By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
――美孔麗王国の劇は、突然「祝え、この物語の終幕を!」のセリフとともに降臨したメテヲシャワァが世界を滅亡させ、観客がそれを拍手喝采で迎えて終わる。(《「祝え!この物語の終幕を!」》)
デュエル・マスターズをすることと、物語を紡ぐことは同じである――というのは、有名な話だ。
だからもし、そこに歪められた物語があるならば、正さねばならない。誰かが、強い意志を持って。
「ごめんなさい、わからないんです。貴女が」
「…………」
ともに数々の物語を紡いできたイオナの口から、そんな言葉が発せられている。マナはそれが信じられなかった。
しばし唖然とした後、正面に座るもう1人の登場人物へと、向き直った。
「はじめまして、大地マナです。貴女は?」
あくまで、笑顔で。
「マナさん、はじめまして。私は古川ツクシ、イオナくんの幼馴染なの」
「それは嘘ですね」
「私とイオナくんは、幼少期から一緒に過ごしてて」
「それも嘘ですね」
「そしてともに将来を誓い合った仲、というわけ」
「すごい、嘘しか吐いてないですね」
マナはじっとツクシの目を凝視した。
「なるほど、そういうことですか。貴女ですね。噂に聞いた『記憶を奪うデュエマをする人』って」
「え~~~私は練習してただけなのに。いつの間にか噂になってたんだ」
「……で、本番はイオナさんなんですか?」
「ま、そういうこと」
ツクシは笑みを見せる。それは勝利を確信した表情だった。
「それで? 貴女はイオナくんの元カノさん?」
「いや、そういうわけではないですけども」
「それなら、私がイオナくんを好きにしても、別に文句ないでしょう」
「………」
ツクシは続ける。
「それにね、マナさん。貴女がいくら嘘だと言っても、イオナくんは私のことを信じてるし、私の言ってることが正しいと思ってるよ?」
イオナが何かを言おうとしたが、マナは「ちょっとイオナさんは今黙っててください」と制止した。
「でも、それは偽りの記憶なんじゃないですか?」
しかしツクシは、それに首を振った。
「でも、私と彼が互いに共有している記憶だったら、それはもう私たちの物語じゃないの?」
「…………」
マナは口をつぐんだ。それを見て、ツクシは畳みかけていく。
「物語の配役はもう終わってるんだよ。私と彼の物語、そして貴女は彼に忘れ去られた……そうね、悲劇のヒロイン、というわけになるの。なんて素晴らしい、拍手喝采ね」
「……悲劇のヒロイン、ですか」
マナは噛み締めるように、言葉を漏らした。消沈していると見たのだろう、ツクシは声を上げて笑いはじめる。この盤面は「勝ち確」なのだ。
だがそのわずか数秒後、マナは顔を上げる。
そう、最初の言葉を聞いて――貴女は誰かという、イオナの言葉を聞いて、最初にマナが思ったのは「あぁ、助けてあげなきゃ」だったのだ。イオナは自分を絶対的に信頼しているし、当然ながら逆も然り。イオナが記憶を失っているとして、イオナにとってもっとも望ましい状態とは、自分と一緒にいるときで、もっともあるべき状態とは、自分とデュエマをしているときなのだ。
だから何を言われようと、「悲劇のヒロイン」という配役は合っていないのだ。
「はいそうですか、とはなりませんからね。あまり大地家の女を舐めないでください。私のお母さんはお父さんと結婚するために――って、これは全然関係ない話なんで、今はいいです」
目を見開き、マナはツクシへ、そして順にイオナの方へと顔を向ける。
「イオナさんは忘れてるかもしれませんけど、今日は私と一緒に練習する約束してますからね。でも、別にいいですよ? そこの幼馴染さんも一緒に遊びたいというなら、混ぜてあげます」
マナはカードの束を取り出した。デュエマ・フレテキかるた――イオナと練習で使うために、組んできたセットだった。
「どうです? 一緒に遊びませんか? それとも、私と勝負しますか?」
一見すると、マナの表情に変化はない。笑顔を絶やしていない。
しかしその目には普段からは信じられないようなほどの、泣いて帰る女だと思うなよ、と言わんばかりの意志の力が灯っている。これが、勝負師の目だ。
「本当に、邪魔な女」
ツクシもそう、小さく呟いた。
――華麗からはほど遠い。だが、今はこの強引さが必要なのだ。(《エマージェンシー・タイフーン》)
†
