▲「なんとなくカッコイイので内向きで!」という編集部員のリクエストに応えて、“500号”にちなんだ五本指ポーズを披露
コロコロコミックは、2019年11月15日発売号で創刊500号を達成!! それを記念して、現10代目編集長までのリレーインタビューで約40年にわたるコロコロの歴史を振り返るぞ!
第10回は、2019年から現編集長を務める“秋本じゃけえ”こと秋本武英編集長だ!! 『ケシカスくん』初代担当編集者ならではの村瀬先生とのエピソード、ビーダマンの“あのワザ”が生まれた秘話、ミニ四駆の大会での熱すぎる思い出など、貴重な話をたくさん聞いてきたぞ!!! 「コロコロ500号記念大年表」と一緒に楽しんでくれよな!!!!
秋本武英(あきもと・たけひで)
1970年生まれ、広島県出身。94年に小学館入社。コロコロコミック編集部配属後、98年に『コミックGOTTA』立ち上げに参加。2001年にはコロコロコミック編集部に戻り、16年には『コロコロイチバン!』編集長に就任。19年7月からコロコロコミック10代目編集長を務める。広島弁の「〜じゃけえ」にちなんで、愛称は“秋本じゃけえ”。
ビーダマンの“あのワザ”が生まれた瞬間
——11月15日発売のコロコロ500号でイラスト初登場となった“秋本じゃけえ”(※69ページ/次世代ワールドホビーフェアの記事だヨ!)こと秋本編集長は、子ども時代にコロコロ読者だったそうですね。
学年誌(=『小学一年生』など、小学館の学年別学習雑誌)を読んでいた流れで、コロコロは創刊号から手に取って。4号目が出たくらいの時に、これまでのコロコロを全部並べて……あ、この話、あんまり書いてほしくないかも。
——いきなりオフレコ話ですか!?
ちがう、ちがう(笑)。バカだから、自分で合本したんです。ガムテープで、4冊を1つの本にまとめて「オレのが一番!」的な。そうしたら、厚みがすごいから、ものすごく読みづらくなってしまって……。元に戻そうとしたら、本がガムテープでベタベタになるし。当時7歳だったけど、半べそかいた気がするな(笑)。
——かわいらしいお話じゃないですか! 当時のコロコロでは、どんな漫画が好きでしたか?
『ドラえもん』(藤子・F・不二雄先生)は、もちろん大好き。あとは『ゴリポン君』(キド・タモツ先生)とか『金メダルマン』(勝木一嘉先生)とか、ギャグ系が好きでした。当時から、コロコロってクラスの共通言語で。“ゴリポン”って呼ばれてるクラスメイトもいましたし。でも、3・4年生くらいで卒業しちゃったかな。
——週刊漫画誌を読むようになったのでしょうか。
そう。広島だから、給食がない日は必ずと言っていいほど、お好み焼き屋に行くんですけど、そこでサンデー・ジャンプ・マガジン・チャンピオン、全部読んでいました。上京するまで、ずっとそんな感じで。途中でヤング系を読むようになったりもしましたけど。
——そうして、1994年には小学館に入社しています。最初は(研修で)『小学三年生』に仮配属されたんですよね。
そうです。その後、7月にコロコロコミック編集部に本配属になったんですけど、それが『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』(こしたてつひろ先生)の読み切りの前編が掲載された直後でした。
——コロコロに配属された際の心境はいかがでしたか?
学生上がりの20代の若者としては、自分の趣味に近い『BE-PAL(ビーパル)』(※小学館のアウトドアライフマガジン)への配属を希望していた部分もありましたけど、一方で漫画も大好きだったから、よかったなと。
ちょっと話が脇道に逸れるんですけど、小学生の頃、学校を休むと、朝からずっと教育テレビ(※現在のEテレ)を見ますよね。「見放題じゃん、サイコー!」って。その背徳感混じりのよろこびが忘れられなくて、大学生になっても、講義をサボった日はずっと教育テレビを見ていて。今のEテレを見てもわかるように、つくり手の趣向が凝らされている感じが好きで。それで、「子ども向けの学年誌もおもしろいだろうな」と思って、小学館に入ったところもあります。
——そうだったんですね。漫画では、どの作品を担当していましたか?
『スーパーマリオくん』(沢田ユキオ先生)です。90年に連載スタートしているから、当時連載5年目くらい。沢田さんは当時、マリオにめちゃめちゃ詳しいというわけではなくて、息子さんがプレイする様子からネタを膨らませて漫画を描いていたんです。おれもあまりゲームをやるほうじゃないから、攻略本とにらめっこして、こんな話はどうでしょうかと提案して。
でも、それが逆に自由な発想につながってよかったのかもしれないと思っています。ずっと喫茶店で打ち合わせして、楽しかったな。
——ホビー系では、どんな記事を担当していましたか?
「ドラゴンホビースペシャル」っていう、ホビーページをやっていました。「チョロQ」とか「ビーダマン」とかを紹介して。ある時、ゴールデンボンバーマンのビーダマンが新発売するよ、という記事のラフを描いていたら、当時の上司に「それじゃ、ただ色が変わっただけの記事だろ! 金なんだから他より強くしろ!!」と(無茶を)言われて。ただの色がえなのに……。
そこで、メーカーの担当さんにねばって聞いてみると、ビー玉を強く打つ方法があると。それが、いわゆる“しめ打ち”の方法が最初に出た記事でした。
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