By 神結
夢を、見た。
広がるのは一面の花畑。”しあわせ”を敷き詰めたような光景。
噂に聞いたことがある。死の直前に、こうした景色に出会うことがある、と。
そう、確かに僕は死の直前に瀕していたような気がするのだ。
あれは、確か――
†
僕はこの日、CSへ向かっていた。
補足するとCSとはチャンピオンシップの略で、デュエマで言えば中規模の競技大会のことを指している。
今回出場するのは旭町で定期的に開催されている「カイハ・ベルツCS」だ。
DMPランキングの性質上負けていいCSなどないのだが、最近は調子もよくランキング上位争いもできている。
そんな中で今回はデッキにも自信があるから、最低でもTOP8、できれば優勝したいところ。
最寄り駅で降りて会場へ向かうと道中で「あ、この人もCS行くんだろうな」って人だかりもポツポツ見かけた。
中には、道端でデッキを取り出して必死に枚数を数えている子供もいた。なんとも微笑ましい光景だ。
で、そこからが問題だった、というわけだ。
その子供が数えていたカードが手から滑り落ちると、不運にも風に乗って道路側へと流れてしまったのだ。
大切なカードだ。子供は、我を忘れてカードを追っかけてしまった。
で、不運というのは重なるもので今日は休日。車も多い。
そして追い討ちの如き具合の悪さだが、向こう側から大型トラックが突っ込んできていた。
「危ない!」
子供を追いかけて道路に飛び出し、子供を押し飛ばしてどうにかトラックの動線から引き剝がす。
が、その代償はもちろん。
僕の目の前にあったのは《襲撃者エグゼドライブ》よりも速く走ってくるトラックだった、というわけである。
†
まあそんなわけで、夢を見た。
広がるのは一面の花畑。”しあわせ”を敷き詰めたような光景。
噂に聞いたことがある。死の直前に、こうした景色を見ることがあると。
どうやら、トラックに跳ねられて僕は死んだらしい。
全国大会への参加、そして優勝の夢は叶わなかったようだ。
実力的に言えば少なくとも足切りはされないし、チャンスはあったとは思う。ただどうやら、運は足りなかったのかもしれない。
いや、残念だ。
そんなわけでこのふわふわした一面の花畑を、足音も立てずに歩き回る。
ふと、向こう側に眩い光が見えた。
あれが、天への道なのだろうか。
耳を澄ませば聞こえる。少女のような女神のような声だった。
(おいで。こっちでデュエマをしよう?)
なるほど、こっちでもデュエマはできるのか。
まぁ、デュエマができるならいいか。デュエマができる環境があるなら、きっと全国大会とかもあるんだろう。
僕は声に導かれるように光の方向へと歩いていった。
†
それは知らない天井だった。
ふと左右を見渡す。知らない部屋だった。ただ病院ではなさそうだった。
頭を振る。動く。手を握る。動く。シャカパチは……手元にカードがないのでできない。
とりあえず、どういう理屈かはわからないが、生きてる。
いや、なんで?
「あっ、気付きましたか?」
ふと、何処からともなく女性の声が聞こえた。その声は、天界のような花畑を彷徨っていたときに聞いた声にそっくりだった。
ということは、もしかして。
「もしかして、お迎えにきた女神の方ですか……?」
「え、なんですか、突然。どんな世界観ですか」
違うらしい。
身体を起こすと、自分と同世代くらいの女性がそこに立っていた。声は彼女のものというわけだ。
とにかく、自分は生きてるらしい。それは確実だった。そう思うと、少しほっとした。
「おはようございます。びっくりするんで、私の家の前で勝手に行き倒れないでくださいね」
「えっと、ごめんなさい」
「まぁ、特になんともないようなのでよかったです。何か飲みますか? お茶とかでいいですか?」
なんともないということは、怪我もないということである。いや、絶対嘘だろ。あの状況で怪我しない奴なんているか? いや、あの状況で生きてる奴なんている? って訊かれたらそれも首をかしげるが。
で、話によるとこの人の家の前で倒れていたらしい。
まるでわからない。状況が何もわからない。ただ、この目の前にいる――少なくともあの世からの使者ではないらしい――女神様に命をお救いいただけたことだけは、間違いないようだった。
「えっと、森燃(もりもえ)イオナといいます。貴女のお名前は……?」
「あ、ごめんなさい忘れてました。イオナさん、ですか。私は大地(だいち)マナです。貴方と同じ、デュエマプレイヤーですよ」
普通に大きい地面で大地です、と彼女は付け加えた。
ん、いや、待って。何かいま言ったよな? 『貴方と同じ』『デュエマプレイヤー』?
「違いましたか? うわ言で『ドルガンバスターウララーは無理だよぉ……』とか呟いてたので、これはデュエマプレイヤーだ! と思って勝手にテンション上がってしまったんですけど」
そんなバレ方ある?
