By 神結
カードを具材として料理が生まれる「グルメ・デュエマ」の世界。
高森麗子に連れて来られた『超料亭 馬寿羅』で、イオナはグルメ・デュエマに出会う。店主の実沢シュウトは、病気で倒れた父の跡を継いでこの店を切り盛りしていた。
だがその後店にやってきた『デュエ・グルメシティ』の店主小角カズミとの間で口論が発生。来月行われるグルメ・デュエマ・グランプリで、決着を付けることになった。
しかしデュエマの知識に疎い実沢。そんな実沢を救うため、イオナは彼に協力することとなったのだった。
「マナ、これどう思う?」
「うーん……そうですねぇ……」
ここは『超料亭 馬寿羅』。店主の実沢シュウトとともに、僕はグルメ・デュエマの研鑽に励んでいた。
迫る「グルメ・デュエマ・グランプリ」で小角カズミに敗北した場合、実沢はこの店を畳んで小角の『デュエ・グルメシティ』で下働きになる――というのが約束だった。
志半ばの父から譲られたこの店を畳むわけにはいかない。しかし現状の実沢ではデュエマに対する知識が足りず、至高のグルメ・デュエマ料理を届けることはできない……。だからデュエマの知識を買われた僕が、彼に協力することになっている。
そんな中で、グルメ・デュエマ料理の研究に協力したいと申し出てくれたのがマナだった。
いま、マナには作った料理を試食してもらっている。
「美味しいとは思うんですけど、味は薄いんですよね」
「うん、そうだよね。やっぱそうなると思った」
そうですよね! とマナは言ったが、多分これは意図が伝わっていない。
「もっとこういうの足していきましょう」
マナが提示したのは、《ラ・ズーネヨマ・パンツァー》。しかも3枚。
わかっていた、わかってはいたんだ。マナの舌を考えたときに、明らかに今回の戦力として計算できないのは。
彼女は大抵の料理に信じられない量のマヨネーズかタバスコをかけて食べるという、ちょっと残念な感じなのだ。
「マナ、協力を申し出てくれたのは本当にありがたいし嬉しく思ってはいるんだけど」
「どうしたんですか、急に」
「今回の役にはちょっと向いていないと思っていて」
実沢さんもそれに続いて、口を開く。
「まぁ言葉をぼかして言うなら戦力外ってことね」
「ぼけてる部分1ミリもなかったけど」
「確かに私も、皆さんとは味の感性がちょっと違うなぁ~というシーンに多少の身に覚えがありますけど」
「マナもギリギリセーフ感みたいな話し方してるけど、ちょっとでも多少でもないからね」
「でもいいんじゃないですか? マヨネーズで美味しく感じられるならメーカーさんも喜んでるはずですし、それにマヨネーズかければステーキでも革靴でも食べられるってことで、食事には困らないと思いますよ」
「実沢さん、普通に言ってること最悪だからね?」
ちなみに実沢さんと一緒に2週間くらいやってきたが、この人は基本的に口から出てくる言葉は最悪なケースが多い。
「とりあえず、試食に協力してくれそうな人を他に探してみるよ。それなりにお店に通ってる経験のある人で」
実沢さんはそう言って、具材選びをしていた。
現状、魚と野菜の2色構築を考えているとのことだった。
まあ確かに魚と野菜であれば、ムートピアなりグランセクトなりに、該当するカードはそれなりに多い。実沢さんがデュエマにそこまで詳しくない以上、ある程度わかりやすく入手しやすい構築で挑むべきだろうな、とは僕も思った。
ただ現状では、ちょっと手詰まり感もあった。グランプリに向けての具体的な料理などは、現状では未定のまま。
当の実沢さんも何処か飄々としている性格なのもあって、何をどう目指しているのか掴みづらかった。
僕も思考が堂々巡りしていたので、少し空気を変えた方がいいかもしれない。
動くなら早いほうがいい。僕は財布を手に取り、席を立つ。
「イオナさん、どっか行くんですか?」
「いや、ちょっと外に。一時間くらいしたら帰ると思う。マナはどうする?」
「うーん、ちょっとやっておきたいことがあるので、今回はパスで」
「わかった」
外のグルメ・デュエマを、もっと味わった方がいい。僕は店の外へと出た。
†
時刻は、14時。昼食を取るにはやや遅めだが、混雑に合うことは少なそうだ。
グルメ・デュエマの店を適当に検索しながら、近くにあった評判の良さそうな店を選んで入ってみた。
店内は大きく、中華料理店っぽい形式のテーブル席が並んでいた。ただお一人様がダメかというとそんなことはなく、問題なく入ることができた。上の階には、宴会席などもあるようだ。
すぐに席に案内してもらえたので、メニュー表を眺めてみる。
グルメ・デュエマは性質上、野菜や魚介類が中心となる。しかしそこはデュエル・マスターズ。可能性は無限。メニューにも結構挑戦的なものが多く並んでいた。
何にしようかなぁ、と考えていたところ、不意に後方から声をかけられた。
「アンタ、シュウトの店にいた人だろ?」
振り返ってみると、まさかの顔がそこにはあった。
「もしかして、小角さん?」
