By 神結
カードを具材に料理が生まれる「グルメ・デュエマ」の世界。
高森麗子に連れて来られた『超料亭 馬寿羅』で、イオナはグルメ・デュエマに出会う。店主の実沢シュウトは、病に倒れた父の跡を継いでこの店を切り盛りしていた。
だがその後店にやってきた『デュエ・グルメシティ』の店主小角カズミとの間で口論が発生。来月行われるグルメ・デュエマ・グランプリで、決着を付けることになった。
しかしデュエマの知識に疎い実沢。そんな実沢を救うため、イオナは彼に協力することとなった。
グルメ・デュエマの研鑽に励む中で、イオナはたまたま小角の店を訪ねた。「格の違いを見せる」と豪語する小角。実際、イオナは小角の実力が自分たちのはるか上にいることを思い知らされる。
ショックを受けたイオナだったが、マナの協力や実沢の言葉を受け、改めて勝ちの方法を探っていく。
幼少期より小角カズミは誰かと競い合わねばならない環境にいた。
特に同世代の実沢シュウトとは、よく比較の対象にされたし、事あるごとに敗北していた。
グルメ・デュエマのジュニア大会などにも、毎回のように参加していた。ある日を境に実沢シュウトは出場しなくなったが、小角カズミは出続け、腕を上げていた。
ただしその中で戦績は思うように伸びなかった。
その要因となっていたのは、安定感のなさ。とりわけ、好きな食材で割と好きなように料理を作っていたが、いうならばそれらはファンデッキ。うまくいくときもあれば、いかないときもある。なんなら、後者の方が多い。
しかしそんな彼女も、”環境デッキ”を使うタイミングがあった。たまたま手に入ったレアな食材を使い、大会に出場。そこで見事、優勝した。
「優秀なグルメ・デュエマを生み出すには、究極的には優秀な食材を使用すればいい」
これが、小角カズミのポリシーになった。そこからの成績の伸びは凄まじかった。
技術のみに秀でてデュエマそのものへの理解を怠り――結果的に伸び悩んでいる実沢シュウトと違い、小角カズミは瞬く間に階段を駆け上っていった。
方法に間違いはない。奴を諦めさせる準備も整った。
あとは正面から堂々と、格の違いを見せてやればいい。
そう信じて、疑っていなかった。
†
いよいよグランプリ本番。僕は会場で実沢さんの奮闘を見守っていた。
大会は100名以上の参加者からまず全体予選を行い、上位8名が準決勝に進出。準決勝は2ブロックにわかれて4名で行われ、ブロックの勝者同士で決勝を行う、という形式だった。
実沢さんとは大会前に入念な打ち合わせを行っており、作る料理や作戦・方針もすり合わせ済みだ。何処で得点を稼いで点数を伸ばすか、についてはかなり深くまで検証を行い、決勝にいくのに必要なポイントも計算した。これはマナの事前調査による貢献が大きかった。
その成果もあり、予選は全体2位で突破。準決勝のBグループで首位に立ち、決勝進出を決めた。
そして決勝で待っていたのは、もちろん小角カズミだ。
「諦めろって言ったはずだが」
先ほどすれ違った時に、彼女からそんなことを言われた。
「いや、実沢さんも覚悟を決めてくれたみたいなので。僕も二人の対決見たいなぁ、と思いまして」
「……ほーん」
それでも彼女自身は、別に勝負に負けないという自信は持っているはずだろう。
実際、僕も机上でも彼女に”確実に勝てる”方法は思い付かなかった。それくらい彼女は突出していたし、強かった。
その上で、なんとか五分の勝負に持ち込めるようにはしたつもりだ。
「なんか緊張してきましたね」
「僕らがどうこうするわけじゃないんだけどね」
マナも少し不安な様子だったが、実沢さんの方を見守っている。
やがて両者が位置に着くと、試合開始のアナウンスがされた。
彼女は会場とジャッジに、事前に用意した使用カードリストを宣言していく。これが、グルメ・デュエマ大会における光景だ。
カードが1枚1枚宣言されるごとに、会場が盛り上がっていく。
