異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」 6-1 ~イニシャル・デュエマ 上~

By 神結

 これは、“監獄”と言われた学校の話。
 幾多の校則で生徒を縛り、全てを管理せんとする生徒会が、そこにはあった。

          †
 
 この日僕は、チャイムの音で目が覚めた。
 そう、キーンコーンと鳴るあのチャイムだ。
 
 ……ん、待って。チャイム?
 
 いや、確かに聞き慣れた音ではあるはずなんだけど。別に直近では聞いていないというか聞く環境にいなかったというか。普通に考えれば、もうチャイムを聞く生活はしていないのだ。
 
 だからこれはおかしい。そう思って、ふと周囲を確認する。
 辺りにあったのは机、椅子、黒板……。これは、どこか見覚えのある風景。そう、ここは。
 
「……教室だ」
「何言ってるんですか、イオナさん」

 そう、ここは押しも押されもせぬ(?)僕の母校こと、広瀬川高校の教室だった。風が強いと窓がガタガタと鳴り、暖房が貧弱すぎて廊下側が寒い……なんてところまでもはや懐かしく感じる。
 そして自分の状況を鑑みるに、別にOBとして冷やかしに来たわけではないらしい。自分用の机も与えられてるし、制服も着ている。どうやら一生徒として、ここにやってきてしまったようだった。
 
 なるほど、そう来たか。
 今度はわざわざ高校時代に送り込んできてくれやがったわけか。
 
 まあ自分としても、「もしあの頃に戻れたら」みたいなことを考えないわけではないので、ちょっとワクワク感もある。例えばあの時、デュエマにかまけて勉強をサボらなかったら……いや、ありえない仮定はやめよう。

 どちらかというと、自分の超常現象に対する適応力が日に日に上がっていることの方が思うところがあるのだが。

「ところでテストどうでした? イオナさん」
「おはよう、マナ。いやー、今回のテストは――」

 ……いや、ちょっと待った。これもおかしくないか?

 顔を上げると、確かにそこには制服姿の大地マナがいる。
 だがマナと出会ったのは大学に入って……初めて異世界に飛ばされた後だ。だから彼女が、うちの高校にいるわけないのだが。
 
「私は『デュエマ史』はまあまあだったんですけど、『デッキ構築論』『マナベース』の点数がちょっと悪かったんですよね……」

 前言撤回、これはいてもおかしくないわ。
 テスト科目がこれなら全然うちの高校にいるわ。
 しかし――もしこの世界のテスト科目がそれなら、自分にも東大とか行けるチャンスがあるんじゃないか?
 
「イオナさん、デュエマ科目は抜群にできるんだがら、英語とか数学も頑張ればいい大学行けそうなのに」

 あっ、普通の科目もあるんだ。それはダメだ。さらば東大。
 ちなみに僕は英数よりも古文や日本史の方がはるかにヤバいんだけど、それはマナにバレてないらしい。

「いや、まあ大学はほどほどでいいよ」
「確かにイオナさんにはデュエマがありますけど」
「ほどほどの大学に行ってデュエマ講師とかで食っていけないかな」
「もっと上を目指して欲しいという気持ちもありますが、とりあえず講師としての需要なら今すぐにでもありますよ」
「そうなの? どこに?」
「いや、ここに」

 マナは自分を指差す。ああ、なるほど。そういうことか。

「テストの復習と『デッキ構築論』の勉強も教えて欲しいんで、今日時間とかありますか?」

 相変わらずマナは真面目な取り組みをしているなぁ、と感心する。
 
「構築論に関しては雰囲気だけど、多分だいたいは教えられると思うから大丈夫だよ。どうする、放課後マ○クとか行く?」

 言わずもがな、大手ハンバーガーチェーン店である。高校生の勉強といえば放課後のマ○クかファミレスと相場が決まっているのだ。
 だがその言葉を聞いたマナはというと、怪訝そうな表情を浮かべた。
 
「え、マナってハンバーガー嫌いだっけ?」
「いや、そういうわけじゃなくて……イオナさん勇気あるな、って」
「勇気? なんのこと?」
「なんのことって、放課後マ○クに行くのは校則で禁止されてるじゃないですか」
「は?」