「話は聞いたぜ。アンタ、シュウトに協力してグランプリに出るらしいな」
「まぁ、なんか流れで……」
「で、そんな奴がウチの店になんのようだ? 偵察か?」
「え、ここ小角さんの店?」
「じゃなかったらいねーだろ」
確かによく見ると『デュエ・グルメシティ系列』って書いてあった。
「まあ何しに来たかは知らねえけど、せっかくお客様としてきたんだ。格の違いというのを見せてやるよ」
「格の違い……」
そう言って、小角は厨房へと戻っていった。
いや、メニュー何も頼んでないんだけど……と思って店員を呼んだが、どうやら”スペシャルメニュー”を用意してくれるとのことだった。
よくわからないけど、厚遇してくれるようだ。
ところで料理を待っている間に、少し現状のグルメ・デュエマへの認識について整理しておきたい。
グルメ・デュエマの始まりは、かのニュートンが《アッポー・チュリス》が木から落下するのを見て食材にしようと思ったことに端を発する。絶対嘘だろ。
まあ歴史とか成り立ちはひとまず置いておいて、グルメ・デュエマはいま最もポピュラーで人気な料理のジャンルだ。中華料理とかフランス料理とか、ジャンルの1つとして認識してもらって構わない。
グルメ・デュエマは食材にはそれなりに制限はあれど、解釈と組み合わせ次第で無限の可能性があり、研究も盛んに行われているらしかった。また具現化調理機自体も日々アップデートされており、調理人の思考や想像をより具体的に料理へと落とし込めるようになっている。
ただ以前レイたちから言われたように、やはり職人技は存在する。素人が弄っても素人が作った味のご飯しか生まれないのが、グルメ・デュエマの難しいところだ。恐らく、自分のような素人だと味に対して理論的な説明ができないからだろう。
グルメ・デュエマ、深い。それ故に、数々の料理人がチャレンジしている。高森財閥が料理大会を開いているのも、そうした情勢を受けてのことだった。
その点、実沢さんの作る料理は確かに美味い。やはり、修行を積んでいるだけはある。しかし小角が以前に指摘した通り、デュエマの知識不足もあって「至高」の領域にはあと一歩足りていない、というのが現状な気がしている。
現状、自分がデュエマの知識を実沢さんに伝えたり、逆に実沢さんからの「こういうカード知らないか」という質問に対して答えたりしつつ、実沢さんが実際に調理をする……といった形式でやっている。
これでどうにかして、グランプリまでには仕上げたい。
さて、いい香りとともに食事が運ばれてきた。
「これは……?」
「見ての通り煮付け。食べな」
白身魚らしく綺麗に箸が入る。
口に入れると、煮汁とともに生姜の香りも入ってきて深みのある味がした。
「……美味すぎる」
「言っただろ、格が違うって。シュウトみたいな軟弱なものとは」
そう言えば、気になることが1つあった。
「小角さんと実沢さんって、どういった関係なんです?」
「……関係?」
「いや、幼なじみとか親同士の知り合いとか……」
「ああ、そういうことか。別に今は特に何も。昔はライバルだったかもしれねぇけど」
「今は違うということ?」
「負ける気しねぇ奴のことをライバルとは呼ばないだろ? それに――」
小角は腕を組みながら、うんうんと2回頷いた。
「何かなよなよしてんだよな、アイツの料理。技術はすげえのに、どこか逃げるっつーか」
「逃げてる?」
「グルメリポーターじゃねえから上手く言えねぇけど。9回裏、負けてるのに四番バッターに送りバントさせてるみたいな、そんな料理」
なるほど、言いたいことはわかるけど、それがどう味に影響するのかはわからん。
「実沢さんは、自分にデュエマの知識が足りないから、って言ってたけど……」
「原因の一つかもしれないが、それが本当か? 言っても、何年もグルメ・デュエマしてるんだぜ?」
確かに。そうかもしれない。
実沢さんが新しい食材の開拓をしないのは、知識というよりもむしろ――
「グルメ・デュエマは勝負なんだよ。食材から逃げちゃいけねえ」
煮付けをもう一口食べた。覚悟の問題かわからないが、美味い。
「ところでこれって、何を使ってるんですか?」
「まぁ、具材の一部くらいは教えてやってもいいか」
そう言うと、小角は3枚のカードを提示した。
その3枚は《異端流し オニカマス》、《勝利のリュウセイ・カイザー》、そして《勝利のガイアール・カイザー》。
ちなみに《異端流し オニカマス》は、そこら辺ではなかなか手に入れることのできないプロモ仕様だった。
「カマスのプロモなんて、よく手に入りましたね」
「そこはお得意様がいるんでね。素性はよく知らないけど、食材は融通して貰えるんだよ」
「なるほどなぁ……」
「レアなカードであればあるほど美味くなるのは間違いないからな」
それはちょっと羨ましい話だ。ウチの店では、そういったレアなカードはなかなか入手できなかった。ちなみに勝利セットももちろん、レアな部類のカードだ。
ただカマスはわかるが、勝利セット……?