彼女はやはり、高級志向の豪勢な海鮮盛りを作るようだ。ムートピアの中でも素材のそのものの価値が高い《マグ・カジロ》やカードとして価値が高い《異端流し オニカマス》や《一なる部隊 イワシン》。彼女が絶対の信頼を置く、勝利セット。
極めて強力で、現状もっとも強いと思われている水単ムートピアデッキ。
そしてそれは、こちらの想定通りでもあった。
「では対して実沢シュウト選手の使用カードです」
実沢さんもカードを1枚ずつ宣言していく。
今回作るのは、野菜と魚介を合わせた鍋に、刺身を添える。
ベースとなるスープは《レッツ!鳥鍋パーティー》。そしてグランセクトの《ハサイサク》、《きのこあら》。どれも容易に手に入る、高級志向とは言い難いものだった。
だが今回はグランプリ決勝。やはりある程度は上振れ要素が必要になる。
そこで僕らが選んだのは、フグ。まずはサイバー・ウイルス海から、《H・コフーグ》。
だがこれだけでは足りないのは明らかだった。僕らは鍋に、二種のフグを入れることで勝ちに行くことを目指した。
「《毒毒魚》……?」
ジャッジが困惑した様子で読み上げた1枚に、僕はニヤリと笑った。
†
「彼女は総合的に全ての項目で高いけど、絶対に点数が伸びない項目がある」
マナが作ったデータと睨めっこし、試算した結論が出た。
採点項目は10個あり、各10点配点で総計100点にどれだけ近づけるかが勝負となる。
「採点基準の中に『素材のオリジナリティ』という項目がある。彼女の直近の大会の結果を見たが、ここでポイントを伸ばした形跡は一切なかった。これは、彼女が王道の具材を使ってカードパワーで勝負するタイプだからだね」
「つまり、素材の独自性で勝負をするってことですか?」
「まあそうなる。僕らがここで最高点を稼げれば5点ほどの差を付けられる。ただ、それだけではまだ足りていない」
僕は紙に数字を書いていった。
「彼女が理想のパフォーマンスをしたときに出せる点数は、85。我々は努力を重ねて肉薄しても、82点。あと3点足りていない」
そこで、と僕はもう一つの項目を指した。
「そこで我々が伸ばせる可能性のある項目を吟味した結果、『開拓力』という部分で頑張ろうと思う」
「これ、オリジナリティとは違うんですか?」
「色々調べてみたけど、要はいままで余り使われなかったカードを使っていると伸びるっぽいんだよね。要するにオリジナリティが『環境デッキか否か』で、開拓力が『新カードの採用』かな。だから、新しいカードを見付けなきゃいけない」
「何か、目処が立っているんですか?」
「用意してなかったこんな話はしないよ。ここで点数を重ねれば87点までは伸びる。これなら充分勝てる」
「おお、それはいい」
実沢さんも興味深そうに話を聞いてる。
「で、そのカードって何なんですか?」
「うん。実沢さん、マナ。このカードで勝負をしてみないか?」
この時、僕が提示したのが《毒毒魚》だった。
読みポイズン・フィッシュ。2コスト2000のいわゆるバニラカードで、種族はフィッシュだ。
もっともこのカードで一番特徴的なのは、カードの効果などではなくその禍々しいイラストだろう。
普通に考えれば、食べられない。ゆえに、誰も使っていないカードだった。
「……イオナさん、正気ですか?」
「流石にこれは……」
二人とも、どう見ても食えないだろ……といった顔をしていた。
実際、それは正常な判断だと思う。
まあ僕が狂っているのはそうとして、勝利のためにはこれくらいの奇策が必要だと思った。
「実沢さん。毒を持ってる魚と言えば、なんですか?」
「……まぁ、フグだね」
「そう、これはフグなんですよ」
見た目的にもフグっぽいし、概念的にもコイツはフグなのだ。
「実沢さん、フグの調理免許持ってますよね」
「それはあるけど」
「じゃあいけます。イメージです、イメージしてください」
「……いいだろう」
実沢さんは《毒毒魚》を手に取ると、意を決して調理機の中に入れる。
