By 神結
動画配信サイトの、とある個人チャンネル。そのカリスマ性と強い言葉のウケがよく、デュエマを取り扱うチャンネルの中では屈指の人気チャンネルとなっている。
そしてこのチャンネル主――かの配信者は、視聴者たちとこんなやりとりをしていた。
「なるほど。君たちの意見はわかった。あくまで《魂と記憶の盾》より《英知と追撃の宝剣》の方が強い、そう言うんだな」
『そりゃそうだろ』『流石に真理』などと、コメントが付く。
「ふうん、真理ねぇ……」
彼はそのコメントを拾うと、少し呆れたように笑ってみせた。
「君たちはいいんだな、それで。それなら君たちは、ただただ無教養を晒す羽目になるぞ」
彼は手元に置かれた六法全書のようなルールブックに肘を乗せると、こう続ける。
「《英知と追撃の宝剣》は攻めのカード、対して《魂と記憶の盾》は守りのカードだ。だったらもう結果は明らかだ。《魂と記憶の盾》の方が強いに決まっている。何故だと思う?」
コメントは多少ざわつくが、彼は特にコメントを拾いはしない。
「それは一般的に攻めるより守る方が優位だからだ。孫子の兵法にも『戦いが下手な奴は城を攻める』と書かれている。わかるかい? 《魂と記憶の盾》は城なんだ。城を攻めるには守る側より3倍の兵力が必要と言われているが、3コストで使える《魂と記憶の盾》に対して《英知と追撃の宝剣》は7コスト。割に合わないだろう? 《魂と記憶の盾》の方が強いことの証左に他ならないわけだ」
まぁ、そういうことだ、と彼は言う。
「しかし真理か。面白い言葉が出たついでに、だ。諸君、真理とはなんだと思う?」
彼はまるで、哲学者のように言葉を紡ぐ。
今度のコメントの反応はまちまちだった。大喜利のような回答をする者もいるし、自分なりに考えて回答を出す者もいる。もっとも、『また始まった』と常連らしいコメントを残す者が一番多いが。
彼はそれらのコメントを一瞥し、何度か満足したように頷くと、用意していたように言葉を述べた。
「そう、世の真理とは普遍的に決まっている。未発見の真理も含めて、何がどうなっているか、あらかじめ定義されているのだ。人が空を飛べないように、水が低いところに流れるように、速攻デッキの先攻が強いように、ね」
しかしだね、と彼は続ける。
「でも考えてほしい。それは面倒ではないか。厄介ではないか、と。何故、『そうある』に従わなきゃいけない? 何故、人は空を飛ぶことを否定されねばならない? 何故、水は高いところに流れない? 何故、速攻デッキの後手は厳しい?」
何故と言われても、といった具合なのだが、彼の言葉は止まらない。
「だったら、変えようじゃないか。誰かが。世の真理とやらを」
『ん?』と『はぁ……』との入り混じるコメント欄。ちなみに『ここまでテンプレ』とか『※わけわからないことを言っていますが、彼は前年度全国3位の強豪プレイヤーです』みたいなコメントもちらほら見える。
「僕はやるよ。それができるからね。さぁ、デュエマの話に戻ろうか」
彼の配信は、毎回こんな感じだ。
このやり取りを、真面目に受け取る者はほぼいないだろう。ただ一人、本人を除いては。
†
マナの家の近くには、ちょっと小さなファミレスがあった。メニューが豊富というわけではないのだが、オムライスとハンバーグが美味しく、ドリンクバーが安い。学生が籠もるには充分な理由だ。
というわけでマナとこのファミレスでデュエマトークをして過ごすのは、もはや日課になりつつあった。
「え、もう優勝したんですか!?」
「うん。まぁ、公認ではあったけど」
彼女はソーダフロートを口にしながら、素直に驚いたらしい。
個人的にはロジカル・デュエマを始めてまだそこそこでしかないが、流石に「デュエマ」と名の付くゲームで負け続けるわけにはいかない、というのが本音である。
