必要なのは日本語力? ローカライズの神髄を聞きました
ゲーム機が高性能になるにつれ、大規模な海外メーカーの作品が日本でも注目を集めるようになった。
英語で作られたものもきっちりと日本語に翻訳され、違和感のないゲームプレイに貢献してくれている。
でも……そもそもこの日本語は、どのような作業を経て実装されているものなの!? ということで、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で海外作品のローカライズを手掛けているシニアローカライズスペシャリスト、谷口新菜さんに話を聞いた。縁の下の力持ちと目される翻訳担当のお仕事とは?
こちらも、インタビューと原稿は大塚角満が担当します。
英語のスラングをどう訳すのか?
――谷口新菜さんとは、じつはかなり古い付き合いで。しかし改まってインタビューするのは、これが初めてなんですよね。
私も思いました! 「あれ? 角満さんにインタビューされるのって、初めてかも?」って。
――しかも……ファミ通じゃなくコロコロというね。
あはは! それも意外すぎでした!
――でも、以前からローカライズについては詳しくお話を聞きたいと思っていたんです。この日を、すごく楽しみにしていました。どんなマジメなお話が聞けるのかと。なんたって新菜さん……“シニアローカライズスペシャリスト”ですもん。
肩書だけはかっこいいんです(笑)。
――では改めて、ひと言で“ローカライズ担当”と聞いても、ピンとこない人も多いと思うんです。ですのでまずは、ローカライズ担当の方がどんなお仕事をされているのかをお聞きしたいなと。
非常に多岐にわたります。まず大前提として、ゲーム内のテキストを英語から日本語に翻訳するじゃないですか。
――はい。
その上で、海外の開発チームと交渉をし、素材を受け取って管理して、日本語版制作のスケジュールを組んで収録まで段取りします。そして、収録用の台本も作って--。
――収録というのは、日本語の音声収録?
そうです。台本を書くって言うと作家みたいに聞こえますけど、英語の台本を日本語に書き直すというのが、作業の比重としては大きいですね。その上で、収録にもすべて立ち合い、日本語が実装されたものを最初から最後までプレイをして、クオリティーチェックまで行っています。
――……ってことは、1から10まで全部ってこと!?
ローカライズに関することは、1から10までやります。
――……そんなたいへんなことをされていたんですね!!
そうなんですよ! ヘラヘラしながらも、裏ではかなりの作業をこなしていたんです(笑)。
――そうだったのか……。いやもちろん、生半可じゃないとは思っていましたけど、翻訳からチェックまで全部とは。でもその中で、とくに注意している点って、どんなところですか?
プレイヤーは当然、ゲームを操作しながら音声を聞いているので、一瞬で理解できる言葉じゃないとダメなんです。とはいっても、簡単すぎる単語のチョイスだとおもしろくないので、すぐに意味がわかる且つ工夫もこらされたセリフにしなければいけないんですよね。ゲームって没入してプレイをしますから、そこでセリフに違和感があるとすべてが台無しになります。ですので、違和感がないように、慎重に……。
――確かに、「ん? いま、変なこと言ったぞ」って感じで、現実に引き戻されますもんね。
おっしゃる通りで、それを可能な限りなくすようにというのが、もっとも力を入れているポイントですかね。
――てことは……英語ができるのは当然ですけれども、日本語にも通じていないとできないのでは?
まさに! 「すごく英語力が必要ですよね」って言われるんですけど、じつは英語よりも日本語力のほうが必要なんです!
――そうだったのか……! 知らなかった!
英語ができるだけだと、おそらく通用しないと思います。意外と奥が深いんです。翻訳の世界って。
――その点、新菜さんの同僚の安次嶺クリスさんはファミ通で記事を書いていたくらいなので、英語も日本語も大丈夫ですね。(※クリスさんはかつて、ファミ通時代に角満の部下だったことがあるのだ)
あ、そうですね!(笑)彼はそれこそ『The Last of Us(ラスト・オブ・アス)』を担当しましたし、『アンチャーテッド』では私もいっしょに仕事をしました。
――いやしかし、英語がペラペラだったらなんとかなるのかな……なんて思っていましたよ。
いやー、無理ですよ! そもそも私、そんなに英語はできないですし。
――またまた!!
もちろん、一般的な基準で言えばしゃべれますけど、すごくネイティブなペラペラ……というわけじゃないですよ。海外の開発の人とも、どちらかというとノリで話している感じですし(笑)。
――でも、英語って独特な表現だとか、日本語にないギャグだとか、そういうものもあるじゃないですか。
ありますあります!
