異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」 12-1 ~デュエマ・フレテキかるた 上~

By 神結

・これまでの『異世界転生宣言 デュエルマスターズ「覇」』

 森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。

 ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
 目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。

 さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。

 どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――

 これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。

 デュエル・マスターズをすることと、物語を紡ぐことは同じである――というのは、有名な話だ。
 その物語は人の心に、時にカバレージに綴られて、私たちの知るところとなる。

 一方でデュエル・マスターズの物語自体はしばしば、フレーバーテキストによって綴られている。古来より続く各文明の群像劇や、近年ではより詳細な英雄譚なども、フレーバーテキストは伝えてくれるのだ。

 では、私と貴方の物語を綴ったフレーバーテキストは一体どこにあるのだろう?

 いや、ない。そんなものはない。

 何故ならそれは元より、存在しない物語なのだ。どこにも綴られていない、綴られるはずのない物語。私と貴方が、交わることなど――本来ないのだから。

 それでも、私は貴方とデュエマを……物語を紡ぎたい。心からそう願ってしまった。
 だったら、方法は一つしかない。

 そう、書き換えてしまおう。フレーバーテキストそのものを。私と貴方の物語を……生み出してしまうそのために。

 そのうち全ては私のもの…。フフフ。

          †

 異世界転生を繰り返しすぎると、どうやら転生させてる側もだんだん気を遣ってくれるようになったらしい。

 最初はトラックに轢かれて異世界転生をしていたが、そのケースはほぼなくなった。実際、ありがたい話ではある。トラックに轢かれても外傷はないし生きているけども、実はアレはアレで瞬間的には死ぬほど痛い。

 別に直接抗議をしたわけでもないが、意を汲んでいただけたらしく最近はもっぱら「ふと気が付くと」というパターンになっている。寝てる間に気が付くと、突然意識が飛んで……といったように、記憶が混濁した後に異世界へと辿り着いている。それはそれで不都合もあるが、痛いよりはだいぶマシだ。

 そんなわけで、今日もふと気が付くと見覚えのあるファミレスにいた。直前の記憶はハッキリしない。高森の別荘で殺人事件に遭遇したことや、その後の顛末についてはしっかりと覚えているのだが。

 どうやら、再び異世界へとやって来たようだった。
 眼前では、大地マナがその清楚な印象の装い――白や水色、薄緑などの淡い色合いが好きらしい――にはまるで合わない量のタバスコをパスタにかけて食べている。一面の赤。絶対致死量いってるだろ、アレ。

「……それ、美味いの?」
「美味しくいただいてますよ」
「いや、タバスコの話じゃなくてパスタの話ね」
「もちろん」

 そう言って、フォークを進めていた。

「最近、これでも減らしてるんですよね」
「いや、当社比だろそれ」
「時代は相対評価より絶対評価なんです」

 そんなことより、とマナは一旦食べる手を止めた。

「再来週の大会、私出ることになってるんですよ。今回は本当に万全で挑みたいので、練習に付き合ってくれませんか?」

 その提案自体は別に問題ない。……が。
 いや、これがこの異世界転生におけるもう一つの大きな問題なのだ。

 どういうわけか行く世界によって、デュエマのルールが異なっているのである。だからまず当地のデュエマのルールを覚えて、そして練習を重ねて、その上で自分なりの解法を見出す……。

 そう、やることが多いのである。
 新しいゲームを学ぶ過程は非常に面白いし、これこそカードゲームの醍醐味だなとも思うのだが……。しかし期日が決まっていると当然焦るし、単純に時間が足りないこともある。

 ただもちろん頼られているというのは悪い気はしないし、力にもなれるとは思っているが……。

「それで、再来週の大会ってどんな感じのものなの?」
「これなんですけども」

 マナはスマホの大会ページを開くと、それを見せてくれた。

「……デュエマ・フレテキかるた?
「そうです」

 フレテキとは、フレーバーテキストの略称だ。デュエマのカードの下に小さな文字で書かれているストーリーが、フレーバーテキストである。

 ――東のボルシャックが目覚めたとき、西のボルザードが咆哮する。(《ボルザード・ドラゴン》)