そして出てきたものは、フグ刺しだった。
もっとも、フグ刺しに見えた、が正しい。
僕は一切れ、箸で掴む。
「いやいやいや、待ってくださいよイオナさん」
「食べなきゃどうにもならないでしょ。言い出したのは自分だし」
「その時は来世で会おう、マナ」
正直、手は震えた。だが僕も覚悟を決めている、というわけだ。
そのまま口に運んだ。
確かに、美味い。これは間違いなくフグだ。
そして、死なない。流石にホッとした。
「あ、ちなみに一応言っておくと、フグ毒って遅効性なんで。3時間後くらいにちゃんとさよならする可能性もあるんで、やり残すことがあるなら、今のうちにお勧めしておきます」
「いや、そこは万が一のときに助かる方法を教えてくれよ」
†
こうして森燃イオナの覚悟もあって、二種のフグ鍋は完成した。ありがたいことに、彼が毒に当たることもなかった。
調理中、横にいたカズミが凄い顔で見つめていた。よっぽど特異に映ったんだろう。
二人の料理は審査員席へと運ばれていった。審査員、嫌な思い出しかないが、流石に国内最高峰のグランプリだ。素人はいない。
純粋に、料理の実力で勝敗は決まる。
審査員の方は運ばれた料理を口にしながら、点数を付け始めていた。
「まったく、随分な冒険をしたな」
カズミが心底呆れた様子で、話しかけてきた。
「昔のカズミほどでもないと思うけどね。でも確かに、オレも『覚悟が足りてなかった』と思っているから」
「シュウト、その言葉……」
「自分で使った言葉くらい、覚えているよ。あの時はすまなかった」
「……アホが」
カズミは足を蹴ってきた。それくらいは、許そう。
「それで、最高の食材で最高の料理はできるのか?」
「ウチはその方針でやってたし、そう思っていた。だが、今と今後はわからん」
「へぇ。その所以は?」
「あんな料理を目の前で見せられたら、そうも思うだろ」
「じゃあ、今回はオレの勝ち?」
「いや、それは認めてないけど。アンタはウチの店で働くんだよ」
「カズミの店に、言うほどオレ必要か?」
「ウチに必要かわからんけどね。ワタシには欲しいから」
「まあ、どうせすぐに結果は出るよ。でもやっぱり勝ちたいね。グルメ・デュエマは勝負だから」
「おい、その台詞――」
ちょうど、アナウンスが入った。どうやら、得点が出揃ったらしい。
最善は尽くした、と思っている。あとは結果を待つしかない。
それはイオナくんも同じなのだろう。彼はずっと、やがて点数の表示されるだろうモニターを凝視している。そこまで入れ込んでくれなくてもいいのに、とは思うがありがたい話ではあった。
「グルメ・デュエマ・グランプリ、それでは結果発表です!」
やがてモニターに、全てが映し出された――
†
3月12日、グルメ・デュエマの最高峰を決める『グルメ・デュエマ・グランプリ』が開催され、内外から多くのグルメ・デュエマの料理人が集まり腕を競った。
会場となった高森紫山ホールは一般客にも開放され、多くの観客が集まって大会の様子に熱中。盛り上がりを見せた。
決勝に残ったのは実沢シュウト(19)さんと、小角カズミさん(19)。同い年の若手同士の対決となり、対戦の行方は大いに注目された――
「『共に創意工夫に溢れた料理、優れた腕前を披露。結果は両者同点となり、史上初の同時優勝となった。主催代理を務めた高森麗子さんは「グランプリに相応しい対決で、非常に見応えがあった。これまでで最高のグランプリだったのではないかと思う。これからも二人で切磋琢磨して、ぜひグルメ・デュエマ界を盛り上げて欲しい」とコメントした。』……とのことだそうです」
ここは『超料亭 馬寿羅』。
新聞を広げながら、高森麗子は上機嫌にその記事を読み上げていた。
結果は、まさかの両者同時優勝だった。手を尽くし、泥臭くポイントを取りにいった結果、ギリギリ小角に届いたようだった。
「本当に話題になってくれて嬉しいですねぇ。皆さん仰ってますよ、『最高のグランプリだった』って」