毎日のように動画サイトで過去の大会動画を見て勉強し、ネットに落ちているあらゆる記事に目を通した。
やはりカードゲームというのは、「新しいゲームに接する瞬間」が非常に楽しい。どんどん吸収し、自分の実力が伸びていく。自分の中でのノウハウを定着させる。新しい発見が次々出てくる。時として、過去にやっていたゲームの知識が生きてくる。
これが楽しくないはずがないだろう。
「デッキは何使ったんですか?」
「普通にずっと借りてるやつだよ。光と闇の。ちょっと他のカード足したりもしたけど、根本はそんな変えてないかな」
「いやー、でもあのデッキってカードの使い方が結構難しくないですか? ちょっと前に始めたような人が使えるデッキだとも思えないんですけど」
「いや、どうも自分はやっぱりデュエマプレイヤーだったようで」
「はぁ、そうですか……」
なんとなく納得できないといった顔をマナはしていたが、それはともかくとして勝ったことに対しては素直に喜んでくれたようだった。
「しかし経験と知識がものをいうと言われているロジカル・デュエマでそんな早く勝てるようになったのって、相当凄いですよ。これは師匠が優秀、ということでいいですかね?」
「まぁ、そういうことでいいんじゃないかな」
これも、もちろん間違いではない。「○○を使っている動画を教えて欲しい」と訊けばすぐに答えが返ってくるし、「××のロジカルがしたいんだけど、時間ある?」と訊けばすぐに「やりましょう!」って返ってくる。
そういった意味で、彼女には大変感謝している。
「私も鼻が高いです。プリン食べちゃおかっな。イオナさんのおごりで」
「それはCS勝つまで待ってくれませんかね?」
「もう次の目標ですか? なんかRTA走者みたいなテンポですけど、その勢いなら半年後には日本一になってるんじゃないですか?」
「実際、次って何すればいいと思う? やっぱりCS出ていいかな?」
「そうですねぇ。公認で勝てるくらいの力があるなら、一回挑戦してみていんじゃないでしょうか」
先日登録したDMPランキングのページを見る。真っさらで、ポイントはない。かつての金メダルが並んでいた自分のページと比べると随分と寂しい画面が映っている。
「CS出るならば、やっぱり一番は八乙女町でやってるアデバヨールCSですかね。近いし、色んなプレイヤー来ますし。たぶん事前登録は埋まってそうですけど……」
「あーそれは大丈夫。もう登録済みだから」
流石にこの辺りは手慣れているつもりだ。抜かりはない。
「せっかく『大地マナの世界一わかりやすい登録戦争必勝法』とかやろうと思ったんですけど、イオナさんには必要ない感じなんですかね?」
「だってマナさん、話長いじゃん」
「まー、そういう見方もなくはないですが……ちなみに私は今回登録戦争に負けてるので参加できないです」
「話にオチを付けるな」
「まぁ、練習は手伝うので。イオナさんは是非頑張って来てください。応援はいきます」
というわけで今週末、いよいよCSへと挑むことにした。
厳しい道のりかもしれないが、今からポイントを重ね続ければ全国大会も決して不可能ではない。
やはり、最高峰の舞台に挑んでこそのデュエマプレイヤーだ。
目標達成のためにも、初陣で結果と手応えを手に入れたい。
ちなみに今日のお会計は払うことになったし、結局プリンもしっかり奢る羽目になった。
†
八乙女町は、電車でわずか1駅。そしてその駅から徒歩で2分ほど歩いたところに、カードショップ「風林火山」はある。
店は和気あいあいとしていて、大人が子どもと一緒にカードをやったり、人数が少しでも集まればプレイヤー同士で非公認のトーナメントを始めたりと、活気もあるしプレイヤーも積極的だ。
そんな風林火山で月に2回、公認CSが開催される。
