By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
時を遡ること、8年。
人とクリーチャーとが共にあったとある世界に、高森鈴という研究者がいた。
鈴は高森財閥総帥の妻であり、麗子という一人娘の母でもあった。母親としての時間はそこまで費やしたわけではなかったが、何より天は彼女に研究者としての才覚を惜しみなく与えていた。そして鈴も、自身の才を一番に愛していた。
彼女は若くして認められ、数々の研究成果を生み出していった。そしてそれはやがて高森財閥の知るところとなった。彼女の才覚に惚れ込んだのか、あるいは彼女の研究成果が欲しかったのか、結果として鈴は高森家へと嫁ぐことになった。
もちろん、鈴からしても「高森の持つ無限に近い資産を惜しみなく研究につぎ込める」という側面があり、悪くない話であった。この結婚には様々な噂が流れたものの、結果として双方は望む状況を手にした、というわけである。
子供を産んだのは高森家での自らの地位を確かなものにするためではあったが、生まれてきた麗子のことは愛していたし、別に夫婦仲も悪いわけではなかった。ただ、全ての優先順位が違っただけである。
彼女が最も力を入れて研究していたのが、パラレル世界の存在についてだった。
パラレル世界とは、現在自分が住んでいる世界と「並行して存在する」別の世界のことを指している。いわば世界の他の可能性が実現している世界ともいえる。
それは例えば、龍の歴史と鬼の歴史とがそれぞれ存在しているのと同じだ。
もう少し小さく括っても、「あの時、割ったシールドの順序が逆だったら」「あの時、別なカードをプレイしていれば」といったことが実現しているかもしれない世界が、そこにはある……かもしれない。
パラレル世界の存在については、確かなものは何もない。
だが鈴はパラレル世界の存在を観測するべく、「自分が住む世界から異なる世界に転移する」という大胆な実験を計画した。そもそもパラレル世界の存在そのものに懐疑的な声もある中で、高森から、夫からの反対もあったが、彼女は《転生プログラム》を唱えた。それは、具現化したカードの力を使ったものだった。
そして結果、鈴は行方不明となってしまった。高森の中ではこの実験は失敗とされ、以降の研究については全て凍結する運びとなった。高森は財閥経営にのみ注力するようになったのである。
だが、少しおかしな話もある。
行方不明となった鈴は、どこに消えたのだろう?
人が突然消失するというのは、世界が意味もなく質量を失うことである。これは本来、ありえない。
……部分的ではあるが、この実験は成功していた。不完全ながら、彼女は望んだ通りパラレル世界へ転移していたのだ。
そして2021年。
転移した先の世界で、鈴は更なる実験を重ねていた。鈴の転移した世界ではクリーチャーの具現化はまだ実現していなかったものの、徐々にそれを解明していった彼女は、次々と物体・物質を別の世界へと送り込んでいた。それは自身が元の世界に戻るための実験でもあった。
ただその過程で、不幸にも1人の青年がこの実験に巻き込まれてしまった。
青年は名前を、森燃イオナといった。
†
帝王は眼前に広がる無地のパズルを、じっと眺めていた。
話は聞いている。森燃イオナのことだ。これはもう、我慢比べの様相となっていた。
最悪、それでも一応は構わない。こちらはリソースが無限とも言えるのに対して、イオナはそうではないはずだ。先に音を上げるのは、絶対にイオナとなる。
だがこれだと、精神を徐々に削られてしまったイオナが潰れてしまうという危険性もあった。正常な思考はしなくていいが、思考はしてもらわないと困る。なるべくなら、協力的な関係になって欲しい。
帝王の目的は明確だ。自ら世界の理の組み換えを行うこと。それはつまり、自身が自由に世界を動かせるようになることに他ならない。
そしてその手段として、具現化したクリーチャーたちに目をつけた。
これはイオナにも正確に話していないが、帝王はクリーチャーが具現化している世界へ自ら転移し、現地でその力を利用することを考えていた。
しかし帝王自身は異世界転生ができない。だからこそ、森燃イオナが必要だった。異世界転生を繰り返している森燃イオナを媒介をすることで、自らも異世界転生を行う。これが帝王がイオナを必要とする理由だった。
だが彼が自ら協力を名乗り出る機会は、そうそうやってこないだろう。
