By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
異変は、目を覚ましてからすぐに気付いた。これはどちらかというと、気付かないほうが難しかった。
空が、赤いのだ。
もちろん夕焼けとか、そういった類いの赤ではない。もっと仰々しく、心を不安にさせるような、赤だった。
何より、月までもが真っ赤に染まっている。月食か何かの前触れかとも思ったが、少なくとも初めてみる空模様ではあった。
そもそも、の話である。本来、ふと目を覚ましたときに最初に見えるものは天井である。空が直で見えることは、あってはならない。過去を振り返ってみても、気が付いたときに屋外にいたのは火之国とやらに飛ばされたときだけだ。
もっとも、あれは夢かうつつかもわからない世界だったが……。
「また妙な世界に来てしまったか……」
イオナは身体を起こして、周囲の様子を確認する。
が、その直後に思わず絶句してしまった。
そこにあったのは、街ではなかった。
……別に、田舎の山奥に放り出されたわけでも、海の上に打ち上げられたわけでもない。一番近いのは街かもしれないが、それでも街ではなかった。
「いや、これは一体……」
どうにかして言葉を捻り出したが、それでも困惑するよりなかった。
一言で表すと、そこにあったのは廃墟だった。
動画サイトで「日本のおすすめゴーストタウン5選!」みたいな動画は観たことがあるが、そこで見たようなものともまた違う。どちらかというと、特撮映画などで見掛ける「敵に破壊されて人が消えた街」に近かった。
おそらく、電気はもう通っていないのだろう。街に明かりはない。立ち並ぶコンクリートの建物の多くは半壊し、あるいはそうでなくとも朽ちているように見えた。中には、抉り取られたように破壊されているものもある。もちろん、人の姿はない。
ひび割れた道路が、色を失った信号機が、そして何の意味も持たない看板の文字が、イオナの目には映っていた。
だがどういうわけか、この廃墟に妙な既視感も覚えていた。
「いや、まさかな」
イオナは恐る恐る立ち上がると、周囲を少しの様子を見ながら廃墟を歩いた。一歩一歩、踏みしめるように進む。
身体が、右に左に曲がっていく。何かを、覚えているのだ。
そしてようやく、大通りらしいところに出たところで、気付いてしまった。
「これは……知ってる街だ……」
そこにあったのは、イオナやマナの最寄り駅である千代之台駅だった。こちらも廃墟となってその機能は失われているが、駅の案内看板は寂しく残っていた。
廃墟といえど、名残はあった。道の長さ、街の形状、少し歩けば身体が勝手に覚えていた。
そこにあったのはイオナはよく使っていた駅前であり、マナと一緒に通っていたファミレスやカードショップが存在してる、あの街だったのだ。
「…………」
これはもう、恐怖でしかなかった。知っている場所が、知っている形を残しつつ、そのまま廃墟となっているのだ。
もし自分が遠い未来に来てしまった場合、廃墟になっていたとしても形状は知らない街になっているはずなのに。
だとしたら、おおよそ同時代――つまり、「何か事情があって街が廃墟になってしまった」世界に来てしまった、と考えるほかない。
一体、何が……。
「マナ、いないのか? マナ……」
人の気配はまるでしない。何か手がかりはないかと、イオナは廃墟をもう少し歩くことにした。
すると途中で、街の至るところに大きな穴ができていることに気が付いた。1つ2つ程度では済まない。イオナが歩いた範囲だけで、10は見つけた。
「これは、なんなんだ? 人工的に開けたようには見えないけど……」
その直後であった。イオナの背後で、大きな音が響いた。
それは地鳴りを伴う、爆発音にも近いものであった。
衝動的に、イオナは背後を振り返る。
「――――!!」
……そこにあるモノを見てしまったとき、思わず発狂しそうになったのを、必死で堪えた。それをしてしまった場合、全てが終わってしまう気がしたからだ。
目を一度固く閉じ、呼吸をなんとか整え、改めて”それ”と向き合う。
「……おいおい」
振り絞るように、言った。
そこにあったのは、異形のモノであった。
何か人智を超えた、人間の知り得ない巨大な異形が、地面に大穴を開けて蠢いていた。
街の建物の惨状も、そして廃墟と化したのも、原因はおそらくコイツなのだろう。
イオナは、一歩ずつ後退をしていく。すぐにでも背を向けて走って逃げ出したい。しかしそれをした瞬間、命を落としてしまいそうな気がしてならない。
イオナは異形の姿を見つめた。それが何色をしているのか、表現のしようがなかった。蠢いているのは頭なのか、足なのか、それともそういった概念から外れたものなのか、それすらも理解できない。
「とにかく、どこかに逃げなくては……」
再び、地鳴りがした。イオナは地に手をついて、なんとか身体を支える。
すると直後、今度は黒い霧のような雲のようなものが発生していた。それは銀河のような輝きを放ちながらビルを覆うと、やがて霧に包まれた建物は消失してしまった。
イオナは、目を疑った。
「嘘だろ?」
それはまるで、ブラックホールのようであった。包み込んだものを、物体ごと消滅させてしまう。街の建物が不自然に抉り取られていたのは、おそらくこれが原因なのだろう。
大穴を開けながら蠢く肢体、物体を消失させてしまう黒い霧。
僕らの世界は、何者かに侵略されている。
いくら異世界転生を繰り返したイオナといえど、あまりにも未知で受け入れがたいモノであった。このままでは、どんなに状況が好転しようとおそらく死ぬ。
「リスキルじゃん、こんなの……」
異世界に飛ばされるのはまぁいいとして、せめてリスポーン地点くらいは考えてくれよな――
しかしそこまで考えていたところで、意識が少しずつ遠のいていくのを実感した。
目の前で起こっている現実に耐えられなくなって、拒絶反応を起こしているのだろうか。
だがここで気を失ってしまえば、命はないだろう。
「まずい……」
耳鳴りもする。目眩もする。吐き気もする。立っていることが難しい。
しかし微かに、誰かに呼ばれたような気がした。声がする、足音が聞こえてくる。
「良かった、マナ――」
そこでついに、気を失ってしまった。
†
ふと目を覚ますと、知らない天井があった。とりあえず、木製だった。
「マナ、ここは一体……?」
イオナは周囲を見渡す。残念ながら、マナの姿はなかった。
そもそも、明らかに一般家庭の造りではなかった。建物の造りや雰囲気などからして……。
「ここはお寺か?」
「神社じゃ、たわけ」
おっとり柔らかい声質から、随分と辛辣な言葉が飛んできた。
慌てて声の方へと振り返る。
「……もしかしてさっき、僕を助けてくれました?」
「まぁ、そうなるな」
そこにいたのは紅白の衣装を纏った巫女であった。背はイオナよりもやや高く、有り体に言ってしまえば美人だった。
だがどういうわけか、イオナはその表情がこの世の人間のものとは思えなかった。どう切り取っても綺麗だが……浮世離れしている、と言えばいいのだろうか?
