By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
皐月サツキは、生まれながらに不運な男であった。
大企業である皐月コンツェルンに生まれながら、三男。生まれながらにして、皐月コンツェルンを継ぐことは絶望的だった。
しかし、彼の不運はこれで済まなかった。もしも彼が人並みの人物だったら、その人生を受け入れ、人から程々に羨望されながらもそれを受け流し、それはそれで充実した人生を過ごす択もあっただろう。
しかし、皐月サツキは不運なことに頭が切れた。才覚という点について言えば、兄二人よりも上だったかもしれない。そしてそのことに、早くから気づいてしまった。
あとはもう、不運が連鎖した。自分より劣った人間が栄光を手にし、自分には与えられない。それに気づいた中高生時代から徐々に性格は歪んでいき、そしていつしか刹那的・享楽的に生きる道を選んだ。
そして悲しいことに、刹那的・享楽的な勝負ごとにおいては異常とも言えるほどに運が良かった。ギャンブルをすれば勝つし、デュエマで確率の低い勝負を挑んでも、時にありえないことが起こって勝ってしまう。
そんな生活を続けていたとき、『世界の理を変える』ことを目指す帝王と出会った。それはもう、魅力的でしょうがなかった。理さえ変われば、自分が皐月を好きにできる。
故に、帝王に付くことに対してはなんの躊躇いもなかった。
†
おかしい、パーティーと聞いていたのだが。
パーティーというのはもっとこう華やかで、煌びやかで、人と人は優雅に言葉を交わしながら、時にダンスを踊り、時に乾杯する、そんな行事だと思っていたのだが。
いや、別にそういうのを望んでいたわけではないのだけども。
「どこだよ、ここは」
会場に辿り着き、デュエマのイベントに出ると伝えると、なぜか目隠しをさせられ車に乗せられ、そして通されたのは、地下施設だった。たぶん、地下闘技場と呼ぶべき施設だった。
なんか、古代ローマの映画で似たような光景をみたことがある。コロッセオで戦うアレ。剣闘士が猛獣とかと戦う、あの場所だ。いや、これそういえば昔ダンジョン・デュエマで麗子と戦ったときも、こんな場所だった気がする。
そして、察した。
”パーティー”の真の意味を。パーティーの客が、何を求めているのかを。
「……よかった、マナがいなくて」
会場に着くと、既に勝負は始まっていた。
クライマックス・デュエマによる勝負に、パーティーの観客たちは盛り上がっていた。
皐月主催のパーティーとは要するに、デュエマで決闘している様子をセレブたちに楽しんでもらい、入場料で収入を得る、というものだろう。もしかして、この収入が帝王の活動資金になったりするのだろうか。
いずれにせよ、確かにこれは麗子が来るわけもなかった。
さて、ルールは勝ち抜き制で、5本先取。とにかく、目の前に来た奴を倒し続ければいい。負けると即リタイアである。そして一番連勝数が多かった人には、主催者から貴重な賞品が送られるという。
そして現在は、皐月サツキが無双していた。その連勝数は8。クライマックス・デュエマの性質を考えると、異常とも言える。
・コスト7以下のクリーチャー1体(相棒)を選び、バトルゾーンに出した状態でゲームを開始する
・相棒はターン開始前に既に場にいたクリーチャーとして扱う
・相棒クリーチャーはデッキに4枚入っているカードから選ばなくてはならない
「そろそろ出番か」
目の前の奴がサツキに敗れ、サツキの連勝は9に伸びる。相変わらず、《ガチャンコ ガチロボ》からの爆発はエグかった。
だが今回は、万全の準備をしてきている。マナと一緒に、答えに辿り着いた。
正直、久々に手応えがある。
イオナは立ち上がると、サツキが待つ場所へと向かった。
†
目の前に立つイオナに、サツキも気づいたようだった。
「あれ、この前ボコボコにしたのに、懲りないんだね」
「まぁ、反省したからね」
「何を反省したの? じゃんけん?」
「いや、デッキだけど……」
「クライマックス・デュエマで、構築の見直し? 冗談かなんかでしょ。じゃんけんの練習してた方が、たぶん勝率上がるよ」
「はたして、それは本当かな?」
確かに前回は9軸ガチロボに完膚なきまでにボコられた。なんなん? と言いたくもなるような負け方も多くて、どういう風の吹き回しかもわからない確率をまくられて、「この人には勝てないのでは?」とすら思わされた。
「運ゲーだったらオレは負けないけど、どうする?」
「いや、デュエマは思ったよりもやれることがあるんだな」
「ほう?」
結局は、その後のマナとの検証で「相性の問題なんじゃないですか」となった。実際、《星龍パーフェクト・アース》は思ったよりも機能しなかった。
だからサツキのデッキの研究と、新しい相棒を探した。
そして、ようやく見つけたのだ。お披露目しよう。
イオナはバトルゾーンにカードを1枚置く。
その盤面がモニターに映し出されると、観客からはどよめきがした。そして皐月サツキ自身も、困惑の様子を見せた。
