By 神結
ここは、迷宮を抜けた先。薄暗い密閉空間から一転して、解放的な空間が広がっていた。
そしてそこに、一台の対戦テーブルがあった。そしてそのテーブルを見下ろせる位置にある、少し高いところに1人の少女が鎮座していた。
「ようこそ、『ミノタウロスの間』へ」
迷宮から抜けた先にあるこの部屋を、彼女はそう呼称しているようだ。
明らかに若い。幼くはないが、それでも自分よりも年下だろう。
ただしその佇まいには風格というべきだろうか、格調高さがあった。それは、ろくにカードゲームにしかやってこなかった自分にも感じ取ることができた。
「さすがはトッププレイヤーの方です。わざわざ私の前で膝をつきにきてくれるなんて、感激ですね」
「あの迷宮は、貴女が作ったんです?」
「そう認識していただいて、差し支えありません」
そして彼女は、自己紹介をする。
「申し遅れました。私は高森麗子。高森財閥次期総帥にしてデュエマーパークのオーナー。そしてこの迷宮のラスボスも務めています。どうぞ、よしなに」
彼女は、一貫して視線を外さない。自分がこの部屋に辿り着いてから、その一挙手一投足をずっと監視されているようだった。
「森燃イオナさんですね? ええ、存じていますよ。まずはここまで到達したことを称えなくてはいけませんね。貴方が苦しみ悶えながら迷宮を進んで行く様子は、ずっと見させていただきました。感動ものでしたね」
「それはどうも」
苦笑いするしかなかった。無数の分かれ道、鍵の掛けられた記憶、まさか途中で変更が入るミッション、ちょっとで済まない意地の悪いクイズ……。それをわざわざ全部用意したのかと思うと……その努力には感心するしかない。というか、努力でどうにかなる問題じゃないものもある気がするんだよな。
「なんであんなものをわざわざ?」
「私は貴方のようなトッププレイヤーさんたちが嫌いなんです。それが答えですね」
「…………」
これ以上の詮索は無用ですよ、とでも言いたげであった。
「では始めましょう。そして終わらせてしまいましょう」
麗子がそう言うと、部屋の背後にあった大型スクリーンが動き出す。
そこには『ラスボスミッション』と表示されていた。
「私の方から『ラスボスミッション』について説明しますね」
麗子がそう言うと、スクリーンに映し出された画像が変わった。
「私の調べによると、ゲームのラスボスって攻撃を受けても全回復したり、理不尽な攻撃をしてくるとのことでした。ですので私も、それを再現させていただきます」
スクリーンには、こんな文章が書かれていた。
1. 《ミステリー・キューブ》を撃つ
2. バトルゾーンに《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》を3体召喚する。次のターンの終わりに、それらは破壊される
3. シールドが5枚になるよう、山札から追加する
4. 相手のシールドを2枚ブレイクする
5. 手札が5枚になるようにドローする
6. バトルゾーンのクリーチャーを全て破壊する
「これ、もしかしてボタンが何かを押して出た番号の効果を使える、みたいな感じのやつだったりします?」
「ご名答。さすがに察しがいいですね」
「相当理不尽なこと書いてると思うんですけど……」
「負けを認めて、いまのうちに膝をついてもいいんですよ」
1. ダンジョンの入り口で、デッキをゲットしよう! 中身はランダムだ!
2. ダンジョンを進んでいこう! 道中にいる敵と戦って、勝利を目指せ!
3. 勝利してもらったパックで、デッキを強化しろ!
4. カードテキストの一部が封印されている! ミッションをクリアし、カード効果を解放しよう!
5. 最後に待ち受けるボスを倒してダンジョンを制覇せよ!
6. ラスボスは固有のラスボスギミックを使用してくる! 強力な効果を乗り越え、勝利を掴め!
