By 神結
高森麗子は、不敵に笑っていた。
彼女は自室のモニターから、ダンジョンの様子を眺めている。ちょうどいま1人、『腕に自信のある1名』が前座から“真ステージ”へとやってきたところだった。
ここには、自信のある強者のみがやってくる。
何故そんな仕組みを作るのか、答えは簡単だ。
「トッププレイヤーの皆さん、自信を砕かれ、焦燥と絶望に歪むお顔を私に見せてくださいね」
光が強いほど影が濃くなるように、自身の勝利に誇りを持っているほど敗北したときの喪失が大きい。
強くあればあるほど、絶望したときの色も濃く映る。
「さぞ、お辛いことでしょうね。デュエマしかやっておられない皆様には」
いけない、言葉が少し悪くなってしまいましたね、と麗子は呟く。
「お嬢様、お茶が入りました」
「あら、ありがとう」
「楽しそうですね」
「まさか、これもビジネスに過ぎませんわ」
麗子はティーカップを手元に引き寄せると、口へと運んだ。
モニターの向こうでは、少年が戸惑いながらも光に向かって進んで行く様子が見られた。彼はどうやら、前進を決意したようだった。獲物が罠に掛かってくれた、そんな気分だ。
「いいですね、その姿。希望に溢れて決意し、そして壁に向かっていく姿は……それそのものは美しいのです。待ち受ける結果は別として。そうは思いませんか?」
従者は黙って、小さく頷いた。
その反応に麗子は満足すると、手元にあるカードを複数枚、手に取った。
「だからこそ、まずこの迷宮が貴方のお相手をしてあげましょう。疲労、焦燥、苦渋……そんな“ダンジョンギミック”が、貴方を歓迎してくれるはずです」
麗子は、手に取ったカードを順々に並べた。そして指を口元に当てながら、何かを考えているようだ。
「待ちましょう。彼ほどのプレイヤーがどんな姿を見せて、私の前に現れるのか」
「……ということはお嬢様は、彼がこのダンジョンをクリアすると思ってらっしゃるということでしょうか?」
「彼であればこの辺くらいは突破してもらわないと、とは思わなくはないですからね」
麗子は並べたカードの中から、1枚を取った。《王来英雄 モモキングRX》。レクスターズの切り札とも言えるカードだ。
そして彼女はRXに左手をかざすと、数秒の間じっと目を閉じた。するとどうしたことだろう。手にしていたカードは白紙のジョーカードへと変わってしまった。
「そう、期待していますよ。森燃イオナさん。貴方はこの”ミノタウロスの間”に現れて、そして膝をついてくださいね」
高森麗子。15歳。
デュエマーパークのオーナーである高森財閥の令嬢で、迷宮『デュエダンジョン』の支配者でもある。
†
床の冷たさが、意識を覚醒させたらしい。
「なんだ、ここは……」
自分は確か、デュエダンジョンの攻略中だったはずだ。それでマナと分かれて道を進んで……そこで落ちた。
周囲は暗闇に包まれている。
暗い、冷たい。ここはそんな場所だった。恐ろしいほどに静寂なのもまた、不気味だった。
「暗いとこ、嫌いなんだけどなぁ」
身体を起こしてみた。手も足も動くし、痛みはない。怪我はないようだ。ただ底冷えするような寒さと不快感で、頭はちょっと重い。これは慣れるしかない。
少し歩くと、徐々に目も慣れてきた。どうもここは、石畳に石の壁で作られたような、そんな空間だった。
やがて、遠くの方に明かりが灯っている場所があることに気付く。慎重に歩みを進めながら、明かりの下を目指していく。
その明かりは、大きな扉を照らしていた。
手前には文字が並んでおり、『迷宮へようこそ』と書かれている。
「……なるほど、もしかしてこれがいわゆるハードモードってこと?」
あるいは、ルナティックかもしれない。
ともかく地上のダンジョンは仮初めの姿で、この地下(と思しき場所)が“真のデュエダンジョン”といった構造になっているのかもしれない。
一体どんな仕掛けがあるのかは不明だが……1つ言えることは、この設計をした人は随分といい性格をしているようだ。要は腕に自信がある人だけを選りすぐって、専用ステージを用意してくれたわけだ。
「鼻を明かしてやるのも、悪くはないか……」
僕は、大きな扉に手を掛けた。
†
地下のデュエダンジョンは、確かに迷宮のようなダンジョンだった。
少し進んで戻ってを繰り返し、頭の中になんとか地図を作っていく。さっき見た光景かの確認のため、印になりそうな岩の形も覚えておく。
日頃、想像でデッキを回す練習をしていたこともあったが……もしかしたらそれが生きてるのかもしれない。
やがて、第一のチェックポイントと思しき地点に辿り着いた。分厚い壁がそびえ、その壁の一か所がくり抜かれて空間が生まれていた。くり抜かれたところには、シールドと手札が既に用意されている。人の気配はない。不気味ではある。だが、これもダンジョンのシステムなのだろう、そう割り切ることにした。
デッキが用意されているということは、それは即ちバトルというわけだ。自分のデッキを取り出し、改めて中身を確認する。
だが、カードを確認してるときに、妙なことに気が付いた。
(そんなバカな。《王来英雄 モモキングRX》が……)
デッキの切り札と認識していたカードに、異変が起きていた。
(このカード、効果が書かれていない……いや、違う。これは“僕が読めない”のか……?)