「《炎勢混成 ガウスルヴィス》……?」
確かに、知らなくてもおかしくない。何せ、自分でも初めて使うカードなのだ。
やがて、試合が始まった。先攻はサツキだった。
サツキの《ガチャンコ ガチロボ》が動き出す――その前に、《炎勢混成 ガウスルヴィス》の効果が起動する。
その効果は「相手のターンのはじめに、相手のクリーチャーを1体選びタップする」というもの。
ガチロボは起動する前に、その動きを止められてしまったのだ。
「……そんな馬鹿な」
「どんなに運が良くても、運要素に至る前に止められたらどうにもならないよね」
《炎勢混成 ガウスルヴィス》はパワー8000。後攻1ターン目、イオナはタップ状態の《ガチャンコ ガチロボ》をバトルで破壊する。
最大の脅威は取り除いた。あとは、勝つためのルートを目指す。
実際、ガウスルヴィスで殴っても勝ちにはならない。
当初は、ガウスルヴィスを生かした勝ち方も考えていた。例えば《蝕王の晩餐》で爆発させて《偽りの名スネーク》を出してわちゃわちゃしたり、そこから《水上第九院 シャコガイル》に繋げたり。
でもそれだとデッキが回らなかったし、回らないデッキにするというのは安定感を欠く。
このデッキは性質上、特殊な受けギミックを必要としていない。なぜなら、相棒だけで受けが成立するからだ。
つまりデッキの中にはガウスルヴィスさえ入っていれば、あとはどんなギミックを積んでもいいのだ。これが、他の相棒との明確な違いでもあった。
その上で、もっともしょうもない……ではなく、わかりやすいエクストラウィンがあるギミックを探した。クライマックス・デュエマの特徴として、相手の相棒を倒すと数ターン機能停止になる上、ハンデスやメタクリーチャーを出される心配もないため、こうなった後は割となんでもやりたい放題なのだ。
というわけで、結論。
「2マナ《フェアリー・ライフ》、4マナ《マナ・クライシス》、5マナ《龍素記号wD サイクルペディア》ランデスで……」
ランデスとハンデスで徹底的に締めつけて、《「本日のラッキーナンバー!」》と《音卿の精霊龍 ラフルル・ラブ》で締めるという、それはそれは身も蓋もないものであった。
言うならば、ガウスルヴィスグッドスタッフということになる。
観客は唖然としていた。
まぁ、どっちが勝つか分からないギリギリの戦いを楽しんでいた観客にとっては、これは面白くもなんともないだろう。
結局先攻でも後攻でも相棒が機能しない以上、サツキが勝つ余地はなかった。別にサツキが《星龍パーフェクト・アース》だろうが、《未来王龍 モモキングJO》だろうが、ガウスルヴィスなら完封できている。
圧巻の5-0。構築の勝利である。
「そんな、デュエマはじゃんけんの勝敗に左右される運ゲーのはずだったんじゃ……」
サツキは本当にそう思っているらしかった。
まぁ、実はそれもそこまで否定はできない。
たまたま運良く、環境に適したカードを見つけた、という見方もある。ただしそれももちろん、努力の末の成果ではある。
「特定のギミックやデッキが強すぎると、意外とつけ込む隙はあるからね。もちろん何回も通用するわけじゃないけど、1回くらいならそれでなんとかなっちゃうことも多いかも。逆にそっちも、もっと運ゲーに持ち込めるギミックがあったら紛れたんだろうけど、やることがガチロボで殴る以外なかったからな」
「それもそうか……」
「デュエマのポテンシャルって凄いんだな、って」
考えてみると、意外とやれることは多いのだ。
「こういうところなんだろうなぁ、お前が帝王様に認められているところって。こいつ、デュエマでは絶望しねぇ」
突然出てくるその名前は、心臓に悪い。
「……なぁ、帝王はまだ本当に『世界の理』を変えようとしているのか?」
「それはお前の方が、よく知っているんじゃないのか? 帝王様は、いつでもお前からの連絡を待っているらしいぜ」
そう言って、皐月サツキは対戦スペースを後にした。
「…………」
サツキの境遇については、麗子から聞いていた。
だが何より問題は、そういった人間をすぐに取り込んでしまう帝王だった。
「放っておいて解決することでもないよな……」
やはり、止めなければいけないだろうか。仮にそうだとして、それができる人物というのは。
「…………」
近い将来、覚悟を決める瞬間が来るかも知れない。去って行くサツキの背中を見ながら、イオナは思うのだった。
†
後日、イオナは『超料亭 馬寿羅』にいた。
「ほら、これでしょ。欲しかったものって」
イオナは例の”パーティー”の優勝賞品であるカードを、麗子に渡した。結局、あの日は負けなかった。環境にいる相棒に軒並み強いのだから、そうもなる。
そして面白いことに、あのデッキはゲームが「紛れる」ようなことがほぼない。再現性100%で、相棒を破壊できる。
「本当にありがとうございます。なんと御礼を言ったらよいか……イオナ様には頭が上がりませんね」
「滅茶苦茶頭を高くして言うじゃん」
麗子はローストビーフをナイフを通しながら、満足そうに頷いている。
