By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
・登場人物紹介
鏡(かがみ)ミライ : デュエマをメインとした動画投稿者・配信者
出羽(でわ)リンリ : デュエマの大会主催者で、鏡の友人
薬子(くすこ)イズミ : 鏡ミライのマネージャー、及び鏡の動画の編集担当
甲斐(かい)カイガ : デュエマのイラストをメインに活動するイラストレーター
新宮(にいみや)シンク : 我我我轟轟轟(がががごごご)新聞の記者で、デュエマ担当
†
その日、一夜にしてその洋館は一羽の魔凰の支配下となった。
『無月の門』が、そして恐怖の門が開く瞬間を、その目で目の当たりにすることとなった。
――
クリーチャーの具現化、それはプレイヤーたちの夢だ。
カードをプレイしその名を呼び出せば、クリーチャーが形を成して現れる。
クリーチャーたちにはそれぞれ意思があり、呼び出したクリーチャーたちは使い手たちの意図を汲み取って、自ら動く……テキストの範囲で。
そんな世界も、中にはある。
「妙なシステムだよな……」
森燃イオナは自身のカードを手に取りながら、そう呟いた。その手に握られていたのは、《ガル・ラガンザーク》だった。ご存じ、水魔導具の新たな切り札で、夢幻無月の門を開けば場を支配する強力なクリーチャーとなる。
無論、この状況ではカードは具現化されない。デュエル・マスターズ専用のスタジアムで、舞台装置を通したカードのみが具現化を許される、ということらしい。
要は「それに相応しい舞台」がないと、カードたちも”興が乗らない”のだろう。実際、フリー対戦の度にカードたちが暴れまわってたらそれはそれで面倒だから、そこは助かっている。
イオナが今回辿り着いた異世界は、そんな世界だった。
「いやー、楽しみですね、イオナさん」
隣に座る大地マナは、パンフレットを見ながらそんなことを言っていた。そのパンフレットには『ミステリーデュエマツアー ご案内』と書かれている。
ちなみに今回は電車ではなく、新幹線だ。マナは新幹線に乗ったのが初めてらしいが、それもあってなのか今日はずっと上機嫌に見える。
「『新体験! 具現化されたクリーチャーが住まう洋館で、クリーチャーたちが起こす摩訶不思議なミステリーの世界に、プレイヤーの皆様をご案内!』ですって」
「それ、10回聞いたよ」
「いや~、楽しみですねぇ」
「それは100回聞いた」
「実際、ミステリーデュエマツアーってどんなイベントなんですかね?」
「ミステリーデュエマツアー、ねぇ……」
そう、今回の目的は『ミステリーデュエマツアー』というイベントだった。イオナとマナは、このイベントから招待を受けている。
というのも、このイベントの主催が高森財閥だったからである。もっと正確に言えば、高森麗子自身が企画したイベントだったらしい。そして会場となる洋館は、高森の持つ別荘とのことだった。
高森麗子はどうやら、この別荘を改築してクリーチャーの具現化が可能な仕掛けを施したようだった。
ゆくゆくは一般向けにもプロデュースする予定だが、今回はそのプレイベントということで、イオナたちを含めてデュエマ界隈でも名前の知られた人たちが集まってくるようだった。
しかも今回は、2泊3日の泊りがけのイベントなのである。マナいわく、修学旅行。
確かに言われてみれば、そうかもしれない。そうなると、マナの上機嫌もよく理解できる。
あの高森の別荘なのだからおそらく豪邸だろうし、以前一流の味がどうこうとか言っていた麗子のことなので、食事も豪華に違いない。
メインイベントが多少上手くいかなかったとしても……充分にお釣りがくるだろう。
この前は爆発の中を逃げ帰ったし、その前も燃え盛る世界の中を彷徨い歩いていた気がするし、身体がボロボロなのでいい休暇になってくれるはずだ。
