By 神結
人間なら誰しも、才能や才覚の差というものを感じることがある。
大地マナの場合は、その機会が二度訪れた。
もともと兄と弟とともにデュエマを始めたマナは、兄弟間で一番強かった。気付けば兄弟だけでなく、その友達たちとの対戦でも負けなくなっていた。小さなショップの大会だったが、大人たちとも対等に渡り合っていた。
中高生になると、もうマナに勝てる大人の方が少なかった。地元のショップの大会では、出ればだいたい優勝。負け越した記憶はそうほとんどない。
単純に試合で勝てるというだけの話でもなく、デッキやカードの強さ、プレイングなどについて話しているときも周りよりも明らかに進んでいた。
自分はどうやらデュエマの才能に恵まれているらしい、そう実感していた。これが一度目の機会である。
ところが大学生になって上京すると、自分と同じような実力を持つ人間などゴロゴロいることがわかってきた。大会で負け越すなんて、何年ぶりにしただろうか?
ただそれでもこちらの環境にも慣れてくると徐々に勝ち星は増えていった。上位プレイヤーとの間にあったのはコミュニティによる情報差であって、別に彼らとの間に大きな実力差があるわけではないことも気付いた。
……ただし一人だけ、マナの視点から見ても圧倒的な才能に恵まれている例外がいた。
よりにもよって、彼とは随分と親しくなってしまったために、日頃から一緒にデュエマをする機会が多い。そしてその分、差を痛感する機会もまた多くなってしまった。
時に溜め息も吐きたくなる。
なんでよりによって、こんな深い付き合いになってしまったんだろう?
†
これは、ちょっと進んだ未来の話。
時は12月17日。クリスマスを翌週に控えていた。
夕刻にもなると、街は電飾された看板や建物などが映えている。駅前広場には大きなツリーが立っており、行き交う人がスマホを構えて画面に収めていた。少しせっかちにも見えるが、すっかりクリスマスムードだ。
大地マナはこの日の講義を終えると、寄り道がてら近くのカードショップに顔を出した。
そんなに広いわけではないが、ゆったりとした雰囲気のショップだった。顔見知りの店長に一声かけようとしたが、その前にふと対戦卓に目が止まった。
森燃イオナが、そこにいるのだ。
(あれ、珍しいですね)
彼が自分からショップに出向くことは、あまりなかった。
その上で見知らぬ人と対戦しているのは、もっと珍しい。
(遂に私の知らないところでお友達ができたんですね……)
彼がデュエマをやるとき、真っ先に声をかける先はマナだった。
真剣に勝利を目指すプレイヤーが練習相手に自分を選んでくれるのは誇らしいし、単純に嬉しい気持ちが強い。
一方で、自分とやるだけで充分なのか? という想いもなくはなかった。
正確に言えば、自分はトッププレイヤーの練習相手たりうるのか、という話だ。
もっと強いプレイヤーだったら違う選択をするのではないか? そうすれば、実は相性も変わってくるんじゃないか? だとしたら、イオナは知識不足のまま大会に挑んでしまうのではないか?
もしそれで彼が負けてしまった場合でも、彼が直接マナに何かを言ってくることは決してないだろう。
ただしその分……という話である。その結果に、自分は耐えられるだろうか? とマナは自問する。
そういう意味では、イオナが友人を増やしていることにマナは安心感を覚えた。加えて彼は比較的人見知りであるため、もともと友人が多くなさそうなのだ。
本来ならば、喜ぶべき話だ。
だがどういうわけだろう。同時に心のざわつきも覚えている。
(もしも――)
もしも、自分が徐々に徐々に練習相手として呼ばれなくなったら? もしも私の知らないところで既にグループがあって、私の誘いも――
いや、やめよう。
それでも言葉にしようのない、したくない。そんな不安な塊が、マナの中で居座っている。
対戦卓に目を戻す。
デュエマ中に話しかけるのもな……と思い、そのまま店を出ようとしたところで、店長から呼び止められた。
「あれ、マナちゃん。来てたの? イオナくんに用事?」
「いや、別にそういうわけじゃないんですけど……ちょっと帰り道に通りかかったので寄らせていただきました」
「そうなんだ。ちょうどさっきイオナくんが来てくれてね。ウチの常連さんが強くなりたいっていうからイオナくんと対戦してもらってるだよね」
「あ、そうだったんですか」
「しかも快く引き受けてくれたんだよ、ありがたいね」
心を漂っていた塊が、スッと霧散していく音がした。加えてショップの人の顔覚えがいいのも、ちょっと嬉しかった。
人見知りかもしれないが、基本的にこの人は親切だし誠実だとマナは思っている。
やがてフリーやアドバイスなどを終えたのか、イオナは軽く挨拶をして席を立った。お相手の方も丁寧にお礼を言っていた。これがあるべき光景なのだろう。