「……デュエマプレイヤーで間違いないです」
「それはよかったです」
彼女は、傍らのグラスに麦茶を注いでくれた。
「まぁ、倒れてたってことは何かあったんでしょうし、しばらくゆっくりしてください。私は出かけようかと思ったんですが、今日はやめときます」
「何か予定があったんですか?」
「CSを見に行こうかな、って。旭町の」
「カイハ・ベルツCS?」
「あ、そうですそうです。ご存じなんですね」
ご存知も何も、本来参加予定だったCSである。
僕は、ベッドから降りた。
やはり体調的に、何処にも問題はなさそうだった。
釈然としないことは多いが、兎にも角にも一旦デュエマだ。
「あの、特に何も問題なさそうなんで、CS見に行きませんか?」
†
「なるほど、トラックに轢かれたと思ったら気付いたら知らない天井だったと。まあ、寝ぼけてたんでしょう。強いお酒とか飲みました?」
CSに向かう道中のこと。
結構詳細に事情を説明したつもりだったのだが、寝ぼけの一言で片付けられてしまった。
「いや、ついこの前19歳になったばかりなんでお酒とか飲まないです」
「あれ、大学1年ですか? じゃあ同い年なんですね」
そうこうしているうちに、会場へと到着した。
旭町のCSは、相変わらず盛況だ。
どうもちょうど予選が終わって本選に入ったところらしく、フィーチャー卓(配信卓)の周りには人だかりが出来ている。店内のモニターにも会場の様子が映っていた。
モニターと観客の反応をみるに、試合も終盤に突入しているらしい。互いのシールドの枚数が、残り少ない。
「あ、やっていますね。あれは……たぶん高梨名人さんと甘嚙み王子さんの試合ですね」
どっちもCS会場ではよく聞く名の知れた強豪プレイヤーだ。特に高梨名人は全国トップレベルの実力。彼らの持ち込んだデッキも気になるので、モニターをじっと見つめる。
だが、そこで見たデュエマは、どうも様子が違った。
「……マナさん、これって本当にデュエマだよね?」
「??? 何を言ってるんですか?」
「いや、だって……」
確かにシールドと手札らしきものはあるが、高梨名人の動きは妙だった。
そもそもどちらのターンかもわからないし、引いた手札をデッキ下に送ってカード交換しているし。
そして、その後のやりとりもとてもデュエマと言えるようなものでは……。
いや、ここに関しては実際に彼ら会話を聞いてもらった方が早いだろう。店内のスピーカーから、彼らのセリフが聞こえてくる。
「こちら、《ジョット・ガン・ジョラゴン》と《アイアン・マンハッタン》だ。これにて、ゲームエンドとしたい」
「俺のカードは《真・龍覇 ヘブンズロージア》と《時の法皇 ミラダンテXII》。残念ながらジョラゴンはダンテの統治下だ。俺の勝ちだろう」
「いや、それはどうかな?」
……いや、『どうかな』ってなに?
「《ジョット・ガン・ジョラゴン》を始めとしたジョーカーズは、従来の格好にとらわれない存在として誕生している。コストの概念も、ましてや法皇の統治など、《ジョット・ガン・ジョラゴン》は意に介さない」
意に介すとかそういう話ではないのでは?
「いやぁ、やっぱりロジカルシーンは盛り上がりますねぇ」
横にいる命の恩人たる女神様も、感心しながら試合を見ている。たぶん、凄い盛り上がる部分だったのだろう。で、ロジカルシーンって何……?
「マナさん、これは何?」
「これはも何も、デュエマですけど」
「いやいやいやいや」
盛大なドッキリとかじゃないよね?
「……イオナさん、ほんとにデュエマプレイヤーなんです?」
「……の、つもりだと自分では思っていたんですけど」
段々自信がなくなってきた。
もしかして、自分の寝ていた間に物凄い時が流れて知らないルールに変わっていたり……というわけでもなさそうだ。パック売り場をみると、よく知るパッケージが並んでいる。
ああ、もうわけがわからん。
「……マナさん、僕はもしかしたらデュエル・マスターズについて何も知らないのかもしれないです」
「ええええ!? せっかく私にもデュエマを一緒にできそうな方ができたと思ったのに……」
だって、そう結論付けるしかないのでは……?
「で、でもカードは知っていましたよね? じゃあ大丈夫ですよ。私が全部ルールから教えてあげられますから」
「ぜ、ぜひ、お願いします」
†
<大地マナの世界一親切なルール解説>
というわけで、このコーナーではわたし大地マナが、世界一わかりやすくルールの解説をやっていきたいと思います。
イオナさんは困惑していたようですが、この『ロジカル・デュエマ』は私たちにはとても馴染みの深いレギュレーションです。
凄く簡単に説明すると、手札に強いカードを揃えてそれを相手と見せ合い「どっちの手札の方が強いか」を議論するバトルです。私たちはその議論を「ロジカルする」と呼んでいます。
細かいルールを説明すると、こんな感じでしょうか?
・デッキは40枚、同名カードは4枚まで可能だが、SR以上のカードは1枚まで
・ゲーム開始時にカードを5枚ドロー。シールドを5枚セットする。
・各プレイヤーは互いに1回まで手札を交換をしてよい。交換は5枚になるように1~5枚の間でチェンジが可能。
→要するに強い手札を作るためにカードをかき集めよう、っていう感じです。
・その後、互いに手札を任意の枚数公開し、「どちらが強いか」をロジカルする
→このゲームの一番楽しいところです!
