『ドラえもん』の大長編劇場版シリーズ39作目『映画ドラえもん のび太の月面探査記』が3月1日(金)本日公開!
第15回本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』、ひみつ道具を各章のタイトルにした『凍りのくじら』などで知られる人気作家・辻村深月先生が脚本を担当し、ドラえもんたちの新たな冒険を描いた作品だ。
映画公開にあたって、コロコロオンラインでは脚本の辻村深月先生と、藤子・F・不二雄先生の最後の弟子・むぎわらしんたろう先生の豪華過ぎる対談記事を3日間連続掲載!!
第1回は、おふたりの出会いと辻村先生が脚本執筆を決めたエピソードが語られる!
なお、作品の紹介はコチラの記事をチェック!
<対談者プロフィール>
辻村深月 先生
1980年生まれ。千葉大学教育学部卒。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞を受賞。12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞第1位となる。著書に、章タイトルをすべて『ドラえもん』のひみつ道具にした『凍りのくじら』などがある。むぎわらしんたろう 先生
1968年、東京都生まれ。『秋風の贈り物』で第14回小学館新人コミック大賞児童部門藤子不二雄賞受賞。1988年、藤子プロ入社。代表作に『ドラベース ドラえもん超野球外伝』『新ドラベース』『野球の星 メットマン』『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』などがある。
ドラえもんが繋いだふたりの出会い
――おふたりが最初に出会ったのはいつですか?
辻村:8年ほど前ですね。私が『凍りのくじら』という、章タイトルをすべてドラえもんのひみつ道具にした小説を書いたことがキッカケで、藤子プロさんに取材に行かせていただいたんです。そのご縁でむぎわら先生の仕事場にもお邪魔しました。
むぎわら:その日のことはしっかりと覚えています。もともと辻村先生のお名前は存じていましたが、持って来て頂いた『凍りのくじら』の目次を見て「全部ひみつ道具のタイトルじゃないか」と驚きました。かなりのドラえもんマニアな方が来たなと(笑)。
辻村:その際、お仕事場を見せて頂いたんです。むぎわら先生は野球まんがを連載されていたこともあって、たくさんの野球の資料が置いてありました。児童まんがを描くからこそ、しっかりとした本物かつ最新の知識が必要で、それを自分の作品に落とし込んでいく。むぎわら先生は、やはり、様々な学説にこだわられて描いていたという藤子・F・不二雄先生(以下、藤子先生)の元にいた方なんだなと思い、感動しました。
むぎわら:それから交流する機会が増えましたね。
辻村:はい。私が『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞したときは、ドラえもんが私の本を持って、のび太たちと一緒にお祝いしてくれている絵をプレゼントして頂きました。すごく嬉しかったです。
むぎわら:ドラえもんを大好きな方が直木賞を取ったことが本当に嬉しくて。これはなにか描いてあげたいと思い、ドラえもんたち5人がお祝いしている絵を贈りました。一方的に送りつけてしまって、すみません!
辻村:いえいえ、とんでもない。ドラえもんたち5人にも祝福してもらえたような気がして、私の大切な宝物なんです。
――辻村先生は、6年ほど前に映画ドラえもんの脚本を依頼されたことがあり、その時はお断りしたとお聞きしました。
辻村:自分がドラえもんのセリフを書くなんて想像したこともなく、自分が書くのはあまりにもおこがましいと思ったのと、そしてお仕事として関わることできっとドラえもんをただ好きなだけではいられなくなってしまう場面も出てくるだろうと思ったので、一度お断りしました。今回、再び脚本執筆の依頼があり、悩んでいたときにむぎわら先生から『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』当時のお話を聞く機会があったんです。
むぎわら:『ねじ巻き都市冒険記』のまんが連載中に藤子先生が亡くなられて、僕は連載第3回から執筆を引き継ぎました。最初は辻村先生と同じく「自分が(ドラえもんを)描いて良いのか」と悩みましたね。だけど、”僕が『ドラえもん』を描く”というよりも、藤子先生のそばでお手伝いしてきた時のように、『ドラえもん』を描くときは”先生のお手伝いを続けている”と思うようにしたんです。
辻村:そのお話を聞いて、初めて”大長編ドラえもんは毎年あるのが当たり前じゃないんだ”と思ったんです。むぎわら先生を含め、子どもたちに楽しんでほしいという思いで一年一年、「今年もどうにか」という思いで繋いできた歴史なんだと。みんなが大事に繋げてきたバトンを持って、次の年へ向けて走ることの大切さ。それを知り、自分がお手伝いする年があってもいいのかもしれないと気持ちが変わって、今回の脚本をお受けする覚悟ができました。
▲むぎわら先生のまんが『ドラえもん物語』。『大長編ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』の連載中に亡くなられた藤子・F・不二雄先生の遺志を継ぎ、むぎわら先生がまんがを執筆したエピソードが描かれている。
むぎわら:ドラえもん、のび太、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫は、毎回楽しい冒険をしています。ぜひ辻村さんには、新しい場所で5人を楽しませてあげてほしいと伝えたかったんです。ちゃんとバトンを繋げてくれて、嬉しいです。
脚本執筆の難しさとは
――初の映画脚本執筆ですが、いかがでしたか?
辻村:小説を書けるからといって脚本も書けるというわけではないんです。ほかの職業の領域にお邪魔するんだという気持ちを持って飛び込みました。小説はいくらでも登場人物の心情やモノローグが書けます。しかし、脚本は尺が決まっていて、テンポの良さが問われるので、そのなかでどう世界観を表現するか、最初は戸惑いました。
むぎわら:明確に上映時間が決まっているからこそ、どのように場面を転換していくか考えるのが難しかったと思います。
辻村:その通りです。ですが、そんな私を助けてくれたのがキャラクターたちだったんです。例えば、のび太が出てくると場面が急に明るくなる感じが、脚本からでも分かる。この場面だったら、きっとのび太ならこう言う、ドラえもんならこうするという、自分の中にあったキャラクターが動き出してくれたんです。藤子先生ならどうするか、はあまりに恐れ多くて絶対に考えられないけれど、のび太ならこうする、という方だったらわかる。藤子先生が作られた世界観の厚みと凄さを感じました。
むぎわら:辻村さんの脚本は、この場面ならこういう絵になるだろうと情景が浮かびやすい文章だなと思いました。八鍬監督も絵にしやすかったと思います。
辻村:ありがとうございます! でも、じつはスタッフさんから「むぎわら先生が(脚本を)読まれた」と聞いたとき、恐れ多くて「感想は聞きたくない!」と思っていました。
むぎわら:いやいや、とても良かったですよ。
辻村:その言葉に救われます……。
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――実際に脚本に挑戦してみて、面白かった部分は?
辻村:自分が書いた脚本に合わせた絵ができ上がっていくことに感動しました。「のび太が転んだ」と書くと、画面の中で本当に転ぶ。当たり前のことですが、絵や動画として実際に見るとすごく楽して、これを実現してくれたスタッフの皆さんに感謝を覚えました。
むぎわら:自分の想像しているものとは違う、ということはありましたか?
辻村:口調などの細かい部分の調整はしましたが、大きく違うことはありませんでした。違っていたとしても、「あ、このシーンを最大限良く見せるためにこうしてくれたんだな」と、絵コンテから監督の意図がちゃんと伝わりました。
まだまだ続くSP対談! 次回は映画を観てから読むと、さらに面白くなる内容が……!? 乞うご期待!!