By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
大地マナは、自覚せざるをえなかった。
あるいはさせられた、と言った方が正しいのかもしれない。
それは目の前に帝王がいて。自分の存在の意味が理解できて。
だからもう1人の自分がいることをついに自覚した、その直後の話であった。
「……それで貴女は、誰なんですか?」
自分の中に存在するもう1人の存在に、マナは問うた。貴女は大地マナなのか、大地マナ以外なのか。
もう1人の彼女は、答える。ええ、貴女ではないけども、貴女と言って差し支えないですよ、と。それは結局わからなかった。それは環境への答えが曖昧なように、薄ぼんやりとした境界線らしかった。
それについては、まぁいい。
ともかく、マナは自分が何者なのかを知った。生年月日の都合、自分は「デュエマの申し子」のような存在であること。その結果、もう1人が憑依してあらゆる世界のデュエマを監視していること。同様にもう1人の自分の存在によって、あらゆる世界でのイオナとの記憶が確かであること。
……異世界転生をしていたイオナが知らないデュエマのルールは、主に自分が教えていた。その上でイオナはゲームを理解し、そのゲームの結論らしきものを出した。そしてイオナは、次の世界へと旅立った。
「……ふと思ったのですが」
マナは疑問に思った。
「どうしてイオナさんは、一つの世界に留まれないんでしょうか?」
何もそんな渡り鳥のようなことをさせなくてもいいのに、とマナは思った。
マナにとってのイオナは特別で、イオナにとっての自分も特別な存在であるはずだ。
できればイオナが元々いた世界へと戻って、そしてその世界で自分と一緒にいる。それが一番わかりやすいはずなのに。
「イオナさんを異世界に飛ばしてるのは貴女なんですか? デュエマの監視とか言いながら、イオナさんにデバッグさせて」
「…………」
彼女は、首を横に振る。
「……いいですか、マナ。落ち着いて聞いてください」
彼女はゆっくり、諭すように話を始めた。
「マナ、貴女と森燃イオナは生年月日が同じです。彼もまた、デュエマの申し子と言える存在なのです。……ゆえに」
「ゆえに?」
「マナ、貴女とイオナは大変存在が近しい。貴女も初めて彼を見かけたとき、何か運命めいたもの――この人とはなんだかんだ一緒にいそう、そういったものを感じたはずです」
それはそうだ。じゃなければ、家の前で寝ている人を家に上げたりしない。
「そう、近しい存在であるがゆえに……それは磁石の同極が反発し合うのと同じなのです」
「……え?」
「デュエマの申し子。貴女と彼は、近しい存在であるがゆえに長く一緒にいることはできない。そうなると、彼は異なる世界へと飛ばされていってしまう」
「…………」
「森燃イオナは、最初なんらかのアクシデントで貴女のいる世界へとやってきてしまった。そしてそれは正常ではない状況だった。だからそれゆえに、仲良くなってしまったが、近しくなってしまったがゆえに、貴女と彼は本質的に一緒にはいられないのです」
マナは絶句してしまった。
まず前提として……イオナの元々いた世界には、自分は存在していないということになる。イオナと初めて出会ったのは、イオナが異世界に初めて飛ばされた時だった。それ以前の記憶は、ない。
つまりイオナが元の世界に帰ってしまうと、それはイコールで永劫の別れを意味する。
そしてその上で、仮にイオナはこのまま異世界転生を続けることになったとしても。
自分が異なる世界でのイオナに関する記憶を持っているのは、もう1人の自分といういつ切れてもおかしくないような細い線のお陰で、なのだ。それが切れた瞬間、この世界の自分が会ったイオナとの記憶しか残らないのではないか。何かあっても、偽りのそれに過ぎないのではないか。
イオナと思い出を共有し、共に歩むことは、絶対に叶わないのではないか。
それは自分の描いていた未来が、素敵だと思っていた風景が、何もかも全て否定されるのと同じであった。
「嘘」
思わず、そう溢す。
それはあんまりではないか。
自分にとってイオナは特別、彼にとっても私は特別。そういう関係であったはずなのに。そしてそれは確かに正しかった。互いに特別な存在であった。皮肉なことに。
「これじゃあ、私とイオナさんはどうやっても…………」
そしてそこに、帝王は微笑んだのだ。
「世界の理を、変えてみたい。そうは思わないか。大地マナ?」
†
帝王から指定された場所に、イオナは辿り着いた。
そこには確かに、帝王はいた。玉座ではないが、ベンチに座っている。
夜の公園は静かだった。辺りには、誰もいない。
「ようやく話を聞いてくれる気になってくれて嬉しいよ、イオナくん」
「ふざけるな、マナを脅しやがって」
「脅し……? なるほど、そう思うなら、そうであった方が今は幸せかもしれないな」