 いや、おかしい。これはちゃんとおかしい。
 そんな校則聞いたことない。
 
「そうなの?」
「見て下さい、この生徒手帳の校則のページ」

 マナはそう言って辞書くらいあるんじゃないか、ってサイズの生徒手帳をドンと机に置いた。
 
「いや、これもおかしいだろ」
 
 この時点で、もはや手帳の役割を放棄している。
 
 ともかくその分厚い手帳の中には、確かにその旨が記された校則が書かれていた。ちなみに関連項目として、類似する禁則事項があと2~30ほど記されていた。
 
「もしかしてファミレスとかもダメ?」
「それは、もう」
「喫茶店とかも?」
「それもダメですね」
「ゲーセンも?」
「この流れでいいはずがないと思いませんか?」
「カードショップは?」
「それはまだ許されてます、まだ」

 それはいいんだ。まぁ、テスト科目にもなってるくらいだし、それはそうか。

「ところで、なんでこんなことになってるの?」
「そう決まっちゃったから……としか言えませんが……」
「うちの高校って、こんなに校則厳しかったっけ?」

 そもそも僕が在学していた頃は、広瀬川高校は自由を謳う校風だったはずなんだよな。確か、生徒の自主性を重んじる云々かんぬんとか。
 
「いつからって、それはもちろんいまの生徒会の方針になってからですよ」
「生徒会?」
「そうです」

 マナは一度左右を確認してから、潜めるような声音で言った。

「元凶は二人います」

 マナは指を二本立てたが、どう見ても冴えないピースサインである。

『鉄の生徒会長 天本ツバサ』、及び『鬼の副会長 中之瀬スズナ』が生徒たちを完全に管理すべく、厳しい校則を敷いている、というのがいまの広瀬川高校です。二人は生徒達から絶対悪として見られています」

 どうやら、僕の知っている母校とは大分事情が異なっているようだった。

          †

 マナの話を詳しく聞くと、少しこの学校の現状がわかってきた。
 かつては自分が知る『自由な校風』を謳う学校であったこと。しかし今の生徒会長になってから次々と新しい校則が生まれたこと。それは大抵、生徒の自由を阻害するものであること。それゆえに鬼か悪魔のように嫌われてること。
 
「でも実は、校則って別に生徒会が自分たちだけで決められるものでもないんですよね」
「そりゃ、そうだよね」

 そんなことが許されたら、生徒会長のあらゆる横暴が許されてしまう。現にそうなってしまっているように見えるが。
 
「一応校則っていうのは、生徒会が提案してそれを生徒が承諾すれば制定されてます」
「生徒が承諾? じゃあいままでの校則は全部生徒側が呑んでいる、ってこと?」
「いや、そこもそこでちょっと違うんです。本来は生徒会の提案が承諾できない場合、デュエマで決着を付けることにしています」
「へぇ……」

 いや、いま普通に流したけど、これもおかしいからな?
 とはいえ、でもそれなら単純な話にも見える。
 
「だったら無茶苦茶な生徒会からの提案に対してNoと言って、それでデュエマで倒せば万事解決じゃん」
「…………」

 こう言うと、マナは押し黙ってしまった。話を聞いていた周囲の生徒たちもざわつき始め、一斉に僕の方を振り返ってきた。
 ん? これはもしかして……。なんか既視感があるな?
 