やがて新幹線は、目的の駅に止まった。
秋保沢というらしく目的の洋館は駅から離れた山奥に存在している。そういうわけで、ここからは高森の送迎バスに乗り換えて別荘を目指した。
†
山道をバスで進むこと1時間半ほど、高森が構える洋館に到着した。
道中、何やら具現化したクリーチャーたちによる何らかの戦いが行われている気がしたが、イオナはひとまず見なかったことにした。
洋館はさすがに高森の別荘というだけあって、予想以上に大きく、そして優雅さと迫力を感じた。赤いバラの庭園と白い建物のコントラストが非常に映えている。
ところで、とイオナは周囲を見渡す。他の参加者は揃っているらしいが、肝心のイベント主催の姿が見えない。
「高森麗子はまだ来てないのか」
「あー、麗子ちゃんはなんか近くでやってる別のイベントの挨拶をしてから来るそうですよ。確か『人間デュエマ』とかなんとかいうイベントらしいです」
人間デュエマが何かはわからないが、先ほど見えた《BAKUOOON・ミッツァイル》は、そのイベントとやらで具現化したクリーチャーなのかもしれない。
一旦、洋館の管理人に案内されて中へと入っていった。参加者全員が、応接室の方に通される。
どうやら参加者は、イオナとマナを含めて計7人のようだった。席に着くと、自ずとそれぞれの自己紹介が始まった。
「僕からでいいですかね。鏡ミライといいます。ご存じの方もいるかもしれませんが、『鏡の未来研究所』というチャンネルで、動画投稿や配信をやっています。よろしくお願いします」
この人は、イオナも知っていた。チャンネル登録者数が10万人を超える人気投稿者だ。基本的にはデッキ紹介と対戦動画がメインで、王道なデッキから奇抜なデッキまで幅広く取り扱っている。紹介しているデッキは、毎度自作していると聞いている。
「薬子イズミです。ミライくんのマネージャー兼、投稿動画の編集をやっています。デュエマもそこそこできます。よろしくです」
「あー、あの敏腕編集と噂の……」
鏡の未来研究所には有能で敏腕な編集担当がいると聞いていたが、その正体はこの人だったようだ。
「出羽リンリです。鏡と一緒に大会の主催しているけど、他にもいろいろやってます。よろしく」
「甲斐カイガです。イラストレーターで、出羽さんの大会のアイコンとか、鏡さんのチャンネルアイコンとか描いてます。今回は鏡さんに誘っていただきましたので、楽しみたいと思います。よろしくお願いします」
もう一人、何やら忙しそうにボールペンを動かしている女性がいた。何かメモを取っているみたいで、やがて顔を上げると周囲の状況に気が付いたようだった。
「あ、すみません私の番ですね。私は新宮シンクといいます。我我我轟轟轟新聞というところで記者をやっています。今回はプレイベントということで参加と取材をさせていただくことになりました皆さんにもお話を聞くこともあるかと思いますがどうぞよろしくです」
どこに句読点があるのかと思うくらいの早口だったが、新聞記者という情報は汲み取ることができた。確かに、高森のイベントともなると取材の一つや二つくらい入ってもおかしくはない。
動画配信者にその編集者、大会主催者とイラストレーター、そして新聞記者……名前を聞いたことがあったり、そうでなくとも何かしらの経歴が付く人ばかりだ。高森麗子の知り合いという枠なのかもしれないが、随分と濃いメンツの中に混ざってしまった。何せ、自分もマナも、単にデュエマをプレイしているだけなのだ。
「森燃イオナです。普通にデュエマをやってて、大会とか出てます。皆さんのようなご活躍をしているわけではないですけど……今回はよろしくお願いします」
「森燃イオナさんですか? 知っていますよ」
そう言ってくれたのは、例の敏腕編集の薬子だった。
「なんか、やたら強いプレイヤーが今回の企画に混ざってるって話だったんですが、森燃さんのことだったんですね」