▲第2弾「進化獣降臨」収録、《ボルザード・ドラゴン》

 それでかるたをやるとなると……おおよその概要はなんとなく想像できた。

「もしかして、百人一首みたいにフレテキを上の句と下の句にわけて、それでかるたをするって感じ?」
「上下に分けないこともありますけど、だいたいそうです。まぁもう少しルールは細かいんですが」

 マナはそう言って、今度は『競技デュエマかるた』と書かれているホームページを見せてくれた。

<競技デュエマ・フレーバーテキストかるた(フレテキかるた)ルール解説>

・互いの自陣に10枚のカードを並べ、読み上げたフレテキに則したカードを相手より先に取る
・カードは自陣・敵陣問わずに取ってよい。敵陣のカードを取ると、自陣の任意のカードを相手側に送ることができる
・自陣のカードが先に無くなった方が勝ちとなる
・なおデュエマのカードプールは膨大であるため、大会ごとに使用するカードプールが指定される(例:革命編限定、など)

 基本は競技百人一首に近いようだった。大きな違いは百人一首は100枚の札なのに対して、デュエマはカード検索だけ見ても15000近いカードが収録されている。はっきり言って、全部を覚えるのは不可能だろう。

 そのため大会では、基本的に使用するカードプールを限定するらしい。直近2年のカードを参照する「2ブロック戦」はかなり人気のフォーマットのようだが、大会では主催者たちによるユニークなカードプールが指定されることもある、とのことだ。

「それで、練習って何すればいいの? カードの読み上げとか?」
「いや、読み上げはいまはアプリがやってくれるんですよ。なので普通に、練習相手になって欲しいです」

 なるほど、便利な世の中である。

「まぁ、ひとまずやってみましょう。練習なので、5枚とかでいいですかね」

 マナはカードの束を取り出すと、並べていく。見たところ、革命ファイナルのカードだった。
 計10枚。マナは並んだカードをじっと見つめていた。

「これってフレテキを覚えようとしてる?」
「うーん、フレテキはある程度は頭の中にある前提なので、どちらかというとどこにどのカードが配置されてるかを今覚えようとしている感じですね」

 ひとまず、見よう見まねでカードの配置を覚えていく。数十秒後、マナはアプリを弄ってその場に置いた。

「では、5秒後にスタートです」

 そして、アプリから音声が流れる。

『テック団は――』

 瞬間、マナの手がこちらの陣まで伸び、1枚のカードを手にしていた。

 ――テック団は、相手に強制的に二択を与え、精神的なダメージを与えるのだ!(《ブレイン・タッチ》)

▲革命ファイナル 第1章「ハムカツ団とドギラゴン剣」収録、《ブレイン・タッチ》

 その手に掴んでいたのは、《ブレイン・タッチ》。

「早すぎだろ」
「いや、『テック団は』から始まるフレテキって、《ブレイン・タッチ》しかないんですよね。ちなみに『テック団』だけだと実は最近再録された《完璧問題 オーパーツ》が……」
「わかった、わかったから」
「まぁ、ボーナス問題ってことです。次行きましょう」

 5秒後、再びアプリから音声が流れる。

『ミラクルスターは――』

 これは有名な奴だ。「――ミラクルスターはデモンカヅラを信頼しすぎてないか?」という、《絶叫の悪魔龍 イーヴィル・ヒート》さんの有名フレテキである。もちろん背景ストーリーではこのあと、デモンカヅラは革命軍を裏切るのだが。

▲革命ファイナル 第1章「ハムカツ団とドギラゴン剣」収録、《絶叫の悪魔龍 イーヴィル・ヒート》

 それは別として反応して手を伸ばそうとしたところ、それよりも早くマナの手が《絶叫の悪魔龍 イーヴィル・ヒート》を押さえていた。

「私の勝ちですね」

 マナはニコリと笑っていた。一瞬イーヴィルの場所を探してしまった分、反応が遅れた。「カードの配置を覚える」とマナが言っていたのはこういうことなのだろう。フレテキを知っていたからといって、勝てるわけではないのだ。
 このゲーム、深い。沼が。

