By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常に帰ってきていた。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
帝王の腹心という言葉が耳から聞こえたとき、マナはなぜか「あぁ、やっぱりな」と思ってしまった。
それは帝王がどうこうという話ではなくて、彼――森燃イオナにとってよくないことが起こるだろうな、という勘が当たってしまったわけである。
それを冷静に受け止めている自分に、少し驚いたが。
ここ数日の彼は、様子がおかしいとまではいかなかったが、明らかに良くはなかった。悩んでいる、困っているというよりかは、気分が重そうなのだ。
……彼は、自分の身に起こったことについて、本当に話をしない。だから理由はわからなかった。「何かあったんだろうな」と思うに留めるしかなかった。
そしてようやく、納得がいった。
詳細は不明だが、あの帝王とかいう詐欺師まがいの詭弁を弄する男に、絡まれたのだろう。だとしたら、この腹心という奴の態度が酷く丁寧だったのも、詐欺師の一味だからと思えば納得もできる。
問題は、彼だ。
私が救わなくてはならない。それができるのは自分しかいない、という使命感があった。
「イオナさん……」
そこでふと、自分の意識が遠のいていくのを感じた。
「あ、れ……?」
まるで自分が大海の中に放り投げられたような感覚に陥ると――次の瞬間、知らないはずの記憶が頭の中へとめどなく流れ込んできた。
†
試合は既に始まっていた。
水無月を名乗る男は、やはり真面目で丁寧なプレイヤーに見えた。カードの扱いや宣言といった一つ一つの所作が、それを感じさせた。
(でも、アイツの仲間なんだよな……)
かなり、気が重い。
そして水無月の扱うデッキへの対応もまた、面倒であった。
不死鳥デュエマはターンの終了時に破壊されたクリーチャーが墓地から蘇生するというものだ。だから本来、破壊と蘇生を生業としている闇文明としてはあまり旨みがない。もちろん《特攻人形ジェニー》などのハンデスは強力だが……それはあくまで闇文明をデッキの一つのパーツと見たときの話だった。
少なくとも、イオナはこの大会の前まではそう思っていた。
しかし水無月のアビスロイヤルは、不死鳥デュエマに上手く適応したデッキだった。
特に不死鳥デュエマでそこまで有効とならない破壊以外の耐性を持つ《深淵の三咆哮 バウワウジャ》はアルプス越えをするナポレオンのような強さがあるし、それを裏で操る《アビスベル=ジャシン帝》は極めて恐ろしい。
ともかく、アビスロイヤル軍団のギミックと付き合ってはいけない。幸い、今回使っているのはクラッシュ覇道だった。まともに戦わずに勝つルートがある。
先攻の2ターン目、イオナは《異端流し オニカマス》を召喚する。相手ターンのみだが、一応墓地からの蘇生に対して牽制するくらいの効果はある。
対して、水無月は2ターン目、あえて《特攻人形ジェニー》をチャージしてターンを終了した。
「なるほどね」
2ハンデスできる状況ではあったがしなかったようだ。
「覇道を出せる状況だったら、オニカマスは出していないでしょう?」
「そうだね」
闇文明の除去は結局破壊に頼らざるをえなくて、それは《勝利龍装 クラッシュ”覇道”》とすこぶる相性が悪い。不死鳥効果で蘇生してきた覇道が毎ターン動き続けることになり、破壊してしまうと追加ターンが待っている。
つまり1枚でもゲームを作れてしまう覇道を出せるような手札だったら、ハンデスの危険を考慮してそこまでクリティカルでない《異端流し オニカマス》なんかを出して手札を減らさないでしょう? と言いたいわけだ。
じゃあイオナが手札をどうして減らしたかと言えば、ハンデスを誘って《貝獣 パウアー》をヒットさせて手札を引き込もうという意図があった、ということになる。
だから水無月としてはその誘いには乗らないよ、という話だ。
そうなるとイオナはチャージのみでターンを終了した。アビスラッシュに付き合わずに最速でゲームを終わらせる、というルートは実現しなかったようだ。
「森燃イオナさん、どうして帝王様に力を貸してくださらないのですか?」
不意に、水無月はそんなことを言った。彼は《フォーク=フォック》を召喚してターンを終える。