「恐縮です」
マナも挨拶をし終えたところで、管理人が応接室へと入ってきた。
「お嬢様なのですが、どうやら道中の山道が具現化された《BAKUOOON・ミッツァイル》に破壊されてしまったようで、復旧するまで来られなそうだと……。お客様の皆様には、少し予定変更になってしまいますが、今日のところはこの館の中でゆっくり過ごしていただきたいと、申しておりました」
やっぱりあの《BAKUOOON・ミッツァイル》は、見間違いじゃなかったらしい。
「ちなみに、復旧ってどれくらいかかるんですか?」
「おそらく明日には、とのことでした。ただ今夜はどうも天気も怪しいのと、山奥なので単純に時間もかかってる状況でして……。もちろん、延期してもお食事などは問題なくご提供できますので、心配なきようお願いします」
「では、そういうことでしたら」
薬子が一つ、提案をした。
「せっかくですし、皆さんで一緒にデュエマをしながら交流しませんか?」
薬子の提案を、特に断る理由はなかった、それぞれ何人かに分かれて、交流を兼ねたデュエマを始めることとなった。
そしてこれが、波乱の始まりでもあった。
†
一応、当初は雰囲気が良く交流していた。
順々に人を変えつつデュエマを楽しんでいたはずだが、しばらくして様子が変わった。
ことの発端は、鏡と出羽が口論を始めたことだった。その内容も、本当に些細なものであった。
「あの二人って、一緒に大会やったり動画撮ってるじゃないですか。普通に仲良いんじゃないんですか?」
イオナはたまたま対面していた甲斐に、そう尋ねてみた。
「まぁ、表面上はね」
随分と、含みのある回答だった。
「……二人に何かあったんですか?」
「どうせ、今にわかるよ」
やがてその口論を、薬子が止めにいった。ところが結果、事態はさらにエスカレートしてしまい、収拾がつかなくなってしまった。
「わかるかい、森燃くん。つまりそういうことなんだよ」
「はぁ……」
しょうもない言い争いをしているだけに見えるが……。あるいは、一人の女性を二人の男が取り合っている、ということなのだろうか。
確かに薬子は美人だし、快活で気立ても良さそうに見えるから、非常に魅力的ではあるが……。
「……つまり恋のライバル、ってことですか?」
「うーん、その感想は若いね」
甲斐は苦笑いしている。その理由は、イオナにはわからなかった。
「そんな爽やかな青春、みたいな感じじゃないよ。実際はもっとドロドロしていて、見るに耐えない。一応、薬子は鏡と付き合ってるらしい。ところがあの女は、ああやって出羽にもいい顔をする。それが互いに気に食わないんだよ。結果、二人はああやってすぐ揉める……ってわけだ」
「ちょっと甲斐さん!」
「おっと、聞こえてしまったか」
薬子に睨まれてた甲斐は、そそくさと席を立ってしまった。
取り残されたイオナは、かなり気まずい。かといって何か声をかけるわけにもいかず、席を立つのもナンセンスではあるので、どうしょうもなかった。
しかし神が救いの手を差し伸べてくれたのか、応接室に管理人がやってきた。どうやら、夕飯の案内らしかった。
この気まずい流れで一緒の夕食か……とはイオナも思ったが、この部屋に取り残されるよりは100億倍マシである。イオナはマナに声をかけると、逃げるように食堂の方へ向かっていった。
実際、食事は豪勢で初めて見るような料理ばっかだった。しかし先の雰囲気をしっかり引きずってはいて、誰も口を開かなかった。
終始無言、豪勢なはずの料理の味がしない。
(こんな機会滅多にないんだけど……)
溜め息を吐きたくもなった。横を見ると、マナもほぼほぼ同じような顔をしている。
やがて数分ほど経ったところで、食事を終えたらしい出羽が席を立った。薬子は何か一声かけたが、出羽はそれに構わず食堂を出て行った。恐らく、自室に戻ったのだろう。
少し空気は軽くなった。イオナは一つ溜め息を吐く。