イオナの方もマナと店長が話しているのに気付いたらしく、こちらへと駆け寄ってくる。
「来てたの? マナ」
「さっき来ました。なんか対戦中だと思ったんで、声かけなかったんですけど」
「ちょっと回さない? 使っておきたいデッキがあって」
「もちろん、喜んで。ぜひやりましょう」
こうして、いつも通りのデュエマが始まった。
†
「これって先にドロソからプレイしてでいいですかね?」
「あー、ダークネスとか見えてるしそれでいいんじゃないかな」
ちょくちょく相談を挟みながらプレイしていくのはよくある話だ。こうして意見をすり合わせて理解を深めていく。
数戦もやれば採用カードの評価もわかってくるし、デッキの問題なのか採用カードの問題なのかといった議論も明らかになってくるのだ。
結局10数戦やって、イオナはそのデッキの相性などはだいたい理解したとのことだった。曰く「まーCSでは使わないかな」らしい。これも、よくある話だ。
帰りの準備をしていたところで、イオナが「そういえば」と話を切り出してきた。
「話は変わるんだけど、来週の24って空いてる?」
「え? 24ですか?」
誰でも知ってる、クリスマス・イブの日だ。
思わず、ドキッとした。
「まぁ、空いてますけど……」
この日に余計な予定を入れてる人など、果たしているのだろうか? いや、確かにこういった日に労働をする人のお陰で世の中は回ってるんだけども。大変感謝しているのだけども。
いや、いまそういう話はどうでも良くて。
「良かった良かった。ちょっと付き合って欲しい用事があって、一緒にどうかな、って思ったんだけど」
「イオナさんの頼みなら断らないですけど、なんですか?」
マナは、イオナから敢えて目を逸らした。
「いや、このショップでちょっとデュエマのイベントやるんだけど、参加者あんまり集まってないらしくて。良かったら出ない? って誘いなんだけど」
「あー、なるほど。そうですか、そうですよね」
拍子抜けはしない。
結局どんなときであれ、イオナはデュエマなのだ。
それはそれで、かなり安心はする。イオナらしいといえばイオナらしい。
「それってどんなイベントなんです?」
「『詰めデュエマ』って知ってる?」
「詰め将棋的な感じのやつですか?」
「そうそう。まあ詰めデュエマの場合は『相手を詰ます』というより、『特定の条件を満たす』みたいな感じだけど」
「それはなんか、聞いたことがあります」
「で、今回それがしかもクリスマスバージョンらしい」
「…………?」
マナにはちょっとイメージが湧かなかった。
条件を満たすとは? それのクリスマスバージョン?
「どういうことですか?」
「えーっと、つまり……まあやってみるのが早いと思う」
試しに、とイオナは例題を持ってきた。プレイマットの上に、カードを並べていく。
相手のバトルゾーンにある《チキン・タッ太》を4体破壊してください。
ただし、スタートの条件は以下の通りです。
・使えるマナは4で、墓地は0です(このマナは全文明を持っていることとします)
・こちらの盤面はなし。相手の盤面には《チキン・タッ太》を4体と《洗脳センノー》、《異端流し オニカマス》がいます
・カードは何枚使ってもいいものとします。ただし同じカードを2回使うことはできません
・山札の中身は全て《はずれポンの助》で、GRゾーンは《チューチョロ》です
・マナをアンタップするカードは使えません
・バトルゾーンにある自分のクリーチャーを、自分のマナゾーンにあるかのようにタップしてもいけません
・プレミアム殿堂カードは使えません
・その他使用禁止カード:《フェアリー・ギフト》《ゴゴゴ・Cho絶・ラッシュ》《天使と悪魔の墳墓》
「これクリスマス要素って《チキン・タッ太》だったりします?」
「クリスマスチキン食べ放題というコンセプト、ということらしい」
「……なるほど」
適当に相槌を打って、マナは考えを巡らす。
同一カードを破壊するカードの使用は、とりあえず禁止されているようだ。また盤面リセットとして強力な《ゴゴゴ・Cho絶・ラッシュ》も、禁止ということらしい。
それ以外で盤面を大量に除去するカードでまずパッと思いついたのは、《虹速 ザ・ヴェルデ》+《SSS級天災 デッドダムド》という組み合わせだ。同じカードを複数枚使用はできないので「ダムド3枚侵略で」といったようなことはできないが、《S級不死 デッドゾーン》も合わせれば複数体の破壊は可能だ。
だが、そうしたギミックには《洗脳センノー》が睨みを利かせているし、おまけに《異端流し オニカマス》までいる。
「……他になんかいます?」
「何の話?」
「いや、《虹速 ザ・ヴェルデ》までは思いついたんですけど」
「まあ、そのための《洗脳センノー》と《異端流し オニカマス》だしね」
