By 神結
12月24日。クリスマス・イブだ。
街の様子について、改めて記す必要はないと思う。ご想像のとおりだからだ。強いて言うなら、虚無の目つきで仕事をしている人の比率がいつもより多い、といったところだろうか。
さて、大地マナもまた事情は違えど、あまり浮かない様子で街を歩いていた。
目的地のカードショップまでの距離は遠くないはずだが、永遠にも感じた。
「足が……重い……」
原因の9割は詰めデュエマを勉強していたことによる寝不足なので、自業自得ではある。
(でも、頼まれちゃったしなぁ……)
イオナから直々に頼まれたら、出るしかない。出るからにはちゃんと勝ちたい。イオナに「そんなもんか」と思われたくない。
そして、このザマである。
長い旅路の果てになんとかしてショップに辿り着いたマナだったが、店内の様子を見ると人は少なかった。
それどころか、店長すらいなかった。
「あ、マナじゃん。おはよう」
「おはようなのはいいんですけど、店長さんはどこ行ったんですか?」
「なんか今日は用事があったとかなかったとかで店にいられない時間が長いらしいよ」
「え、じゃあ大会どうするんですか」
「僕が運営することになった」
「え、イオナさんが? 私イオナさんから誘われたんですけど」
拍子抜けもいいところだ。なんのために寿命削って準備してきたんだ。
「今回は許してくれ。あと代わりと言ってはなんだけど、なんか優勝者には僕が作った詰めデュエマを解いてもらうエキシビションをやるって話になって。問題を解けたら豪華賞品を用意するよ、って店長が言ってた」
なるほど、これの方が面白いかもしれない。
「はぁ……つまり実質的にイオナさんと戦うには優勝しないといけないってことですか」
「うん、待ってるよ」
なんということだろう。これはこれで負けられない戦いになってしまった。
†
大会自体は順調に進んだし、マナは順調に勝ち上がっていた。
その前に、少し大会の様子について説明しておこう。
今回の大会は『詰めデュエマ』の早解きだ。対戦というよりはある意味でテストに近い。
複数の問題が書かれた用紙が配られて、プレイヤーは一斉に解き始める。回答が用意できたものから、ジャッジにそれを持っていき全問正解が出たら終了だ。逆に、間違っていると突き返されて解き直しとなる。
早く解けた上位4人が予選を抜けて、本戦へと進む。
そして本戦では4人のプレイヤーが再び同じ形式で『詰めデュエマ』に挑む。
ちなみに、今回問題を作ったのは店長らしい。この大会も、店長の趣味なのだ。一部の愛好家やちびっ子たちには人気なのだが、テストを受けているようで辛い、という人も多いとか。そのためなかなか参加者が増えないらしく、「こんなに楽しいのに……」と店長は気にしているらしい。だったらクリスマスにやるな。
さて、予選を危なげなく突破したマナはいま本戦の真っ最中だった。本戦は、もちろん優勝者は一人しかいない。早く、それでいて正確に回答せねばならない。
だが流石に、ここは一週間の努力が生きた。「過去問」で見た問題と似た傾向のものもいくつかあった。
《スチーム・ハエタタキ》がスムーズに出てこなかった過去に比べると、随分と成長したなと自覚した。
結果、無事に全問正解に最速で辿り着くことができた。
要するに、優勝である。
「……やりましたよ、イオナさん」
本来ならキラキラとした笑顔でこの言葉を言いたいところだが、マナの目はどちらかというとギラギラとしていた。実際、本番はここからなのだ。
「わかってたよ、マナが優勝することなんて」
「そうですか?」
「だってマナは強いから。絶対勝ち残るって思ってた」
一瞬、ポカンと口が開いてしまった。
そこにあったのは、イオナからのマナに対する絶対的な信頼を表す言葉だった。
なんて心地がいいのだろう、とマナは思う。
思わず胸が高鳴った。思わず勇気も出てきた。
そう言ってもらえるのは、何よりも嬉しかった。
自分より上手く、自分より強いと思っている人に認めてもらえる。そして、信頼してもらっている。
努力は間違っていなかったし、そして何よりイオナからの言葉は、特別だった。
「イオナさん。イオナさんにそんなこと言われると……」
「だからマナにはとっておきのを用意しておいたんだよ」
瞬間、ふと、目が合った。彼は楽しそうに、そして少し不敵に笑っていた。
エキシビションと書かれた紙が一枚、マナに渡された。
「さぁ、勝負しようマナ」
「望むところですよ、イオナさん」
GRデッキの12番目にある《クリスマⅢ》をバトルゾーンに出してください。
ただし、スタートの条件は以下の通りです。
・使えるマナは4で、墓地は0です(このマナは全文明を持っていることとします)
・持っている手札は10枚です
・盤面に何かしらのカードはありません