「ただし」
そう言って、麗子は続けた。
曰く、ラスボスも一応制約があるらしい。
ラスボス側は2ターン目以降にターンの始めに”ガチャ”を引ける代わりに、ゲーム開始から10ターンを経過しないとプレイヤーに攻撃ができない、ということだった。
『負けが確定している状況でターンが返ってくるほど、屈辱的なことも存在ないでしょう?』とのことだ。確かにそうかもしれないが、少しだけ違和感があった。
この人は、何故迷宮でも含めて”こちらが必死で頑張ればギリギリなんとかなりそうなライン”の設定をするんだろうか。本当にトッププレイヤーが嫌いなら、理不尽でボコボコにすればそれで終わりなのだが。
ともかく、試合は始まった。自分が先攻だった。
今回はデッキを改造し、火自然に加えて闇を追加している。対して相手は、金ぴかに輝く《禁断竜王 Vol-Val-8》だったり《零獄接続王 ロマノグリラ0世》だったりが次々とマナに置かれていく。流石、財閥令嬢といったところだろうか。
ガチャはとにかく序盤で1の《ミステリー・キューブ》を引かれると不味い。それ以外は、まだ許せる。
しかし3ターン目、こちらの展開がまだまだというところで麗子は1を引き当てる。《ミステリー・キューブ》が唱えられた。
「さぁ、お祈りの時間ですよ」
「……楽しそうですね」
「いや、ビジネスです」
結果は……捲られたのは《神歌と繚嵐の扉》だった。クリーチャーじゃないので、マナに置かれる。ちなみにこれもシークレット版だ。毎回毎回、なんでこんな命がけのターン始めを迎えなきゃいけないのだろうか。
とりあえず《ミステリー・キューブ》の脅威を抑制するために、《モモキング -旅丸-》を召喚する。
このカードは、「相手のターン中、相手がマナゾーンのカードをタップせずにクリーチャーを出す時、相手はかわりにそのクリーチャーをマナゾーンに置く」という効果を持っている。これが出された後にバウンスとかだったらEXライフに苦しめられるところだったが、置換効果でそもそもが場に出ないので問題ない。
だが麗子は《フェアリー・ミラクル》でマナを伸ばすと、次のターン開始時のガチャで6を引き当てる。
全破壊によって、《モモキング -旅丸-》もろともイオナの盤面は消し飛んだ。
「きっつ……」
「いい表情になってきたじゃないですか」
高森麗子はそう言って、少し楽しげな表情をしていた。
†
高森麗子は、年不相応に達観している部分があった。
”金持ち”の父と、名家の母の下に生まれた麗子は、小学生になったときには「父は名家の血が欲しかったんだな」ということに気が付いていた。そういう意味で、麗子は自分のことを「政治的な子」と認識していた。
母は随分前に他界した。父は再婚して、子どももいる。別にそれはいい。愛情が新しい子に向いているのも、それも問題はない。しかし高森財閥については、名家の血が流れている自分に継がせる、としている。なんて勝手で、なんて政治的なんだろうか。麗子は父の判断を冷笑している。
そんな彼女もデュエル・マスターズには真剣に取り組んでいたし、このゲームに対してかなり積極的だった。
だが父は、麗子の跡継ぎとしての勉強時間が削られるのを嫌がった。デュエマーパークの経営に関わったことでデュエマ自体は許されていたが、ゲームに真剣に取り組む時間は削られていた。
麗子がトッププレイヤーたちを嫌いと言うようになったのも、ちょうどこの頃だった。
デュエマはビジネス、そんな発言も元々は父に対しての反論であった。いまは自分から、その言葉を使っている。
そんな中でパークの経営を成功させるには、経営的な知識はもとよりデュエマのプレイヤー心理やファン心理を深く知る必要があった。
麗子の周囲を取り巻く事情と麗子自身の心情は、確かに”迷宮”といっても差し支えなかった。自身もその自覚があるらしく、迷宮の最奥地にいる姿が似つかわしいと思っている。だから自分を「ミノタウロスだ」と例えるときもあるし、あの部屋をミノタウロスの間と呼んでいる。
彼女自身の真意がどこにあるのか。彼女が何を考えているのか。あるいはそれは、デュエル・マスターズと同じくらい複雑なのかもしれない。
†
ゲームはいよいよ9ターン目に到達した。
盤面を見ると、大勢は決しているようにも見えた。
麗子のバトルゾーンにはEXライフ持ちの4体のクリーチャーが並んでおり、いまそこに《零獄接続王 ロマノグリラ0世》を追加したところだった。
実はイオナも、何度か肉薄してはいた。しかし何かあれば《ミステリー・キューブ》で捲られ、シールドを2枚まで削った返しには5枚回復を引かれて、クリーチャーを並べれば全破壊を引かれた。
いま、イオナのバトルゾーンには何もいない。麗子のシールドは10枚ある。
「では、ターンエンドです。次はいよいよ10ターン目。森燃イオナさん、最後のターンを楽しんで下さい」
「そうですね」
イオナは、カードをゆっくりドローした。彼の手札は4枚ある。
