディア 呪文を連打リスクはなしだ
まさにデッキのメシア あまりに強いぜジャストダイバー
デドダムからペディアで繋がるエリア 対応できるか? ルピコはマリア
青黒緑の最終ステージだ ハンデス・ランデス駆使してrun down!
マナからターンが渡された。
だが、即興のラップなどやったこともない。どうにもならない。何もできない。
いつもならニコニコ笑って「じゃあ、私の勝ちですね!」と誇らしそうにするマナだったが、今日はかなり様子が違った。
「はぁ……興ざめですねぇ」
マナは随分と萎えた表情をしていた。
「やっぱりイオナさんとデュエマしても、全然面白くないですよぉ」
「…………」
マナとの一番の繋がりは、デュエマに他ならない。それがいま、マナ自身の手で断ち切られてしまったような、そんな気がした。
楽しいデュエマを提供できない自分に、何の価値があるんだ?
そして、マナ。君もなのか?
君もやっぱり、僕の元からいなくなってしまうのか?
ダメだ、感情の整理ができない。
「本当に、弱いんですねぇ」
マナの言葉は、耳には入っている。だが、頭には入らなかった。
そしてそこから先のことは、何も覚えていない。
(アルティメット・デュエマラップ・バトル 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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