By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
その日、イオナは夢を見た。
それは随分と、奇妙な夢であった。
目の前に広がっていたのは、回るメリーゴーランド。幼少期に遊びに来た……場所だったような気もするが、イオナは覚えていなかった。
周囲を見る。人影はない。無人のメリーゴーランドが、愉快なメロディとともに回っているだけだった。
「マナ、いるのか。マナ?」
ここに僕がいるならば、マナもここにいるのだろう。イオナはそう思った。
しかし、返事はなかった。無人のメリーゴーランドが、ただ回っているだけ。
やがて、メリーゴーランドは止まった。
「こっちですよ、イオナさん」
それはマナの声だった。無人だったはずのメリーゴーランドに、マナはいた。
「なんだ、そこにいたのか」
奇妙なものを感じたが、イオナは歩いて近付いた。
だが近付けば近付くほど、マナの顔はぼやけてきた。
おかしい。マナってこんな顔だったっけ?
直後、彼女の顔が一瞬だけ明瞭になる。
そこにあった顔は、明らかにマナではなかった。
思わず、後ずさりをしてしまった。
「君は……誰なんだ? マナはどこにいる?」
マナではない何かは、何も言わずに笑みを浮かべていた。その表情は、ひどく不気味に見えた。
そして振り返って逃げようとした瞬間、イオナは後ろから刺された。背中に痛みが走る。おそらく、ナイフのようなものが突き刺さっている。
イオナは後ろを振り返る。そこにあった顔をよく見る。それは昨日、確かに見たような――
「忘れちゃえ、忘れちゃえ、彼女の顔なんて。忘れちゃえ、忘れちゃえ、彼女との記憶なんて……」
それは願いのように耳元で囁かれ、呪いのように脳裏へと刻まれていく。
イオナは言葉にならない呻きを上げた。苦しい。これはなんだろう?
「貴方に必要なのは、彼女? それとも私? 誰が本当に必要なのか、私が教えてあげようか?」
フフ、と彼女は静かに笑う。
「ねぇ、森燃イオナくん?」
ナイフが一段と深くに沈んでいく。それはまるで、『刺している』のではなく臓腑に『埋め込んでいる』かのようであった。イオナは、動くことができなかった。
助けてくれ、そう叫びたかった。
その叫びに応えてくれそうな人が、確かにイオナにはいたはずだった。そのことは、ハッキリと覚えている。
しかしどういうわけだろう。その人の名前は、まるで靄がかかってしまったように思い出せなかった。
「――! ――!」
声にならない声を上げたところで、その口そのものを彼女に塞がれてしまう。
やがて意識は深淵に、暗い闇の中へと落ちていく――
……。
…………。
……というところで、イオナはようやく目を覚ました。
悪夢から解放された、と言った方が正確かもしれない。
「……夢、か」
思わず、肩で息をした。まだ苦しい。背中が重い。そんな気がしてならない。
いま何時だろうか。そう思って、スマホを手に取る。
すると、そこには複数の通知が届いていた。名前に、古川ツクシと書かれていた。
『イオナくん、今日も約束通りショップで会おうね! いつもの時間で!』
それを読んだイオナは、ほぼ反射的に「わかった」と返信した。
……いや、彼女と何か約束なんかしただろうか? いや、したんだろう。そうでなければ、わかったなどと回答しないはずだ。
通知は、他にもあった。大地マナ、そんな名前が書かれていた。
『イオナさん、今日って練習する時間ありますか?』
どうも、文章の内容がよく咀嚼できなかった。奇妙だった。確かにそこには日本語でそう書かれているし、内容も平易。そもそも読める。だが、文意が何故か掴めない。靄のようなものに覆われ、何もわからなくなってしまう。
『ごめん、何もわからないや』
そう返さざるをえなかった。
ふと、メッセージの主に思いを馳せる。確か彼女は――
と、そこでやはり靄のようなものに覆われてしまった。『え? どういうことですか?』という返信が来たが、何も感じずにスルーしてしまった。
