By 神結
ここは午前4時の築島市場。
そう、”2時からやってる”ことでお馴染みの、あの築島だ。
記憶が正しければ数年前に閉鎖され、いまは市場そのものが別の場所に移った、という話だった気もするがいまそれは問題ではない。
いま僕はここで、大量に水揚げされてきた”ムートピア”たちを眺めていた。
……こう言うと「あーはいはいオタクがよくやってる、自分のたちが使ってる言葉を当てはめて話す痛いやつね」と思われるかもしれないが、残念なことに僕は一切の嘘を吐いていない。
「イオナさん、あっちに《一なる部隊 イワシン》が大量にあるみたいなので、行ってみましょ」
「OK」
僕の目の前では確かに、先ほど水揚げされた《一なる部隊 イワシン》が販売されているのだ。
ちなみにイワシンだけでなく《マグ・カジロ》とか、《異端流し オニカマス》とかも同様に、販売されている。
こうなると築島ってカードショップだったの? となるかもしれないが、これは半分正しくて半分嘘だ。
確かに、カードの取引が行われているという意味でここはカードショップなのかもしれない。
「いやー楽しみですね。これだけの具材があれば、きっと実沢さんの役にも立つはずです」
だが決定的に違うのは、この築島で取引されたカードたちは、いずれ”食卓に上る運命にある”ということだった。
そう、ここは「グルメ・デュエマ」の世界。
世のカードたちは様々に組み合わされ、料理人の手によって美味しい料理として”具現化”される――今回飛ばされた世界とは、そんなカオスな世界だったのだ。
……これは一体どういうことなのか。そしてそもそもなぜ、自分は築島にいるのか。
それを語るには少し時間を巻き戻す必要がある。
†
美味い飯を、食べたい。
そんな感情は、多くの人が持っている。僕も同じだ。
ご存じ、食事は人生を豊かにする。
例えば栄養価などを徹底管理されたシリアルを摂取するよりも、多少体に悪くても美味い飯を食べた方が幸福指数は圧倒的に高い、と思う。
ちなみに美味い飯、の基準は人それぞれ。「母の作ったハンバーグが一番美味い」も事実だし、「誕生日にみんなで食べたケーキが一番美味い」も事実。そして「あの店で食べたあの料理がびっくりするほど美味かった」というのも、よくある話だ。
食には物語が付いてくることが多いからね。
逆にありえんだろ、って言いたくなるような量のマヨネーズやタバスコを使って食う人も身近にいるしな……。
で、それはいいとして。
ふと気が付くと、僕は厳かな雰囲気の料亭にいた。
カウンタータイプの席で、目の前の職人が料理を出してくれるという、ああいった形式のお店だ。
直前の記憶はいまひとつあやふやだが、またどっかでトラックにぶつかったんだと思う。多分。
ところで待って、料亭?
いや、確かに美味い飯が食える場所ではあるけど。
でも将来的な希望はともかく、流石に一介の学生でしかない今の自分には縁のない場所のはずなんだよな。
もちろん詳しく知ったことではないが(経験していないため)、こういう場所ってお偉いさんの接待などに使われていて、一食に云万円するとかしないとか……そういう世界の話だったような気がするんだ。
というかここで出てくる料理を”美味い飯”という俗っぽい表現を使ったら怒られそうな……。
ちなみにこれは確信があるけど、絶対に払えるだけの金額は持っていない。仮に運良く持っていたとしても、明日から無一文が確定する。
と、おどおどしていたのが伝わったのか。横からツンツンと袖を引かれた。
そこにいるのは大地マナ――ではなさそうだ。
そう、マナもこんなところにはいないはずの人だ。
だって彼女がよくいるのはファミレスで、ハンバーグにありえん量のマヨネーズとかタバスコをかけて食べるのが好きなのだから。絶対、料亭にはいない。いても追い出される、間違いなく。
というわけで、恐る恐る袖を引かれた方を振り返る。
「一流のプレイヤー様なのですから、少し落ち着いてくださいね~。大会以外で場慣れしていないのが露わになってらっしゃいますよ~」
「……高森麗子」
なんと高森財閥のご令嬢が、そこにはいた。
以前、ダンジョン・デュエマで僕を散々に苦しめ虐めて、それを観て楽しんでいた人である。
「もっと親しみを込めて、レイちゃんとか呼んでいただいていいんですよ?」
「……検討しておきます」
とりあえず状況の理解と納得はできた。確かに財閥令嬢であれば、こうした料亭とも縁が深いんだろう。
ただしその分、「じゃあどうして自分は財閥のご令嬢様と一緒に料亭にいるのか?」という新たな疑問が生まれたわけではあるのだけども。