「見えている《龍風混成 ザーディクリカ》の枚数は?」
「場に2枚と、マナに2枚ですね」
「では、マナと山札の枚数は?」
「マナに16です。山札は先ほど《零獄接続王 ロマノグリラ0世》のEXライフを追加したので、残り4枚です」
数えてみると、実際それだけの枚数が揃っていた。山札の枚数も、実際残り4しかない。
「なるほど、わかりました。それともう一つついでに聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「貴女はトッププレイヤーが苦しむのを見たいと言っていました。じゃあどうして、もっと不条理で不合理な問題や対戦相手を用意しないんですか?」
「…………」
彼女は答えないが、僕は構わず続ける。
「貴女がいま使っているデッキは、決して最強のデッキではない。そもそも、10ターンのアタック制限なんかなかったらとっくに負けているのに、どうしてそんな制限を設けるのか。迷宮にしたって、不可解なことが多すぎる」
ずっと違和感があった。負けて苦しむ姿がみたいなら、『強制敗北イベント』のようなゲームを用意すればいいのだ。何故か彼女の用意したゲームには手心があり、”調整の跡”が見てとれるのだ。
「私は――」
「高森麗子、貴女に聞きたい。貴女はいまどれだけの嘘を、貴女自身に吐いているんですか?」
「……別に嘘は吐いていませんよ」
彼女はわずかに表情を曇らせながら、こんなことを言った。
「私はトッププレイヤーの皆様が好きではないです。これは別に嘘ではありませんよ」
「その真意は?」
「……だって、私が苦心して様々な勉強をしている間、デュエル・マスターズしかしてこなかった人のことを、どう頑張っても好きになれるわけがないんです。そしてその人たちに、自分の実力が劣っているという事実を受け入れられるわけがありません」
「……なるほど」
これに関しては、特に反論するところがなかった。自分も麗子の言うように、他の人が別な努力をしているときにデュエマをし続けていた人間だ。
ただ、もし彼女と同じ境遇になった場合、「まあ、彼らより練習できていないし、ここまでできれば上出来だ」と割り切るプレイヤーが多いと思う。あるいは「自分はカジュアルに遊んでるだけだし」というプレイヤーもいるかもしれない。
だが彼女は相当に、それはまるで”生粋のデュエマプレイヤーと同じように”、かなりの負けず嫌いなのかもしれない。
もしそうだとしたら――もう1つ面白い事実があるような気がした。
「麗子さん。もしかして迷宮も、このラスボスミッションも、貴女から我々プレイヤーへの挑戦状ということ?」
「……別に、どう解釈していただいても結構ですよ」
少し、彼女心情がわかってきたような気がした。
「わかりました。では自由に解釈させていただきます。高森麗子、貴女はさっきデュエマをビジネスと言った。でも実際、滅茶苦茶デュエマ好きですよね? デュエマ、相当愛していますよね? だから負ければ悔しいし、立場が立場だとしても諦めがつかな――」
「他人の”迷宮”に土足で上がってくるのは無礼ですよ、イオナさん。それよりいまは貴方のターンです。早く最終ターンを始めてください」
「ええ、そうさせていただきます」
わずかに、イオナの口角が上がった。
「そしてようやく、待っていた時間が訪れたみたいです」
「待ってた? 10ターン目をですか?」
「そうですよ」
イオナは頷くと、マナを2つ捻った。そして《禁断英雄 モモキングダムX》を召喚する。
このカードは少し変わった効果を持っている。デッキのレクスターズを進化元にし、さらに追加で自分のレクスターズを場に出すとモモキングダムの下に1枚カードを追加することができる。自身を含めて計6枚になれば、全体にパワーマイナス99,999を放って攻撃が可能になる。
「なるほど、そのために闇文明を追加していたんですね」
「そうなります」
「たしかにEXライフに対する回答になります。ですが、このターン中にあと4体のレクスターズを出すことができますか?」
「やってみせますよ、高森麗子」
イオナは残る5マナをフルタップすると、《王来英雄 モモキングRX》を召喚する。
効果によって進化したのは《ボルシャック・モモキングNEX》だ。
「なるほど、これで2体。そしてNEXで2体レクスターズを捲ればいい、というわけですね」
イオナは、山札を捲った。だがデッキトップに見えたのは、無念の《モモダチトレーニング!!!》。無情にも、墓地に置かれてしまう。
「いや、まだ、まだですよ」
イオナは寝ている《零獄接続王 ロマノグリラ0世》にNEXで突撃していく。
「”侵略”を使います」
手札から見せたのは、RXの効果で引いた《キャンベロ <レッゾ.Star>》! モモキングダムXに、4枚目のカードが入っていく。あと残っているのは、《ボルシャック・モモキングNEX》の攻撃時の効果だけだ。