マナが持っていたのは、『プリンリュウセイ杯』用のカードプールだった。E1とE2を中心としたカードプールだが、それだけではないらしい。
「プリンとリュウセイなんで、E3も含まれますし、クロニクルデッキも混ざってるんですよね。あと、この2人って人気だから、いっぱいプロモもあるんで、その辺は結構引っかけ問題だったりするんですよ」
そう言ってマナは、自分とツクシの前にカードを並べていく。
マナは笑みを絶やさなかった。それはツクシも同じ。互いにニコニコと、カードを並べている。
「あ、イオナさん。読み上げをお願いします」
そう言って、マナはイオナにカードを渡す。
今回は互いの場に10枚のカードがあるルールだ。場のカードを取り続け、自分の場のカードが全てなくなれば勝ち。
・互いの自陣に10枚のカードを並べ、読み上げたフレテキに則したカードを相手より先に取る
・カードは自陣・敵陣問わずに取ってよい。敵陣のカードを取ると、自陣の任意のカードを相手側に送ることができる
・自陣のカードが先に無くなった方が勝ちとなる
・なおデュエマのカードプールは膨大であるため、大会ごとに使用するカードプールが指定される(例:革命編限定、など)
「一応、プールを作ったのは私なんで。カードを覚えたり自由に配置してもらって構いません。貴女が勝ったら、私の記憶もイオナさんの記憶も好きにしてください。私が勝ったら、イオナさんの記憶を返してもらう。それで、どうですか?」
ツクシはそれに応じた。
「じゃあさっそくいきましょうか」
イオナが読み札を手に取った。
『ウェイク! 目覚めの――』
これはサービス問題だ。《不敗のダイハード・リュウセイ》を取る。
――ウェイク!目覚めの時間だ!(《不敗のダイハード・リュウセイ》)
E2での戦いを終えたリュウセイがコールドスリープにつき、そしてE3世界で目覚めた、という時系列のカードである。
「へ~早いですねぇ」
「…………」
ビックリするほど、手応えがなかった。自信がないなら勝負に応じないはずだと思ったが……考えすぎなのだろうか。
『すべての可能性を重ね合わせる奇跡を起こしたリュウセイ・ザ・ファイナル――』
あえて少し遅らせて手を伸ばしたが、問題なく取れた。
――すべての可能性を重ね合わせる奇跡を起こしたリュウセイ・ザ・ファイナル。その代償として生きてきた軌跡である記憶を失い、超獣世界を放浪することとなった。(《龍素記号Sr スペルサイクリカ》)
やはり、手応えがない。しかし、ツクシは表情を崩さない。自信があるように見える。
(いや、気を集中させよう)
マナは一回、息を吐いた。しかしツクシの表情に、不気味なものを感じていた。
†
『シャングリラの持つ――』
《逆転王女プリン》へと手を伸ばす。これで、マナの場のカードは、残り1つだった。
――シャングリラが持つ封殺の力。それを打ち破ったのはプリンの持つ、自由の力だった。(《逆転王女プリン》)
ツクシは自分の手前にあるカードを取るくらいで、特に気迫は見えない。イオナに対して凄まじい執着があると思っていたが、気のせいだったのだろうか? ただの遊びだったのだろうか?
だが慢心してはいけない。これまでのものは、全てこちらを油断させるためかもしれない。ここからあるいは逆転も――
『貴方がプリン様ですか――』
カードはすぐそこにあった。《流星のフォーエバー・カイザー》。
――貴方がプリン様ですか!探していた姫をとうとう見つけた、ディスカバリー!(《流星のフォーエバー・カイザー》)
そう、これはプリン姫の捜索をしていたハンター陣営が、それを見つけたときのシーンだ。迷わず、そのカードをマナは取る。
勝った。圧勝。
ゲームはあっさりと終わった。結局、マナがほぼ一方的に勝ってしまったのだ。
マナは首を捻る。が、勝ちは勝ちだ。
「いやぁ、強いねぇ、マナさんは」
ツクシはまだニヤニヤしている。むしろ、試合前以上にヘラヘラしているという印象を受けた。負けて何がおかしいのだろうか。
「……ではイオナさんの記憶を返してもらえませんか?」
「フフ、フフフ……」
ツクシは堪えきれないとばかりに、笑い声を漏らした。
「何が可笑しいんですか?」
「いや、負けは認めるけどね? 記憶を返すなんてことはできないのよ。だってイオナくんの記憶は、『上書き保存』しているんだもん」
「……え?」
要するに、元のファイルの内容を変えて保存している、というわけだ。
じゃあつまり、元に戻す……UNDO操作はできないということ?