「あの、今回はどういった企みで僕は連れ出されたんでしょうか……」
「企みだなんて、そんな。特別に深い事情があるわけではありませんよ。ただ、イオナ”様”のような”一流の”プレイヤーの方なら、ぜひとも一流の食事も経験なされたほうがよいだろう、と思いまして」
「もしかして虐められてる?」
だがレイは僕の抗議には構わず、話を続ける。
「この『超料亭 馬寿羅』は以前、高森が主催した料理大会で優勝したこともあるお店なのです。優勝したのは先代の時ではありましたが……確かいまの店主さんは、イオナさんと同い年だったと記憶しています」
「実沢(さねざわ)シュウトです。よろしく」
目の前の店主の方が挨拶をしてくれたので、こちらも慌てて返す。
確かに職人の方は若かった。確かに同い年、と言われても納得できる。
「なんか料亭の方というとベテランの方が切り盛りしているイメージがあったんですが、随分とお若いんですね」
「父の元でずっと修行していたんだけど、その父が病気で倒れてしまってね。まぁいまは、店主代理という形で自分がやってる感じだね」
若いのに大変な話だ。
「ちなみに他の職人さんはいらっしゃらないんですか?」
「いたんだけど、ちょっと前に辞められちゃってね」
そんな話をしながら、料理を始める実沢を観察していた。
が、次の瞬間。にわかに信じがたい光景が目の前にはあった。
なんと実沢が手にしていたのは、《マグ・カジロ》だったのだ。
もちろんあのGRクリーチャーであり、紙のカードである。
マグロでもカジキでもなく。《マグ・カジロ》。《マグ・カジロ》……?
「実沢さん、《マグ・カジロ》で何を?」
「何って……料理だけど?」
彼はさも当然のようにそう言って、《白米男しゃく》と一緒に何かの機器っぽいものにカードを入れた。
いやいやいや、と思ってレイの方を振り返ってみたけど、彼女も何事もなかったように料理の様子を観察している。
あれ、もしかして自分の方がおかしくなった?
とはいえまさかまさか料理の過程にカードとか使わないよな……と信じていたが、やがて機器からマグロの寿司が誕生していた。
誕生してしまっていた。
数々の異世界を経験してきて、多少の違和感には動じない精神を養ってきたつもりだが、今回ばかりは流石に、流石に頭がおかしくなりそうだった。
「というわけで、まずマグロの寿司から召し上がってくれ」
「待って待って待って」
思わず身を乗り出してしまった。
「イオナさん、お寿司は苦手なんですか?」
「もしかしてわさび抜いた方がよかった?」
「違う、そうじゃない」
いや、おかしいだろ。質量保存の法則とか。
「そもそもあの謎の機械は何?」
「機械って、“具現化調理機”のこと言ってる?」
実沢が機械の方へと目をやった。
ぐげんかちょうりき……?
「まさか具現化調理機をご存じない人がいらっしゃるとは……。イオナ”様”は、よっっっっっぽど料理を自分でやらないお方なんですね~」
「そっか、料理したことなかったかぁ」
クソ、異世界の常識を押し付けてきやがって……。
もし自分と同じ境遇の人にあったら絶対優しくしようと思う。
「具現化調理機は食材となるカードを入れると、料理が生まれる調理器具だね。今回は《マグ・カジロ》と《白米男しゃく》でお寿司を作ってみた、という感じ」
「ん? それだとカード用意しておけば、誰がやっても同じ料理になりません?」
普通に考えれば、そうなる。
だが僕の発言を聞いた実沢さんとレイは、目を合わせてクスっと笑った。
「出た出た出た」
「いるんですよねぇ~、『調理機使えばみんな同じじゃん!』って言う人。イオナさん、同じデッキ使えばみんな優勝できるって思っているタイプですか?」
どうやらよくある偏見に触れてしまったらしい。いや、ごめん、悪かったって。
「実際のところ、カードの状態や枚数、そして何より料理人がイメージするものによって味は大きく変動するんだよ。”具現化”なんで、そういうこと。料理人には食材となるカードを見極める力や知識、そして料理への想像力が求められるわけよ」
「なるほど……」
「まあとりあえず、寿司を食ってみてくれ」
確かに、目の前には寿司がある。
だがこれがカードが生まれたというのが信じられない。
恐る恐る、口へと運ぶ。
「……寿司だ」
確かに間違いなく、これは寿司だ。
「美味しいです」
「そりゃあ良かった。お嬢様から『お任せ』で、と言われているんでね、好きに料理を出させてもらうよ」
ところちょうどそのタイミング、思わぬ横やりが入ってきた。
それは突然、暖簾をくぐってやってきたのだ。