そして彼女の目の下には、不思議と見入ってしまいそうな妖しげな紋様が浮かんでいた。
「しかしここら辺で人間なんて久しぶりに見たと思ったが……よく無事じゃったのう。これまでどう過ごしてたんじゃ?」
「いや、なんというか……気付いたらあそこにいたというか……」
「ほーん」
そう言って、巫女の人は水を差し出してくれた。
「ワレは朧月カグラ。見てのとおり、巫女をやっている。もっとも、”やっていた”が正しいかもしれぬが……。で、お主は?」
「森燃イオナといいます」
イオナは名の名乗ると、水を一口飲んだ。
「それで、えーっと、これってどこからが夢なんですかね……?」
「夢? なんの話じゃ?」
「いや、さっき気付いたときには空の色が」
イオナは戸の向こうに見える、空の色を確認する。
やはり、赤く妖しげに染まっていた。
「…………」
流石に閉口した。
「……これが悪夢とでもいうなら、長いこと見させられてることにはなるが」
カグラは大きく溜め息を吐いた。
「じゃあ、蠢く異形とか、黒い霧とか、あれも全部――」
「見たのか、“大怪獣”を」
「…………」
イオナは無言で頷いた。
どうやら、今日見たモノは全て現実らしい。
「あの街は、もう誰もいないんですか?」
「お主があの街で生きていけると思うなら、住民1人の街ができるが」
「あの、じゃあ元々住んでた人は?」
「…………」
カグラは黙ってしまった。
それで、察するしかなかった。マナも、カードショップの朗らかな店長も、高森麗子も、もういないのだろうか。
「……まもなくこの世界にも終焉が訪れ、全て零になる日がくるというわけじゃ。その日まで、お主もゆっくりしていくがいい」
そういって、カグラは神殿のお供え物を整えていた。
だがそこに置かれていたものに、イオナは見覚えがあった。
「それは……クロニクルデッキですか?」
「終焉」と「零誕」……《終焉の禁断 ドルマゲドンX》と《零龍》をモチーフにした、構築済みデッキである。
だがそれを聴いたカグラは、表情が明らかに変わった。
「……お主、知っておるのか?」
「もちろん。DMPなので……」
「なんと……。そうか。そういうことか。これも全て神のご意志なのかもしれんのう……」
カグラはまるでこちらを見定めるように、こちらをじっと見つめていた。
「率直に訊こう。お主、デュエマは強いか? 全国レベルで」
「全国レベルに達しているかと聞かれたら、間違いなく」
「ふむ。やはり、世界を救えというメッセージなのか……」
細かくは聞き取れなかったが、カグラは何やら独り言を並べていた。
「……先に、説明しておくことがある」
カグラはそう言って、2枚のカードを手にしていた。
いや、正確には10枚だ。《終焉の禁断 ドルマゲドンX》と、《零龍》だ。
「お主、異形と黒い霧を見たと言ったな? あれは単なる異形でもなければ、霧でもない。ワレは大怪獣と呼んでおる」
イオナの頭で何かが繋がった気がした。
もし、あの異形は身体のほんの一部でしかなかったら? もし、あの霧は、自身のもつ要素のほんの一部でしかなかったら?
実際にはもっと巨大な、それこそ人智を超えたものだとしたら?
「僕が見たものって、もしかして具現化したドルマゲドンと零龍なんじゃ……」
「ふむ。ご名答」
カグラはあっけらかんと言ってのけた。
なんということだ。あの蠢く異形はドルマゲドンの一部で、黒い霧は零龍が纏う星雲の一部に過ぎないということなのだろうか。
「お主はわかるかもしれないが、あれはまだ寝ておる。真の力の、ごくごくごくごく一部に過ぎん。もし彼らが目覚めたら……サイズだけで地球はおろか太陽系をも消えてしまいかねん」
例えば《ドルマゲドン・ビッグバン》のイラストでは、地球よりはるかに巨大なサイズのドルマゲドンが、片手で地球を粉砕している。零龍に至っては、あるいはもっと巨大な存在の可能性も高い。
もし彼らが真に覚醒してしまったら……星そのものが何も残らないのは事実だろう。
「お主、イオナといったな? ワレから1つ、頼みがある」
「な、なんですか?」
カグラは2つのクロニクルデッキ――「終焉」と「零誕」をこちらに渡しながら、こう言った。
「お主の力で大怪獣の復活を阻止し、世界を救うのじゃ」
どうやら、壮大な物語に組み込まれてしまったらしいことに、イオナは気付かされた。
(大怪獣デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!