数秒考えて、ふと気付く。
「もしかして《勝利のガイアール・カイザー》って生姜……」
「さすがはデュエマに詳しいだけあるね」
《勝利のガイアール・カイザー》は俗に”生姜”などと呼ばれることがある。単純にプレイヤーがたまに使っている略称なんだが、そんなのありなのかよ。
確かにこういうのまで通用するとなると、デュエマに詳しくない実沢さんには不利かもしれない。
ということは《勝利のリュウセイ・カイザー》はこれはこれで醤油ということなのか。
もしレアな素材が高級な味を生み出すというなら……お得意様に融通してもらえる小角は有利なのかもしれない。
「ありがとう。煮付け美味かったです」
「いや、料理はまだあるぜ?」
小角がそう言うと、もう一品運ばれてきた。
そこにあったのは、見るからに豪勢な海鮮盛りだった。
確かにそれは刺身なんだが、スーパーで見るようなそれとは明らかに輝きが違った。モノが違う、ということなのだろうか。
僕は恐る恐る箸を伸ばし、口に運ぶ。
「どうだ? 美味いだろ?」
思わず絶句した。そして、絶望もした。
これまで食べたことがない、こんな刺身は食べたことがない。そんな味が口の中に広がる。
これがグルメ・デュエマの潜在能力なのか。
だがグルメ・デュエマに感動する、というよりも自分たちが研究している味との差に、言葉も出なかった。
勝てない。これは、勝てない。
なんというか、現状それくらいの差を感じる。サッカーで3-0で負けてるところに4点目を決められたような、あるいは目の前に呂布と関羽と張飛がいてこいつらに勝ってみろと言われているような、そんな絶望感があった。
そして僕の表情で察したのか、小角は上機嫌に追い討ちをかけてくる。
「ウチの料理が美味い理由を教えてやる。レアなカードであれば美味いのは事実だが、それだけじゃねえ。ウチはレアな食材を強い覚悟を持って料理してる。勝負の世界だからな。そしてその結果、食材たちが活き活きする。だが、アイツにはそれがない」
彼女の言う覚悟が、どれほど味に影響するのかはわからない。だが、これだけの味を出されると説得力はあった。
「帰ってシュウトに伝えておきな。『ウチで修行させてやる。諦めな』って」
彼女は楽しそうに笑っていた。
†
戻ってきた僕の表情を見て、マナは異常を察したらしい。
「すごい顔してますけど、どうしたんですか?」
「いや、たまたま入った店が小角さんの店で」
「へぇ。それで、美味しかったですか?」
「現状だと、勝てないと思うくらいには」
「ふーん」
「グルメ・デュエマは勝負、覚悟が足りない、かぁ……」
小角の言葉を反芻する。これは実沢さんに向けて言った言葉なのかもしれないけど、正直自分にも当てはまるかもしれない。現状の自分は、実沢さんと心中するくらいの覚悟は持てていなかった。
「『覚悟が足りない』って、カズミが言ってたの?」
実沢さんが、話に加わってきた。ちなみにカズミとは小角の下の名前だ。
「え、まぁそうですね。『覚悟を持って高い食材を調理してる』みたいなことを言ってましたね」
「なるほど、なるほどなぁ……」
「何かあるんですか?」
「いや、カズミにそんなこと言われる日が来るとはな……」
実沢さんは、何故か感慨深そうにしていた。
「昔ね、グルメ・デュエマのジュニア大会があってそこにオレとカズミは出てたんだけど。アイツは負けて泣いてたんだけど、その時に作ってた料理に瑕疵があったから、オレが『覚悟が足りてないじゃないの?』って言ったことがあるんだよね」
「普通に最悪じゃん」
「ちなみにこの時本当に最悪だったのは当時の審査員で、何故かどっかお偉いさんみたいな料理に詳しくない人が過半数を占めてたから採点も何もなくて、最後に食事を出した奴が優勝した」
「思ったより最悪だったわ」