「コイツの料理が美味いだって? とんでもない馬鹿舌が客に混ざってるようだな」
店内に入ってきたのは、一人の女性だった。
彼女は突然僕の皿にあった寿司を手に取ると、そのまま自分の口へと放り込む。
む、無茶苦茶過ぎる……。
「不味い。何を使ったらこんな料理を作れるんだ」
なんかすっごい失礼なことをされてる挙げ句、店まで罵倒している。
酔っ払いかと思ったが、別にそうでもないらしい。酒の匂いはしなかった。
これどう収拾付けるんだろうと思って実沢さんの方を見ると、彼は追い返すでも言い返すでもなく、グランセクトを噛み潰したような顔をしている。
ちなみに女性の方はというと、そして言い返されないのをいいことに、やれ自分の方が美味く作れるだの出来映えも悪いだのを次々まくし立てている。
「レイさん、この人は……?」
「彼女は小角(おがく)カズミさんですね。『デュエ・グルメシティ』という店でオーナーをしていらっしゃいます」
あー、同業他社なのか。だからといって、この状況はちょっとあんまりな気もする。
「これ、触らぬなんちゃらにどうこう、みたいな奴だったりする?」
「難しいところですが、これは流石に見過ごせないですかね」
そう言うと、レイはゆったりと、それでいて毅然とした様子で立ち上がった。
「小角さん、貴方の店の料理が優れているのはそうかもしれません。ですが高森の人間として、我々が賞を与えたこの店を侮辱されるのを見過ごすのは難しそうです」
「賞を貰ったのはコイツの親父だろうが。コイツがもらったわけじゃない。それに息子だからという理由で縋ってるのは気に入らないね。味が落ちてるのも事実だし。客の減りを見りゃわかるだろ」
「それは『デュエ・グルメシティ』に職人を引き抜かれたからで」
「引き抜いたんじゃねえよ。この店にいてもしょうがねえと思ったから、救ってやっただけだね」
「…………」
あの、僕を置いていかないで欲しいんですが、とは言えなかった。
「とはいえ侮辱した以上の、責任はありますよね? どうです? 来月開催の『グルメ・デュエマ・グランプリ』で決着を付けるというのは」
レイは二人を見渡して、そう言った。
グルメ・デュエマ・グランプリ……初めて聞く名前だが、察するにグルメ・デュエマの大型大会なのだろう。
「いいだろう。元々出るつもりだったし。ただ、こっちにも条件がある」
「条件?」
ここでようやく実沢さんが、口を開いた。
「ウチの店が勝ったら、シュウトはウチで下働きに来る、でどうだ? 負けたらここで働いてやるよ」
「オレが負けた場合、店を畳めと言ってる?」
「もしウチが負けた場合もそうだから、同条件だが?」
「…………いいだろう。その話、乗った」
え? 受けるの? 相当リスクある話というか、覚悟のいる話というか。
「楽しみにしてるぜシュウト。これでお前の店もおしまいだ。途中で諦めたならいつでも歓迎しているぜ」
そういって、小角は去って行った。台風のような人だった。
過ぎ去ったあとの店内は、文字通り災害の被害を受けたかのように空気が重かった。
「実は……」
実沢さんは、店の事情について語り始めた。
曰く、小角の言うことは事実で自分は父の味に遠く及んでいないこと。そして父が倒れて自分が継いで以降は、客も減って苦しいこと。だからどこかで挽回しなければいけないこと。
そして実は今日の食事には、別な意図があったこと。
「別な意図?」
「実沢さんの大きな弱点は――」
レイは説明の続きをした。
「調理人としての腕前は、お父様の影響で抜群で、それは小角も認めているところです。ですが彼の根本的な弱点は、デュエマのカード知識が皆無な点です」
なるほど。グルメ・デュエマがもし冗談でないのであれば……確かにデュエマの知識は必要だろう。
「今の実沢さんは、目利きもできずに見様見真似で料理を作っている、というような状況です。元々も知識のあった職人さんもいたんですが、引き抜かれてしまいました。そこで相談を受けた私が、一人のプレイヤーを紹介する……というのが、今回の食事会の背景ですね」
「なるほど」
そのプレイヤーというのが僕というわけになる。これでようやく、納得できた。
「イオナくん、店を潰したくはないんだ。頼む」
「イオナさん、私からもお願いします。どうか『超料亭 馬寿羅』に協力してくれませんか?」
「…………」
……かくして、僕はグルメ・デュエマの世界に両足ごと突っ込んでいくことになってしまった。
グルメ・デュエマ・グランプリまで、残り1ヶ月。
(次回、7-2 グルメ・デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!