デッキには40枚のカードがあるし、上でともに戦った【火自然レクスターズ】のリストは健在だった。
だが問題はここからだった。
カードの一部にテキストが書かれていない。
いや、正確には何か文字列が並んでいるのは分かるのだが、まるでそれが異国の文字で書かれているみたいに見えて、一切読めないのだ。
確かにデッキに《王来英雄 モモキングRX》は4枚入っているし、火自然多色のパワー6000というところまでは認識できている。しかしその上で、何故かテキストに書かれた文字が読めない。何かが書かれていることはわかるが、それがどういうわけか脳がそれを理解できないのだ。
そしてさらに問題なのは、あれだけ使ったこのカードの効果を思い出すこともできていない。
確か5マナで出してこのデッキの軸となる動きをしてくれたはず……なのだが。
記憶にモヤというか、まるで鍵が掛けられて閉じ込められてしまったかのようであり、取り出すことができない。「あれ……何だったっけ、あの効果……」ですらなく、“絶対に思い出せないことを理解”してしまっているのだ。
(どういうことなんだ、これは)
思考と現実の乖離から、吐き気がしてきた。自分の頭がおかしくなったのだろうか? 単純に、体調も悪化している。
これがダンジョンに仕掛けられた罠、ということなのだろうか。
比較的自分は冷静な方だと自負しているが、これには流石に動揺していると思う。
(どうやら”いい性格をしている”程度では済まないのかもしれないな)
ちょっと難しくしてギミックとして楽しんでもらおう、という気持ちで作られたのではないのだろう。言うならば、我々を苦しませようとしている。
できれば、一旦時間を取って落ち着きたいところだった。
しかし、対戦相手は待ってくれない。壁の向こう側から「デュエマスタート」の合成音声のようなものが聞こえ、否が応でも試合が始まってしまった。
とにかく、わかるカードと単純なプレイでゲームを組み立てるしかない。ひとまず《Re:奪取 トップギア》を引いているので、ここから入ることになるだろうか。手札にある《王来英雄 モモキングRX》は、やはり切り札としての輝きを失っていた。テキストが、読めない。
すると音声が流れ、壁の一部が開いてモニターが現れた。そこには「ミッション」という文字が映し出されている。
そこに続く言葉を僕は読む。
『迷宮へようこそ。挑戦者のデッキの一部カードをこちらで”封じ”させてもらった。カードの力を取り戻すために、我々の与えるミッションをクリアせよ』
とりあえず、自分の頭がおかしくなったわけではないらしい。少し安堵した。
そしてミッションには3つの内容が書かれていた。
1. 呪文を3回唱えよ
2. 同一ターンの間にシールドを全てブレイクせよ
3. ゲームに勝利せよ
終わった。
特に一番上は終わってる。デュエプレだったらミッション変更ボタンを連打しているところだ。
このデッキ、呪文が10枚くらいしか入ってないんだよな。《モモキング -始丸-》とか下手に出して呪文2枚とか落ちたらその時点で終了まである。
その上で刻むことも許されずに同一ターン中にシールドを全割り? ふざけやがって。
僕は《Re:奪取 トップギア》を構えながら一呼吸吐いた。
「やってやろうじゃねえかバカがよ」
1. ダンジョンの入り口で、デッキをゲットしよう! 中身はランダムだ!
2. ダンジョンを進んでいこう! 道中にいる敵と戦って、勝利を目指せ!
3. 勝利してもらったパックで、デッキを強化しろ!
4. カードテキストの一部が封印されている! ミッションをクリアし、カード効果を解放しよう!
