By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
また、夢を見ていた。
そこはやはりどこかもわからない店の中で、目の前に座っていたのはやはりマナで。
そしてどういうわけか、また妙な話だった。彼女はマナではあったけども、マナではないような気がしていた。容姿はどこからどうみてもマナなのだが、やはり別人だという、確信めいたものがあった。
「それで、君は誰なんだ?」
イオナは再びそう問うた。すると彼女は、今度は観念したような表情をした。
「やはりバレますか」
「……そりゃあ」
だいぶ長いこと一緒にいるし、ねぇ?
「一応ですが」
お話するのは三度目か四度目だったかな? と、彼女は言う。
もちろん、イオナには心当たりがない。だが確かに、初めて話したという感じでもなかった。
「いつも”あの子“と仲良くしてくれて、ありがとうございます」
「あの子」と「わたし」が二重に聞こえた。それは夢だから、だろうか。
いや、だが以前にもどこかでこんなことは……。
「で、君はマナではないんだな?」
「あー、私とあの子はまぁ、同一人物だけど違うといいますか。まぁ、一旦はもう一人の大地マナだと思っていただければよいです」
もう1人の、マナ?
「……それはつまり、マナは多重人格ってこと?」
すると彼女は、少し難しそうな顔した。
どうやら、そういうことではないらしい。
「うーん……? まぁ、そう捉えるのがわかりやすいというならそれでも別に構わないですが……。ただ私の方が上位の存在なので、正確にはちょっと違いますね。あとどちらかと言えば、私も勝手に憑依しているだけ、とも言えます」
何か次々と未知の概念を押しつけられている気がする。
上位? 憑依? 何の話をしているんだ?
「何もわからないんだけど、なんでそんなことになってるの?」
「あー、やっぱり気になります?」
そりゃそうだろ。
「これは一応ちゃんと目的があります。私が監視役だからですよ」
「監視役って、何の?」
「そんなの、デュエマの監視に決まってるじゃないですか」
「デュエマの監視……?」
また言ってることが、よくわからない。少なくとも決まってはないと思う。
「まぁ簡単に言えば、“その世界”でちゃんとデュエマが機能しているか、ということを監視するのが、私の主な役割です」
「…………」
なんか壮大な話になってきた。
「いや、まぁ、なんていえばいいんでしょうか。例えばデュエマをやるときにイオナさんはプレイヤー的な目線からの話を考えると思いますが、もう一段上の段階から考えるとどうなります?」
「つまり運営的な視点ってこと?」
「あ、そうです。それをもっと大きな規模で……複数の世界に渡ってやっていると思っていただければOKです」
OKです、ではないんだよな。
雑っぽくまとめるあたりは、妙にマナに似ていた。
「もっと具体的に教えてあげましょうか? イオナさんがよく知っているだろう、ロジカル・デュエマの世界、コスト1デュエマの世界、いまいるディスペクター・デュエマの世界。そういった異なる世界において、それぞれのデュエマがちゃんと機能しているか。それを監視するのが、私なんです」
「あー……」
「明らかに監視をサボってた世界もあっただろ」とも思ったが、それはさておき。
恐ろしいことに、彼女の言わんとするニュアンスが少し理解できてしまった。これは自分が悲しいことに異世界転生を繰り返しているからで、他の人は突然「異なる世界」と言われても何もわからないだろう。
そして彼女が先に自分が上位の存在だ、と言った意味が少しわかった気がした。言うならば、彼女はデュエマでいうところのミロクやウィズダムといったスターノイドのようなもの、ということになるだろうか。世界を監視する、というならミスティだろうか。
「なるほど、色んな異世界のデュエマを監視するのが役目、と」
「そうです。私はそれぞれの世界にいるあの子に憑依して、そこで見聞きした情報を元にそれを精査している、というわけですね。そして逆もまた然り、です」
「逆?」
「そうです」
彼女は話を続ける。
「あの子も、私によって得た異なる世界での記憶を、無意識的に全て持っています」
「……どういうこと?」
「イオナさんも実感したことあると思いますよ? 例えば、イオナさんはあの子以外の人と話していても、妙に話や記憶が合わなかった、なんて経験があったはずです。でもそれって当たり前なんですよね。だって直前にイオナさんがいた世界の話を、他の人が知るわけないんですから」
「…………」
これは実感したことがある。この前もそうだったが、高森麗子とクライマックス・デュエマに関する話が妙に噛み合わないことがあった。これはつまり、麗子は転生した先の世界に最初から住んでいる人間だからであり、クライマックス・デュエマを知っていることは当たり前なのだ。
あの時は結局マナの助け船で、何かうまく誤魔化せた。
……しかし、そうなるとまたおかしな話にはなる。
転生した先で出会ったマナも本来、麗子と同じ反応をしていいはずなのだ。だがマナはそうではなかった。
それは何故か。まさにいま、説明してくれたことなのだ。
マナが異なる世界のイオナとの記憶を無意識的に有していたからだ。
「そうなんですよ」
彼女は笑いながら言った。
「あの子とは、ずっと話が合った。何故かといえば、それは私がいるからです。そのお陰で、あの子は”どこの世界でも”イオナさんとの全てのこと覚えているんですよ」
もっと言えば、色々な些事もあるんですけどね、と彼女は付け加えた。
なるほど、マナについてはわかった。
しかしまだわからない問題がいくつもある。
例えば彼女の話によれば、異なる世界にそれぞれのマナがいるようだが、だとしたら自分も、つまり森燃イオナもその世界に存在していておかしくない。しかし、イオナはイオナと出会ったことはなかった。その世界に自分が辿り着いた瞬間、「その世界に元々森燃イオナは存在していて」「どうも普通に生活をしていた」ようなのである。
マナとカードショップに行く約束を (勝手に) したり、麗子の記憶に存在している「強いプレイヤーとしての森燃イオナ」と言う存在は、はたして何処にいったのだろう?
