By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
麗子は自宅の裏庭で、1人紅茶を飲んでいた。
その手には、母の残したメモ書きがあった。
「『……以上のことから、異なる世界の存在は否定できないどころか、その存在をますます主張していると言えよう』」
母のことを思い返そうにも、あまり思い出がない。
幼い頃の麗子の記憶にも、「母は多忙」という印象が強く刷り込まれていた。仲が悪かったわけではない。むしろ、関係は良好だったと思う。それでも一日に何回、週に何回話をしただろうか。
ただそんな母だからこそ、麗子は尊敬もしていた。
「それで、熱中していたのがこれですか……」
麗子が母の旧邸宅で見付けたメモは、異世界の存在を示唆するものであった。母はどういう経緯かは不明だが、いつしか異世界の存在に注目するようになり、あらゆる仮説を検証していた。そしてその中で、本人が納得できる説に辿り着いたようだった。
だが、母はそこで立ち止まらなかった。
自身の仮説を信じて疑わなかった母は、自らを実験体として”異世界転生”を決行。その実験の詳細も、一体どんなメカニズムで異世界転生が可能と考えたのかも、動力源も、母の頭の中にしか存在していない。
そして実験は――第三者視点にのみ立って言えば、失敗に終わった。母はそのまま行方不明となっている。
そうした経緯があるので、父が麗子に「母のことを探るな」と言ったのも、まぁまぁ妥当な話ではある。
「……そうだとしても、やるんですけど」
麗子には二つの仮説があった。一つは、異世界転生における仕組みに関する説。もう一つは、実は母の実験は成功しているのではないかという説。
そしてこの仮説の存在を証明する人物こそが、まさに……。
「……貴方をお呼びしたつもりはないのですけども」
「まぁそう言うな、高森。貴様の求めるものを、私は得ているのだから。頭を垂れるくらいしても、損はしないぞ?」
まぁ随分と不遜な物言いだと、麗子は思った。
「……『帝王』とかいう大層なお名前を名乗っていらっしゃるんでしたっけ?」
「なぁ、取引をしないか高森。私の望むもの、そして貴様が望むものを交換する。悪い話ではないと思うが?」
「…………」
麗子はカップを手に取ると、紅茶を口へと運んだ。
†
千代之台の某所にある地下空間。ここは地下遊戯場とも呼ばれていた。
中に入っていくと決して広い空間ではない。3~4人ほどのグループがいくつか入るかな、くらいのものであった。
ただしその雰囲気は異様で、独特だった。常時殺気立っているわけではないものの、時に怒号を飛ばす奴もいれば、逆に全く口を開かない奴もいる。年齢層は上から下まで比較的幅広い。
イオナやマナにはあまり縁のない場所ではあるが、皐月コンツェルンの三男である皐月サツキにとっては、馴染みの場所であった。ここには、かなりの頻度で出入りしている。
「7、7、7で3枚揃ったから計8000点。悪いがもらっていくぜ」
サツキは笑みを浮かべた。対して同卓していた数名は随分と不愉快そうな表情をしている。
「チッ、運ゲー野郎が」
「ハハッ、そういうゲームだろうが。これがたまらねぇんだよ」
そう言って、卓に置かれていたチップをまとめて回収していく。
「じゃあオレは帰るわ。また明日来るぜ」
「おい、勝ち逃げはダメだろ。もう一戦やっていけよ」
「わりぃけど、これからもう一つの運ゲーしにいくから。今日はこれまでな」
「またカードか。お前なんでカードなんかやってんだよ?」
「わからんか、お前らには」
わざとらしく、溜め息を吐いた。
「『世界の理』を変えるためだね」
サツキはそういって、デッキの束を取り出した。
†
千代之台の駅から徒歩5分ほどの場所に、お馴染みのカードショップがある。
イオナはマナと一緒に、「クライマックス・デュエマ」の練習をしていた。
・コスト7以下のクリーチャー1体(相棒)を選び、バトルゾーンに出した状態でゲームを開始する
・相棒はターン開始前に既に場にいたクリーチャーとして扱う
・相棒クリーチャーはデッキに4枚入っているカードから選ばなくてはならない
改めてルールを確認しておくと、試合開始時にデッキの7コスト以下のクリーチャーを場に出した状態でゲームが開始される。このクリーチャーは相棒、などと呼ばれたりする。相棒は”元々場に出ていたクリーチャー”として扱われるため、登場時能力やEXライフ等は使えないが、逆に召喚酔いもしていない。