補足しておくとCSとはチャンピオンシップの略称で、かなり競技に寄ったイベントのことである。結果を残せばプレイヤーポイントも獲得できるしプロモカードも貰えるし、プレイヤーとしての評判も上がっていく。だからCSにはトッププレイヤーだけでなく、トッププレイヤーを目指す人も参加するし、腕試しをしたい人や単純に高いレベルでデュエマをしたいといった人など、様々な人たちが集まってくるのだ。
自分にとってCSそのものはもちろん初めてではないのだが、流石に今回は緊張する。
なんとなく知った名前はいるが、もちろん彼らは自分を知らない。孤独である。
知り合いのプレイヤーが「CSはなんか怖くて行きにくい」と言っていた気持ちが、今ならわかる。
受付も終了し、あとは試合開始を待つだけ。普段なら友人と話してあっという間の時間なのだが、今日は無限に感じるのだ。とりあえずはショーケースを眺めたり、他のフリーの対戦をぼーっと見たりするくらいしか、やることがない。
こちらからフリーを申し込むというようなこともできなくはないが、大会前は集中したいという方も多いだろうし、ちょっと躊躇ってしまう。一人でCS来ました、といったような人も少ない。そもそも大会で使う用のデッキをフリーで使いたくない。
「お待たせしました。1回戦のマッチングが発表されましたので、ご移動お願いします」
ようやく運営からのアナウンスがあった。ツールで自席を確認し、移動する。
着席後はだいたいは開会式があり、本日のルール説明やら諸注意やらが運営からアナウンスされる。
今回は自分も実質的には初参加。今までの常識と大きく違うので、大会要項を穴のあくほど読み込んでいた。幸い、開会式で全く知らないような新情報は出てこなかったので、ほっとしている。
「それでは、1回戦を始めてください。デュエマ、スタート!」
†
大地マナが会場に顔を出すと、既に準決勝が始まっていた。本戦始まるくらいかなーと思ってきたのだが、どうも進行が早かったようだ。
電車の中で、今回の大会の参加者一覧を眺めていた。
自分の見立てが正しければ、おおよそ優勝候補は3人いた。
一人はミスター風林火山こと、高梨名人。前回と前々回の優勝者でもあり、優勝候補筆頭と見て間違いない。
彼は劇場型と呼ばれるプレイヤーであり、彼とのロジカルが始まるとまるで舞台の上に立っているかのような演説が始まる。会場全体を支配するかのような彼の言葉は当然対戦相手にはクリティカルに響き、ひとたび彼の雰囲気に飲まれてしまうと言葉を紡げなくなってしまう。
もう一人は、マッハファイター鹿島だ。「マッハファイター」と聞くと猪突猛進的なイメージが出てくるが、どちらかというと彼のスタイルは真逆。じわりじわりと外堀を埋めていくようなロジカルを好み、気付くと脱出不可能な彼の罠にハマっている。序盤に作ったリードを守り、相手の勝負手と言えるようなロジカルをのらりくらりと躱していく様子は「鹿島る」となどと呼ばれる。
そして最後の一人はイオナ……と言いたいところではあったが、流石に初参加の彼に期待するのは酷である。彼からは才能を感じるが、今日優勝できるかと言われればそれは難しいだろう。
3人目の優勝候補は、動画配信者である「帝王」だ。あだ名などではなく、このハンドルネームで大会に参加しているし、配信もしている。そして、前年度日本一決定戦で3位に輝いた実績もある。
(まさかこの人がCSに参加するとは……)
CSへの参加頻度は高くない彼だが、実力で言えば先に挙げた2人よりも上かもしれない。出場したCSでは、高い割合で優勝ないし上位の成績を残している。
こう書くと凄いプレイヤーのようだし、実際に凄いプレイヤーなのは間違いないが、問題はそこではない。
はっきり言って、この男は好きではない。
なんというか、彼のロジカルは見ていて楽しくないのだ。