「そう、イオナくんが過去にアンタと経験したことを私に置き換えたり、存在しない記憶を追加したり、ね。だから彼の記憶はグチャグチャ。アンタとの思い出はないし、あってもいずれ消えて無くなるわ。これから先、彼をコントロールできるのは私だけよ。残念だったわね」
「そ、そんな……」
絶望的な言葉であった。
フフフ、と彼女は笑っていた。
――そのうち全ては我々のもの…。フフフ。(《偽りの名 ゾルゲ》)
「もちろん、絶対値は記憶に受け継がれるわ。だからもし、アンタとの思い出があればあるだけ、深ければ深いだけ、私の記憶は入り込む。アンタのことをどう思っていたか知らないけど、反応を見る限り、ね?」
「ひ、酷い……」
「私の邪魔をしたアンタにはちょうどいいじゃない? アンタは嫌いじゃないけど……そこにいたのが悪かったわね。大丈夫、アンタの分も、私が彼をじっくり、じっっっっくりと愛しておいてあげるから」
イオナもドン引きしているが……それ自体は、あまり意味がないのだろう。おそらくこの瞬間の記憶も、いずれは消えてしまうのだ。
「そうね、私は別に悪魔ではないから。アンタの勝ちに免じて、せいぜい今日くらいは、最後の挨拶でも楽しんだら? 元に戻ることのないイオナくんとの、ね? じゃあね、悲劇のヒロインさん」
そう言って、狂気の顔をしながらツクシは立ち上がった。マナを見下ろし一笑すると、フラフラと店の外へと出て行く。『勝ちに免じる』ということらしい。
マナと、全てが失われたイオナだけが、そこには残された。
じっと、イオナの顔を見た。外傷はない。「マナ、どうした?」その一言が、欲しいだけなのに。いつまで待っても、その言葉が紡がれることはない。
思わず、涙が溢れそうになった。
「……イオナさん、そろそろ目覚めてくれませんか?」
イオナも申し訳なさそうな顔をしているが、やはり記憶は戻らないのだろう。
「イオナさん、私たち一緒にいた時間、長かったと思うんですけど。本当に何もダメですか? 何か覚えていることすらないんですか?」
「なにも思い出せない、自分が何者なのかすら……」
「嫌ですよ、イオナさん。そんなイオナさんの見た目をした亡霊がいつまでもいるなんて」
マナはふとイオナの手元を見た。勝負は終わったが、カードはまだ残っている。
イオナがそのカードを手に取ると、それを淡々と読み上げていく。
「……ドラゴン龍の横にはいつの日もプリン姫の姿があった」
《ドラグシュート・チャージャー》だ。再録版の方である。
「……彼女は夜空に流星を探す。やがて、その願いは奇跡となって舞い降りる――」
《好奇心 プリンセスプリン》。そのBBP版だ。E1の最終決戦で行方不明となったリュウセイを、プリンが探している。
願いよ、奇跡となって舞い降りてくれ。
マナは目を閉じた。ふと、イオナとの日々が脳裏に浮かぶ。
次が最後のカードだった。マナはそれを手に取った。
そして読み上げようとして――
カードと目が合ったのだ。
「え……?」
このカードは、何かを感じ取ったのだろうか。
瞬間、カードは謎の光に包まれた。マナは、思わず目を閉じる。
そしてしばらくして――
「デスティニー……か」
「え?」
それはよく、聞き覚えのある声だった。
「《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》。そうだよね、マナ?」
イオナはハッキリとこちらを見ていた。
マナの手元、そこにあったカードは《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》。そのプロモ版だ。
「マナ、ごめん。確か今日一緒に練習するって約束してたよね」
「イオナさん……!」
「本当に騙されるところだった。リヒャルトが作った、嘘偽りの物語に。存在しないはずの、物語に」
「え、じゃあ、イオナさん本当に……」
「ああ、ごめん。本当に心配も……迷惑もかけた……と思う」
イオナはバツが悪そうな表情をしている。
「……本当に、本当に」
心配したんですからね。そこまで言って、マナはそこから先の言葉を紡げなくなってしまった。
物語はようやく正常に戻り、そして再び時を歩み始めたのである。
――プリン様!再び巡り合えた、デスティニー!(《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》)
†
イオナは、喫茶店にいた。
「なるほどなるほど、それは大変でしたねぇ」
新宮シンクはニヤニヤ笑いながら話を聞いていた。
ちなみにどうして記憶が戻ったのかも、よくわかっていない。