「出かける準備をするか……」
確か今日は約束があったはずだ。少し違和感があるが、それはきっと悪夢の直後だからに違いない。
しかし何故だろう。胸の辺りにぽっかりと、大きな空洞ができてしまったような気がした。
そしてその空洞は、決して埋まることがないと――何故かそんなことまで察してしまっていたのだった。
――フィアナの森の枯れ木から新たな悪夢が生まれる。(《腐卵虫ハングワーム》)
†
一目惚れ、というほかない。
そのキッカケを、彼は覚えているはずもないが。しかし私は、ハッキリと覚えている。
とあるカードショップでの大会に、私と彼は参加していた。最初に見たとき、爽やかな印象の人だなとは思っていた。そして大会は進んで、たまたま彼の隣の席で試合をすることとなった。彼は勝って、その直後くらいに私も勝った。そして私がスコアシートを持っていこうとしたところ、彼から呼び止められた。
「あっ、そちらのスコアシート出してきますよ」
本当に、これだけ。これで、たったこれだけで、気付いたら好きになってしまった。嘘だろ? と思うかもしれないが、事実だ。だから、これは実質的に一目惚れだと思うことにしている。
笑いたければ笑え。だが気持ちに嘘はない。
そして彼のことが知りたくて知りたくて知りたくて知りたくて、彼の好きな食べ物やら彼の地元のことまで気付いたら調べてしまった。そして彼を知るうちにどうしても許せない存在がいることも知ってしまった。
さて、彼が少しおぼつかない足取りでカードショップへとやってきたのは、15時前くらいのことだった。
「あ、イオナくん。こっちだよこっち!」
精一杯の笑顔で、手招きをする。ずっと昔から変わりない光景。”幼馴染み”である私が、何千何百と繰り返してきた行動だ。
彼は私を見つけると、すぐ前の席に座って一息吐いた。
「……暑い」
「そりゃ夏だもんね」
私はドリンクとタオルを差し出した。彼はそれを受け取ると、ドリンクを一気に飲み干してくれる。
「それで、今日は何するんだっけ?」
「もー、言ったじゃん」
私は複数のカードの束を取り出す。デュエマ・フレテキかるた、と呼ばれるゲームだった。
それを見た彼は、何か思い詰めたような難しい顔をしていた。
「イオナくん、どうしたの?」
「……いや、何かこのゲームはやるなと誰かに言われたような気がして」
「え~そんなこと言う人なんて、いるわけないじゃん」
「そうか、そうだよね」
思わず舌打ちしそうになった。
やはり、どうしても許せない存在なのだ、大地マナ。
彼の記憶はまだ混濁しているし、何より彼の中にいる”彼女”は、その深層心理にまで食い込んでいるということを示している。かなり苛立ちを覚える。
もう少し、刷り込みを強くすべきなのだろうか?
だが焦ってもいけない。何かのきっかけで、突如靄は晴れてしまう。慎重に、慎重に。もう少し、もう少しなのだから。もう少しで私は彼の”幼馴染み”として上書き保存され、ゆくゆくは将来を約束した仲にもなれる。
存在しない物語は、生み出してしまえばいい。存在した物語は、抹消してしまえばいい。
彼の持っているあの女との記憶に、私の生み出した偽りの記憶を上書き保存する。これによって私は彼のお馴染みに、そして許嫁になるのだ。
別に彼女が憎いわけではない。しかし、邪魔なのは確かだった。聞いた話によると、あの女自体、彼との縁が決して長いわけではない。せいぜい、一年くらいしかないらしい。
それくらいだったら、全部上書いてしまえ。
全ての物語を紡いでしまおう。私は彼の恋人役に、彼女は悲劇のヒロインに、それぞれ配役する。
彼からの言葉を受け取り――彼女は泣き崩れ、それで悲劇は完成する。
「……どうかしたの?」
「あ、いや。なんでもないの。さぁ、早く遊びましょ」
私はカードを手に取ったが、彼がそれより早く自分でカードを並べ始めた。
「とりあえずE1とE2のカード、勉強しておいたよ」
「E1とE2? なんで?」
「……なんでだっけ?」
「そんなの私が知るわけないじゃん」
