By 神結
プレイヤーの中には、「勝つこと」以上に「○○のデッキを使って勝つこと」を目指している人も多い。
石柱(せきちゅう)マリアもその一人であり、自身のデッキに確かな愛情を持っていた。
彼女は自身のデッキを並べると、その1枚1枚をスリーブから外していた。
「はい、皆さん。今日も頑張ってくれましたね~」
そう言いながら彼女はカードに付着した小さな埃などを丁寧に拭き取っていた。1枚拭いてスリーブに戻し、また1枚拭いてスリーブへ……。そんなことを繰り返していた。
「今日は破壊されちゃってゴメンね。痛かったでしょう? でも大丈夫、明日の大会ではそんなことさせないから」
やがてすべての作業が終わると、彼女はデッキの枚数を数え始める。
「ひーふーみよー……」
36を数えたところで、彼女はふとその手を止めた。
そして机の上の写真立てをじっと見つめる。
そこに収められていたのは写真ではなく、1枚のカードだった。
「大丈夫。私が友達、作ってあげるからね」
彼女は朗らかに、そして慈悲に溢れた微笑みを見せるのだった。
†
今日のCS会場は、少し遠い。
電車に乗って揺れて終点駅、富沢町にある公会堂が本日の「エデルソンCS」の会場になる。
道を間違えないでくださいねとマナに言われたのだが、電車を乗り換える必要もなかった。逆に何をどう間違えるのだろう。
今回のCSはこれまでに比べて、不安が少なかった。
1コストデュエマはロジカル・デュエマとはまた違ったものだが、ほっとしている面がある。
何故かと言えば、このルールは本来のデュエマとほぼ同じだからだ。とりあえず、ルールから勉強はする必要がなかった。
環境についてはまだわかっていないが、とりあえず一旦デッキについておさらいしたい。
このルールで単色デッキを組むのが難しいが初手で事故ると文字通りゲームが終わってしまうので、基本的には2色でデッキを組むことになる。
まず火。《グレイト“S-駆”》が凄い。速攻のイメージはあるが、実は他のカードは結構使いにくい。だいたい何かしらの制限で殴れないカードが多いからだ。
自然は《トレジャー・マップ》や《トレジャー・ナスカ》のようなサーチがあるのに加えて、《スナイプ・モスキート》や《ツクっちょ》などの優秀なカードが多め。ただし即時打点を作れない点だけがちょっと気掛かりではある。
で、闇。《死神術士デスマーチ》という、このルールでは間違いなく最強クラスのカードもあるのだが召喚までに時間が掛かる点がややマイナスかなぁ、といったところ。相手にクリーチャーを破壊してもらうか、自分の手札を消費する覚悟で《孤独の影ロンリー・ウォーカー》や《暴虐虫タイラント・ワーム》などを使っても、総合的にはリターン負けしているような気がしている。
光はブロッカーが優秀だが、アタッカーがあまりにも貧弱なのでメインには据えたくないといったところ。《赤攻銀 カ・ダブラ》は強そうだけど、それ以外がちょっとね……。
最後に水。実は滅茶苦茶に優秀なカラーなのでは、と睨んでいる。優秀なブロッカーに加えて《エンペラー・ティナ》や《貝獣 ホタッテ》という即時打点まで生成できるのだ。《海底鬼面城》は相手にも恩恵を与えることになるが、手札の打点の変換能力で水に勝てそうな色がないので多分水が一番上手く使える気がしている。
ちなみにこの色は何故か2種の防御トリガーを持っている。おかしいだろ。
というわけで個人的な暫定使いたいカラーは水中心の水自然デッキ。以前使っていた「黒緑速攻」はあまり強くないのではないか、という結論に達している。
と、いうわけで今回は少しばかり自信があるのだが、ところがどうしたことだろう。
……なんと会場に着かない。
いや、駅を出たまではいいんだが、目の前に広がるのは駐輪場と公園で、その公会堂とやらの施設が見当たらない。駅を出てすぐって聞いたのだけど。
ちょっと困ったので、通りがかりの人に尋ねてみることにする。
「あ、すみません。少しいいですか? 公会堂に行きたいんですけど場所がわからなくて……」
「公会堂ですか? ちょっとわかりにくいですけど、あっちの公園に生えてる木々の向こう側が公会堂ですね」
確かに、よくみると公園の向こう側に建物らしき存在が見える。
「助かりました、ありがとうございます」
「もしかして、今日のCS参加者の方ですか?」
「え?」
何故かはわからない。だが一瞬、僕の身体に悪寒が走った。
奇妙な緊張感によって、足が震えている。
「あ、やっぱりそうなんですね。わたくし、石柱マリアと申します」
「……森燃イオナといいます」
「もし本日対戦することになったら、よろしくお願いしますね」
彼女はそう言って軽く会釈すると、会場の方へと向かっていった。
ようやく、ほっと一息吐ける。
「…………」
一見するとただ朗らかで礼儀正しい方だ。実際、そうなのだろう。
だがその一方で、言葉で言い表せない底知れぬ恐ろしさを感じたのもまた、事実であった。
†
なんとも言えない一日の始まりだったが、CS自体は順調に勝ち上がっていった。
やはり目論んだとおり、ちゃんと水文明は強かった。合わせる色はまだまだ考えられることはありそうだけど、今日のところは順調に勝ち進んでいる。
次はいよいよTOP8だ。
だがその前に時間がちょっと空いているので、フィーチャー卓の試合を見ることにした。
対戦していたのは、朝に会った例の女性だった。
彼女の盤面にいたのは、ちょっと変わったカードだった。
「《ベイB ソーター》……」
ミルクボーイの1コストカードだ。
これはちょっと頭から抜けているカードだった。動けるターンに若干ラグがあるため強くなさそう、と早々に切ってしまっていたが、ここまで残っているということは強力なのだろう。
実際、《トレジャー・ナスカ》や《D2B バブール》、そしてまさかのD2フィールドである《Dの揺籠 メリーボーイラウンド》のサポートを受けているのをみると、このルールでも珍しいワンショットも可能なのかもしれない。
だが、そこは当然相手も対応する。
「では《マリン・フラワー》を召喚します」
それはそうだ。ワンショット系はブロッカーを突破するのがやや面倒だ。
だが彼女は構わず、《Dの揺籠 メリーボーイラウンド》の効果を起動し、盤面の眠れるミルクボーイたちを起こしていく。
「こちら《ツクっちょ》を召喚しますね。マッハファイターで《マリン・フラワー》を破壊します」
なるほど、その対応は明快だ。
そして《D2B バブール》の効果で盤面のミルクボーイたちは何故か3打点や2打点を持っている。
……あれ、もしかしてあのデッキやばい?
