By 神結
暗闇の中に、一筋だけ光が刺さっていた。
ここは極めて不可思議で、限りなく不可解な空間だ。奥行きは何処までも突き抜けているような気もするし、手を伸ばせば触れてしまえるような気もする。
そしてこの空間は1人の主が支配していた。
ただその姿は、逆光に重なっているのか、あるいはこの空間が悪さをしているのか、まるで視認できなかった。
「それで? 話題の”彼”は何処の世界へ行ったんだい?」
それは中性的な声音だった。高音でも低音でもないが、透き通っていて繊細、そんな表現が相応しかった。
先の問いに対しての返事は、どこからもない。
だがこの空間の主は一切気に留める素振りもなく、言葉を続ける。
「なるほど、そういうこともあるかもしれないね。そうでないかもしれないけど」
一歩二歩、光の向かって進んで行く。足音は、空間の闇に消えていく。
「君がこのゲームにどんな解を見出すのか、楽しみにしているよ。森燃イオナくん」
†
市街地を少し離れると、家が建ち並ぶ台地がある。
これは市内を流れる中之瀬川によって形成された河岸段丘の地形そのもので、結構な急勾配となっている。
その台地の一番高い場所に、『泉デュエマ養成学校』はあった。
文字通り未来のデュエマプレイヤーたちを育成しているこの学校には、多数の小中学生が通っていた。
そしてそれなりに歴史を積み重ねたこの学校において、歴代最強と評されるプレイヤーが現れたのは、つい去年のことだった。
「じゃあ《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》でダイレクトアタック。僕の勝ちね」
「ミヤ、強すぎだろそのカード!」
「いや、僕が強いんだよ」
その名を、名取川ミヤという。
まだ小学6年生の12歳だが、この学校の教師や大人も含めて一番強いのではないか、と言われている。実際、大会にも多く参加しており、そして好成績も残していた。
「それで、ミヤはこの後どっかの大会出るの?」
「いや、今日は特に大会はないよ。だけどショップには行こうかな、って」
「ショップに? 大会はないんでしょ? 何か用事があるの?」
「うん、なんか見つかったっぽいんだよね」
「見つかった……?」
「そう、僕の探していたものがね」
そう言って、ミヤと呼ばれた少年はふふっと笑った。
「待っててね、僕のアルカディアス……」
†
ふと気が付くと、僕はカードショップにいた。
手札を構えながら、椅子に座っている。どうやら、デュエマの真っ只中らしい。
周囲をみたところ、席の埋まり具合は比較的まばらだった。大会に参加しているわけではないようだ。
「ほら、イオナさんの先攻ですよ」
顔を上げると、マナがいた。
薄い緑のシャツに、水色のレディースジャケット。そして水兵のような白い帽子を被っていた。マナは、こういう淡い色が好きらしい。ハンバーグには信じられない量のマヨネーズをかけるのに。
「イオナさん?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
マナに急かされて、手札を見る。
手札にあったのは《停滞の影タイム・トリッパー》や《解体人形ジェニー》、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》といった類のカードだ。コントロール系のデッキだろうか? カードプールとしては、比較的古いのも気になる。
ひとまず序盤に必要ないだろうと思い、ボルメテウスをチャージする。3ターン目にトリッパーから入れば上々だろう。
「じゃあ、ターンエンドで」
「え? エンドですか?」
「え?」
1ターン目にチャージエンドしてそんなに驚く?
「いや、結構事故ってるんだな……と思いまして」
「事故ってる……?」
このデッキ、火闇速攻だったりする? いや、でもだったらボルメテウスは入ってないだろう。
「じゃあ私のターンですね。チャージして1マナ、《アルティメット・フォース》撃ちます」
「うん、ちょっと待って」
1マナで《アルティメット・フォース》???