「これもしかして、いわゆる『オレ、なんか言っちゃいましたか?』ってやつだったりする?」
「それです」

 マナは再び、声を落として言う。
 
「イオナさんの言うとおり、生徒会代表に勝てば問題ありません。ですが、天本現会長に代わってから、会長は一回もデュエマに敗北していません。いまは生徒たちも諦めてしまい、生徒会側と戦うことすらしなくなりました」
「えー……」

 情けない、と口にしかけたが、ギリギリ踏みとどまった。
 どうやら我々生徒側は、勝負の土俵にすら立っていないらしいのだ。
 
「つまり現状だと、生徒会側が提案した校則がそのまま素通りしている、というわけね」
「そうなります」
「心が折れちゃったわけか」

 なるほど、こうやって『自由な校風』は失われてしまった、ということらしい。
 しかし生徒側の心を折るレベルに強い会長とはいかなる人物なのか、それはそれで興味もあった。
 
「そしていま『学習を目的とせず、娯楽のみに興じるためのデュエマは禁止』という校則が提案されています」
「え? じゃあワイワイ騒ぎながら《ホーガン・ブラスター》を撃ったりできなくなる、ってこと?」

▲覚醒編第4弾「覚醒爆発」収録、《ホーガン・ブラスター》

「解釈によっては……」
「いや、それはおかしいでしょ。こういう戯れから強いデッキが生まれることもあるし、デュエマが勉学だったとしてもその方法まで指定されるいわれはないでしょ」
「……ですが、生徒側からの代表選出は未だにありません。このままだと”承諾”になってしまうのは、時間の問題でしょう」

 流石にそれは困るのだ。人生に関わる、といっても全然誇張ではない。

「よしわかった。今から生徒会室に行ってくる
「え? いや、イオナさん? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 呼び止めるマナを敢えて無視して、僕は生徒会室の方向へと駆け出そうとした。
 ……が、その必要はなかったようだ。
 
 直後、背筋が凍り付くような気配を感じた。
 
「ふむ、廊下を走るのは校則違反という認識だが……元気な生徒がいるようだな」
 
 僕は恐る恐る振り返った。
 そこに現れた人物は『生徒会』の腕章を付けていて、そして何か言葉にしがたいオーラも放っていた。
 
「あわわわわ……」

 マナはおどおどしていた。僕もどういうわけか、足が震えている。
 
「そんなに急いでいるなら事情があるのだろう。何処へ向かうつもりなのか、聞いてみようか」
「……生徒会室です」
「それなら話が早い。私は生徒会長天本ツバサだ。用件があるなら、私が承ろう」

 彼は表情を変えずに淡々としているが、言葉の1つ1つに得体の知れない重圧があった。
 思わず一歩引いてしまった。強者との対戦で、強力なカードをプレイされた直後の状況に近かった。
 
 だが、ここで退いてしまっては意味がない。こちらとて、何度も修羅場をくぐり抜けて戦ってきたんだ。
 人生で一番力を込めて、一歩足を踏み込み直した。
 
「校則の制定に、反対があります。生徒代表として、生徒会との決着を希望します」
「ほう、なるほど」
 
 この生徒会長は、なんとも真意の読めない様子だった。
 
「うちにまだこんな生徒が残っていたんだな」
「それは一体どういう……」
「いいだろう。決まりは決まりゆえ。勝負は一週間後、『イニシャル・デュエマ』で決着を付けよう」
「ん?」

 イニシャル・デュエマ?

「君、名前は?」
「森燃イオナです」
「イオナ、君が勝ったら今回の校則の制定を見送ろう。ではそれまで待っている」

 そう言って、天本ツバサは去って行った。誰もが固唾を呑んで、その様子を見ていた。
 こうして無限とも言えるような数秒が過ぎ去った後、マナがようやく口を開いた。
 
「イオナさん、よく啖呵切りましたね。私は随分久しぶりにスカッとしましたよ。怖かったですけど」
「……ところでマナ、1つ聞きたいんだが」
「なんでしょう?」
イニシャル・デュエマって、何?
「…………」
 
 マナは頭を抱えていた。
 

<イニシャル・デュエマ ルール解説>

・互いのプレイヤーは、どちらかがバトルゾーンに出した/唱えたカードと、同じ頭文字のカードをプレイすることができなくなる
(例:どちらかのプレイヤーが《ヤッタレマン》をプレイした場合、”や”から始まるカードは互いにプレイできない)
・濁点、半濁点は別の頭文字として扱う(例:ひ、ぴ、び、は全て違う頭文字として扱う)

(次回、6-2 イニシャル・デュエマ 中 に続く)

神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemon

フリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。

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