そこから先は、よく知るデュエマである。まぁ、実際のプレイ体験は全然よく知るデュエマではないのだが……。
「で、どうだったんですか、今日の大会は」
デッキ準備しながら、マナが尋ねてきた。
大会といっても16人の小規模なショップ大会で、スイスドロー全4回戦で終わった。マナが来るまで、ちょっと時間つぶしに出ていたというものだった。
「いやぁ、熱かったね。本当に。もう《未来王龍 モモキングJO》だけは絶対使わん」
「ハハハ、そういう日もありますって」
ちなみに結果は1-3である。折角先攻を持ったのに進化パーツが足りなくて負けた試合もあったり、デッキとしての欠点は感じていた。
クライマックス・デュエマの環境についてはイオナはまだよくわかっていなかったが、あくまでイオナの想像上ではあるが、以下のようなものだと理解している。
まず第一に、テキスト20倍デュエマやヒストリー・デュエマもビックリの先攻ゲーであるという点だ。
それはそうで、現代デュエマのカードパワーであれば、7コストのクリーチャーが1体いればゲームエンドに持ち込むことはできるだろう。
ちなみに相棒に設定して最も強そうだなと思ったのは《ジョット・ガン・ジョラゴン》だった。ゲームスタートから1コストのサーチやルーターを使って能力が起動できるし、攻撃時の効果も使える。《ガヨウ神》によるチェインや、《燃えるデット・ソード》による相手の相棒の除去まで考えると、できることがあまりに多すぎる。
ただ残念ながら相棒の条件に「デッキに4枚入っていること」とあるので、殿堂カードである《ジョット・ガン・ジョラゴン》を相棒にすることはできない。
その上で相棒になれそうなカードを探していくと、大きく二つの路線があるように思える。
一つはイオナが今日使った《未来王龍 モモキングJO》に代表されるように、後攻にターンを渡さずに先攻1ターン目に倒してしまおうというデッキだ。
この思想のデッキの最たる例と言えるのが《R.S.F.K.》相棒である。
要するにデッキの中身をコストが高いカードでとにかく固め、先攻を取ってガチンコ・ジャッジに勝って倒してしまおうというデッキである。発想の時点でどことなく、ヒストリー・デュエマの緑単ガチンコ・ルーレットに似ている気がする。ちなみに今日の大会ではコイツに2回負けた。なんなん?
またこの筋のデッキだと別に《未来王龍 モモキングJO》は悪い択ではない。《R.S.F.K.》と違ってトリガーや反撃を封殺できることや、《無双龍騎 ボルバル・モモキング》を引いていれば相手の相棒を処理しながら殴ることも可能だ。「安全に殴る」という思想で行くならば、JOは悪い択ではない。
ただしイオナの実感で言えば、通常構築戦と違って「《禁断のモモキングダム》を手札に溜めてから走る」ような芸当は難しいため、本質的にはG・ストライクやトリガーには弱い。そもそも進化クリーチャーを1枚しか引かないなんてことも起こる。やはりJOというデッキ自体が、事故と隣り合わせるのだろう。
もっとも、「JOはもう使わない」とイオナが言った理由は、別にJOの事故を問題視したわけではない。
「攻めるデッキって、どれもあんま変わんないんだよな」
「そういうもんなんですかね」
「もちろん、”攻めてる時”の性質は違うけどね。ただ利点も弱点もそんなに変わらないというか」
というのも先に挙げた二つのデッキというのは、先攻を取ればかなり高い確率で勝利にできるが、後攻をもった瞬間にほぼほぼ敗北が決定するのである。受けるギミックがデッキに一切搭載されていないのだ。
かといってこれらのデッキに受けるギミックを詰もうとすると、大事な利点を投げ捨てることになる。それでは意味がない。
イオナとしては安定した勝ちを目指したいので、先攻でも後攻でも一定の勝率が出るデッキを探していた。
例えば、最初に注目したのが《龍装艦 チェンジザ/六奇怪の四 ~土を割る逆瀧~》だ。これならば受けても攻めても一定のギミックがある。しかし、器用貧乏感も否めなかった。受けようとしてJOを受けられるか半々くらい。攻めようとして攻めきれるかも半々くらい。もう少し強さが欲しい。