「では、ダイレクトアタックで」
「参りました、いやお姉さん強かったです」
なるほど、ミルクボーイは可能性を感じるかもしれない。というか、いまの自分のデッキだと序盤の《ベイB ソーター》を対処できないし、《Dの揺籠 メリーボーイラウンド》を引かれたらあっさり負けてしまうような気がしている。
「いえ、この子たちと遊んでいただいてありがとうございます。この子たちも喜んでいます。ぜひ、”お友達”になっていただければと思っていますが、いかがでしょうか?」
「え? あっ、はい」
「そうですか、ありがとうございます」
彼女は柔らかな微笑みを見せた。それは母が愛しい我が子に向けるような、慈悲に満ちた笑みであった。
待て、これはただごとではない。何かがマズい気がする。
僕はそう直感した。
その直後、フィーチャー卓全体を瘴気が包んだ。すべて彼女から――石柱マリアから発せられたものだ。
「わたくし、対戦していただいてわたくしが勝たせていただいた方をですね、“お友達”にすることができるんですよ。まぁ、特殊能力的なものだと思っていただければいいのですが」
特殊能力!? いや、そんなものがこの世に……。
だがこの世界は僕の知らない世界だ。何があってもおかしくはない。そもそも僕の存在が……。
瘴気の濃度が濃くなっていく。
たまたま近くで観戦していた自分も、この瘴気をまともに吸ってしまった。気がどんどん、遠くなっていくのを感じる。
「さぁ、愛しい我が子。お友達が増えましたよ~~~。わたくしの子の一人になって、みんなと仲良くしてくださいね、わたくしも愛しますので」
僕が最後に見た光景は、対戦相手が”お友達”としてミルクボーイのカードになってしまう、その瞬間であった。
そして、僕の気は完全に遠のいてしまい――
†
ふと気が付くと天井があった。
この天井は、見覚えがある。
これは確か、トラックに跳ねられて飛ばされた前の世界、そこで一番最初に見た光景だ。
「あ、気が付きましたね、よかったです」
部屋の奥から、そんな声が聞こえた。大地マナの声だ。
「いやー、びっくりしましたよ。大会に遊びにいったら、イオナさんが廊下で寝てたので。揺すっても起きなかったので、連れて帰りました。もしかして寝不足だったりしました?」
「大会は? 大会はどうなった?」
「大会ですか? イオナさんは寝てたので棄権扱いですよ。ミルクボーイを使っていた女性の方が優勝したらしいです」
「え? 大会は無事に終わったということ?」
「別にトラブルなく。唯一あったとすれば、イオナさんが寝てて棄権した、ってくらいじゃなかったですかね」
いや、それはあり得ないだろう。あんなことが起こって、無事に終わった? しかも自分は寝てた扱い?
「あ、それで優勝したマリアさんからの伝言なんですけど、『今回対戦できなかったので、是非よかったら明日わたくしと公会堂の前の公園で一緒にデュエマしませんか?』とのことでした。いやーモテモテですねぇ」
「…………」
普通に考えれば、この誘いは断るべきだろう。
しかし、一つわかっていることがある。彼女は尋常ではない。もし彼女の誘いを断った場合……何が起こるかわからないのだ。
だがいまのデッキでは、あのミルクボーイに勝てるのか……そして負けてしまった場合、僕の運命は……。
「一つお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「あのミルクボーイのデッキ、あれに勝てるデッキを作りたい。協力してほしい」
「なるほど、イオナさん負けず嫌いですもんね。わかりました、一緒に作っちゃいましょう」
強力なパワーを持つミルクボーイを攻略するのは難しそうだ。例えば一度ブロッカーで受けても先にこちらのリソースが限界に達し、いずれ2枚目の《Dの揺籠 メリーボーイラウンド》などで決め切られてしまう。
だが速攻を仕掛けようとしても、《ドンドン打つべしナウ》という強力なトリガーカードがある。このカード、この環境においては《調和と繁栄の罠》とか《終末の時計 ザ・クロック》レベルに強い。
何か手掛かりはないか。
ぱらぱらとカードリストを見ながら、ふと1枚のカードを見つけた。
「このカードならもしかして……」
「なるほど、これならいける気がしますね」
(次回2-3 1コストデュエマ 下に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。