――そういうものを日本語にするのって、きっとたいへんなんでしょうね。
ジョークとかは……正直、苦手です。
――あははは! やっぱりそうなんだ。
もちろん、聞く分には楽しいんですけど、やっぱり翻訳に時間がかかっちゃうし、うまく落とし込めないときもあるので、じつはすごく頭を悩ませる難所です。しかも、単純なジョークはまだいいほうで……“ダブルミーニング”という、ひとつの単語に違う意味がいくつもあって、それをうまいこと使ってジョークっぽく表現する手法があるんです。これが出てくると「あああああ!!!」ってなります(苦笑)。英語のダブルミーニングに日本語をうまく当てはめることができなくて、そうなるとイチから自分で考えないといけないので……。
――英語の慣用句的なものを、日本語の慣用句に置き換えたりもするんですか?
します。あれば、ですけど。でもなかったら、それに近い日本語の慣用句を探してきて、セリフ全体をぐっと変えちゃうときもありますね。
――でも基本的には、英語のセリフをわりとそのまま日本語に訳すこと?
はい、それが基本です。でも、さっきも言った通り英語のジョークやダジャレみたいなものが出てくると絶対に直訳はできないので、独自に考えなきゃいけませんね。
――……英語のダジャレを、日本語のダジャレに置き換えるの!?
そうですよ! 私、ダジャレが苦手で、本当に苦労します。
――想像以上にたいへんだぞコレは……。いやでも、単純に英語を日本語に訳す作業だけやっている……と思っている人が多いと思うんです。
はい、そうでしょうね。でも、じつはそれほど単純な話ではないのです。
――奥が深いなぁ。
日本では知られていない、海外の独特な文化もあるじゃないですか。たとえば、アメリカで人気のあるお菓子のネタがセリフに入っていても、それをそのまま日本語にしても通じないので、日本人にもわかる表現を見つけて、置き換えないといけないんです。
――うへぇ……! 言われてみれば、確かにその通りですね……。
最近、いちばん困っているのが、アメリカのSNSで流行っている“MEME(ミーム)”です。
――……みーむ??
日本で言う、スタンプみたいなものですね。すごく独特な使い方なんです。それがゲーム中で使われていて、そのまま日本語に訳したところで……ぜんぜん通じないじゃないですか。
――実際、いま通じていないですからね(真顔)。
でしょう!!(笑) なのでセリフにMEME(ミーム)が出てくると、「うわ! デタ!! ヤバい!」ってなります。
――……あ、外国人がTwitter等でやり取りしているとき、たまにスタンプとかgifを載せたりしているけど、アレのことか!
それです!
――え、それ、どうするんですか? 日本語にできないでしょう。
ですので、日本で使われているおもしろいネット用語とかを引っ張ってきて、当てはめたりしますね。
――そういったものも含め、海外作品を1本丸ごとローカライズするとなるとどれくらい時間がかかるんですか?
モノによるんですけど、早いと4ヵ月から半年、長いと……1年以上やったりすることもあります。開発会社の体制とか、作り方にも左右されるんですけどね。
――い、1年以上!?!
そう、1年以上。。
――いや、そりゃたいへんだわ……。
ゲームのボリュームが大きくなるにつれてローカライズの期間が長くなるというわけでもないですが、最近の作品は時間がかかるものが多いです。それこそ、10年くらい前は1万ライン(セリフのこと)くらいがふつうだったのに、いまだと4万、5万は当たり前です。
――単純に、当時の5~6倍くらいになったのか……。それは物量がヤバいですね。
とあるゲームでは13万ラインに及びました(苦笑)。
――ええええ!! それって、分厚い小説1冊分くらいのセリフが詰め込まれているってことですよね?
『Detroit: Become Human』のときは、音声収録用に本を作りました。通常、ゲームの音声収録って印刷用紙にセリフを印刷するんです。本にするにはあまりにも物量が多いので。『Detroit: Become Human』で作った本は、映画の吹き替えのときに使う台本に換算して、5冊分ありました。
――ええええ!!
それでも、最近では少ないほうかもしれません。
――その音声収録にも立ち会うっておっしゃっていましたよね?
はい、すべて立ち会います。
――てことは、収録中にディレクションとかも?
やります。もちろん、映画の吹き替えとかもやられているプロの音響監督さんに立ち会ってもらっていますが、私からも気づいた点は指摘して、直してもらったりします。
――僕も自分で書いたシナリオの音声収録に立ち会ったりしますけど、めちゃくちゃ時間かかりますよね。
かかります! 長い時は、朝の10時に始まって、夜までかかりますね。