 結局、このまま5-0のストレートでマナに負けてしまった。

「このゲームに詳しいわけではないんだけど、それだけ強ければいけるんじゃないの?」
「私もこのプールなら優勝できる自信があるんですけどね。出る予定の大会は、プールが違うんですよ」
「どんなプールなの?」

 するとマナは、少し難しそうな顔をして言った。

「再来週の大会はずばり……『プリンリュウセイ限定杯』です」
「……また随分と」

 アクの強いレギュレーションである。よっぽど好きじゃなきゃこのレギュレーションにはならない。

「基本的にはプリンとリュウセイを中心にE1とE2のカードでやるみたいですが、クロニクルデッキとかも混ざってくるので、結構なアドリブ力も求められるらしいです。ですので結構練習が必要だと思うんですよ。前回大会では練習不足もあって負けてしまったので……あれはもっとこう、プールの把握が甘くて……」

 マナはぶつぶつと何かを呟きながら、前回大会の飽くなき反省をしているようだった。

「とりあえず自分も勉強しておくし練習もしておくよ」
「ありがとうございます~~~」

 ふと時計を見る。夜もまぁまぁいい時間だった。

「じゃあ、帰ろうか」
「あ、待ってください、イオナさん。もう一つだけお伝えしたいことがあって」
「ん? 何?」

 マナは周囲を二、三度見渡した後に、耳元で声を潜めるようにいった。

「実は最近、妙な噂がありまして」
「妙な噂?」
「どっかの大会で対戦して負けた人が、なんか記憶が奪われた……みたいな話があるらしんですよ」
「……記憶が奪われる?

 いくら異世界慣れしてると言えど、さすがに眉をひそめた。カードゲームで? 記憶を奪われる?
 ……いや、でもなんかありそうな気がしてきたな。

 だって、カードゲームって何でもありだもん……。

「記憶を奪う、か」

 妙に、何かが引っかかった。漠然とはしているが、嫌な予感もする。

「イオナさん、気を付けてくださいね。知らない人からのフレテキかるたの誘いについて行っちゃダメですよ?」
「子どもじゃないんだから」

 流石に苦笑いした。

「じゃあイオナさん、今日はこの辺にしましょう。また明日? 明後日? 空いてるときの夕方に会いましょう。それまでに練習しておいてくださいね」

 仮に明日の夕方に会うのだとしたら、練習する時間は今日の夜しかない。
 それに、先の記憶を奪うどうこうの噂も気になる。

「そうだね、じゃあまた」

 こうして、この日は簡単な約束をしてマナと別れた。
 別れた直後、どういうわけか小さくない不安が胸にこみ上げてきていた。

          †

 翌日、イオナはとある喫茶店に来ていた。

「いやぁ、お久しぶりです、森燃さん」

 改めて、先方から名刺を頂戴した。『我我我轟轟轟新聞社 新宮シンク』と書かれている。
 高森の別荘で起こった殺人事件に際して、お世話になった人だった。

「用件はおおよそ把握しています。消える記憶の謎について、何か知らないか、といったところでしょうか?」
「ご明察」

 話が早い。恐らく、マナからも事前に相談されていたのだろう。

「これについては私の方でも調べているところなのでお待ちください」

 何かあったら連絡しますよ、とシンクは言った。イオナは少しほっとした。彼女は、確実に仕事をこなすタイプだからだ。

「ところで森燃さん、ちょっといいですか? ちょっと気になることがありまして」

 シンクはそう言って、イオナの顔をじっと見た。

「え? 何か付いてますか?」
「いえ、何か付いてるわけじゃ……いや、これは憑いているのかな……」

 そう言ってシンクはイオナの手を取った。そして手のひらを凝視している。

「……これは随分と深い、女難の相が出てますね」
「女難の相?」
「まぁ、女性絡みのトラブルというか。そういうのが森燃さんに降りかかりそうだなぁ、と」
「いや、でも女性って言われても」

 自分の知り合いなんて、マナと麗子、そしてこの人くらいしか思い当たる節がない。

「まぁトラブルっていうのはですねぇ、ある瞬間に突然ふと湧き上がってくる、そういうもんなんですよ」
「確かに……」

 言いたいことは、少しわかるかもしれない。

「ですので、色々身の回りはしっかりしておいてください。何かあったら連絡ください。私の勘は当たるので」
「新宮さんって、占いとかやってるんですか?」
「別にそんなもんだと解釈してもらって大丈夫ですが……もうちょっと精度はあるつもりですけどね」
「はぁ……」