「あ、もしかしてイオナさん忘れてますね? もう2022年度の大会になったんで、《アルティメット・フォース》も1マナになったんですよ」
「うん、ごめん言ってること全然わかんないや」
一応補足しておくと、《アルティメット・フォース》はデュエマの第1弾に収録された自然の呪文。山上から2枚ブーストする。もちろん1マナで唱えられるはずなどなく、5マナかかる。
するとマナは少し得意げな様子で、こう言うのだ。
「イオナさん、落ち着いてください。『ヒストリー・デュエマ』は発売から5年が経過すれば、コストが1軽くなるんですよ」
「ヒストリー、デュエマ……?」
・発売から5年経過するごとに、そのカードの使用するコストが1少なくなる(ただし0以下にはならない)
(参考)
2002(4弾まで) →4軽減
2003~2007(5弾~26弾まで) →3軽減
2008~2012(27弾~E2 ゴールデンドラゴンまで) →2軽減
2013~2017(BBP1弾~新章裁まで) →1軽減
2018~(新章魔~) →軽減なし
・発売年は、カードの右下に記された版権表記の年数に従う
なるほど。
歴史の重みがあればあるほど強くなる、ゆえにヒストリー・デュエマということだろうか。
確かにこのルールなら1ターン目に動けないのは大事故と言っていいかもしれない。《停滞の影タイム・トリッパー》も、《解体人形ジェニー》も1ターン目に出せる。
「ん、待って。もしかして《アルティメット・フォース》って1ターン目に2ブーストできるカードだったりする?」
「そうなんですよ」
いや、ダメだろ。
「……《ロスト・ソウル》は3コスト?」
1ターン目《青銅の鎧》から2ターン目にロストまでつながるじゃねーか!
「もちろんです。去年まではまだ3軽減だったんですが、2022年は凄い! って動画サイトでも結構話題になっていたんですよね」
まぁ2コス2ブーストが1コス2ブーストになったら、流石にゲームが変わる。1ターン目にアンタップマナが増えてるわけで、極論を言えば手札の枚数だけ動くことができるわけだ。
先攻が有利なのは間違いなさそうだけど、ちょっとどんなゲームになるのかは想像できない。
でもこれだと、逆に新しいカードってみんな買うのかな……?
「いや、なんか皆さん『これ20年後絶対強い! 今のうちに揃えなきゃ!』って言ってパック剥いてますよ」
うーん、やっぱりどこ行ってもカードゲーマーは狂ってるらしい。
「というわけで《アルティメット・フォース》で2ブーストします。で、《暁の守護者ファル・イーガ》を出して《アルティメット・フォース》を拾ってもう一回撃ちますね」
ファル・イーガは墓地の呪文を拾うガーディアン。これも第1弾のカードなので、1コストだ。
しかし、後攻1ターン目に4マナ加速である。
「すげーことやってるな……」
「そして1コストで《飛翔の精霊アリエス》を出してターンエンドです」
「アリエス……?」
これは第4弾だかのカードだったかで、これも1コストで出せるエンジェル・コマンドである。
となると、次の狙いは? ああ、なるほど。もしかして、そういうことなのか?