・同じカードを2回使うことはできません
・山札の中身は全て《はずれポンの助》で、GRゾーンの上11枚は《チューチョロ》です
・プレミアム殿堂は使用禁止
・マナをアンタップするカードは使えません
・バトルゾーンにある自分のクリーチャーを、自分のマナゾーンにあるかのようにタップしてもいけません
・その他使用禁止カード:《BAKUOOON・ミッツァイル》
「クリスマスツリーを建てる、というわけですね」
「そうなるね」
ふぅ、とマナは一息吐いた。そしてイオナの顔を、再度見返す。
彼の目は、真剣そのものだった。「さぁ、解いてみろ」と言わんばかりである。
なるほど、ここには挑戦状と書いてある。
だが挑戦状を渡したいのは私も同じなのだ。これはイオナからマナへの挑戦状であり、マナからイオナへの挑戦状でもある。
マナが紙を手に取ると、一度力を込めてそれを握った。
一旦、条件を整理してみる。
4マナしか使えない以上、低コストで大量にGR召喚が可能なカードが必要だ。
パッと思い付くのは、やはり《“魔神轟怒”万軍投》、《BAKUOOON・ミッツァイル》だろうか。ただし後者は制限をされている。
《フェアリー・ギフト》+《MEGATOON・ドッカンデイヤー》という荒技もあるが、今回は手札が10枚という制限付きである。これだと足りない。
ひとまず、《“魔神轟怒”万軍投》ルートで考えてみよう。このカードであれば、小型のルーター呪文からつなぐことで低コストでの使用が可能だ。
ただし、それでも3コスト必要になってしまう。ここで3マナ使ってしまうと、流石に状況的に足りないだろう。
(なんかあるはず、何か……)
これまで使ってきたカードを思う浮かべていくマナ。何か、何かないか。
と、ふとそこで1枚のカードが思い浮かんだ。
《神出鬼没 ピットデル》。この前イオナが教えてくれたカードだ。イオナはちょっとしたところから、伏線を張ってくるのだ。
手札を2枚墓地に置くことで、0コストで場に出ることが可能だ。
ただ大事なのは場に出ることではなく、0コストで手札を2枚墓地に置けること。これで、1コストで《“魔神轟怒”万軍投》を唱えることが可能だ。
これでGRは3体、場に出た。残るは9体。
やっぱりこれでは足りない。もう少し、GRの数が稼げるカードが必要だ。
まず冷静に、《BAKUOOON・ミッツァイル》や《MEGATOON・ドッカンデイヤー》を除いて、どんなカードであればGRを大量展開できるかを考えたい。
ちなみにここまで使用している手札は5枚。既に半数だ。難解すぎるギミックになるとクリア不可能である。
大量のGR召喚ができそうなのは、あとは《二重音奏 サクスメロディ》や《審絆の彩り 喜望/キーボード・アクセス》くらいだろうか。ただし前者はコスト6も「光のクリーチャー」という制約も、どちらも足枷となる。
となると、《審絆の彩り 喜望》を使ってフィニッシュをすることになるだろう。
「シンパシー」によって召喚コストを軽減できるのも、ルールと噛み合っている。
現在の盤面は4体なので、残るは5体だ。
いままで遊んだカードの中で、GRを回転させたり盤面を広げ尽くしたりしたものを思い浮かべる。
《爆熱天守 バトライ閣》でデッキのドラゴンを全部盤面に出したことはあるが、これは今回は不可能なので勿論なし。同様に《邪帝遺跡 ボアロパゴス》絡みのイメンループ系列もなし。《ジョット・ガン・ジョラゴン》絡みならあるいは……となったが、盤面がないところから4コストではどうにもならないのと、ジョラゴンは複数使用せねばならない以上、これもなし。
(そういえば、あれならどうだろう)
ふと思い浮かんだのは、《次元の嵐 スコーラー》だった。あのときは確かGRクリーチャーを12体展開するデッキだったな。《ヘブンズ・フォース》を使っていた部分もあるが、そうでない部分もあった。
そう、《ナゾの光・リリアング》である。ここから《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》を唱える。そして銀河の効果で唱えたカードは……。
(なんだっけ、《KAMASE-BURN!》でもなくて《♪正義の意志にひれ伏せ》でもなくて、GRが3体以上いるとボーナスで増える……)
それは確か、即興性……言うならばアドリブ力が求められるカード。
「あ、《♪高め合う領域》だ!」
思わず、声に出した。
このカードは3コストの光のカードで、条件が整えば2回GRできるというものだ。2コストでリリアングの召喚から、手札3枚でなんと4体展開することが可能だ。
さて、こうなると手札は残り2枚。マナは1。盤面には8体。
(足りないか……)
このままだと何か1つ足りないことになる。
となると、《審絆の彩り 喜望》以外のアプローチなのだろうか?
