By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
この日は月食だった。
目を覚ましたイオナは、自分の状況を整理する。
いまの自分は、カグラによって過去へと飛ばされたこと。そしてそこで、元凶に勝って大怪獣の復活を阻止すること。
デッキの準備はある。
イオナは立ち上がって進む。
「確かこの道だよな……」
カグラからは、「神社へ向かえ」と言われていた。そこに行けば、全てがわかると。
その言葉の通り、歩みを進める。
空を見上げると、いよいよ皆既月食が完成しようとしていた。
やがて、神社に辿り着いた。周囲に人は、一人だけ。恐らく、復活の儀式とやらが、行われているのだろう。地面は血にまみれていたが、色が鮮やかだった。
声はかけない。ただ、歩みを1つずつ進めるだけ。
やがて、向こうがこちらに気付いた。それは、振り返った。
「……まぁ、そうなるよな」
真っ赤に目をし、紋様を妖しく輝かせていたカグラが、そこにはいた。
異形と似た気配を放つカグラに、思わず足が震えた。
ただどういうわけか、今のカグラの方がこの世のモノな気がして、その表情もくっきりと綺麗に見えた。
†
つまりは、そういうことなのだ。
カグラは説明しなかったが、これは全てカグラが元凶であり、その落とし前を僕につけさせようとしているのだ。
別に、難しい話ではない。
おそらく月食の夜になると、彼女の本能か潜在的な部分が覚醒するのだろう。そして彼女は本能のままに、大怪獣の封印を解き放ってしまったのだ。
……正気に戻ったときの心境を考えると、あまりに察するところもある。
だからカグラは何かしらの能力を使って、僕を過去に派遣。そして僕が彼女を止めることで、世界を正常にしようとした、というわけだ。
彼女に対して思い入れをするには時間が短すぎたが、それはそれでよかったのかもしれない。
「さて、あとは勝たなくてはいけないわけだが……」
彼女は2枚のカードを手にしていた。《終焉の禁断 ドルマゲドンX》と、《零龍》。終焉と誕生を司るカードたちだ。
……ふと思う。
《終焉の禁断 ドルマゲドンX》は禁断爆発によって終焉をもたらすとして、クロニクルデッキ《零龍》のタイトルは零誕だった。究極的な無、零を生み出す、という存在なのだろうか。
そう考えると、「誕生と終焉」ではなく「終焉と誕生」で合ってるのかもしれない。終焉によって全て失われた先に、零が誕生する。そっちの方が、わかりやすい。
まぁ、そんなことはいいか。
イオナはシールドを展開すると、《終焉の禁断 ドルマゲドンX》と《零龍》を並べた。
いよいよ、大怪獣デュエマの開始だ。
†
イオナの中で、大怪獣デュエマに対する結論はそれなりに出た。
《ゼーロJr.&ゲンムエンペラー》という点に関しては、まず1つ間違いなかった。このカードは、先攻2ターン目で《零龍》を蓋することで、勝ててしまう。
もっとも、このカードを先攻2ターン目にプレイする要求値は、それなりにある。まず素でゼーロJrを引いている必要があった。加えて水闇の2文明要求もあり、そう考えると先攻2ターン目のプレイ成功確率はゆうに50%を下回っている。
だから引けているときはいい。文明も、単色を多めに採ることでごまかしもきく。
問題は、引けてないときにどういったプランをとるかだ。
1つは、1コストの呪文でゼーロJrを無理矢理探しにいく方法だ。例えば多色カードをサーチしてデッキトップに固定する《ロスト・ウォーターゲイト》や山札を4枚見る《シナプス・キューブ》は現実的に強力なカードだ。またゼーロJrがムゲンクライムなのを生かして《ブラッディ・クロス》でもいい。墓地に落ちれば、次のターンのムゲンクライムで勝ちだ。
ただこの構築は、1コストの呪文を相当数積む必要があった。これによってシールドの強度が低下し、後攻を取った際に先攻からの奇襲であっさり沈む可能性がある。個人的には、あまり好みではなかった。
では、呑気に引くまで待っていられるかというと、当然そんなわけはない。相手にだって、ゼーロJrはある。
しかし、「引けてないからシールドを殴ろう」が成立するかもまた、微妙だった。《めっちゃ!デンヂャラスG3/ケッシング・ゼロ》1枚で負けるのは、分が悪い。
そう、この部分だった。イオナが苦慮したのは、ここだった。先攻の1ターン目はまだ待てるかもしれないが、後手の1ターン目は、どうにもならないゲームがあった。
せめて相手がトリガーマシマシの構築か、それともゼーロJrを探しにいくデッキか、それさえわかれば……。
というところで、イオナは気付いた。
その状況を打破できるかもしれない、カードの存在に。通常のデュエマでは全く使ったこともないカードが、活躍するかもしれない。
こうして、カグラとの戦いを迎えることになった。
大怪獣デュエマ、勝負は一瞬で決まることもある。そっちの方が、多いかもしれない。
先攻のカグラが《テック団の波壊Go!》を埋めてターンを終了した。殴るにせよ殴らないにせよ、先攻は1ターン目で様子を見る権利がある。
次のターン、ゼーロJrを持たれていたら負けだ。
だからイオナは1マナで、カードをプレイする。
