By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
ふと気が付くと……という言葉は、もう何度目かもわからないが。
ともかく、森燃イオナは目を覚ました。
辺りを見ると、カードショップでもなければ自宅でもないし。だが、それなりに見覚えのある場所だった。
そう、大学である。
街の中心部からは少し離れた、自然と共生しているキャンパスだ。構内には池もあるし、木々は生い茂っているし、生物科が管理している植物園すらあったりする。
ちなみにイオナが目を覚ましたのは、植物園の近くにあるベンチであった。少しぼんやりとした頭を二、三度左右に振りながら、季節柄咲いている向日葵を眺めつつイオナは辺りを散歩する。
だが、その道中のことである。
それは構内の奥にある、自生した芝生広場でのことだった。
イオナの視界の片隅に、何か妙なものが映った……ような気がした。
もっとも――妙なものと一言で表すには、明らかに言葉が足りない。
そもそもシルエットからして何かおかしかったのだ。ヒューマノイドというよりは、たぶんマーフォークとかそっちの類いに見えたような気がした。
恐る恐る、イオナは視線を動かす。
やはり見間違いではなかった。何かがそこにいた。
ただどうやら、マーフォークではなかったようだ。さすがに半魚人がいたら怖かった。
……もっともシルエットがマーフォークに見える奴が、まともなはずもない。
それは例えば頭から頭巾を被っているとか。
それが例えば腰に刀を下げているとか。
それが例えばこのクソ暑い中で袴を着ているとか。
いやいやいや、流石に、そんなどこを切り取っても怪しいと一発でわかるような男が。大学構内をふらついてるなんて。いや、でも構内の自主映画を撮影しているとか、そういう線もあるかもしれない。
「念のため、ね……?」
もう一度だけ、一瞬だけ芝生広場に脚を踏み入れていく。
……やはり、そこにはいたのだ。
「大自然の恵み! ありがとおおおおおおお!」
そう叫びながら、芝生の上を転がっていた。映画撮影の線も消えてしまった。
彼は何故か頭から頭巾を被り。
彼は何故か腰には刀を下げ。
彼は何故かこのクッッッッソ暑い中で袴を着ていた。
あと彼は何故か、ハンバーガーショップの袋を傍らに置いていた。いや、世界観どうなっているんだ?
イオナは一度、深呼吸をした。あくまで、可能な限り、冷静に考える。
「まだきっと寝ぼけてるんだろうな……」
イオナは自分にそう言い聞かす。外は暑い。もしかしたら、軽い熱中症になっているのかもしれない。確かに、熱があるときって謎の幻覚を見ることがある。きっと、水分も不足している。購買でスポーツドリンクでも買って、涼しい部屋に入ろう。
「大自然の恵み、うおおおおおおおおおおお!」
ヤバい、なんか叫んでる。
でもこういうのは決して振り返ってはいけない。
ギリシャ神話でも日本神話でも「決して振り返ってはいけません」的な話はあるけども、これはそういうものではない。あれは一応、愛する妻を死の国から連れて帰るみたいな話だけど、これはなんというか、振り返ったらそのまま自分自身が闇というか、ミラクルとミステリーの世界に吸い込まれていきそうな気がしてきてならないのだ。
単純に関わらない方がいい。万が一にも、知り合いになってしまってはならない。決して、絶対に。
「……戻るか、教室に」
何も見ていない。絶対に、何も見ていない。
イオナはそう自分に言い聞かせて、大学の建物内へと向かっていった。
†
「なんでカードショップにアイツがいるんだよ!」
思わず、叫んでしまった。
そう、いたのだ。昼間に大学構内で叫んでいた、あの変な格好のアイツ。
「イオナさん、突然大きな声出さないでくださいよ」
マナに常識的な窘められ方をしたが、これくらいは許して欲しい。
時刻は夕方。イオナは大学の講義を終えて、カードショップに顔を出していた。
この日はショップで大会があるというわけではなく、「相談したいこともあるので、一緒に遊びませんか?」とマナに誘われていたのだ。
しかし、どういうわけだろう。何か変なものも、そのショップ内にはいたのである。
「なんでここにもいるんだよ……」
昼間の幻覚を、まさかここでも見ることになるとは思わなかった。
いや、今回は確実に幻覚ではない。この目で確かに、寝起きでもなく、ハッキリと、見えてしまっている。
頭巾を被り、腰に刀を下げ、クッソ暑い中で袴を着ている謎の侍男が。
あと何故か、まだハンバーガーショップの袋を手に持っている。あれ昼ご飯じゃなかったのかよ。