と、そんな時に見つけたのが《星龍パーフェクト・アース》だった。受けてはシールドを全てトリガーにするのはもちろんのことであるが強力だ。先の大会で見ていた試合の中で、後攻ながら《R.S.F.K.》の攻撃に対して《終末縫合王 ミカドレオ》をトリガーさせて、返しのターンにエクストラウィンを決めていた試合もあった。
まぁそこまで極端に受けに寄せると弱そうには見えるが、ポテンシャルという意味ではかなり面白い。
その上で攻めの方面で見ても、《星龍パーフェクト・アース》は5色のドラゴンという点が大きい。あらゆる「革命チェンジ」が可能なのだ。
おそらく、もっとも優秀なチェンジ先は《未来の法皇 ミラダンテSF》。それ以外にもお馴染み《蒼き団長 ドギラゴン剣》や《時の法皇 ミラダンテXII》は強力で、相棒を除去できる《百族の長 プチョヘンザ》もそこまで悪くはない。
というわけで、しばらくは《星龍パーフェクト・アース》を使ってみようと思う。
「じゃあ、ちょっと練習付き合ってくれよマナ」
「ええ、もちろん」
ところがその声に対して奥の机から応答があった。
「やめとけやめとけ練習なんて。やったって無駄無駄無駄」
振り返ると、1人の男がニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。大会には出ていなかったが、大会の横で遊んでいた人だった。
「あー……あの人」
「マナ、知ってるの?」
「あの人、確か皐月サツキさんですよ。皐月コンツェルンの」
「え、じゃあパーティーに来る人?」
「おそらくは。まぁ、気にせず練習しましょう、イオナさん」
だが、その言葉にも彼は反応したようだった。
「待て、お前がもしかして森燃イオナなのか?」
「そうだけど……?」
「じゃあ気が変わった。お前はここでぶっ潰して、絶望させてやる」
突如、サツキから殺気だったものを感じた。
ただイオナとしては身に覚えがない。
「……なんか恨まれる要素あったっけ?」
「お前があの方のお気に入りだからだよ」
「あの方……」
「帝王様だよ」
イオナは思わず目を見開いた。まさか、その名前が出てくるとは思わなかった。
「皐月サツキ……なるほど、帝王の部下か。でもどうして、皐月コンツェルンの御曹司が……?」
「人には色々事情があるんだよ」
サツキはデッキを取り出していた。やる気満々らしい。イオナとしては受ける必要はないが、パーティーにはコイツも来るとなると対戦して情報収集をしておく利点はある。
「マナごめん、ちょっと待ってて」
「あ、はい。構いませんよ。私も観てますので」
イオナも対戦の準備を始める。
先に準備を終えたサツキのバトルゾーンには、《ガチャンコ ガチロボ》が置かれていた。
「ガチロボ……」
「オレはスロットを回すのが好きでね」
なるほど、確かに攻める側のデッキ選択としてはかなりアリなような気がしている。
ただ安定した先攻での勝利を目指すならJOとかの方が適しているようにも見えるが……。
「いや、関係ないね。勝つのは運のいい奴だ」
「……本当にそうか?」
「じゃあ教えてやるよ。お前がどんなに上手かろうが、運の壁は越えられないんだよ」
やがてイオナも準備を終えて、ゲームが始まった。クライマックス・デュエマは最初からクライマックス。ゲームは非常に短い。
まずは挨拶代わりに、サツキが《ガチャンコ ガチロボ》を攻撃に向かわせる。
バトルゾーンに出てきたのは、《偽りの王 ヴィルヘルム》に《撃髄医 スパイナー》、そして《地封龍 ギャイア》だった。どうやら9軸のガチロボのようだった。
《偽りの王 ヴィルヘルム》の効果で《星龍パーフェクト・アース》は破壊され、ゲームは実質終了である。
「まぁまぁ」
そんなもんだろう、とイオナは思った。逆に9軸で良かったと思う。ガチロボでもっとも安定した強さを持っているのは7軸と言われており、《天命龍装 ホーリーエンド/ナウ・オア・ネバー》のお陰でカウンターで《ガチャンコ ガチロボ》を繰り出せるというのがあまりに大きかった。
そういう意味では9軸はやや攻めに寄っていると言える。めくったときの最高火力は凄まじいが、そこまでしなくともこのゲームは勝てる、とイオナは思っている。
続いて、イオナの先攻の試合。