イオナとしては答える必要もないのだが、彼の丁寧な言葉遣いを聞くと、無視するのもやや良心が痛む。
「帝王様は11人の腹心にそれぞれ月の名を冠する名前をお与えになっています。つまり、1枠わざと空けているわけです。この意味が、おわかりですよね?」
「いや、そんなこと言われても……だってあの人、言ってること意味分からないし……」
「意味がわからない? 森燃イオナさんほどの人が、帝王様の御言葉の真意を理解できないなんて、そんなはずないでしょう?」
「ほどの人、って言われても。今回初めて会ったじゃないですか」
「帝王様が、貴方をそう評価なさっておられるのです。それ以上に、何が必要でしょうか?」
……怖い話になってきた。
この人は、完全に帝王に心酔している。実際そういった熱狂的、狂信的なファンを生み出すカリスマ性も持ち合わせているが……。
イオナは《”乱振”舞神 G・W・D》を召喚した。除去効果、ドロー効果に加えてB・A・Dで自身を破壊できるのがミソで、不死鳥効果で蘇生されても、そのクリーチャーを自身で破壊し直すことができる。その際にドローもしっかり付いてくるという、優秀な1枚だ。
これによって《フォーク=フォック》を処理したが、一応相手の墓地も溜まった。
水無月は4マナで《アビスベル=ジャシン帝》を召喚する。
「帝王様は仰います。世の中に不条理は意外と少ない、と。物事は道理がある、と」
「…………」
4マナ7000のW・ブレイカーで、メリット効果しかないクリーチャーははたして道理の範疇なのか? という問いはさておき。
「しかし道理があるからこそ、納得せねばならないのだ、と。道理があるから、できないことも生じてしまう」
「それの、何がダメなんですか?」
イオナは今度こそ増えた手札から《”必駆”蛮触礼亞》を唱えた。
当然出すのは、《勝利龍装 クラッシュ”覇道”》である。
《”必駆”蛮触礼亞》のバトル効果の対象をジャシン帝にすると、ジャシン帝は手札2枚を犠牲にその場に留まった。
手札から捨てられたのは、《深淵の三咆哮 バウワウジャ》だった。不死鳥効果で復活することもできるのでわざわざ効果を使う必要もないのだが、ここではバウワウジャを墓地に落としておくことを優先したのだろう。
「帝王様は、それがお嫌いなのです。できないことが存在するし、それが覆せないことが、嫌だと。イオナさんは違うのですか? 自分がドラゴンデッキを使っていて、相手にVANを出されたら即死。道理だとしても、それは嫌ではありませんか?」
「……それは、帝王の言葉?」
「そうです。帝王様の御言葉を、お伝えしております」
いくら帝王と言えど、まさか世界の創造をデッキ構築と同じ次元で認識しているはずはない。
だとすれば、お得意の詭弁である。
だがそれを心底信じているであろうこの水無月将軍は、恐ろしかった。
そしてまた、それができる帝王という男もやはり、怖かった。
……なるべく早く、ゲームを終わらせたい。
イオナはG・W・Dでまずはジャシン帝に自爆特攻をして不死鳥効果を使えるようにすると、続けて覇道で2点を刻む。
水無月は、ブロックをしなかった。今度は手札が欲しいということなのだろう。
しかしこれがトリガーを踏んで《悪灯 トーチ=トートロット》が場に出た。シビルカウントは気にならないが、トリガーブロッカーはこのルールで強い。チャンプブロックを続けることで、シールドを守り続けることができる。
ただ今回は覇道と一緒に不死鳥効果で蘇ったG・W・Dと相討ちに取ることができたため、場から退場していった。
イオナの追加ターン。
2点を通してくれたことが幸いし、ここで《烈火大聖 ソンクン》を場に出したことで、打点は届いている。見えているカード的に、早々負け筋はないだろうと思っていた。
「とにかく、僕は帝王の仲間にはなりません。何より、彼を信用できませんし、その理念が素晴らしいとも思えません。僕には彼がすごく独善的に見えて仕方ないのです」
「私たちとともにくれば、それが誤解だとわかりますよ?」
ソンクンの効果でジャシン帝を破壊しながら、1点を刻む。
しかしここでトリガーしたのは、なんと《テック団の波壊Go!》だった。
ソンクンもオニカマスもバウンスされてしまい打点が足りない。ジャシン帝の復活も、約束されてしまった。
「……なるほど」
「もちろん、破壊以外のカードも入ってますよ」