ちなみにマナは、アレを何故か普通に受け入れていた。
「ねぇ、マナ。あの人って一体……」
人なのかすらも確証がないが、極力小さくアレの方向を指差した。
するとマナは何やら怪訝そうな顔をしながら、小さく返してくれた。
「え、イオナさん。ハンバーガー侍さんのこと知らないんですか……?」
「はんばーがーざむらいさん……?」
思ったよりド直球な名前だった。
実際、ハンバーガーを持った侍に他ならないが。
「ハンバーガー侍さん、普通に有名な方なんで。まさか知らない人がいるとは思いませんでした」
「まぁ……」
確かにこんな格好なら、すぐ有名にもなりそうである。
だがマナは、相変わらず怪訝そうな顔をしていた。
「イオナさん、DMPランキングって開けます?」
スマホを取り出し、おもむろにDMPランキングページを開く。
すると、確かに上の方に「ハンバーガー侍」の名前があった。
ちなみに7位だった。
「え、滅茶苦茶強いじゃん……」
「そうですよ。だから有名なんですよ」
そうなんだ……。
「あの人って、いつもあんな格好で、いつもハンバーガー持ってるの?」
「そうですよ。だってハンバーガー侍さんですよ? なんか変ですかね?」
「いや、変だろ。流石に」
マナは「変わった人だなぁ」みたいな目でこちらを見ていた。いや、変わっているのはどう考えても後ろで立ってるアレの方だろ。
だがイオナはふと、冷静になる。
でもきっと、恐らく、このショップでは日常的な光景なんだろう。たいていどこのショップにも、変わった人の1人や2人や10人くらいはいるものだ。ハンバーガー侍さんも、そのうちの1人なんだろう。うん、そうに違いない。そうであってくれ。
ただ問題はもう1つある。イオナがアレと会ったのは、大学の構内だったのだ。
でもあれと同じ大学というのは割と嫌だが……。
「で、イオナさんのターンですよ」
「え? あ、ごめん」
目の前の好奇な光景に目を奪われて、マナとのデュエマ中であったことをすっかり忘れていた。
イオナはカードをドローする。
ところがふと盤面を見ると、既にマナの側には、7枚近くのマナが置かれていた。
……あれ、まだ2ターン目終わったところとかじゃなかったっけ?
「なんかマナゾーンのカード多くない?」
「そうですか? まぁ確かにちょっと上振れはしましたけど」
いや、ちょっと上振れとかそういう話じゃなくないか? なんかマナの盤面には《天災 デドダム》が2体いるし。《愛恋妖精ミルメル》を使ってもこうはならないはずだが。
そんなことを言ってはみたものの、逆にマナが不思議そうな顔をしている。
うーん、やっぱり今日は自分の方がおかしいのか?
「もしかしてイオナさん、1ターンに1枚しかチャージしてない感じですか?」
「……?」
いや、当たり前のことでは?
「ええ……イオナさんしっかりしてくださいよ……」
マナは、こちらの山札の1枚目を手に取って、それをマナに置いた。
「イオナさん、『ターボ・デュエマ』のルール、忘れたんですか?」
・各ターンの開始時に、自分の山札の上から1枚目を表向きにし、手札に加える。その後、表向きにしたカードをマナゾーンに置く。後攻のプレイヤーは最初の1ターン目だけ、自分の山札の上から1枚目を表向きにする時、かわりに1枚目と2枚目を表向きで手札に加え、それらをマナゾーンに置く。
なるほど。
すごく噛み砕くと、《魂の大番長「四つ牙」》が常時バトルゾーンにいる、みたいな感じだろうか。
「……つまり先攻は、開幕で《フェアリー・ライフ》を撃てるってこと?」
「そうです。後攻であれば最大3マナ使えますね」
「そういうことか……」
例えば先攻の1ターン目にブーストをすると、次のターンには5マナ使えることになる。
マナは《フェアリー・Re:ライフ》から入ったあとに2ターン目でどうやら《天災 デドダム》→《天災 デドダム》と動いたらしく、それなら「上振れました」というのは確かに納得できる感覚である。
対して、自分のマナゾーンを見る。
「で? イオナさんいま何マナあるんですか?」
……数えるまでもない。
「はぁ……私は次のターンには《地封龍 ギャイア》出しちゃうけどなぁ」
マナは手札の《地封龍 ギャイア》をわざとらしくチラリと見せてきた。
出しちゃうけどなぁ、と言われたところで、できることは何もない。そして3ターン目に出てきた《地封龍 ギャイア》に対してできることも、何もない。
結局この試合、マナの思うがままにボコボコにされて終わった。
†
大会後、イオナとマナはハンバーガーショップにいた。