私はクスリと笑った。そしてカードを一通り並べ終えると、読み上げアプリを起動した。
「……待って」
「どうしたの?」
「いや、なんか」
彼は歯切れが悪そうに言った。
「今日は大事な予定があったような気がしたのを突然思い出して……」
「”幼馴染み”の私と、”約束通り”に”一緒に遊ぶ”以上の予定が、なんかあるの?」
慌ててはいけない。誰も気付かぬうちに、記憶が全て置き換わっている、それができればいい。
「……いまいち思い出せないけど。まぁ、いいか」
そう、それでいい。
「じゃあ、始めましょうか」
彼はコクリと頷いた。思わず、笑みが溢れそうになる。あと、一歩。もう少し。
『はじまりのゼニスである――』
彼がカードを手に取った。《墓地の守護者メガギョロン》。
――はじまりのゼニスである「無情」の極 シャングリラは、「文明を問わずすべてを守りたい」「外敵を排除したい」というガーディアンの矛盾した心によって生み出された。(《墓地の守護者メガギョロン》)
「え~~~すごーい! これだけでわかるんだ!」
「E1とE2の勉強はした、って言ったじゃん」
「そういえば、このカード使って昔よくデッキ組んでたもんね、イオナくん」
「ん? そうだっけ? まぁシャングリラ使ってた時期もあったから、そうだったかもな……」
瞬間、彼の記憶はまた一つ消えていく。一度楔を打ち込んでしまえば……私と過ごす時間、私の交わす会話によって、彼の中の物語は作り替えられていく。
『祝福の扉が――』
やはり彼は素早くカードを取る。《ウェディング・ゲート》。
――祝福の扉が開かれる……呪われた祝福の。(《ウェディング・ゲート》)
「本当に早いね、イオナくん」
「いや、僕より君の方がもっと強かったような気がしてたんだけど……」
記憶がまだ、混濁しているようだった。私は意図的に、話を逸らす。
「”君”、じゃなくて。名前で呼んでよ~~」
「名前……? えーっと……」
「昔みたいに、”ツクシ”でいいよ」
「ああ、わかったよ――」
だが、名前が呼ばれるちょうどその時だった。
ショップの入り口が開け放たれ、彼の名前が呼ばれた。
「イオナさん!」
どうやら、私の配役した悲劇のヒロインが到着したようだった。
ちょっと予定より早いけど……まぁ、いい。
思わず、笑みが溢れてしまった。
――悲劇はもはや必然である!(《偶発と弾幕の要塞》)
†
全ての予定が、手につかなかった。
これは意味がないと大学を早々に切り上げた大地マナは、急いで待ち合わせの場所に向かっていく。
奇妙な話だ。森燃イオナは、不明瞭なメッセージを送ってくる人ではない。メッセージをスルーするような、不誠実な人でもない。イオナは結構、自分との予定を最優先に合わせてくれる人だった。
彼に何かあったのだろうか。不安で仕方がない。
もちろん、ただの杞憂であれば、それでいい。それにこしたことはない。
最寄りの駅を降りると、そのままカードショップ『パンドラ』の方へと走って行く。時計を見た。約束通りなら、彼の方がショップに先入りしているだろう。
「イオナさん!」
店の入り口を開けると、確かにイオナはそこにいた。良かった、とマナは胸を撫で下ろす。
だがやはり、この話は奇妙だった。
マナの呼び掛けに、イオナは反応しなかった。
そして当のイオナはというと、知らない女性と楽しそうにデュエマをして遊んでいた。確かにイオナは、フリー対戦を頼まれたら断らないタイプではあるけども……。対戦に集中していて、聞こえなかったのだろうか?
やはり、嫌な予感がする。恐る恐る、マナはイオナの方へ近づいていく。
「あの、イオナさん。そちらの方は……?」
すると、イオナはようやく振り返った。
そして信じがたい言葉が、彼の口から発せられた。
「えーっと……貴女は、誰?」
マナの時間は、そこで止まってしまった。
――ああ、無情!(《大作家ヴィクトル・ユニゴーン》)
(デュエマ・フレテキかるた 下 へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!