By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
あの日、紅クルミがいなくなり、ぽっかりと大きな穴が空いた。覚悟はしていたし、わかっていたことではあった。けど、なかなか耐えきれるものではなかった。その時に負った大きなダメージとは、決して完治するものではないのだ。
この傷は、大怪獣デュエマでの恐怖のようなものとは、また別のものだ。あちらは一時的なショックが大きく、マナのお陰もあって随分癒えた。しかし、これは違う。普段はずっと潜んでいるが、ある日突然、首をもたげてくる。
クルミがいなくなって数年経った今、そのことを思い出してしまった。
マナ、君も僕の前から消えてしまうのか? 君は僕を裏切らないよな?
†
時刻は夕暮れ、というよりも夜に近い。12月も半ばとあって、外はかなり肌寒かった。
そしてこの人も、だいぶ寒そうだった。
「冷えるなぁ……」
千代之台の中心部から約10分ほど歩いたところに、仲之瀬川という川が流れている。
その河原で、イオナは1人佇んでいた。
「マナがグレちゃった……」
実際にグレたかどうかはさておき、少なくともイオナはそう認識していた。
ただ、イオナ視点でいえばキッカケが一切謎に包まれている。自分が何かしたのだろうか……と改めてじっくり考えてみたが、思いつかなかった。目を覚まして、この世界に来たら、こうなっていた。これでは、確かに納得できるはずもない。
もちろんグレた(とイオナが思っている)マナが嫌いなのかと言えば、別にそんなことはない。全然嫌いとは言えない。ただそれはそれとして、もどかしかった。
ただ何よりも辛かったのが、「面白くない」と言われたことだった。
そこまで言われたら、じゃあマナが一緒にいてくれる意味って何? となってしまう。結局、あの日から会ってない。
じゃあそれでスパッと割り切れる人間でもなかった。だがらここ数日、だらだら未練がましいことばかりを考えている。
「やっぱり、ラップを頑張るしかないのかな」
実のところ、イオナはマナに完敗を喫したここ数日、ラップの勉強に励んでいた。
だが、正直なところ途方に暮れていた。韻を踏むことに対して、単純に力不足を感じていたのだ。
「どうすれば……」
デュエデュエデュエデュエデュエラップ……
デュエデュエデュエデュエデュエラップ……
「一体、どうすれば……」
デュエデュエデュエデュエデュエラップ……
デュエデュエデュエデュエデュエラップ……
「どうすればいいんだ……」
デュエデュエデュエデュエデュエラップ……
デュエデュエデュエデュエデュエラップ……
「あー、もう誰だよ」
イオナが声の方へと振り返る。
そこにいたのは、誰もが――デュエル・マスターズをやっているならば、彼を知らない人はあんまりいない、そんな人であった。
「貴方は……デュエラップの達人、Dead-End-Man!?」
一瞬、特殊カットインとか専用BGMのようなものが入った気がするが、恐らく気のせいだ。
「傷心してる少年に関心! マジで悲しい?彼女の乱心」
最悪のファーストコンタクトである。
「彼女に振られてご愁傷様、爆炎龍覇モルトSAGA!」
「別に振られてはねーよ」
彼は意気揚々と《爆炎龍覇 モルトSAGA》を掲げていた。
ちなみに、Dead-End-Manは直訳すると「行き止まり男」。新種のへドリアンではない……はず。
「知ってるからな。デュエラップの再生数は100万なのに、対戦動画の再生数は300しかないの」
「なるほど少年。いいパンチラインだ、ダンチガイだ。ヒップホップに必要な間合いが、わかってるじゃないか」
「……どういうこと?」
「少年、君の悩みは手に取るようにわかる。君はいま、デュエラップの在り方に悩んでる……違うかな?」
まぁ……大枠で言えば、間違ってはいない。
「少年はいま、ラップに勝つためにラップを座学的に学ぼうとしている。それは別に、学び方として間違っているわけでない。だが私に言わせてもらえば、それは目的と手段が逆転してしまった典型的なパターンだよ」
「手段と目的が、逆転……?」
よく言われる話、というのはわかる。例えば勝つために努力をしているはずなのに、努力そのものが目的になって目標を見失ってしまう、なんて話はありがちだ。
だがラップの話となると、客観的な視点が持てなかった。
「少年、もしかして君はラップを”スキル”だと思っていないか?」
「……違うのか?」
「”スキル”のあるラップをするのは間違いじゃない。でもラップはスキルではない、感情表現なんだよ」
「感情表現?」
「そうだ。伝えたいこと、表現したいことがまず先にあって、それを表現する。それがラップなんだ。その上で韻を踏む、といったようなスキルを磨くんだよ」
「……なるほど」
自分は韻の踏み方とか、そういう技術ありきで考えていた。だが、そうではない、というのが達人の話であった。
確かに、そういうものなのかもしれない。
例えば、《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》で山札を固定して、《R.S.F.K.》のジャッジで勝つ――という「ガイアッシュ覇道」のテクニックがあったとして、別にそのテクニックからデッキを構築するわけではない。そのデッキで表現したいこと、「ガイアッシュと覇道を揃えて勝つ」だったり、「《インフェル星樹》でリソースを伸ばして戦う」だったり、そうしたものが絶対先に来るのだ。その逆はない。
なるほど、だとしたら誤解していた。