イオナは残る覇道で2点詰めてシールドを0にしてターンを終える。
だがジャシン帝が復活したことで、水無月にビッグアクションのチャンスがやってきた。
水無月は墓地からまず1コストで《ベル=ゲルエール》を出して墓地を増やすと、続けて先ほど墓地に落とした《深淵の三咆哮 バウワウジャ》をもアビスラッシュで2コストで召喚する。
場のジャシン帝が、墓地のバウワウジャにアビスラッシュを与えるのだ。
さらにバウワウジャの効果で墓地を肥やすと、2体目のバウワウジャもアビスラッシュで召喚された。
場にはクリーチャーが4体。バウワウジャはクリーチャーとなっている。
「もちろん、全員シールドを攻撃できます」
「…………」
バウワウジャは破壊以外の除去を受けつけない。いまのイオナのデッキに、G・ストライクは入っていない。しかもジャシン帝は除去耐性を持っている。
……つまり、そういうことなのだ。
水無月のバウワウジャが、3点を刻んでくる。そしてそこに、トリガーはなかった。
「では、《深淵の三咆哮 バウワウジャ》でT・ブレイカーを宣言します。通りますか?」
「……はい」
「では、残り2枚のシールドをブレイクします」
負けたのか? 油断はなかったと思うが、正直《テック団の波壊Go!》は考えていなかった。
恐る恐る、イオナはシールドを見る。
「……《終末の時計 ザ・クロック》で」
「おやまぁ。それでは私の負けですね。では勝敗登録の方をお願いします」
イオナは大きく溜め息を吐いた。
本当に、薄氷ものの勝利だった。
「対戦ありがとうございました、森燃イオナさん。また会える日を楽しみにしております」
そう一礼すると、水無月はカードを片付け始める。
ふと、彼の《アビスベル=ジャシン帝》と目が合ったような気がした。
奴は、こちらを見ていたのだ。
そしてその目が、まるでこちらの全てを見透かしていて、笑っている。そんな風に見えて仕方なかった。
「…………」
「イオナさん?」
呆然と立ち尽くしていたイオナは、すぐそこでマナが見ていたことに気付かなかった。
「マナ……」
「なんでしょう?」
「僕は、奴が怖いかもしれない……」
手が震えている。
試合に勝った気もしなかったし、いま自分が誰と戦っていたのかすら、もはやわからなかった。
そんなイオナに、マナは一度目を閉じてから、言葉をかける。
「大丈夫です、イオナさん。何も変わってはいないんですよ。誰が来ようと、何が起ころうと、何も」
「マナ……?」
「ええ、そうです。だって」
それは、ほんの小さな呟きだった。
「イオナさんは、いまのイオナさんのままでいてくれればいいんです。それだけで“あの子“も幸せのまま過ごせるのですから……」
†
玉座の上の王は、事の成り行きを蕩々と観察していた。
「まぁ、そうなるな」
水無月将軍の勝敗は、些事である。いずれにせよ、彼が森燃イオナに勝つことは無理だったはずだ。
だが、成果はあった。大きな楔を打ち込むことができた。
あくまで目的は、「世界の真理を我が物とする」こと。世界の創造だとか、世界の改変だとか、世界を作り替えることだとか、好きに呼んでもらって構わない。人は空を飛べないが、飛べるようになったっていい。水が低きに流れなくともよい。……人が、王に従わなくともよい。
そしてその目的の達成には、森燃イオナの力は絶対に必要だった。それは彼が、クリーチャーの具現化について多くの現象に遭遇してきたからだ。目的のためには、クリーチャーの具現化の解析が欠かせなかった。
しかし現状、申し出はあっさりと断られてしまっている。
「故に、だ」
王は言葉を、臣下に告げる。
「イオナくんには、自ら協力を申し出てもらえるようにしなくてはならない」
それは新たな”帝王計画”の始まりだった。
「森燃イオナには無力感を覚え、そして世界に絶望してもらわなくてはならない。その時きっと彼は、自ら我々に協力を申し出てくるだろう。慌てる必要はない。少しずつ、彼の背中を押しながら、歩みを進めていこう。なに、心配はあるまい」
血のような真っ赤なワインが注がれたグラス、王はそれを手に取った。
「あらゆる世界には、彼が絶望できるだけのものがまだまだ溢れているからな」
不死鳥の如く蘇った王は、静かに笑みを浮かべていた。
(不死鳥デュエマ 完 次回へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!