この辺を言葉にするのはなんとも難しいのだが、人を小馬鹿にしているようにも見えるし、ロジカルの神髄や奥深さを感じるよりも先に不愉快感が出てきてしまう。知識や能力には間違いはないのだろうが……。
というわけで本戦のトーナメント表を見ると案の定とも言うべきか、上記の3人はしっかり勝ち上がっていた。
が、その進行具合を思わず二度見した。
トーナメント表の中にしれっと入っている「イオナ」の名前。現在進行形で試合中とのことだった。
「え、イオナさん残ってるの……?」
思わず出た独り言に、そうなんだよと常連の店員さんが応じてくる。
「イオナくんだっけ? 最近ちょくちょく見るようになった子だけどさ。今日凄いんだよ。高梨名人を倒して、いま鹿島くんとやってる」
「勝ったんですか? 高梨名人に?」
「うん。俺もビビった」
曰く、結構接戦で面白い試合だったが最後は敗北を悟った高梨名人が投了を申し出たとのことだった。
「白黒のデッキ使ってたし、きっとマナちゃんの知り合いなんだろうなぁ、とは思ってたけど。久しぶりにあんな正統派のロジカルプレイヤーが勝ってるの見たよ。いや、面白いし強いね」
会場から歓声が上がった。どうやら準決勝の決着も付いたようだった。
モニターの様子を見ると、イオナが勝ったようだった。最後は《悪魔神ドルバロム》で、全てを更地にしての勝利。見事な詰めだったようだ。
「……勝ちましたね。鹿島さんに」
「いやー、恐ろしい新人だなぁ」
「で、決勝の相手は誰なんです?」
「『帝王』だよ」
「……まぁ、そうなりますよね」
思わず、溜め息が出てしまった。イオナさん、嫌にならないといいんだけどなぁ……。
†
決勝まで来れてしまったのは、流石に上出来が過ぎると思う。もう、奇跡に近い。
デュエマをやっていたから勝てるよ~、なんていう甘い概念は通用しない。
まぁやっぱりこのゲームはこのゲームで、かなり奥が深いわけで。
せっかくなのでその話をしておこうかと思う。
当然ながら、デッキにはそれぞれ主張がある。
相手の手札に対面での勝ちを求めるようなデッキ――いうならば5Cコントロールのようなグッドスタッフ系のデッキは、ロジカル・デュエマだと「一貫した主張がない」ということで、よっぽど優れた構築でもない限りジャッジから大きく減点されてしまう。
自分の場合は光と闇のデッキで、《聖霊王アルファディオス》や《悪魔神ドルバロム》の正義と悪、そしてその中間ともとれる混沌の《悪魔神王バルカディアス》といったカードを軸にデッキを組み上げている。
もちろん、これは本論ないし結論と言える部分のカードであり、その中間では下支えするカードが必要だ。
40枚のデッキの中で、序論と本論と結論を組み立てつつ、環境で多いデッキについての反論とも言えるカードを組み込まねばならない。
つまり構築の時点で難しくはあるのだが、それだけがこのゲームの難しさではない。
ロジカルというものがある以上は、このゲームの勝敗にはプレイが大きな比重を占めることになる。しかしそのプレイには、マナの言うとおり経験や知識が非常に重要とされている。
何故このゲームで経験と知識が必要なのか。
それは自分の過去の試合での経験や、他のプレイヤーたちによって行われたロジカルの経過を知識として知っていると、明らかに目の前の試合の議論で有利に働くからだ。
いわば裁判の先例に近い。Aという主張をすれば、Bと返ってきて、さらにCで反論する。
もちろん同じ議論をなぞったところで結果が同様になるとは限らないのだが、議論をその場その場で考えるより、元々ある程度持っていてその都度引き出しから引っ張り出してくる方が強いのだ。
そう、つまり練度だ。
となると、まあ僕自身は努力をしたのは当然としても、今日勝っているのは本当に運がいいというべきか。