5. 最後に待ち受けるボスを倒してダンジョンを制覇せよ!
6. ???
このゲームの優先事項は、ミッションをクリアすることだ。”ミッションをクリアするための最善”を選ばねばならない。
具体的に言えば、ゲームの時間を引き延ばしてまずは呪文を3枚唱える。続いて、1ターン中にシールドを全割りできる打点を作る。そして勝つ。
道中で負けてはいけないので、除去カードは多めに抱える。そんな都合で《Re:奪取 トップギア》は真っ先に埋めて、《モエル・モヒッチ》から出した。相手の《ヤッタレマン》を破壊し、ターンを稼ぐ。
続くターンは相手の《洗脳センノー》に対して、こちらは《モモスター モンキッド》のマッハファイターでこれを除去。
実際このゲームの鍵となるのは《モモスター モンキッド》ではなかろうか。このカード、マッハファイターという貴重な除去札である。その上で、アタック時にマナ加速する。これだと呪文がマナに落ちてしまう危険もあるが、なんとシンカパワーで、進化したときに好きなカードをマナから手札に戻せるのだ。呪文も、当然拾える。
相手のデッキは、ゼロ文明が主軸のジョーカーズ。フィニッシュに何を採用しているタイプかは不明だが、盤面が増えたらどっちにしろ終わりだ。
相手が次はチャージエンドだったため、こちらは《モモスター参戦!!!》を唱えるのはちょっと渋い。でも、呪文カウントは進めたい……。
「Re:ライフ、どうしてこういう時に限って引かないんだ……」
まあ、撃たないことにはしょうがないかと思い、泣きながらこの呪文を唱える。ちなみに、何も起こらない。《偉大なる無駄》より燃費が悪い。
対して5マナを使って相手は《夢のジョー星》を唱える。次のターンは7マナ。ジョーカーズだったら、色々あるマナコストだ。
こちらも最終的にワンショットを決めないと話にならない。
場にクリーチャーが欲しいので、《モモキング -始丸-》を召喚する。《キャンベロ <レッゾ.Star>》の回収に成功したのはいいのだが。
「いやぁ……」
案の定、《フェアリー・Re:ライフ》が2枚も墓地に落ちていった。墓地は本当に回収のしようがない。普通に困る。
そして7マナで相手が召喚してきたのは《ジョット・ガン・ジョラゴン》だった。おい、殿堂カードを引くな。
攻撃しながら捨てるのは《アイアン・マンハッタン》だった。おい、盤面に制限をかけるな。
だがマンハッタンの3点で、運良く《モモダチトレーニング!!!》がトリガーした。《ジョット・ガン・ジョラゴン》をマナに送って、呪文カウントも1つ進められた。
だが、召喚制限も重いし、こちらのシールドは残り2枚しかない。ワンショットの打点がはたして間に合うのか……。
と、そのときミッションが映し出されてたモニターに変化があった。
それは、絶望的な変化だった。
なんと『ゲームに勝利せよ』の文言が、『このターンでゲームに勝利せよ』に変化する。
「コイツ……」
いや、嘘だよな? え? このターンで勝たなきゃいけないの?
手札を今一度みる。マナはこちらは7枚。盤面には《モエル・モヒッチ》《モモスター モンキッド》《モモキング -始丸-》の3体。マンハッタン効果もかかっている。
大きく、一息吐いた。呼吸を整える意味だ。
「人をバカにするのも大概にしとけよな」
全く、最悪の気分だ。
頭の中で、ルートを描く。
まず6マナを使って《モモスター モンキッド》を《ケントナーク <ディルガ.Star>》に進化させる。コイツはパワー23000の4点だ。効果でカードも回収し、これで打点は足りている。
このターンに決めなきゃいけない以上、もう行くしかない。
まず始丸で1点。これは通った。これはかなり大きい。踏んでいたら終わっていた。
続いて、《ケントナーク <ディルガ.Star>》を突っ込ませた。これは4点だ。ひとまず、シールド全割りのミッションは達成した。
しかし相手も、ここで《キング・ザ・スロットン7/7777777》をトリガーさせてくる。
だがこれは大丈夫なトリガーだった。《モエル・モヒッチ》のコストは3。そしてこのデッキには《モエル・モヒッチ》の2枚以外、コスト3のカードは採用していない。2枚のモヒッチはもう見えている場所にあるのだ。
そして僕はマナを1つ捻る。「キリフダッシュ」1宣言、《モモダチパワー!!!》!