「複数破壊なら《“乱振”舞神 G・W・D》なんかはありですが、足りないですよね」
マナはスマホで《“乱振”舞神 G・W・D》のテキストを確認していた。
「いや、でも近いところにはいるよ」
「え? ほんとですか? 《ゴリガン砕車 ゴルドーザ》とか? いやでもこれもダメですね……あっ、待って」
マナは今度は検索欄に《“必駆”蛮触礼亞》と入れる。
「《“必駆”蛮触礼亞》から《“乱振”舞神 G・W・D》を投げれば3回までバトルできますね」
「結構近いところまでいると思うけど、《“乱振”舞神 G・W・D》のパワーをよく確認した方がいいと思うよ」
「……確かに」
G・W・Dのパワーは5000。《チキン・タッ太》も残念なことに、パワー5000なのである。
「近いってことはビートジョッキーですよね? 他に何かありましたっけ?」
「あるじゃん、殿堂カード」
「あっ」
マナは今度は《“轟轟轟”ブランド》と入力する。
注目すべきはマスターG・G・Gではなく、6000以下を破壊する能力の方だ。
基本的は手札1枚でこのカードを投げることが多いため1体破壊に留まるのだが、実はこのカードは何枚でも手札を捨ててもいいのである。そして捨てた分だけ、破壊が可能だ。
「手札の枚数制限ってあります?」
「”この問題では”指定していないよ」
「じゃあ決まりじゃないですか」
「で、《洗脳センノー》はどうするの?」
「あーーーーー」
マナは頭を抱える。
「イオナさんって意地悪だったりします?」
「いや? 意地悪なのはどちらかというとデュエマのメタカードだね」
「で、どうするんですかコレ。《“必駆”蛮触礼亞》ルートが消えましたけど」
「いや、冷静に考えて欲しいんだけど、使っていいのは4マナあるからね」
「4マナ……あっ」
マナは再び検索欄にカード名を打ち込む。
「《スチーム・ハエタタキ》って《洗脳センノー》取れますね」
「そう、そういうこと」
つまり、こういうことだ。
・《スチーム・ハエタタキ》で《洗脳センノー》を割る
・《“必駆”蛮触礼亞》で《“轟轟轟”ブランド》を場に出し、手札を3枚切る
・《“必駆”蛮触礼亞》のバトル効果と《“轟轟轟”ブランド》の効果で《チキン・タッ太》を4体破壊する
「これ結構難しくないですか?」
「ちなみに例題で出しておいてあれだけど、この問題は正直好きじゃないんだよね」
「そうなんですか? どういうところが?」
イオナはカードを1枚手に取ると、伏せてバトルゾーンに置いた。
「いや、実は墓地を11枚溜めて《暴走龍 5000GT》でまとめて吹き飛ばすっていう解法もあるんだけど」
「つまり解が2つあるのが嫌ってことなんですか?」
「いや、そこじゃない。解が複数あるのはしょうがないんだよ。デュエマってカードが本当にたくさんあるから、全部の手順を出題者が押さえきれるわけじゃないと思ってる」
イオナはバトルゾーンに置いたカードを、オープンする。
《神出鬼没 ピットデル》、と書かれていた。
「このカードを使えばいけるんだけど、《一なる部隊 イワシン》はともかく《疾封怒闘 キューブリック》も使う必要があってね。《神出鬼没 ピットデル》を2回使って~みたいなことをするんだよ。つまり美しくないんだよね」
「美しさコンテスト?」
「いや、でもこういうのって美術とか芸術と同じだと思ってるから。なんかカードの力でゴリ押し解決してる感じが合わないんだよね……。手順ぴったりで、ある種の感動すら覚えるような”綺麗”で”芸術的”な詰めデュエマを作りたいんだよね」
「…………」
これはイオナなりの美学ということなんだろうか。そのストイックさと言うべきか、あるいは偏屈さとでも言うべきか……その辺りの”綺麗さ”というこだわりは、マナにはわからなかった。
ところで、それとは別にひとつだけわかったこともあった。
(うーん、いまの私とイオナさんでは……)
目には見えないけど、それゆえに見えすぎるもの。意識しないけど、無意識に気付かされるもの。
力量の、差。有無を言わせぬ、絶対的な、実力差。
もし立場が逆だったら、おそらくイオナはノーヒントで何かしらの解法を提示するだろう。
しかし自分は、ヒントをもらわないと辿り着けなかったはずだ。
(このままだと、対戦しても勝てないよなぁ……)
目の前の一勝をするだけなら、それは時の運で決まることもあるだろう。しかし、長期的な勝率で言ったとき、イオナには勝てないことを察している。素の「プレイヤースキル」とも言うべき部分で、差があるのだ。
(嫌だなぁ、実力が足りないって思うのも、思われるのも)
マナは目の前にそびえる高い壁を、実感せざるを得なかった。
(次回、4-2 クリスマス・ミラクル・バトル(下) に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!