By 神結
時計を見ると、10時前だった。
森燃イオナは、千代之台の街を歩いていた。
知っている千代之台と、寸分違わぬ作りだった。
他のどの世界でもない、イオナの故郷と言える世界の、千代之台だった。
「ったく、随分朝早くから呼び出しやがって……」
眠い目を擦って、というほどでもないが、休日の午前くらいはゆっくりしたかった、というのが本音だった。しかも、今日は午後からCSがある。
「……着いたか」
イオナがやってきたのは、路地の少し裏手にある料亭だった。看板には『超料亭 馬寿羅』と書かれている。開店前の時間だったが、イオナは迷わず戸を開けた。
「あ、イオナさん。いらっしゃい」
店主の実沢シュウトが出迎えてくれた。彼とはグルメ・デュエマのときに知り合った。同い年ということもあり、以来ちょくちょく会っている。
もちろん、ここはグルメ・デュエマの世界ではない。
出来事の補完とも言うべき作用が働いてるらしく、異世界で巡り会ったときの出来事が少し改変された形で――この世界で起こっていたことにされている。シュウトいわく、この世界の自分はどうやら「デュエマをモチーフにした料理の大会で店のために尽力してくれて、結果同時優勝を果たすことができた」ということになっているらしい。さすがに、カードは材料にならないようだが。
まぁ、それはいい。
「お待ちしておりました、イオナ様」
「……高森麗子」
イオナは案内された席に座る。対面にいるのは、高森財閥のご令嬢、高森麗子だった。歳は5つ下で、もうすぐ高校生になるらしい。今日この場に自分を呼んだのは、この高森麗子だった。
「イオナさん、私はイオナさんとの不可思議な出来事について、様々な調査をしておりました。そして――」
異世界転生、と彼女は言った。イオナは、今更驚かない。
「私の母が、ずっと行っていた研究です。そしてどうやら、私の母の実験によって、イオナさんは巻き込まれてしまいました。その後、数え切れないほどの甚大なご迷惑をおかけしたと、認識しております」
「…………」
「本当に、申し訳ありませんでした」
麗子は頭を下げた。
別に、麗子を責める気はない。違和感を覚えるのは当たり前で、そしたら麗子が自分の調査をするのも自然だ。そして異世界転生については、麗子が何かしたわけではない。母の行いで子を責めるのはおかしい。
とはいえ、麗子は高森という家柄を大切にしている。恐らく、高森としての非礼を詫びた、そういうことなのだろう。
「……もちろん大変ではあったけど、麗子にどうこう思ってるわけではないから気にしなくていいよ」
「ですが……」
いつもはすぐ毒づいてる麗子が、随分と萎れている。彼女の中に、相応の罪悪感があるのだろう。
なんとも思っていないかと言えばもちろん嘘になる。だが塞翁が馬ではないが、結果として異世界転生を繰り返した結果、いまの自分がいる。知り合いも増えたし、思えばまぁ、楽しくもあった。いい経験だったと思う。
「だからまぁ、本当に気にしなくていいよ」
「ありがとうございます、イオナさん」
イオナは、シュウトが出してくれた寿司を頬張った。相変わらず、美味い。
「それで、頼んでいたことについてだけども……」
「…………」
麗子は黙って首を振った。
これも、わかっていたことであった。
「そうか、ありがとう。万が一ってこともあるから、引き続きよろしく頼む」
「わかりました。イオナさんも、もし気分が晴れないことなどありましたら、いつでも高森に遊びにいらしてください。私は歓迎しますので」
「ありがとう、麗子」
しばらくして、イオナは店を出た。時計は11時を示していた。
イオナは再び、街を歩いて行く。
そもそも、帝王が作った世界の崩壊に巻き込まれた自分は、どうしてここにいるのか。それはよくわかってなかった。だが最後に聞こえた言葉に導かれて、必死に手を伸ばした。結果、元の世界へと帰ってきたみたいだった。
あの声は、紛れもなくマナだった。マナの声に導かれた。火之国のときだってそうだった。マナが自分を、世界へと引き戻してくれた。そして今回も、また。
マナとのこれからは、マナと話して決める、そう思っていた。
だが、その機会は訪れなかった。
自分が元々いた世界には、マナはいない。だからこの世界でマナと巡り会うことは……。
「…………」
何もかもが、まだなのに。ようやく分かり合えた、通じ合えたと思ったのに。
カードショップのある方角へと、足を進める。CSの受付時間が始まっているということもあって、どこかで見知ったような顔が多かった。
やがて店へと着いた。あるいはと思って店を見渡したが、やはりマナの姿はなかった。
ここにはマナとの思い出も多い。新しいルールを教えてもらうときはだいたいここだった。ここで納得いくまでデュエマをした。後は……そう、フレテキかるたをやったときもここだったと思う。
大会の事前登録はしてあった。
普通に受付をし、普通に開始を待ち、やがて普通にCSが始まった。
よく知る普通の、デュエル・マスターズだ。頭文字に縛られることもなければ、5年前のカードのコストが下がることもない。久々にデュエマをやったような気がした。
対戦相手と普通にデュエマをし、普通に《超神羅星アポロヌス・ドラゲリオン》に走られて、当然負けた。本当に、よく知るデュエマであった。試合後、対戦相手と談笑した。