マナの考察だと、《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》が具現化したのではないか、と言っていた。曰く、乱雑に捨てられてしまっていたイオナの記憶が悠久のシャッフル効果によって山札――要するに、元の場所に帰っていったのではないかと。ちょっと面白い解釈ではあった。
ただこの意見に、シンクは懐疑的らしい。
「ホントにそうなんですかね」
「というと?」
「森燃さん、そもそも貴方は記憶は正しく上書きできてなかったんじゃないですか? だからバグったファイルみたいな挙動して、それが何かの拍子にたまたま元に戻った、と」
「うーん……」
そういうことも、ありえるのかもしれない。
「だとしたら、なんでそもそも記憶は正しく上書きされなかったんだ?」
「そんなの決まってるじゃないですか。森燃さんの中で『マナちゃんとの物語だけは絶対に消されたくない』って強く思っていたからこそ……」
「勝手に解説をするな」
とにかく、奇跡は起きた。プリンがリュウセイと再び巡り会えたように。自分もまた、マナと会うことができた。
誰もが絶望に打ちひしがれた時、奇跡は起こったのだ。
……しかし、よくよく考えると今回の件は本当に誰も得をしない、災難であった。
するとシンクはクスクス笑いながら言った。
「ね? 言ったでしょう。『女難の相』が出てるって」
「そんな的確に言い当てないでくださいよ……」
「いやぁ~申し訳ないですねぇ。私がもう少し早く真実に辿り着けていれば、防げたかもしれなかったんですけどねぇ」
シンクは心底楽しいらしい。イオナは思わず溜め息を吐いた。
ちなみに古川ツクシはというと、その後どこかへ姿を消した。どこに行ったかもわからない。マナ曰く「好意自体は本物だったと思いますけどね」とのことであったが。
目撃情報すらないのだから、最早彼女自身が亡霊だったのかもしれないとすら、思っている。
「それで、マナちゃんとはどうなったんです?」
「……この後、会います」
「そうですか、それは本当に頑張ってください。で、それはそれとして――」
シンクはイオナの顔と、そして手のひらを順々に確認していた。
「……なるほど」
「え、何がですか?」
「女難の相が残って……いや、いいです。今回は面白そうなんで」
「え、いや、まだ何かあるの?」
「まぁ私から言えるのは、ですねぇ。マナちゃんは大切にしてあげてください、くらいですかね」
我ながら良いこと言ったな、とシンクは満足そうに1人頷いていた。そんなシンクを後にして、イオナは店を出た。
店を出ると、既にマナがそこで待っていた。
「あ、イオナさんだ! 今日はご飯からおやつから何から何まで全部奢ってくれるらしいイオナさんだ!」
「はい、仰せのままに……」
申し訳なさは凄いし、その上で感謝も尽きないため、頭が上がらない。
別に自分に大きな落ち度があったわけではないと思ってはいるが……マナに迷惑をかけたのは事実である。『女難の相』とは、随分恐ろしいものだ。
「とりあえずアイス食べましょ、アイス。前から行きたかったお店があるんです」
これです、とマナは地図アプリに映った店を指差していた。少し距離はあるが、充分歩ける範囲だ。
「ところでイオナさん、私今回の件で2つわかったことがあるんですよ」
「2つ?」
「そうです。まず1つは、人って本当に怒ったときって一周回って笑えてくるんだな、って」
「…………」
かるたをしていたとき、マナはずっと笑顔を絶やさなかった。あれはつまり――
いや、やめておこう。何も知らないし、何も覚えてない。その方が、幸せなこともある。
やがて2人は、アイス屋に着いた。マナから「トリプルでお願いします」と横やりが入ったが、ひとまず2人分の注文を受け取って、マナへと渡す。
「そしてもう1つはですね……私も決めました」
「え? 何を?」
「また今回みたいなことがあると面倒ですからね。極めて客観的な方法で、私も手を打とうと思います」
マナは何かを決意したように、1人大きく頷いていた。
「……一応聞きたいんだけど、何をする気なの?」
「それはまだ秘密です。ですが、安心してください。きっと――」
マナは顔を近づけてきた。突然目の前に現れると、さすがにドキリとする。
「忘れたくても忘れられない、楽しい物語になると思いますから」
マナはそう言うと、何故か僕の手にあった食べかけの方のアイスを、美味しそうに頬張ったのだった。
(デュエマ・フレテキかるた 完 次回へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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