力尽く、というのも美学に反する。というよりも、よほど協力してくれる状況にならない限り、上記の計画は実現しない。
では、どうするか。
やがて帝王は、パズルのピースを一つ手に取り、埋めていった。一つ、また一つ。
「いや、待てよ」
彼は手元のタブレットを起動する。そこに映し出されていたのは、森燃イオナ。そしてもう1人。
「なるほど、大地マナ」
彼女に関するプロフィールは、ここ数日で加速度的に埋まっていった。イオナとの関係はもちろん、彼女の存在について帝王は推論を重ねた。
彼女がもし高森からもらった情報通りの存在であるとすれば、異世界転生を繰り返す森燃イオナと完璧なコミュニケーションが取れる、唯一の人物であるということになる。
……本来我々は、異世界を経由した森燃イオナと同じ記憶を共有していない。「ロジカル・デュエマ」の世界にはパラレル上の自分が存在するようだが、それがどんな人物かは”イオナの記憶を覗かない”限り、不明なのだ。
だが、大地マナはそれができるという。少なくとも、あらゆる異世界の記憶を正確に、森燃イオナと共有しているのだ。彼女もまた特異な存在であるのは確からしい。
では彼女は一体どんな存在なのか。
自身も異世界転生を行っているか、あるいは異世界転生しているイオナを観察できる位置にいないと、彼女の立場は務まらないはずで。
そこで一つ、閃きが浮かんだ。
「そうか、彼女”でも”よくなったのか」
帝王はニヤリと笑った。
やがて彼は、玉座から立ち上がった。
†
夢を見ていた、と思う。
そこはどこかもわからない店の中で、目の前に座っていたのはマナだった。
だが、どういうわけだろう。
妙なことに、彼女はマナではあったけども、マナではないような気がしていた。容姿はどこからどうみてもマナなのだが、別人だという確信めいたものがあった。
「君は誰なんだ?」
イオナはそう問うた。すると彼女は、少し困ったような表情していた。
――
「イオナさん、イオナさん」
「……あれ?」
目の前にいたのは、紛れもなくマナだった。
辺りを確認すると、千代之台にあるいつものカードショップである。いつもの店のいつもの光景だった。
「イオナさん、起きました? 突然勝手に寝ないで下さいよ」
「……ごめん?」
どうやら、また異世界にやってきたようだった。
だが直前に見た夢は、随分と奇妙なものであった。
イオナは、マナの顔をじっと見つめる。
「え、どうしたんですかイオナさん。何か付いてます?」
「……いや、マナだよな」
それは、紛れもなく。
「イオナさん、まだ寝ぼけてます?」
「いや、寝ぼけてはいないと思うけど」
「じゃあ、疲れてるんじゃないですか、やっぱり」
「疲れてる、かなぁ?」
「だってほら、ずっと帝王の部下とやらにちょっかい出され続けてるし」
「あー……」
これは事実である。帝王の部下を名乗る連中は、別に水無月だけでも皐月だけでもない。本当に、ことあるごとに干渉してくる。
それが鬱陶しいのは間違いなかったし、疲れているかと言われればそうなのかもしれない。
「まぁ、否定はできないかな……」
もしこれが帝王にYESと言うまで続くなら、それは勘弁して欲しいものだった。
「やっぱりもう一度、帝王と直接対決した方がいいのかな?」
「え、どうしてですか?」
「いや、だって……」
彼らは鬱陶しい。しかも何かと、こちらの精神の脆弱性を突いてくることも嫌だった。別にデュエマにおいてはメンタルがそこまで弱いとも思っていないが、執拗なのは困る。
だとしたら、帝王と直接対決をして引導を渡し、改めて一切協力の姿勢がないことを示した方がマシになるんじゃないか、という考えである。
ただ、マナはあまりいい反応はしなかった。
「うーん……賛成しませんけどね」
「どうして?」
「だって、意味なさそうじゃないですか?」
マナ言うには、帝王も帝王で彼の性格を考えたときに、その程度で「わかった、じゃあ君の手を借りない方法を考えよう」とはならないだろう、とのことである。
「だいたいああいう男って、拒否すればするほど固執する、みたいなところありませんか?」
「…………」
実際、マナの話も一理ある。
「でも何もしないと、これがずっと続くってことでしょ?」
「それはそうなんですけど」
「それは嫌だから、何かしようって話なんだよね」
「だとしても、別の方法とか、意味のあること考えた方がよくないですか?」