結局この日は4-2で惜しくも予選落ち。初戦で負けてしまったため、オポーネントが足りなかった。とはいえブランクがあるにしては、まぁまぁ納得できる内容ではあった。
その後、1回戦で対戦した方をはじめ、その友人何人かに一緒の夕飯に誘われた。特にこの後予定はないので、着いていくことにした。
辿り着いたのは、千代之台駅前にファミレスだった。マナといつも大会終わりに行ってた、あのお店である。
「森燃さん、どうかしましたか?」
「あ、いや……何でもないです」
なんともむず痒い気分だった。
大会が終わった後にマナと内容を吟味するのも、愚痴を聞くのも、そしてハンバーグに信じられない量のタバスコとマヨネーズをかけていたのも、全部この店だった。
(今日はこういう日なのかもな……)
皆の水を持ってきたときにタバスコとマヨネーズを抱えて行ったら、すごい奇妙な顔をされた。悪い癖だった。
その後は普通に店を出て解散した。来週も来て下さいと言われたので、おそらく行くことになるだろう。誰と遊んでも、デュエマは楽しい。
イオナは三度、千代之台を歩いていく。
スマホを開くと、新宮シンクという人物からのメッセージが来ていた。我我我轟轟轟新聞という新聞社のデュエマ担当をしている記者であった。彼女とは、ちょっとした一件で知り合いになった。以降、困ったときには頼りにしている。
彼女からのメッセージはシンプルだった。
『ダメだった、ごめんね』
まぁ、わかっていたことだった。彼女もまた、マナの探索に協力してくれたが……ダメだった、とのことである。
気づけば、辺りはすっかり夜になっていた。
イオナは公園へと差しかかった。マナと最後に顔を合わせ、帝王が《転生プログラム》を起動した、あの公園だ。
誰もいない、静かな場所だった。
イオナは、冷え切ったベンチに腰を降ろす。
「あるいは――」
マナは自分にとって、束の間に見た夢だったのかもしれない。
夢だとしたら、美しく素敵な夢だったと思う。ふとしたキッカケで知り合って、以来ずっと一緒にいて、自分のいいところも弱いところも知って受け入れてくれた。
そして、夢だとしたら残酷である。
マナが好きだ。マナがいないのは考えられない。自分の隣にマナがいないのは、嫌だ。
じゃあ面倒みてやるか、と言ってくれたのはマナの方だった。感情が重くていい、そんくらい分かってますよ、と。それを聞いたとき、ホッとした。
だからこそ。
「マナ……」
イオナは俯いて、そう溢した。こうなるならいっそのこと、あのまま世界の崩壊に巻き込まれてしまっても……。
「呼びました?」
ふと、頭上からそんな声が聞こえた。
「イオナさんどこにいるかな~って思ってたんですけど、やっと見つけましたよ。本当に手間がかかりますね」
嘘。
「嘘って失礼な。いやぁ、それにしても大分苦労しましたよ。でも安心してください、イオナさん。良かったですね、私に会えて」
どう、して……?
「どうして、と言われましても。ダメなんですか? まー1つだけ言っておくなら、イオナさんがあの世界で使ったのが《∞龍 ゲンムエンペラー》じゃなかったら無理だったかもしれませんね」
それってどういう……?
「いやー、なんか《∞龍 ゲンムエンペラー》の具現化で、なんかイオナさんの『デュエマの申し子』みたいな効果が消えたらしくてですね。結果として、私とイオナさんが反発し合うこともなくなりました」
いや、待って。僕ってコスト5以下なの?
「まーいいじゃないですか。これからはずっと私と一緒にいられますよ、イオナさん? ね?」
よくわからない。何が起こっているのかも、そして何をすればいいかも。
でも、これは伝えておきたい。
ありがとう、マナ。僕を探してくれて。
「だってほら、私もそれなりのこと言っちゃいましたし、責任ってものがね? でも良かったです、ホントに。ホントに……」
マナ。僕は……。
「愛の告白ですか? いいですよ、いまは。そういうのは『私の実家』で、ゆっくり聞いてあげますから」
ん……?
「ほら、今って春休みなんで。前は果たせなかったですし、今回は、ね」
いや、待って。
「それともイオナさんの実家に連れてってくれます? それでもいいですけど……でも、明日の朝のチケット取ってあるんで」
マナが強引に手を引く。
数日前まではごく普通のことだったのに、凄い懐かしい気持ちになった。
思えば、マナとの縁はデュエマが紡いだものだった。結果、マナにも異世界のデュエマたちにも、何回も振り回されたけども。でもそれは、おあいこかもしれない。
そして最後は結局、デュエマに助けられたらしい。
自分がコスト5以下だったかどうかはさておき……あの《∞龍 ゲンムエンペラー》が、まさかこんなに頼もしいとは。
そういう意味では、ありがとうデュエル・マスターズ、でいいのだろうか?
「ほら、行きましょ。イオナさん! お土産何がいいと思います?」
まぁそんなわけで、そしてこれからも引き続きよろしく、というやつだ。
(異世界転生宣言 デュエルマスターズ「覇」 終)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
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