「それって……」
「それで」
帝王は、ベンチからゆっくりと立ち上がった。
「用件を聞こう、森燃イオナ」
「マナの居場所を知っているか?」
「もちろん。私と志を同じくする者だからね」
「……僕と勝負しろ。僕が勝ったら、マナに会わせろ」
「それは構わないが、もし君が負けたらどうする?」
「それは……」
「まぁ、それはよいか」
帝王はデッキを取り出し、デュエマの準備を始めた。
「私と君とでは、総合的に見れば明らかに君の方が優れたプレイヤーであると言えよう。それは認めよう。イオナくん、君は強い」
「…………」
「だが……それは『互いに同じ条件で対戦したとき』の話だ。君の記憶によれば、君は私にロジカル・デュエマとやらで敗北したことがあるようだね。それは君が、まだロジカル・デュエマの勉強が未熟だった頃の話だった」
「……それが、どうした?」
「もう一度冷静に考えてみてくれたまえ、森燃イオナくん。君は『ディスペクター・デュエマ』にどこまで詳しい? しかも、大地マナの助力なしで、どこまで研鑽できた? そしてその状況で勝てるほど、私は弱いプレイヤーだったかな?」
「…………」
「結果は、自ずとわかるだろう」
やがて、対戦が始まった。
†
・クリーチャーを召喚した際、同コストのクリーチャー名を宣言してディスペクターとして召喚してよい (パワーは合計される)。ただしそのクリーチャーを宣言するにはマナゾーンに該当する文明が必要で、また同一のクリーチャーは1試合に1回までしか使えない。
・デッキの構築は限定プールとなっているが、宣言できるクリーチャーのプールには指定はない。
わかっている。ディスペクター・デュエマは秩序ではなく混沌のゲームだ。
例えば大怪獣デュエマのような、ハッキリと明快な勝ち筋があるわけではない。乱戦、力戦、そういった形態のゲームになる。最後はスキルや経験がモノを言うだろう。
そして……この手のゲームにおいて、帝王は強い。ディスペクター・デュエマは、おそらくメンタル・デュエマ+ロジカル・デュエマみたいな要素が強い。自ら混沌に持ち込めるようなゲームでは、帝王は限りなく最強に近いのだ。
だけどこの戦いは、勝たねばならない。それは自分のためであり、マナのためでもあるのだ。
一応イオナの見立てでは、当然ながらクリーチャー主体になるのはそうとして、問題はアグロに寄せるかコントロールに寄せるか、という話になる。
EXライフによってシールドが増える分、アグロは辛そうな印象も受けるが必ずしもそうではなさそうだった。というのも、自身のアタッカーも除去耐性を得て強力なクリーチャーを相棒に殴れるからだ。
特に3コストのクリーチャーであればいつでも《単騎連射 マグナム》とのディスペクター召喚が狙える。楯からトリガークリーチャーを引かれた瞬間、全てが破綻しかねないこのルールにおいて、《単騎連射 マグナム》のディスペクター召喚は、アグロの最強の主張点なのだ。他の《早撃人形マグナム》や《ウソと盗みのエンターテイナー》のようなカードはEXライフに守られてしまう。
また補足しておくとディスペクター召喚は正規のマナコストを支払って召喚したものと扱われる。《異端流し オニカマス》などでディスペクター召喚を防げない。
とはいえ、コントロール軸に組めるならコントロールの方が強いだろう。そのクリーチャーを使えるのは1ゲームに1回という制限もあるため、《単騎連射 マグナム》を投げるならば使い所を見極める必要があるのだ。
さて、今回のカードプールはゴッド・オブ・アビスの第2弾「轟炎の竜皇」に収録されているカードのみでメインデッキを構築することになる。収録されているカードなので、トレジャー系のカードも搭載可能だ。ただしタマシード/クリーチャーは、ディスペクター化できないことになっている。
そういうわけで素直にコスト2ないし3のカードでブーストして、上のカードで戦おうというのがイオナの考えである。
ゲームはイオナ側から先に動けた。3コストで《氷駆の妖精》を召喚し、《青銅の鎧》を宣言して2ブーストを決める。
こちらは火自然に水を足したような構築となっている。次のターンには6コストのクリーチャーを投げて《メガ・マナロック・ドラゴン》なりを宣言してしまえば、一気に優勢だ。このゲーム、明らかに殿堂カードが強い。
そして手札には《ボルシャック・クリスド》がある。もちろん、赤マナも用意されている。これはかなり優勢のはずだ。
しかし帝王もある程度予測済なのか、ここは同じく3コストの《コバヤシ・ジアマリン》の召喚から、《停滞の影タイム・トリッパー》を繰り出してくる。帝王は水闇寄りの構成になっているようだった。