「じゃあ1コストで《解体人形ジェニー》で……」
マナの2枚の手札を見る。見えたカードは、2枚の《鳴動するギガ・ホーン》。
「これ、もしかしてしてやられた?」
「まぁ、おおよそは」
次のターン、マナはギガホーンを召喚すると、呼び出したのは《聖霊王アルカディアス》。
「……かっこいいな、そのカード」
「でしょ? 私のお気に入りなので」
昔のSRは、現代カードとは違った光沢が施されている。《聖霊王アルカディアス》は、その輝きが特に映える。
このカードは2コスト。効果はご存じ、光以外の呪文を封殺してしまう。
自分の手札では、ちょっとこれは返せない。
結局2ターンをかけてアルカディアス率いる軍団に殴りきられて、このゲームは敗北してしまった。
「恐ろしいゲームだ……」
1ターン事故ったら確実に負けるゲームであることは明らかのようだった。
ただリソースの取り方はぐちゃぐちゃだけど、フィニッシャー投げてからはちょっとだけテンポが落ちるのも面白いバランスな気がする。
「これ、もしかして我慢すれば逆転できる手段もありそうだよね?」
「ですね。デッキの構築的には先にフィニッシャーを投げられたときにも対応があると、なんとかなるかなー、というゲームになることもあります。例えば《オリオティス・ジャッジ》とかは結構刺さったりしています。あのカード、2コストになるので後手の2ターン目に手撃ちができるんですよ」
「なるほど……」
古いカードだけでなく、比較的新しめのカードでも軽量であれば可能性がある……というのが絶妙なバランスかもしれない。例えばマナがいま言ったように、オリジャなら2コスト、《制御の翼 オリオティス》なら1コストのカードになっているわけだ。
「となると、環境で使われるカードってめっちゃ多かったりする?」
「そうですね。20年前のカードから、5年前のカードまで15年分のカードプールがそのまま有効なカードになるわけなので」
よく知っているデュエマであれば、比較的デッキに採用されるカードは直近のものが多い。だがこのゲームは違う。カードプールがかなり広そうだ。第1弾のカードでメタを作っているのだから、それもそうか。
なるほど、これは歴史の重みがあるかもしれない。ヒストリー・デュエマの名前は、伊達ではない。
「とりあえず、もう一戦やろう。これ面白いかも」
「ぜひぜひ、ちょっと別なデッキも使いますね」
だが、ちょうどその時、僕らの席に一人の少年がやってきた。
「あのーすみません。僕もデュエマしたいんですけど、フリー混ぜてもらってもいいですか?」
察するに、小学校の高学年くらいだろうか。
だがその顔を見た瞬間、得体の知れない嫌悪感がこみ上げてきた。
これはなんだ、一体?
マナにどうする? と視線を送ってみたが、どうもマナはこの子を知っているようだった。、
「もしかして名取川ミヤくん?」
「有名な子なの?」
「はい、天才小学生と最近話題です。大会でもかなり勝ってます」
なるほど。
確かに言われてみればただ者ではなさそうな気配も感じるが、それが強者の風格であるのかはちょっとわからない。
これが嫌悪感の正体なのだろうか?
「天才かどうかはわかりませんけど、自分が最強になるとは思ってます」
「かなり強気に来たな」
まぁ、カードゲーマーはこれくらいの自信を持っていた方がいいと思う。
「森燃イオナさんと大地マナさんですよね? お二人の噂は聞いています。強いって。対戦してください」
「…………」
正直関わりたくなかったのが、マナの方がやけに乗り気だ。
「イオナさん、せっかくですし最強小学生とやらの実力を見てみましょうよ。やりましょうか」
「ありがとうございます!」
ミヤはそう言って僕の席の方に来ると、さも当然のように僕を退けてマナとの試合の準備を始めた。
こ、コイツ……。
「マナ、帰ろう。こんなクソガキと遊んでやる必要ないって」
「イオナさん、口悪いですよ」
「…………はい」
特に何も言い返せない。窘められてしまったので、黙って試合を見ることにする。
そうやらこのミヤという少年は光闇を中心としたデッキのようだった。
先攻で《雷鳴の守護者ミスト・リエス》を置き、マナが《ロジック・キューブ》から入るとそこにしっかり《解体人形ジェニー》を合わせていく。