「ごめんなさいね、本当に」
薬子はそんなことを言った。この人が悪いわけではない……はずである。一応。
ただ甲斐はどうも彼女のことが気に入らないようで、ふんと鼻で笑っていた。鏡は無言。新宮は何から興味深そうに、人を観察しているようだった。そして「いやぁ、面白いですねぇ」と言ったところで、全員に睨まれていた。
ただ当の新宮は意に介していないようで、カラカラと顔が笑っていた。
「じゃあ、私はご飯終えたんで先にお風呂いただきますね」
「あ、そうだ。お風呂の順番なんですけど……」
薬子はパンフレットを取り出すと、時間を書き込んでいった。
「新宮さん最初で、マナちゃん、イオナくんの順番で入ってもらっていいですか? 一応、広いようですが混浴というわけにもいかないですし……」
特に問題ない。マナも頷いていた。
「あとイオナくんと、マナちゃん。パンフレットによると、地下にレクリエーションルームがあるみたいなんです。空気を悪くしてしまって申し訳ないのですが、そちらで気でも晴らしていただけると……」
「お気遣いありがとうございます」
薬子の提案に、イオナはありがたく従うこととした。マナも乗り気のようだった。
「ところで、出羽さんは何があったんですか?」
「アイツが機嫌悪いのは今日に始まったことじゃないから。放っておけばいいよ」
ずっと黙っていた鏡が、口を開いた。薬子は何か言おうとしたが、意味がないと思ったらしく黙った。
こうなるとイオナも口を挟む余地がなくなったので、そうですかと納得せざるをえなかった。
こうして夜は、それぞれがそれぞれの時間を過ごした。イオナはマナと二人で、ほどほどに遊びながら部屋に戻ると、結局ほぼほぼ朝までデュエマをして過ごすことになった。
†
翌朝、外は昨夜から大荒れの様子だった。
寝不足と低気圧で死にそうな目を擦りながら、イオナは食堂に向かった。既に、他のメンバーたちは揃っていた。
しかし、出羽だけは時間になっても来なかった。
「出羽さん、寝てるんですかね」
「ちょっと私、起こしに行ってきます」
そう言うと、薬子は階段を上がって出羽の部屋の方へと向かっていった。だがしばらくして、薬子が戻ってきた。
「出羽さん、何度ノックしても返事がないんです。部屋には鍵もかかっていて……」
「……様子を見に行こう」
確かに薬子の言うとおり、ノックしても返事がなかった。イオナは管理人室に行ってマスターキーを借りると、出羽の部屋の扉を開く。
だが、目に飛び込んできた光景は、衝撃的なものであった。
「で、出羽さん……!?」
「どうしたんですか、イオナさん」
「マナ、見るな!」
だが、遅かったようだ。直後、マナの悲鳴を後ろに聞いた。
出羽は部屋の中央で、胸をナイフで突かれて倒れていたのだ。
よくみるとナイフと彼の間には、1枚のカードが刺さっていた。
そのカードは、よく見覚えがある。
「《卍 デ・スザーク 卍》……」
イオナは辺りの様子を見る。彼の死体の周りには、鏡面台や蝋の溶けた燭台、鋏といったものが転がっていた。
「これはどういうこと? まさか無月の門が具現化して、《卍 デ・スザーク 卍》が顕れて……」
「わからない、わからないけど」
直後、甲斐がこんなことを呟いた。彼は肩を震わせていた。
「どうしたんですか、甲斐さん」
「間違いない、間違いないよ。デ・スザーク……これはつまり呪いだ」
「呪い?」
「朱雀マオ……朱雀マオの呪いだよコレは!」
イオナはマナを抱き留めながら、甲斐の表情を凝視した。そこにはハッキリ、恐怖の色が浮かんでいた。
(デュエマ殺人事件 FILE.2 へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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