「別の方法って?」
「いや、だからそれはこれから考えるんですよ。そもそも、帝王と直接対決して必ず勝てると決まったわけでもないじゃないですか。負けたときはどうするんですか?」
「…………」
マナの言うことはもっともであり、その通りなのだ。返す言葉がない。黙るしかなかった。
マナの目を見ようとすると、彼女は気まずそうに視線を反らした。少し言い過ぎたと思ったのかもしれない。
実際、現状が続くのも困るというのは、マナも理解しているはず。
「……まぁ、マナの話はわかったから、おいおい考えるよ」
「そう、ですね……」
結局、この日はそのまま解散することになった。イオナはマナとは逆の道を、1人歩いて帰った。
妙なほどに、星が綺麗に夜空に浮かんでいた。
†
帰り道、大地マナは1人の人間と出会った。
まるで、自分を待っていたかのようだった。
「喧嘩は、よくないと思うがね」
「何の話ですか」
マナは前方の人間をギッと睨む。
視線の先にいたのは、帝王だった。
「それより、イオナさんにちょっかいを出すのやめてもらっていいですか?」
「なるほど、それが喧嘩の原因というわけか」
「だから――」
「わかった、すまない。この話はやめよう」
そう言って、帝王は一歩二歩近づいてくる。マナは反射的に、後退りをした。
「君と話がしたい、大地マナ。できれば、ゆっくり。私のところに来ないか?」
「私から話すことはないですよ、帰って下さい」
「はたして、それはどうだろう?」
帝王は淡々と、それでいてハッキリと言葉を連ねていった。淀みなく、言葉が続いていく。
それを聞いていたマナは、徐々に表情を曇らせていった。
†
翌日、イオナはカードショップに来ていた。
1人だった。いつもいるはずのマナは、そこにはいなかった。
少し昨日のことで気まずい想いがあるのだろうか? イオナは、マナへメッセージを送った。
一応、この世界のデュエマについては簡単に調べておいた。どうやら、「ディスペクター・デュエマ」と呼ばれるルールらしかった。
・クリーチャーを召喚した際、同コストのクリーチャー名を宣言してディスペクターとして召喚してよい (パワーは合計される)。ただしそのクリーチャーを宣言するにはマナゾーンに該当する文明が必要で、また同一のクリーチャーは1試合に1回までしか使えない。
・デッキの構築は限定プールとなっているが、宣言できるクリーチャーのプールには指定はない。
……はっきり言って、これを読んでもよくわからなかった。
だからマナに聞いてあれこれ実戦で教えてもらおうと思ったわけなのだが。
「いないことには、どうしようもないな」
だいたいのイメージとしては、例えば3マナで《青銅の鎧》を召喚した場合、同コストの《アクア・ハルカス》を宣言することによって《青銅の鎧》&《アクア・ハルカス》のディスペクターとして召喚できる、ということらしい。
その場合EXライフによって1枚シールドが増え、さらに1ブースト1ドローということも可能なわけだ。
ただしこれをやるにはマナゾーンに追加の水文明が必要であり、加えてその試合の間はもう《アクア・ハルカス》を使うことはできない、ということになる。
じゃあ実際どんなデッキが強くて、どんなデッキが勝っているかというと……これがわからない。
何故ならば、デッキは構築するというよりも、その日になって共通となっているプールを与えられることが多いからだ。だから正確に言えば、デッキを調べても意味がなかった。
となるとセオリーなどが重要になってくるわけだが、それを聞きたかったはずのマナはいない。
メッセージも、まだ未読だった。
『それでは大会を開始します。オンラインマッチングをご確認ください』
どうやら、大会も始まってしまうようだった。まぁ、やってればそのうち来るだろう。今日のところは、大会に参加しようと、席へと着いた。
「すみません、最近始めたばかりでルールとか疎いので、もし間違ったことがあったらご指摘ください」
「あ、いいですよ全然」
そんな挨拶を交わしていた時のこと。
イオナのスマホに一通の通知が届いた。
マナだろうか? そう思って、急いで確認する。
だが、送り主はマナではなかった。
なんなら、想定しうる最悪の人物であった。
「……帝王」
瞬間、イオナの背中に悪寒が走った。
(ディスペクター・デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!