イオナは《星龍パーフェクト・アース》を「革命チェンジ」で《蒼き団長 ドギラゴン剣》にし、効果で《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》を送り込む。カツキングの効果で手札に戻すのは《ガチャンコ ガチロボ》……ではなく、《蒼き団長 ドギラゴン剣》。そしてマッハファイターの付いたカツキングでガチロボを攻撃しながら、再び「革命チェンジ」で今度は《轟く革命 レッドギラゾーン》を繰り出す。
「別にシールドに来ても勝ったでしょうに」
続くターン、改めて《蒼き団長 ドギラゴン剣》へ「革命チェンジ」して攻め込んだが、なんと《じゅくしていないゾンビバナナ》を2枚トリガーしてしまった。
盤面が更地になったイオナは、この2枚のビートダウンでそのまま負けてしまった。
「おお~いいねぇ。こういうゲームが最高なんだよね。せっかく上手いことしたのに残念だったねぇ」
「……まぁ、そういうこともある」
「はたしてそれがいつまで続くかな」
先後手で何回か勝負を繰り返すが、どういうわけか勝てない。あるときは《偽Re:の王 ナンバーナイン》が、またあるときは《地封龍 ギャイア》が、そしてまたあるときはトリガークリーチャーが次々とイオナの前に立ち塞がり、勝てそうなゲームもするりと溢れ落ちていった。
「気分はどうだい、森燃イオナ?」
「…………」
続く試合は、イオナは後攻。サツキのガチロボがめくったのは、《偽Re:の王 ナンバーナイン》2体に《閃光の守護者ホーリー》という比較的優しいめくりであった。
だが、どうしたことだろう。盾の2点を貰っても、初手と合わせて8枚見たのに「革命チェンジ」を引けなかったのだ。
「……マジか」
これは流石のイオナも堪えた。目の前にいる皐月サツキという人物に、まるで勝てる気がしてこなくなった。
「ダメだ……これは……」
「おー、いい表情してるじゃん」
結局そのまま、皐月サツキには大幅に負け越した。
もちろん《ガチャンコ ガチロボ》の優秀さは見直すべきだろうが、それ以上に、どう見ても運で負けたとしか言いようがない試合があまりに多すぎた。
「運、なのか。これは」
「お前がデュエマが上手いのは別として、それは勝敗に関係ないんだよ」
サツキはというと、随分と満足げに笑っていた。
「いいか、全ては運ゲーなんだよ。デュエマだって、生まれだって。勝つのは運がいい奴。オレは勝負ごとに関しては特別運がいいからね。真面目にコツコツやったって、運を持ってる奴に最後にはまくられてるんだ」
「…………」
「残念だったな、森燃イオナ」
サツキはそう言って、店を出ていった。イオナはしばらく、呆然としていた。
クライマックス・デュエマ、もしかしたら本当に運で勝負が決するのか? 安定して広く勝ちを取る、というデッキは無理なのか? もうジャンケンに勝ってJOを使うか、アイツみたいにガチロボでめくりに行くべきなのか?
「……どう思った、マナ? やっぱり運で全てが決まると思う?」
マナはずっと腕を組んで、試合を見ていた。そして口を開く。
その答えは、意外なものだった。
「別に、相性の問題なんじゃないですか?」
「……そう?」
「そう思いますけどね」
マナは続ける。
「極端なことしてるデッキって、別に極端なのが売りなんで。まぁ皐月は運ゲーだと思っているんでしょうけど。それに運ゲーだったら確率は互いに平等なんで、別に悲観する必要ないですよ」
「…………」
「まぁ、運ゲーの要素も否定しませんが、だとしてもデッキによっては勝率をもっと上げられるはずです。このゲームでできることを考えましょう」
「そう、だね」
確かに、マナの言うとおりである。
ボコボコにされて、少しナイーブになりすぎていたようだ。
「まぁデュエマってカードめっちゃ多いですし、なんか対策できますよ。デュエマのポテンシャルを信じましょう」
デュエマのポテンシャルを信じる、いい言葉だ。じゃあ、デュエマのポテンシャルを信じてできることをやっていこう。
「……マナ、一緒にカード探してくれるか? あとゲームの本質的な理解も進めていきたいな」
「ええ、もちろんです」
こうして、再び相棒探しが始まった。イオナの目には、光が灯っていた。
(クライマックス・デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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