トリッパーは厄介だった。こちらは3→6のマナカーブを軸としているため、止まったときの別プランはそこまで用意していない。確かに相手を止めるカードが飛んでくることの多いこの環境では、マナカーブはもう少しバラしておいても良かっただろう。この辺りは、実戦経験の少なさが来てしまった。
そして帝王は、その1ターンを激しく咎めてくる。
続くターンの行動は、《深淵の壊炉 マーダン=ロウ》+《解体人形ジェニー》という、凶悪なピーピングの2ハンデスをい決めてくる。
そうか、単純だけどかなり強い。
これによって、こちらの動きはかなり厳しくなってしまった。それだけでなく、マーダン=ロウが動き出す可能性もある。
一応これには《試練の大地ダン・ティラン》+《奇天烈 シャッフ》で止めにかかるが、次の帝王の展開には対応できないのだ。
「…………」
状況は、徐々に厳しくなっていく。即死はしないものの、じわりじわりと差が広げられつつあった。
一度盤面差を付けられると、EXライフの都合上どうしてもマッハファイターなどの除去では対応しきれなくなり、ディスペクター召喚で両面を除去に使った行動などをする必要がある。
しかしそうなると盤面の脅威の設置やリソース獲得のといった行動のためにカードを使えなくなり、結果としてマウントを取られ続けてしまうのだ。一度こうなると、苦しい。
そして、帝王は狡猾だった。
正確な詰めでジワリジワリとこちらを削ってくる。何か大きな行動をしようにも、今度は《アクア・ベララー》などで思ったようなドローも許してくれなくなった。
そして低コストクリーチャーに対しては、後ろのカードで確実に咎めてくる。こちらの盤面が、上手く生成できないし、強いカードもプレイできない。
「では、私は《流星のガイアッシュ・カイザー》を召喚で。《キラードン》とのディスペクター召喚」
EXライフを少なからず減らされている中での《キラードン》は致命的だった。そしてこのルールの《流星のガイアッシュ・カイザー》は、ほぼ致命的なカードである。
帝王は《アクア・ベララー》で山札をチェックする。
「ふむ……。まぁ、いいだろう。そこから好きなカードをプレイしたまえ」
ドローしたのは、《あるまじきモンジロー》だった。
イオナは考えた。コスト5のカードで、盤面をひっくり返しうるカードを。だが《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》でも、《未来王龍 モモキングJO》でも、何も解決していない。ガイアッシュは退かないし、相手に全体除去を撃つことはできないし、撃ててもEXライフが残る。
まるで全てを見透かされているかのようだった。
「イオナくん、君の負けだよ。敗着はデッキ構成か、それとも序盤の展開か……いずれにせよ、その練度では私には届くまい」
「…………」
それは、その通りなのだ。帝王は強い。少なくとも、今の自分では足りていない。
マナとの練習ができていれば、話は違っていたかもしれない。だがさすがのイオナも、脳内だけでゲームに勝てるほどデュエマは甘くないのだ。
「君は私の栄光ある勝利のページに、敗者として名を残してくれたよ。おめでとう、イオナくん。素晴らしい戦いだった」
何も、言うことがない。負けは負け。それは受け入れるしかない。
だが、今回ばかりはそれはダメだったのだ。
「君の頑張りと才能を賞して、1つ大事な、君がもっとも気にしてそうなことを教えてあげよう」
「…………マナのことか」
「いいか、聞き給えイオナくん」
帝王は言う。
「私は大地マナを決して脅してはいない。ただ彼女を勧誘しただけだ。そしてその結果、彼女は自分の意思で、私の同志になると決めた」
「そんなバカなこと……」
「これは事実だ。だからどうだ、君も私の同志とならないか? 君の才能を一番評価しているのは、私かもしれないぞ?」
帝王の後ろの言葉は、頭に入ってこなかった。マナが、自らの意思で……?
それは認めるわけにはいかないのだ。マナが、帝王に与することなど、あってはいけない。
マナがいないのは、脅されていたからであって……。
「……嘘だ」
イオナは、絞り出すように言った。
対して帝王は、哀れみの表情を浮かべていた。
「そう信じたい気持ちもわかるが、別に私は嘘を吐く必要はないのでね。まぁ、好きにしてくれたまえ。君が私の同志になるというなら、いつでも歓迎しているよ」
帝王は笑みへと表情を変えると、その場を去って行った。
「…………」
どうしてなんだ、マナ?
そんなことは、決して起こらないと思っていたはずなのに。
これでは、ただマナを失ったという事実が残るだけじゃないか。マナがそれを望んでいたとでも言うのか?
「……マナ」
夜の公園は、恐ろしく静かだった。イオナの慟哭のような独り言が聞こえるほどに。
(ディスペクター・デュエマ 完 次回に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!