なるほど、よく人を見ているな、とは思った。特に子どものうちは自分の手札だけでゲームをしがちなのだが、マナの動きと手札を予測してプレイしている。噂は嘘ではないのだろう。
その後《聖霊王エルフェウス》を立てて一気に勝ち盤面になったが、ここは一旦溜めてターンエンド。
「そこ溜めるんだね」
「《オリオティス・ジャッジ》で普通に負けですからね、イオナさんなら知ってて当然だと思いますけど」
「ほーーーーーーーん」
まぁ、プレイとしては好みの方である。
もちろん上から引かれる可能性もあるが、《解体人形ジェニー》で一度手札を見ている以上は不必要なリスクを背負う必要はない。
そして次のターンに盤面を処理すると、その後に引いた《ギガボルバ》を場に出して攻撃を開始。
ギガボルバの効果は、光のシールド・トリガーを使えなくすること。オリジャもケアをして攻めていく。
「ふーん、なるほどね」
「まぁ、これくらいはできて当然ですよね。最強じゃなくても」
ただし、マナもこれにはしっかり対抗していく。
「でも私も、簡単には負けませんからね」
マナは《新世界王の闘気》の「G・ストライク」で攻撃を止めると、返しのターンにシールドから引いた《オリオティス・ジャッジ》を手撃ちした。ギガボルバも手撃ちであれば問題はない。
「で、どうするんだここから?」
「別に、ここからでもゲームはできますよ」
ミヤは手札に2枚目の《雷鳴の守護者ミスト・リエス》をキープしており、これで戦線を立て直した。この辺りも、抜け目がないらしい。
ただマナも《アルティメット・フォース》からのブーストで、全てが間に合っていた。
《聖霊王アルカディアス》が、バトルゾーンに降臨する。
「これが、アルカディアス……」
ミヤは、思わずそんなことを呟いていた。憧憬の眼差しで、アルカディアスを見つめている。
初版は第4弾。ミヤは生まれてもいないだろう。実物を見るのも、初めてなのかもしれない。
「そうです、私の切り札です」
「かっこいいなぁ」
一度状況を返せば、あとは聖霊王の支配下だ。ブーストもできているため、《オリオティス・ジャッジ》もケアしている。
マナは《鳴動するギガ・ホーン》から《式神シシマイ》、《ロジック・キューブ》から《ダイヤモンド・カッター》をそれぞれサーチしてくると、それらを使って一気に総攻撃を敢行。
結局アルカディアスも最後まで役割を果たし、見事に逆転勝利を収めた。
……まぁ、試合内容だけみればいいゲームだった、と思う。
マナは流石だが、ミヤという少年が天才と称されるだけあるし、最強を自称する理由もわからなくもない。少なくとも同世代には負けないんだろう。
「いやー、やっぱりお強いですね」
「ミヤくんも強かったですよ」
「強い人から褒められると嬉しいなぁ」
「じゃあ次はイオナさんとやります?」
「いや、ちょっともう時間が……」
ミヤは時計を見ながら、席を立った。
「今日はもう帰る時間なのでお師匠たち、また一緒に対戦してください」
「お師匠たち?」
「マナさんとイオナさんのことです、次回はちゃんと勝ちます~~」
手を振りながら、彼は去って行った。
「……なんなんだ、アイツ」
「まあまあ。小学生なんてあんな感じじゃないですか? 可愛いもんだと思いますけど」
「…………」
実力があるのもわかる。生意気なのも、まあいい。
だが、あの時感じた凄まじい嫌悪感の正体はなんだ? 僕は何に反応してしまったんだ?
「とりあえず負けなくてよかったです。お師匠たちだなんて、可愛いこと言ういい子じゃないですか」
「マナ、もしかして浮かれてる?」
「いや、別にそんなことはないですよ? ただ、いい試合ができたかな、って。そうは思いませんか?」
マナはそう言って、自身の切り札である《聖霊王アルカディアス》を大事そうに見つめていた。
†
二人と別れたあと、ミヤは一度カードショップを振り返った。
そう、そこに確かにあった。探し求めていたものが。
ミヤは、ニコリと屈託のない笑顔をする。
だがその目には、まるで魔に取り憑かれたような妖しい光が宿っていた。
「見つけたよ。僕のアルカディアス」
(次回、8-2 ヒストリー・デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!