 個人的には、オカルトチックな話には少し懐疑的だ。占いを本気で信じていたら、心が疲れるだろう。

「別に、占いは信じる必要はないですけどね」

 まるで見透かしてるかのように、シンクは言った。

「ただ、私の話は大抵当たります。何をどうするべきかはわかりませんが……あまりいい状況には見えないので、くれぐれも気を付けてくださいよ」
「……何かはわかりませんが、とりあえずわかりました」

 いま一つ、釈然としなかった。そういえば昨日もマナに忠告的なものをもらったんだよな。
 何かあるのだろうか。実際、少し不安だった。

          †

 帰り道、家までの道を昨日と今日言われたことを思い出しながら歩いていた。
 気を付けてくださいね、という忠告だ。マナのは冗談としても、シンクのそれは説得力こそないが、妙に信憑性はあった。

(一体何なんだ……女難の相……?)

 すると突然、背後から呼び止められた。

「もしかして、イオナくん……? だよね……?」

 聞き覚えはなかったが、声の方向を振り返った。
 すると、そこには1人の女性が立っていた。歳は自分と同じくらいだろうが、全体的に明るい格好をしている。都心のお洒落な街とかを歩いていそうな雰囲気だった。
 ……はて、そんな知り合いが自分にいただろうか?

「そうですけども」
「やっぱりイオナくんだ! あ、私よ。私。久しぶり! ほら、覚えてる? 昔よく一緒に遊んでもらった、古川ツクシ!

 ほら、幼馴染みの! と彼女は畳みかけてきた。
 いや、だが。古川ツクシ……?

「……? どうしたの、イオナくん?」

 お馴染み? いや、まるで思い出せなかった。
 というか、全く身に覚えがない。聞き覚えもない名前だし、自分にお馴染みなんかいただろうか?

「え~~~、そんなこと言わないでよぉ。ほら、三丁目の河岸公園でよく遊んでくれたじゃん。嬉しいなぁ、こんなところでイオナくんに会えるなんて」
「三丁目の河岸公園……?」

 確かにその言葉は、幼馴染でもない限り知りようがないはずの言葉だ。小学校時代によく遊んでいた公園だ。

「イオナくんが鉄棒やって、頭から落ちて泣いて帰った公園ね」
「…………」

 実在のエピソードである。
 となると、昔一緒に遊んでもらった、というこの子の言葉は本当な気がしてきた。

 こうなると、こちらが一気に不誠実な人になってしまった。

「ごめん、全然覚えてなくて……」
「いやいや、謝らないでよ~。ちょっと埋め合わせしてもらえばいいからさ」
「埋め合わせ……?」

 ちょっと嫌な予感がした。思わず後ずさりする。

「いや、そんな大層なことじゃないよ。イオナくん、ネットで見たよ。デュエマでずっと活躍してるんでしょ? 私もやってるから、教えて欲しいなぁ~~~って。それだけ、ね?」
「まぁ、それくらいなら……」
「決まり~~~! じゃあ、明日ね」

 そう言って、ツクシは一度ウインクをした。一瞬、頭痛と目眩がした。

 あれ、そういえばマナから確か『知らない人からのフレテキかるたに付いていってはいけない』とか言われてた気がしたな……。
 まぁ、いいか。フレテキかるたじゃなくてデュエマって言われてたし……。とりあえず、今日はこの後の予定はないから、帰ろう。マナも今日は無理って言ってたし。

 イオナは1人、帰路についた。

 だがこの時もう既に、イオナの中では異変が起こりはじめていたのだった。

 ――その眼を見てはいけない。(《死の宣告》)

▲「闘魂編 第1弾」収録、《死の宣告》

          †

 遠ざかるイオナの様子を、古川ツクシはじっと見つめていた。

そのうち全ては私のもの…。フフフ

 彼女は、静かに笑っていた。

(デュエマ・フレテキかるた 中 へ続く)

神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemon

フリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。

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