もちろん破壊するカードはないが、これで呪文3つも達成した。
「モエル・モヒッチでダイレクトアタックで」
ゲーム終了、という音声が流れた。
どうにか勝利を得たし、ミッションもこなした。
最悪の気分だったが、いまの勝利によって少なくとも最悪からは脱した。
「絶対クリアしてやるからな」
ボードには『ミッションクリア』の文字が映った。すると、手元のRXのテキストがじわりと浮かび上がってきた。
読める、読めるぞ。鍵のかかっていた記憶も錠が外れたらしい。
「うん、知ってる《王来英雄 モモキングRX》だな」
どうやらこのカードは、シンカパワーを持っているらしい。いや、知っているが。そして進化クリーチャーを踏み倒せるらしい。いや、それも知っていたが。
とにかく最悪の気分にもなったが、ダンジョンを先に進むことはできそうだ。
†
高森麗子は、相変わらずモニターを凝視していた。
「いい表情をしていますね」
そして、小さくそんなことを呟いている。
「しかしお嬢様、絶望に歪む顔ではなかったように思えますが」
「いいではないのでしょうか。こういった表情もまた、素敵ですよ」
少し、上機嫌な声音だった。
もしかしてこの方は……と従者は口にしかけたが、それはそっと飲み込んでおいた。
†
その後も数々の性格の悪いミッションをこなし、最後のバトルにもなんとか勝利した。晴れて、迷宮攻略も完了と言っていいのだろう。
もう落とし穴とかないよな……と念には念を入れて慎重に歩きながら、ようやくこの迷宮の出口へと辿り着く。
だが、そこで見えた光景には再び絶望させられた。
「……嘘、だよな?」
どういうわけか“出口は2つあった”。
どうやら、ここから更に正しい出口を選択せねばならないらしい。
よりによって、最後の最後に二択がある。
「おいおいこの迷宮作った奴の性格終わってるだろ」
なんでここまでやってきて、最後に運ゲーをしなきゃいけないんだ? 上のフロアでもそうだったが、最後にこういう謎の二択を要求してくるのは設計者の思想か何かなんだろうか? だとしたら、よっぽど大事な場面の二択でミスして負けた過去とかあったのかもしれない。
だがよく見ると、目の前に3枚のカードが置かれていることに気が付いた。
1つは、《ハムカツ団の爆砕Go!》。1つは、《ドレミ団の光魂Go!》。そしてもう1つは《テック団の波壊Go!》。
どれも有名なトリガー呪文だ。爆砕はマナ送りか3000以下の全除去、光魂は全タップかドロー+追加の呪文詠唱、そしてテック団はコスト5以下の全バウンスか7以上の破壊……。
環境デッキでは、どれも使われていたことがある。
そしてカードと一緒に、『もっとも適したカードをここに』と書かれた窪みが1つあった。
なるほど、これは扉の鍵だ。この中のどれかが正解の鍵なのだ。正解の鍵を置けば、正しい扉が開かれるのだろう。
なるほど、二択かと思ったら三択らしい。択は増えているが、運ゲーではなさそうだ。おそらく、根拠をもった正解がある。
手順を考えよう。この状態で、もっとも適した答えとは何か。
カードの効果は先に示した通りだ。どれもこれも有用なものであって、単純な仲間ハズレはいない。コスト的に言えば《テック団の波壊Go!》だけ7だが、あまり決定的な要因ではないだろう。また《ハムカツ団の爆砕Go!》だけ水文明を含まないが、これといって理由にもあたらなそうだ。
じゃあでないなら、採用されたデッキは? 背景ストーリーは?
いや、待てよ。背景ストーリー?
ここは地下のダンジョン、迷宮だ。そしてその中で、二択の答えを導き出す必要があった。
「なるほど、そういうことか」
僕はカードを1枚掴み取ると、窪みへと設置した。
カードの名前は《テック団の波壊Go!》。
難しく考える必要はない。
革命ファイナル編、最終決戦の舞台である禁断の星に向かうハムカツ団は途中で敵が作った迷宮を突破する必要があった。その時、二択の正答を導き出し続け、見事に道案内したのがテック団だったのだ。
だから、この二択の正答を導き出せるカードは、《テック団の波壊Go!》に他ならない。
そして思った通り、やがて扉は開いた。
ゆっくりと歩みを進める。
「待っていろよ、ラスボスとやら。絶対その面拝んでやるからな」
肩を上気させながら、イオナは扉の向こうへと進んで行った。
(次回、5-3 ダンジョン・デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!