いうならば「テスト前に一夜漬けで勉強したら、ヤマ張ったところだけがテストに出てきた」ような状況と理解してもらえれば、わかりやすいと思う。
と、この話はこれくらいにしておこう。決勝が始まる。
対戦相手の方は、『帝王』という。そういうハンドルネームらしい。
「対戦よろしく頼むよ、イオナくん。君が私のいい引き立て役になってくれることを願っている」
……そして、だいぶ嫌な奴らしい、と聞いている。
†
ゲームは帝王の先攻だった。
彼の使うデッキは水と闇ベースの呪文中心のデッキで、大型フィニッシャーとして《∞龍 ゲンムエンペラー》を採用しているという隙の少ないデッキ、と聞いている。
僕もデッキも、本質的には同じだ。序盤を地道に凌ぎながら、状況に応じた大型フィニッシャーを繰り出せるように場と手札、そして「出した時に勝てるため」のロジカルを整えていく。
つまるところ序中盤の小さなロジカル、大型フィニッシャー同士のぶつかり合いは避けられない。実力が露骨に出るような戦いになるはずだ。
だが彼は強い。それも横綱相撲というよりかは、《ウォルタ》でも呆れそうなほどに小賢しい強さだ。
明らかに捨てている手札のときはまともなロジカルをせずに早々に降り、行けそうだと判断すると徹底してこちらの瑕疵を突いてくる。
「君は《エナジー・ライト》を古くて時代遅れのカードと考えているようだが、そうではない。ワインが長い年月をかければ熟するように、20年に渡ってデュエマを支えてきた《エナジー・ライト》には相応の重みがあり、強さという点でも敬意を表するべきだ」
「《知識と流転と時空の決断》は文字通りパーフェクトな存在だ。テキストには確かに3つの効果しか記されてはいないが、これはスペース上の都合の問題であろう。パーフェクトである以上、相手を破壊してもいいしパワーを持っていてもいいはずだ」
家で考えればいくらでも反論できそうだが、その場その場で全てにしっかり対応するのは案外難しい。この辺は、やっぱり自分の経験不足だ。この手のタイプの対戦経験がない。
相手の言っていることに違和感はあるが、真っ向から反論しようとすると脇道へと誘導されてしまう。
自分のペースのロジカルができない。面白くない。「こんなものを食らってしまうのか」という自分の弱さに、イライラした感情も生まれてくる。
わかってる、これは相手の狙い筋なのだ。努めて冷静になろうとする。
だがこのまま消耗戦をしていると、いつかボロが出るこっちが不利だ。かくなる上は、大型フィニッシャーでの力勝負を挑むしかない。
彼のデッキは《∞龍 ゲンムエンペラー》を頂点とするデッキだ。
《悪魔神ドルバロム》はあまり効かないが、《聖霊王アルファディオス》ならこの存在を否定さえできる。先に《聖霊王アルファディオス》にさえ辿りつく準備ができれば、勝ち目は充分あるだろう。
カードを急いでかき集めていると、いよいよその機がやってきた。
「私は《虚数転生》から《∞龍 ゲンムエンペラー》を使う。ゲンムエンペラーの必殺技だ」
そう、このタイミングだ。
「こちら、《神聖の精霊アルカ・キッド》に《ホーリー・スパーク》を添えます。《神聖の精霊アルカ・キッド》の効果で、《聖霊王アルファディオス》が降臨する。そちらのゲンムエンペラーの存在は許されない」
聖霊王の秩序は絶対だ。ゲンムエンペラーでも抗えない。
だが帝王は顔色ひとつ変えずに、そうかいそうかいと呟いた。
「じゃあ私はここで《悪魔の契約》を撃つよ」
《悪魔の契約》だと……?
「それは無理でしょう。僕の《聖霊王アルファディオス》が目を光らせている。呪文の詠唱は不可だ」
「ほう、なるほど。君も所詮はカードテキストに魂を縛られた存在、というわけか」
帝王という男は、不敵に笑って見せた。
カードテキストに魂を縛られた存在?