しかし……とマナは考える。
イオナは言っていた。詰めデュエマには芸術性があって欲しい、と。綺麗に手数ぴったりに、全てを使いきる美学がある、と。
もしイオナが――イオナがマナの対戦を本当に心待ちにして、問題を練っていた場合、絶対に自分の美学に適ったものを作り上げてくるはずなのだ。
イオナを信じろ。絶対に、綺麗に収まる。
マナはイオナの目をじっと見据えた。彼の目は、何かを期待している目だった。楽しみと、少しの不安と、いやでもやっぱり楽しみが勝っているだ。
彼は期待しているのだ、辿り着いてくれることを。
だとしたら、期待に応えねばならない。
マナは手札と盤面を、少し遠くから見返した。
そしてその時、”希望”は確かに見えたのだ。
それは突如、天から降ってきた。
(あー、そういうことだったんですね)
思いついてしまえば、単純なものだった。なんで気付かなかったんだろう。
マナは、イオナに確認を込めて問う。
「……私、《“魔神轟怒”万軍投》を唱えましたよね」
「そうだね」
「《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》も《♪高め合う領域》も唱えましたよね」
「そうだね」
「呪文を唱えたということは、《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》が出ますよね?」
「そうだね」
イオナは嬉しそうに頷いた。
残る2枚の手札から、《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》を宣言して盤面に置く。
改めて盤面を数えよう。
《神出鬼没 ピットデル》。《“魔神轟怒”万軍投》から生まれた3体のGRクリーチャー。《ナゾの光・リリアング》。《♪銀河の裁きに勝てるもの無し》、そして《♪高め合う領域》から出てきた、計3体のGRクリーチャー。最後に、《魔光騎聖ブラッディ・シャドウ》。
盤面には、合計9体のクリーチャー。
さすれば、1コストで《審絆の彩り 喜望》は降臨する。シンパシー9。
盤面を6つ捻って、《クリスマⅢ》が場に現れた。
「どうですか、イオナさん。これが私の答えです」
「お見事」
イオナは満足気に頷くと、グッと親指を立てた。
†
気付くと、店長も店に戻ってきていた。用事は全部済んだらしく、試合は後ろから見守っていたということだった。
「というわけでエキシビションの勝者はマナちゃんでした。ということで、優勝賞品を贈呈しようと思います」
「店長さん、優勝賞品って聞いてないんですけど、何なんですか?」
「え? クリスマスだよ。そんなのクリスマスケーキに決まってるじゃん」
「それが用事だったんですが」
「まあそれは」
いつから用意していたのだろう。少し大げさな音を出して、店長はマナが座る前にケーキを置いた。
はっきり言って、量が大きすぎる。一人で食べるには限界があった。
マナはふと顔を上げた。外は暗くなり、店内にいた子たちはみんな帰ったようだった。
外の喧噪とは逆に、店内は妙なほど静かな空間になっていた。
「……イオナさん、もしよかったら」
ふーっと一息吐いて、そしてもう一度息を吸って。
「一緒に食べませんか? クリスマスケーキ」
できるだけ、自然な笑顔で。
イオナは一瞬ポカンとしたが、わずかな間があった後に小さく頷いた。
こうしてようやく、二人のクリスマスが始まった。
(4-2 クリスマス・ミラクル・バトル 完/ 5-1へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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