「なるほど、捲れますか? 貴方に」
「捲れますよ、僕も散々《ミステリー・キューブ》に苦しめられたので」
イオナがデッキトップから見せたのは、今度こそ《モモキング -旅丸-》。最後のピースが揃い、モモキングダムXが動き出す。麗子のEXライフ軍団は、一瞬にして崩壊した。
そしてモモキングダムXが、麗子のシールドを攻撃する。わずか数秒前まで10枚あったシールドは、これで2枚になった。
「なるほど、お見事です。素敵ですね、イオナさん。ですが私も山札がまだ3枚残っています」
麗子は手札から2枚のカードを見せた。
「イオナさん、貴方のシールドは私のボタンで2枚ブレイクしているので、残り3枚です。私の手札には《聖魔連結王 ドルファディロム》が2体います。これなら私の勝ちです」
「いや、そうはなりませんよ。何か忘れていませんか?」
イオナは、バトルゾーンの《キャンベロ <レッゾ.Star>》を指差した。『このクリーチャーが出た時、次の相手のターン、相手はクリーチャーを1体しか出せない。』それが、このカードの効果だった。
「貴女のデッキにはEXライフ持ちのクリーチャーしかいません。召喚すると、絶対に山札を使います。そして僕に勝つには、最低あと2回殴らなきゃいけません」
イオナは続ける。
「ですが、僕の場にキャンベロとモモキングダムXがあればそもそも次のターンに殴りきれます」
「トリガーは?」
「山札を減らさずに返せるトリガー、入ってないのわかってますよ」
「では私が、ここでボタンで押して6の全破壊を引いたら?」
「それはしょうがないです。負けるかもしれません」
「……なるほど」
「まあ、ガチャ引きませんか? とりあえず」
麗子はボタンを押した。表示されたのは1の《ミステリー・キューブ》だった。
山札を1枚削る、これで勝敗が決した。麗子にもう2ターン目が訪れないからだ。
イオナは、大きく息を吐いた。
「……今回の勝負は、ギリギリでしたが僕の勝ちでした」
†
「……何も言わなくていいですよ」
麗子は噛み殺したような声音で、そう溢した。溜め息を吐かないのは、流石にご令嬢だなと思った。
「全部わかっているつもりです、全部」
「……でもやっぱり確認したいことはあって」
別に虐めたいわけではないが、これだけは確認しておきたかった。
「迷宮の難易度もラスボスの難易度も、調整してますよね? ギリギリクリアできてもおかしくないくらいに」
「…………」
「デュエマ、かなり好きですよね? かなり愛していますよね?」
「……そうですよ、ダメですか?」
諦めたのか吹っ切れたのか、麗子はようやく言葉を口にした。
「トッププレイヤーたちに苦しんで欲しいと思ってたのも事実ですよ。だってそれは私に勝てなかったんですから。ただ、『でもこれくらいはクリアはしてくれますよね?』とは思っていたかもしれませんね。それでもクリアしたのは貴方が初めてでしたが」
「実力的には認めてくれる、ということ?」
「違います。私が貴方たちと同じくらい時間があれば、これくらいまでやれる、と思ってるだけです」
面白いな、と思った。我々プレイヤーが持っているべきマインドを、向いてる方向は違えど確かに持っているのだ。
ただその上で、難しい部分も多いのだろう。
「やっぱり、時間的にキツいってこと?」
「……羨ましいわけではないですよ。私自身も、皆様が望んでも手に入らぬものを持っている自覚はありますので。ですが、制約がないなら何処までできるのかな、と思うことはあります」
「練習する? 時間の限り」
「いや、いいです。デュエマはビジネスなんで」
その言い草に、思わず笑ってしまった。
「なんかおかしなこと言いました?」
「いや、あくまでその姿勢なんだと思って……」
「……嫌ですよ、好きなことで『負けて悔しい』と思うのって」
恐らく、それは経験が生み出した言葉なのだろう。だからある意味で、到達している。
「それがプレイヤーの原点ですよ、麗子さん。もし練習したいと思ったら呼んでください。できることは、手伝います」
「……これだから嫌いなんですよ、トッププレイヤーの皆様は。絶対、自分が実力で抜かれないと思ってらっしゃる。いつか、貴方が私に教えを乞いにくるのを楽しみにしておりますから、二度と来ないでください」
麗子はようやく、笑ってみせた。
その微笑みは、今日この日始めて、僕が彼女を年相応だと思った瞬間でもあった。
「僕も楽しみにしておきます、その時は迷宮の外で会いましょうね」
そう言って、僕は”ミノタウロスの間”を後にした。
「……迷宮の怪物も倒されたかもしれませんね、テセウスによって」
なお、マナがパーク内の迷子センターに届け出を出しており、園内中に森燃イオナの名前が響き渡っていたのはまた、別の話である。
(ダンジョン・デュエマ 完 次回6-1へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!