マナといつも行ってるファミレスは何らかのイベントキャンペーン中だったらしく、客はまさかの超満員。それで代わりに少し離れたこの店にやってきた、という次第である。
「それで、『ターボ・デュエマ』のことなんですけども」
マナはポテトを一つ摘むと、ナゲット用のバーベキューソースに浸して口へと運ぶ。
ちなみにナゲットを頼んだのはイオナである。将来的に味のないナゲットを食べることになりそうなイオナだが、ひとまずマナの話に耳を傾けていた。
「一つ、相談なんですけど」
そういえば元々、相談があると言われて呼ばれていた。
「今度、『ターボ・デュエマ』のイベントがあるんですよ」
「イベント?」
「そうです」
簡単に言えば、プレイヤーを集めて総当たりで戦わせるという、配信系のイベントらしい。
「それで、私もその選手に選ばれたんですが」
「え? 凄いじゃん」
「うーん……」
あまり、浮かなそうな様子だった。正直、マナにしては珍しい話だ。
「どうしたの?」
「いえ、その中ではハンバーガー侍さんとも戦うことになってるわけなんですけども……」
よりによって、アレもいるのかよ。
「でもデッキが……」
「使ってたデッキがダメなの?」
「うーん……」
そう言ってマナは、「ターボ・デュエマ」のおおよその環境の話を始めた。
「いまの『ターボ・デュエマ』って、大きく2つの派閥があるんですよ」
「派閥? 『ターボ・デュエマ』で?」
「そうです」
まぁ細かく言えば他にも色々ありますけども、とマナは付け加える。
「1つは『いち早くランプできるんだから、ブーストと大型フィニッシャーでゲームを決めちゃおう』という派閥です」
「要するにランプデッキ派閥ってこと?」
「そうですね。ちなみに私は完全にこっち派です。実際、最強だと思っています」
だから先ほどもブーストするデッキを使っていたのだろう。
そういえば、本人から以前、聞いたことがある。マナはランプデッキの聖地である西のとある地方の出身だと。であれば、こういったルールでランプデッキを選ぶのも納得のいく話だ。
「で、もう1つがコントロール派閥です。簡単に言えば、ハンデスコントロールですね」
「へぇ……」
ぱっと考えると、放っておいてもマナが伸びて勝ちに近づけるランプ側が有利そうに見える。だがマナの表情を見ると、どうもそういう簡単な話ではないようだった。
と、ちょうどその時である。
「お困りのようだね、少年少女」
「うげ」
「……ハンバーガー侍さん?」
なんか来た。例のアレが。
たぶん、ハンバーガーを買ってこれから帰るところなのだろう。ハンバーガーの袋を手に下げているが、珍しく違和感がない。
ちなみに他の格好は昼間の通りなので、滅茶苦茶浮いているが、周囲の人は一切気にしている様子がなかった。
「悩める少年少女よ。せっかくだし、ハンバーガー侍クイズに答えてみないか?」
「ハンバーガー侍クイズ……?」
「第1問!」
特にこっちの反応は見ていなさそうである。
「ハンバーガーは美味しいだけではなくて経済指標として使われることありますが、それはずばり何でしょう?」
「知ってますよ。ビックバーガー指標のことですよね?」
マナが即答した。
ちなみに、ビックバーガー指標とは、世界各国のビックバーガーの値段によって、その国の経済状況がわかる……というものだったような記憶がある。
「正解! やるじゃないか。では続けて第2問! 『ターボ・デュエマ』におけるランプ派とコントロール派、強いのはどっち?」
「…………」
たぶん、これが本題なのだろう。
「……ランプの方が強い、です」
「残念、外れだな」
ハンバーガー侍は、やたらいい笑顔をしていた。
「このゲームはコントロール派こそが最強なのだよ、少女」
「私はランプの方が強いと思っていますけど」
「ふーん……」
マナの表情を見ると、まだ少し迷いがあるようだった。
何か、思うところがあるのだろうか。
「まぁいいだろう。もうすぐ決着はつくんだ。楽しみにしているよ、少年少女……いや、イオナくん、マナくん!」
普通に恥ずかしいからやめて欲しいくらいの大声だった。いつの間にか、名前もバレてるし。
そう言って、高笑いをしながら店の外へと出て行った。
「なんなんだアイツは……」
結局、マナとの相談事項はうやむやのまま今日は解散になった。
(ターボ・デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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