「水1マナ、《覗き見ピーピング》で」
このカードは単純明快、相手の手札を見るカードだ。本来のデュエマで、このカードが使われることはまずないだろう。
だが極めて短期的なゲームになる大怪獣デュエマにおいては、このカードはしっかり効力を発揮する。先手であれば相手のデッキチェック、後手であれば相手の手札にゼーロJrがあるかどうかを確認した上で、プランを決めることができる。
イオナは、カグラの手札を覗く。深淵に視線を落とすようなおどろおどろしさがあった。
そしてカグラの手札に、ゼーロJrはなかった。このターンは待てる。ターン終了。
対してカグラの続くターンは、《スパイラル・ゲート》。向こうは待てないという判断なのだろう。《終焉の禁断 ドルマゲドンX》を対象にとり、こちらのシールド枚数を減らして勝負に来る。
墓地に落ちたカードは、《めっちゃ!デンヂャラスG3/ケッシング・ゼロ》だった。踏ませてれば勝ちだったが、仕方ない。
カグラは、零龍で攻撃を宣言する。
2枚目の《めっちゃ!デンヂャラスG3/ケッシング・ゼロ》、《終末の時計 ザ・クロック》+《ロスト・ウォーターゲイト》、《テック団の波壊Go!》+《スパイラル・ゲート》……なんでもいい。何かであればいける。
イオナは、シールドを慎重に確かめる。
トリガーは……《終末の時計 ザ・クロック》のみだった。ゼーロJrはない。《ロスト・ウォーターゲイト》もない。まだ、勝っていない。
イオナは息を吐いた。そしてカグラの表情を見る。相変わらず、妖しげに紋章が輝いていた。
ゼーロJrはない。このターンで殴るか、凌ぐか。
イオナはまず《泡の魔神・アワンデス》を出して、《終焉の禁断 ドルマゲドンX》を選択する。このカードは「相手のマナゾーンにあるカードの枚数よりコストが大きい相手のクリーチャーがあれば、このクリーチャーをコストを支払わずに召喚してもよい」カードであり、場に出た時に、相手クリーチャーを1体バウンスできる。
これがあと2枚あれば勝ちだったが、それは無理そうだった。
だからイオナの選択は……殴るだった。イオナも《スパイラル・ゲート》を唱える。
《終末の時計 ザ・クロック》が、落ちていった。
イオナは攻撃に向かう。
シールドは3枚。ここ一番の勝負だった。
……《覗き見ピーピング》で確認している。相手のデッキは、そこまでトリガーが積まれているものではない。
そして攻撃は……通った!
「カグラさん、世界は救っておきますよ」
そこから先のことは、よく覚えていなかった。イオナはダイレクトアタックを宣言したところで、光に包まれて気を失った。
†
イオナたちの最寄り駅である千代之台駅。そこから少し外れて、坂の方を上っていく。
「イオナさん、どこに行くんですか?」
横を歩くマナが、そんなことを尋ねてきた。実際、カードショップに行くにもいつものファミレスに行くにも逆方向である。
「いや、ちょっと気になることがあってね」
「ふーん……。あ、待ってくださいよぉ」
イオナはふと顔を上げた。
空は青い。日は傾きつつあったが、残暑はあった。
街には当たり前のように人が行き交っているし、活気に溢れていた。
「……胡蝶の夢」
「え?」
「いや、この前まで見ていた光景がね、なんか信じられないなぁと思って」
「イオナさん、どこでどんな夢見てたんですか」
マナは冗談っぽく笑っていた。
赤い空と赤い月、そして広がる廃墟。
赤く光る瞳と紋様。それを宿した巫女。
改めて考えてみると、どれも現実味がない。結局カグラも、何者だったのだろう。いま思えば、どことなく雲を掴ませてくるような人だったかもしれない。何よりあの人は、この世に生きる人には見えなかった。
彼女の提案は、思えば過去の改変だった。巫女の秘術により、少し時を戻して自身の凶行を止めろ、という。
過去を変えることには抵抗があったが――いまという現実が、あまりに知っているものとは外れていた。だったら、自分のやったことは世界を正常にしただけ。そういう言い訳もできる。
そして世界は平和になった。
やがてイオナは、目的地に辿り着いた。
そこに残っているはずの神社は――消えていた。
「……やっぱり、胡蝶の夢?」
実は大怪獣も世界の危機も存在していなくて、カグラによって過去を塗り替えたなんてこともなく、そもそもカグラなんて人など存在していなくて――全てはイオナの夢の中の話、と言われても否定できない。
だがふと、イオナは小さな祠があるのを見つけた。
もしかしたら、素通りしただけだと気付かなかったかもしれない。
その小さな祠の前に、イオナは2枚のカードを添える。
《終焉の禁断 ドルマゲドンX》、そして《零龍》。終焉と誕生を司る、2枚のカードたち。
「お供え、ですか?」
「そうだね」
「随分不思議なものを置くんですね」
「いや、これでいいんだよ、マナ。これで――」
イオナは小さく一礼すると、そのままそっと手を合わせた。
祠の近くでは、秋の到来を告げる蜻蛉が一匹、傾きつつある日に向かって羽ばたいていた。
もうじき、赤い夕焼けが見られるだろう。
(大怪獣デュエマ 完 次回へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!