加えてもう一つ、気になることもあった。
「なぁ、どうしてマナに憑依することを選んだ?」
「あー、それは簡単な話です。マナさんの生年月日、いつかご存じですねよ?」
「2002年5月30日」
忘れるはずもない。自分と全く同じだからだ。
「そう、それはデュエマの誕生日でもありますよね。いわば、彼女はデュエマの申し子。デュエマが栄える世界には、必ずいるんです」
「デュエマの申し子……」
「その話で言えば、イオナさんもそうですよね。でもイオナさんは……」
と、彼女はそこで話を打ち切った。
「そんなことはいいんですよ。わざわざイオナさんの夢枕に立ったんです。実はここに来たのには、結構急ぎの用件がありまして」
「急ぎの用件?」
「そうです」
マナは髪をクルクル弄りながら言った。
「端的に言うと、バレました」
……バレた?
「何の話をしているの?」
「何の話と言われるとそのままなんですが、まぁ主に私という存在がバレたらしくてですね」
それの何が問題なのだろうか?
「いや、そもそも普通はバレないんですよ。イオナさんだって違和感はあったかもしれないですけど、結局こうして説明しないと何もわからなかったじゃないですか」
「そりゃぁ、ねぇ」
「だからバレるっていうのは、かなり悪い寄りなんです。しかもそれがよりによって、最悪の人に」
最悪の人と言われると、心当たりは1人しかいない。
「……帝王?」
「そうなります。そしてどうやら、私を利用すれば自分の望みが叶うかもしれないと気づいたらしいんですよね」
「…………」
帝王の目的は、異世界の……クリーチャーが具現化できる世界のことを知っているイオナを媒体として、そのクリーチャーたちの能力を使って世界を自由に操れるようにしよう、といったものだったはず。
彼女の話を総括すると、帝王はクリーチャーの具現化できる世界にはおそらく存在していないのだろう。だから、イオナの存在が必要だった。
しかしそこはイオナにこだわらなくても、ほぼ同じような条件を満たしているマナを使えれば同じことができる、ということなのだろうか?
確かに、これはマズいかもしれない。
「でも、マナが帝王に賛同するとは思えないけど……」
「いいですか、イオナさん」
彼女は話を遮るように言った。
「あの子を大切にしてくださいよ?」
相変わらず、音は二重に聞こえる。ただ、その意味もわかった。
「それは当たり前の話だけど」
「そうすればきっと、いや必ず。道は開けますから」
「道は開ける……?」
その言い分だと、現時点でかなりマズい状況に聞こえる。
異なる世界、マナの特異性、そして憑依。
マナが全てを知っている理由、解決していない疑問。情報が多すぎる。
「もう時間がありません、ではあの子をよろしくお願いします」
「待って、まだ……」
だが、彼女の気配は徐々に徐々に遠のいていく。
彼女が伝えたかったのは、恐らく最後の「バレた」という状況なのだろう。少なくともこれまで表だって出てこなかった彼女が出てくるくらいの用件ではあったのだ。
だがそれでも、マナが帝王に同調するようには到底思えないのだが……。
クソ、わかったようで、何も進んじゃいない。こっちが聞くしかないのをいいことに、好き勝手言いやがって――
……と思ったところで、目が覚めた。
†
目が覚めた。最悪の気分だ。
夢のことは、その内容までハッキリと覚えている。
そしてイオナは、手元にあるメッセージアプリへと目を落とした。昨日から、マナへのメッセージに既読が付くことはなかった。
「僕が既読付かないとソワソワすること、マナは知ってるはずなんだけどな」
その理由らしきものは、別なメッセージで判明していた。
それは、帝王からのものだった。相変わらず、どうやってこちらの連絡先を割り出しているのだろう。帝王は、絶対に知りえないことを何故か知っている。それは彼自身の持つ情報網の広さなのか、それとも何か特殊な技能なのか。
イオナは、メッセージの内容へと目を落とす。そこには端的にこう書かれていた。
『大地マナは、こちらについた。君はどうする?』
当然目を疑った。にわかに信じがたい話だった。だってマナは、自分のことを心配してくれていたし帝王への嫌悪感も自分と同じくらいあったはずなのだ。
それが突然、『こちらについた』は理解しがたい。だからしばらくは、このメッセージを無視した。
だがマナへのメッセージは一向に既読が付かなかった。電話をかけても出なかった。そして最後はマナの家にも、行ったけどいなかった。
――どうやら帝王の言ってることは、そうなのかもしれない。そう信じざるをえない。
じゃあ、どうして? どうしてどうして? どうしてどうしてどうして?
「マナ、嘘だよな、マナ……」
一体どんな心境の変化があれば、そういうことになるんだ。
こんなことになるなら、一昨日あんな別れ方をするんじゃなかった。
「いや、もしかして……?」
ふと、夢で見た最後の言葉を思い出した。「あの子を大切にしてくださいね」、そんなメッセージだったと思う。それに、バレたからヤバいみたいな話もしていた記憶がある。
そう、マナがそんな帝王になびくなんて、そんなことがあるわけがない。だとしたら……そうだ、きっとマナは脅されている。そうに違いない。だから夢の中で、助けを求めてきたんだ。
だとしたら、マナを助けなきゃいけない。
でも、どうやって……?
考えたとしても、窓口は一つしかない。
……帝王に、連絡するしかない。
口を大きく開けて、罠を仕掛けて待っているだろう帝王に、である。
「……いや、だとしても」
イオナはカードの束を手に取る。
そして、帝王宛にメッセージを打ち込んだのだった。
(ディスペクター・デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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