リリックもデッキ構築も、自己表現の一種という意味では同じなのかもしれない。
そして、それはつまり――
「ふむ、気付いたようだな、少年。デュエマもラップも同じだということに」
「ラップとデュエマが、同じ……」
どういうわけか、急に道が開けたような気がしてきた。
何故もっと早く気付けなかったのだろう。
「さぁ、思い出せ少年。ラップで表現したいものを。伝えたい想いを」
伝えたい想いが、あるかというとわからない。
だが思い浮かんだのは、やっぱりマナの顔だった。
マナと最初に出会ったのは、ロジカル・デュエマの世界だった。トラックに跳ねられて異世界に飛ばされ、倒れていたところをマナに助けられた。当初はマナさん、なんて呼んでいた記憶がある。
なんでわざわざ助けてくれたのか、後になってそれを聞くと「いやぁ、何か放っておけなかったんですよね」とか言っていた。気付けばなんか、普段からデュエマをするくらいに仲良くなった。
ロジカル・デュエマとは、カードの効果やバトルの勝敗を互いにディベートの結果で決める、というものだった。故に、あのウザいウザい帝王はこのゲームの申し子と言えた。あの勝負は、マナとの練習がなければ本当に勝てなかった。
1コストデュエマでは、石柱マリアという今までに出会った中でも一番の謎で危険な女性……負けてしまったらその瞬間カードに変えられてしまうという恐ろしい相手だった。文字通り1コストのカードしか使えないデュエマであったが、マナと一緒にミルクボーイデッキを攻略する術を見付け、なんとか勝利できた。
メンタル・デュエマは、ランダムに引いたカードが同じコスト・カラーを持つカードとしてプレイできるという、デュエマの知識を問われるものであった。マナから借りた『デュエル・マスターズ カード大全』を頭に叩き込んで挑んだ。雷のリュウはかなり強敵だったが、彼から《ロスト・ソウル》を撃たれた瞬間にマナと目が合った。あの会場で、あの瞬間に勝ちを確信したのは、自分とマナだけだった。通じ合った瞬間は、本当に最高の気分だった。
イニシャル・デュエマは、同じ頭文字で始まるカードをプレイできないという、こちらもまたデュエマの知識がかなり問われるゲームだった。この時はマナと一緒に、ゲームのいろはからかなり根詰めて勉強した。それでも会長に勝ったのは、まぁまぁ奇跡だと思ってるし、マナからもらったチョコレートは美味しくいただいた。
グルメ・デュエマでは試食係としてのマナは全く戦力にならなかったものの、グランプリのルールや採点方法の下調べなんかは全部マナがやってくれた。マナ抜きでは、あの勝負を引き分けに持ち込むことはできていない。
ヒストリー・デュエマで戦った名取川ミヤは本当に強敵で、マナのカードが危なかった。この時は、なんとか助けることができたと思っている。
あとはもう、マナに助けてもらった記憶しかない。フレテキかるたの時も、帝王と再会してしまった時も、そしてマナの地元でスローライフ・デュエマをした時も……マナがいなければ、いまの自分は絶対にないのだ。
結局、もはや自分という存在はマナありきみたいな部分があって。だから、このままではいけないこともわかっている。
マナが何を考えているのか、何故グレてしまっているのか、わからない。
お世辞にも、感情を伝えることは得意ではないと思う。
でもやっぱり、自分からマナに対して抱いている想いというものには……それがプラスのものであっても、あるいはマイナスのものであったとしても、大きく存在している。とっくに気付いていることではあったが、自覚はしていなかった。
そうなると、やっぱりいい加減、覚悟を決めるべきなのでは、ないだろうか?
それを、ラップで伝える。なるほど、わかってきたかもしれない。
「……ありがとう、達人」
そう言って振り返ると、Dead-End-Manはもうそこにはいなかった。
そしてちょうと入れ違いに、スマホにメッセージ通知が入った。
メッセージの送り主は、大地マナとあった。
「……マナ」
正直、開くのは怖い。内容によっては卒倒する気がする。でも、開かないと先に進まない。
イオナは一度頷いてから、メッセージを開く。
『イオナさん、どうしたんですか? 早くリベンジに来て下さいよ。海ヶ崎の港で、待ってます』
「…………」
マナの真意はわからなかった。何を考えているのか、何を思っているのか。
だったら、聞くしかない。待ってるとまで、言うのだから。
イオナは立ち上がると、千代之台駅へと向かっていった。
†
海ヶ崎は夜になると、若者の街となる。
そんな街の外れの港で、マナは船止めに腰を降ろしていた。ちなみに正式名称はボラードという。イオナは知らなかったようだが、マナは知っていた。
相変わらず、野球帽を被り、かなり派手なオレンジ色のパーカーを着ていた。そして首からは金色のネックレスを下げている。
マナは上機嫌に鼻歌を歌っていた。その手にはスマホが握られているが、画面には1枚の写真を表示されていた。
「い~~~お~~~なさ~~~~~~ん」
写真に映っていたのは、イオナその人であった。
マナは相変わらず上機嫌そうに、その写真へと呼びかける。
「早く、私を倒しにいらっしゃ~~~い!」
夜の海ヶ崎港は、いつも霧が深い。
(アルティメット・デュエマラップ・バトル 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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