「……で、その時優勝を逃したのがオレなんだけど。以来、確かに覚悟を持って料理したことはないかもな。見抜かれているというかブーメランが刺さったというか」
「でも――」
話を聞いてたマナも、少し心配げな表情で口を開いた。
「今回はばかりはほんとに、負けたら元も子もないですよ」
確かに、それはその通りなのだ。なんと言ったって、店の存続がかかっている。
ちなみにマナは、机に座って何か書き物をしているようだった。
「マナ、それは?」
「これですか? これはグランプリの要項ですね。ルールとか採点方式とか結構細かく厳格にやっているみたいだったので、まとめてみました」
見ます? と言って、束になった紙を渡してくれた。
パラパラとページを軽くめくってみたが、綺麗な字でわかりやすくまとまっている。
「実力差があるのは」
実沢さんは、1つ大きな溜め息を吐いていった。
「認めなきゃいけないね、現状。カズミの味は何度も食べさせられてるから、わかってもいる。オレがふて寝している間に、随分先に行かれたらしい。その上で、どうするか。どう店を守るかを考えなきゃいけないわけで」
それはそうだ。
見ると、少し目の色が――比喩でもなく本当に――変わったように見えた。
「イオナくん、どうであってもオレは勝つ。店を守らなきゃいけない。イオナくんに迷惑をかけているのはわかっている。ただ、勝つための方法を考えてほしい、それに尽力してくれると嬉しい。頼む」
あるいは、ようやく彼も覚悟を決めたということだろうか。
結構いいことを言うじゃないか、と素直に感心した。
それなら、僕も応えないといけないかもしれない。
何より、前回と今回含めて小角カズミには借り(と思っているのは自分だけだと思うが)ができてしまっている以上、お返しはそれなりにしてあげなければならない。
「いいでしょう、僕もやってみましょう」
僕はマナから渡された書類の束を、1枚1枚読み進めていく。
その中で、おや? と思った部分があった。
「実沢さん、マナ。これって……」
僕はマナがまとめてくれた情報を、1つ指差す。
「グランプリの採点方法ですか」
「そう、思ったより精密だなって」
このグランプリは、料理をいくつかの項目に分けてそれぞれ得点を付け、項目の合計点で勝敗を競う。項目には例えば調理の速度や手際、独自性、また当然ながら味といったものがあり、それぞれに点数が付くというわけだ。
「これ、前回とか前々回分の得点データってあったりする? 項目ごとの配点と得点が知りたい」
「それなら公開されているのでありますよ。なんなら、次のページにまとめたはずです」
「助かる」
僕はページをめくった。やはりマナは優秀だ。
前回の開催は2年前。その時は、馬寿羅からもデュエ・グルメシティからもそれぞれ先代が参加している。
その中で、僕はデュエ・グルメシティの得点配分を追った。
「なるほど、なるほどね」
同じくマナがまとめてくれた、どんな料理を作ったかの情報を見た。そして大急ぎで、料理と得点を比べていく。
なんの料理がどれだけの点数を取っているのか、何を使ってその点数が入っているのか。
そして僕は頭の中で算盤を弾く。といっても単なる数字の足し算だが。
たぶんマナと実沢さんの目には、突然ループに入って手の動きが速くなったオタクみたいな姿を晒している気がしているが、この際それは気にしないことにした。
そしてざっくりとした、あくまで見込みではあるが……。
「うん、ギリギリ届くな」
これならばあるいは。この方針でいけば。
「実沢さん、マナ。これならいけるかもしれない」
希望をなんとか、見出すことができた。
グランプリまで、残り2週間。
†
「予定通り、『最高のグランプリ』になりそうですね、ふふふ」
(次回、7-3 グルメ・デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!