「……どういうことだ?」
「簡単な話だよ。古代より、いかなる聖人の輝きを持ってしても、悪魔の囁きからは逃れることはできない。これは人類の歴史が証明しているんだ。聖霊王の威光を持っても、悪魔の誘いには抗えない。カードテキスト程度の指示など、軽く超えるほどにね」
この男は、自身の提示した《悪魔の契約》をトントンと指を刺す。
「僕の聖霊王は、悪魔の誘いなんぞに乗らない」
「それは違うな。君は想像力が足りてないよ。自分のデッキくらいよく理解したまえ」
こうなってしまうと、帝王の傲慢さが遺憾なく発揮されてしまう。
「悪魔の力……もっと言えば、悪魔神の力か。それを一番間近で見て、間近で体感しているのは、君のデッキの聖霊王に他ならないんじゃないか?」
「…………」
こう言われると、思わず閉口してしまう。
「破壊の悪魔、蘇生の悪魔……その力を目の当たりにした君の聖霊王は、悪魔との契約を果たした。そして君の聖霊王は《魔聖デス・アルカディア》へ身を堕とす。君の聖霊王に、光の煌きの力はもう残っていないよ」
「……ジャッジ、これはありなんですか?」
ジャッジはルールブックに目を落としながら手早く確認をした。
「有り、ですね。帝王の指摘通り、《聖霊王アルファディオス》は《魔聖デス・アルカディア》として扱います」
「つまり私の行動は全て通るというわけだ。《∞龍 ゲンムエンペラー》は、ここに着地する」
無限の力を司る《∞龍 ゲンムエンペラー》。
僕のデッキで、この化け物に対抗する札は……。
「《悪魔神王バルカディアス》……」
「しかないだろうなぁ。だがイオナくん、君も気付いているんではないかな? 《∞龍 ゲンムエンペラー》の意味する”無限”の意味に」
そう、そうなのだ。彼の《∞龍 ゲンムエンペラー》は……。
「《悪魔神王バルカディアス》の破壊は刹那的だ。災厄のように、すべてを破壊する。だが《∞龍 ゲンムエンペラー》は無限だ。ムゲンクライムの力を使えば、何度でも何度でも蘇る。いずれ《悪魔神王バルカディアス》の破壊の速度を上回るほどにね」
いまの自分のデッキでは、技量では……勝てない。
「参りました」
「うん、対戦感謝するよイオナくん。私を引き立ててくれてありがとう」
「……ええ、どうも」
「まあ、見込みはあるかな。私は高みで待ってるから、いずれまた会おう」
†
あくまで表情は崩さないが、完敗は完敗である。誰からもわかるほどに。
「イオナさん、お疲れ様でした。初出場で準優勝なんて凄いですよ。出来すぎです」
「…………」
マナはそう言うが、充実感はなかった。相手は常に余裕があったし、自分にはなかった。いい勝負ですらなかった。「これに勝てなきゃ上はない」、そう言われているような気がした。
ふと試合を思い返す。
ペースを崩され、切り札を封殺され、敗北。頭の回転も冴えなかった。
「完敗、だよなぁ……」
情けない試合だ。振り返る気も起きない。ただただ自分の弱さを自覚してしまったのだ。
こんなのに負けるのか、という苛つきが抑えられない。
自分の中の光が、闇へ堕ちていく。
それは、聖霊王が闇に染まったように。
やる気は削がれ、気力は萎え、黒い感情も首をもたげてくる。
呪詛のような言葉が口から出かけたところで、マナがこちらの様子に気付いたようだった。
「……イオナさん、何か勘違いしてませんか?」
マナがぐっと顔を寄せ、こちらを覗き込んでくる。その目には、強い意志が込められているように映った。
「今日イオナさんが勝てないのは当然です。逆に優勝でもしようものなら、プレイヤーの皆さんが今日まで積み重ねた実力はなんなんだ、という話になりませんか? イオナさんは確かに強いです。ですが、まだそこまで強くありません。帝王には色んなプレイヤーが挑んで負けているわけです」
「…………」
「イオナさんが勝てないのは当然です。萎えてる場合じゃないでしょう。練習しましょう。研究しましょう。付き合います」
そこまで言われてしまうと、本当にその通りなのだ。
思えば最初にCS出たときも、似たような状況だった。上出来過ぎる結果だったが、勝てる試合を落としてかなり萎えて終わった記憶がある。
その後したことは――やっぱり練習だった。
「……ごめん、僕が悪かった」
「わかればいいんですよ」
マナの言葉は、どうやら心を浄化してくれたようだった。改めて、試合を振り返ってみる。
帝王の言うことはなんとなく癪に障るが、それはそれとして彼のロジカルはあまりにスムーズであった。恐らく、彼なりに大型フィニッシャーへの対策は整備しているのだろう。
だとしたら、こちらはそれを上回らねばならない。
練習、そして研究。
結局勝つためには基礎の基礎、そこからということらしい。
「……やってみるか、色々と」
デッキのリストの見直し、ロジカルの整理、帝王の研究……。やれることは無限にある。
日本一を目指す以上、帝王はこの手で倒さねばならない。
(やってやるさ、いまに見ていろよ)
そう、誓うのだった。
(次回1-3 ロジカル・デュエマ 下に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。