・ロジカルする際、先に喋ることができるのは優先権も持っている方から。優先権はターンごとに交代するが、最初のターンはじゃんけんで決める
・手札の強さは綺麗さであったり、背景ストーリー的な説得力であったり、テーマの統一性であったりが……
†
「長い、3行でお願い」
「えええ? 3行ですか? えーっと……」
・40枚の山札と、手札・シールドを用意する
・引いた手札を見せ合ってどちらが強いか議論する
・勝った方がシールドを割っていき、先にダイレクトアタックまで決めた方が勝ち
「……という感じです!」
「助かります」
何が何だかさっぱりだけども。
「とりあえず、習うより慣れろってことで一回やってみませんか?」
彼女は空いている席を見つけると、デッキを一つ渡してくれた。デッキの構築とか手札とかシールドはいい。そのままだから。
問題は「ロジカル」とか呼ばれる、アレだ。
勝利条件もわからんし、何を軸にロジカルなるものを進めていけばいいのか、さっぱりわからない。
「いや、そんな難しい話ではないですよ?」
マナは自分の手札を広げながら言った。
「例えば私が《ゴースト・タッチ》を見せたとします。でもイオナさんが《サイバー・ブレイン》だったら?」
「そりゃこっちの勝ちでしょ」
「そう見えますよね? でもそれではロジカルにならないので、勝とうとしてみてください」
「いやいやいやいや」
1ハンデスと3ドロー、どう見ても無理な話だ。
「まぁ、まだ『カードテキストに魂を縛られている』いまのイオナさんでは無理でしょう。そうですねぇ、例えば」
マナは自分の髪の毛を指でくるくるしながら、考えている。
「ゴーストとはいわば霊体です。対して《サイバー・ブレイン》は電脳でしょう。いかに超科学の力を持ってしても、霊体の謎は解き明かせません。よって、《ゴースト・タッチ》の方が優秀と言える、のではないでしょうか」
「いや、その理屈はおかしくないか?」
「どうおかしいのか、具体的に指摘しなきゃダメですよ」
「なるほど……」
こう言われると、案外ぱっと反論できないものだ。
「あとは他にですね……例えばこの《ゴースト・タッチ》に《巨大設計図》を添えます。この《巨大設計図》の力を使って《ゴースト・タッチ》を《ロスト・ソウル》に巨大化させてみる、なんていう手もありえますね」
「そんなのが通るの?」
「通るか通らないかは、イオナさんの反論次第です」
「じゃあ例えばさぁ」
僕は借りたデッキに入っている《悪魔神ドルバロム》を見せた。
「最初からこういうコストが大きくて強いカードをバンバン見せていけば、それだけでゲームに勝ったりしない?」
「いや? 別にそうはならないですよ。強いカードは『強いと感じさせる使い方』をしないといけませんし、そのためにはゲーム前半での下準備が不可欠です。特に関連性のない複数のパワーカードを見せても、ロジカル的には有利ではありませんよ」
「……このゲーム、難しくないか?」
「そうですよ。私も難しいと思ってますが、それはそれとして楽しいですよ」
つまるところ主張のぶつけ合い、ということらしい。
なるほど、『ロジカル・デュエマ』の意味も理解できてきた。ゲームとしても、実は結構奥深いのかもしれない。
だがそれはそれと『ロジカル・デュエマ』なんてローカルルールでも聞いたことないし、それがCSとして開催されているなんて聞いたこともないし、ましてやトッププレイヤーもやっているなんてもっと聞いたことがない。
そう、どうも、おかしいとは思ってはいた。
トラックに轢かれて以降、不自然な状況や不可解な物事が多すぎる。
そして、自分の知っているデュエマのルールすら違うのだ。
……自分の持っている知識の中で、考える可能性は一つしかなかった。
もしかして、僕は――
「異世界、転生……」
「イオナさん? どうしました?」
「あっ、いや、なんでもないです」
思わず口に出てしまったが、確信せざるをえなかった。
極めて近いけど、限りなく遠い世界――異世界に転生させられてしまったのかもしれない。
だとすると、どうも、大変なことになってきた。
僕が目指した全国大会は? CSは?
まぁ、でも。
目の前のモニターに映る試合を見る。会場の盛り上がりを見る。
決勝戦も、いよいよ大詰め。最後のロジカルが繰り広げられている。
「デュエマができるのなら、まあいいか」
ちょっと知らないルールではあるけども。
それに多くの人が熱中して、楽しんでいるなら、それは僕の知っているデュエル・マスターズと何ら変わりはしないのだ。
この世界にも、CSはある。そしてCSがあるということは、全国大会もあるはず。
そして、やるからには絶対に――
「ゲームセット。本日の優勝は高梨名人選手です!」
会場は拍手に包まれていた。
僕はフィーチャー卓をじっと見つめる。
やるからには絶対に、あの場所に。
このゲームで、一番のプレイヤーにならねばならないのだ。
(次回1-2に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。