負けたら互いの店に下働きに入る、という約束だったが結果的に敗者はいなかった。そういうわけで、実沢シュウトはいま僕とレイに向けて料理を振る舞ってくれている。
まあ、それはいい。
「で、話はここからだ。高森麗子」
「あら、どうしましたか? 突然改まって」
僕はマグロの寿司を1つ頬張った。初めてこの店で食べたときより、確実に美味しくなっているような気がする。
「あんまりとぼけるなよ。話は出揃ってるからな」
「出揃ってる?」
僕はちらりと実沢さんの方を見ると、レイの耳元で小さく囁く。
「例えば実沢さんがあそこまで因縁付けられたのって、理由を付けて側に置きたいくらいには小角カズミが実沢さんを好きだったとか」
「おやおや」
「おかしいとは思ったんだよ。割と無理筋の言い掛かりだったし、『諦めろ』ってしつこく言うし」
「おやおやおや」
レイは笑っていた。
「それで、イオナさんはどこまでお聞きになられたんですか?」
「当の実沢シュウトが何も知らずにお店を守りたい一心で覚悟を決めてしまったこと、何も知らない一般人森燃イオナが巻き込まれたこと、そして全ての事情を知っていた上でただ楽しんでいた高森麗子という人間がいたことかな」
「それは人聞きが悪いというものですよ、イオナさん。私はただ『最高のグランプリ』が見たかっただけなんですから」
「なるほど、『最高のグランプリ』を演出するため、偽名を使って小角サイドに貴重な食材を融通していたんですね」
カマスのプロモとか、大量の勝利セットとか。
「まぁ、それはそういうこともあるでしょうね」
おい。
「いやでもこれは本当の話なんですが、私は本当に『最高のグランプリ』が開催されて欲しかっただけなんですよ」
「高森のために?」
「もちろん。話題になれば、高森財閥としては良いことしかないですからね。その過程として実沢さんに人材を、小角さんに食材を提供することになってしまったんですが」
「《アクアン》かよ」
「結果的に一番いい形に収まった、そうは思いませんか? 実沢さんは情熱を取り戻し、話題にもなったことでお店は上向きに。小角さんは小角さんで実沢さんのやり方を見て新しい何かを学んだことで、”最善”ではなかったものの”次善”のものは手にしたわけですから」
「まぁ……」
「まぁそこから先は、お二人の話ということで」
それはそれでだいぶ結果論な気がするけど。
「でもレイが何の損害も受けずにニヤニヤしてるっていうのはホントにムカつくな」
「ありがとうございます、褒めていただいて」
ちなみに小角はレイの言うとおり、安価な食材だったり奇天烈な発想で奮闘した実沢さんを見て何か思うところがあったらしい。「今後の参考にはする。諦めないけど」と、本人は言っていた。
「それより、イオナさんはよろしいのですか?」
「何が?」
「いえ、明日はホワイトデーですので」
「あー、その話ね」
結局今回も、マナには随分お世話になってしまった。グランプリ勝利は、マナがまとめてくれた資料がなかったら達成できなかったのだから。
「今から作ります。実沢さん監修で」
「具材はどうするんですか?」
「そう言えば何作るかは聞いていなかったな」
「…………」
ちなみに僕はこの前から、お菓子に相応しそうなカードをずっと探していた。
だが見つかったのは《チョコっとハウス》だけだった。
「……もしかして壮大なお菓子作ろうとしてらっしゃいます?」
「食べる人のこと考えてないよね。普通に引かれそう」
「いやでも割れ鍋に綴じ蓋と仰いますし」
「おい、全部悪口だからなそれ」
ちなみに結局まともなお菓子にはならなくて、お店で買ったクッキーを渡したというのはまた別の話である。
やはり料理は、奥が深いのだ。
(グルメ・デュエマ 完。次回、8-1へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!