「でも、なんでそのカードが欲しかったの? わざわざ”パーティー”に人を送り込んで。別に麗子なら、望むカードくらい手に入るでしょ」
「いえ、このカードでなきゃダメなんですよ」
麗子の手に握られているのは《ヒラメキ・プログラム》のプロモーションカードだ。
だが確かによく見ると、このバージョンのヒラメキはイオナも知らないものだった。
「これ、どういうカードなの?」
「このカードは母が持っていたカードなのです。私も母が何処でどうやってこれを入手したのかは不明ですが……大切にしていたのは間違いないようなのです。母が行方不明になったあと、様々な事情があって貸与したら、そのまま行方知れずになってしまって……。それが回りに回って、帰ってきてくれてホッとしています」
「それなら最初から、そう言ってくれればよかったのに……」
「私にも言えないことはあるんですよ」
「いつも言わないじゃん……」
言えないことがある、というのは事実なのだろう。高森という特殊な家に生まれ生活するというのは、そういうことだ。
高森麗子が日々どんな重圧を背負って、どんな状況下で生きているのかは、正直イオナにも想像がつかない。おそらく、似たような境遇の皐月サツキは、そういった生活には耐えられなかったのだろう。それ自体は責めることはできない。
「ではイオナさんに、言えることをお伝えしましょう」
「言えること?」
「帝王、という男。ご存じですよね?」
「…………」
知らない、とは言えない。そもそも皐月サツキが帝王の部下だったことも含めて、今回の件は帝王の息がかかっていてもおかしくない。
「実はイオナさんに奪還を頼んだこのカード、帝王から『取り返してやろうか?』と持ちかけられまして」
「……出来レースじゃん」
だって、サツキは帝王の部下なんだもん。
「そして、その見返りに私の母の研究成果を寄越せ、と」
「麗子のお母様って、研究者なんだっけ?」
「はい、帝王はどうしてもそれが欲しかったみたいですね。……まぁ、断りましたけど」
「それは良かった」
アイツと話をしても、ロクなことにならない。
というより、アイツから話を持ちかけてくるという時点で、もう胡散臭い。
「帝王とイオナさんを天秤にかけたときに、さすがにイオナさんの方が人としても実力も信用できますので。マナちゃんも言ってましたよ。『まぁ、イオナさんの方が強いですからねぇニヤニヤ』って」
信用してもらえるのは、悪い気はしない。
「そう思うなら、これからはもう少し本当のことを伝えてくれ。何がパーティーだよ」
「パーティーではあったでしょう? 世紀末かもしれませんけど」
「あのねぇ……」
話の途中で、スマホのアラームが鳴った。約束の時間の15分ほど前だった。
「じゃあ、僕はマナとデュエマしてくるから」
「《炎勢混成 ガウスルヴィス》、流行ってるみたいですね。どうやって勝ちます?」
「攻撃せずに置き物としても活躍できる相棒を用意しておけば、まぁなんとかなるかな。それはこれから考えるんだけど」
「ええ、期待していますよ。また何かあったら、よろしくお願いします」
「まぁ、やれることはやるよ。デュエマのポテンシャルを信じてるからね」
そう言って、イオナは『超料亭 馬寿羅』を出た。
†
「私にも言えないことはある……」
残された店で、麗子は自分の言葉を反芻する。
イオナには言わなかったが、帝王とは一部の情報を交換している。
そう、イオナの正体についてだ。
「お母様、やはり異世界転生はあったんですね」
しかもそれが、一度二度ではない。複数の世界を渡り歩いて、複数の世界でデュエマをしているという。だからこの世界で我々が持つイオナとの記憶と、イオナが持っている自分との記憶は、微妙に異なるらしい。
だとすれば、”グルメ・デュエマ”なる言葉や、”クライマックス・デュエマ”の話をしたときの違和感も、納得がいく。
しかしそうなると、謎は増える。
もしイオナが1人で異なる世界を飛び回っている場合、”この世界”にやってきたイオナとは本来「初めまして」になるはずなのだ。だが、そうはなっていない。なぜか初めてこの世界にやってきたはずの森燃イオナという人物の記憶を、我々は持っている。
だとしたらこの記憶は果たして本当に真実なのか? それとも、誰かから与えられたものなのか?
もし誰かから仮初めの記憶を与えられたのだとして、森燃イオナとはいかなる人物なのか?
そして、もう一つ。
我々と違い、森燃イオナと完全なコミュニケーションをしている人物が、1人いるのだ。
「大地マナ、貴女も一体何者なんでしょうか?」
あぁ、面白いですね、お母様。こうやってお母様も研究にのめり込んでいったんでしょうね。まさか娘が、渦中の人物と親しくなるなんて、思いもしなかったでしょうが。
高森麗子は、小さく微笑んだ。視線の先には、イオナから渡された《ヒラメキ・プログラム》があった。
(クライマックス・デュエマ 完 次回に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!