By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
この日は、夢を見なかった。
人は時として夢の中に希望を求めたり、あるいは逆に願望が夢に投影されることがある。しかし今回は、どうやらそれすらも拒絶されているようだ。
――どうしろというんだ。
『あの子を大切にしてくださいよ? そうすればきっと、いや必ず。道は開けますから』
そんなことは分かっている。
だが目の前から去ってしまった彼女を、どうしろと? 何ができる?
「……わからない」
最悪の朝だった。希望のない、虚無の朝だ。部屋も随分と冷え込んでいるし、布団から動きたくない。その気力もない。
マナは去ってしまった。そして帝王にも負けた。
帝王いわく、マナは帝王に与したのだそうだ。彼がどこまで本当のことを言っているかはわからないが、もはや悪夢でも見てくれた方が気が楽とさえ思う。だって、この現実より悪いことはないのだから。
惰性で、もう一度布団を被る。このまま一日、ただただ虚無の日を過ごしてもいいかもしれない。
少し遅れて、スマホのアラームが鳴った。どうやらスヌーズ機能が働いたようだった。煩わしい。手を伸ばして、スマホに触れる。
が、ふと通知が一件来ているのに気が付いた。メッセージを受信していたようだった。
送り主には……大地マナと書かれている。
「マナ!?」
慌ててメッセージを開いた。目を見開いて、文字に噛りつく。
「『黙って連絡を断ってすみません』じゃないんだよな」
ひとまず、無事らしくてホッとした。
メッセージはかなりの長文だった。
そこに書かれていたのは、自分とマナの関係や異世界転生の話だった。
「『イオナさんと私は似たような存在で、かなり近しいようなのです』」
それは、マナに憑いていた自称上位種サマから聞いた話ではあった。マナも自分も生年月日がデュエマそのものと同じ「デュエマの申し子」のような存在なのだと。
だからこそ――とメッセージは続いていた。
いわく、イオナさんと私は元々は別々の世界にいたけども、イオナのアクシデントによる異世界転生で出会ってしまったこと。近しい存在であるがゆえに、同じ世界に長く留まれないこと。だからイオナがいまも異世界転生を繰り返してしまっていること。イオナは元の世界に辿り着くまで異世界転生を繰り返すこと。でも仮にイオナが元の世界に戻ったとき、その世界に私は存在していないこと。
これがいまの世界の”理”なのだと。
だからそれを聞いたとき、絶望してしまった。私はイオナさんと一緒にいたいし、一緒にデュエマもしたい。
だから――この世界の理を変えたい。
「『イオナさん、もう少し待っててください』、か」
イオナとの関係が世界の理によって阻まれているのだとしたら、それを変えるしかない。
「……なるほどね」
イオナはスマホを脇に置いた。
マナが帝王に与した、というのは本当のようで。そして、世界の理を変えたいというのも本心のようで。
しかもその理由は自分――森燃イオナと一緒にいるため、だという。
あぁ、良かった。マナは変わったわけではなかったのだ。
なんならマナは自分を大切に想ってくれているし、森燃イオナという人物を受け入れてくれるという約束を違えたわけでもなかったのだ。
だがマナの話によれば、マナと自分は近しい存在であるがゆえに「磁石の同極が反発し合うように」離れる運命にある、という。要するに、自分がこれまで異世界転生を繰り返していたのは、マナと同じ世界に居続けてはいけないという反発作用らしい。
まぁ、ショックではある。要するに、このままだと自分は自分がいた元の世界に戻る以外に、特定の世界に留まることはできない。そして、自分がいた元の世界に、マナはいないのだ。
だからこそ、真実を知ったマナが採った選択が帝王に協力することだった。
……まぁ、理屈は分かる。
イオナは一息吐いた。突如、靄が晴れたような気がした。
思考の中に混ざっていた雑念が抜け、頭が回り始めた。デッキの不要なカードが抜けて、リストが洗練されていくような、そんな感じだった。
「……うん、だとしてもやっぱり違うと思うんだよ、マナ」
マナの考えは分かった。それでもやはり、帝王に与するのは違うと思う。
マナだって分かっているはずなのだ。帝王という男が傲慢なのは、まだいい。だか問題は、彼は結局のところ自分の目的に必要としない人間に対して、興味がないことだ。
彼の目的は“自分やマナを利用して自分にとって都合のいい世界を創ること”。
帝王が《超戦龍覇 モルトNEXT》だとしたら、自分たちは《ボルシャック・栄光・ルピア》や《無双竜鬼ミツルギブースト》である。所詮、NEXTを引き立てるための前座に過ぎない。あるいは、帝王はプレイヤーそのものかもしれない。
いまの自分たちは彼の目的のために必要とされているかもしれないが、彼が目的を達成した後のことは何もわからない。そもそも、彼の手段を知ってしまった我々が、彼が望む世界を手にした後に無事である保証すらないのだ。彼が「お前はもう用済みだから、《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》の的になる前に自爆しろ」って言われたら、自分たちはパワーの高い相手に向かって自爆特攻するしかないのである。
何故なら、帝王というプレイヤーがそう望んだから。カードはプレイヤーに逆らうことはできない。
帝王が目指しているのは、そういう世界なのだ。
要するに「帝王の思うがままの世界では、自分たちの都合など知ったこっちゃないのでは? むしろ邪魔まであるのでは?」という話である。
もちろん具体的に帝王がどんな方法でどんな世界を創るかは不明だが、彼の誘いに乗ることはリスクしか感じないのだ。
そして何より、マナの言うとおり自分たちが同じに世界に居続けられない存在だとしても――それは自分とマナの問題である。二人の問題なのだ。
この問題を解決するためなら、自分は如何様にも尽力する。あらゆる手段を試すし、考察もする。その上で、方法を考える。
つまり二人の問題は、まず二人で解決すべきだ。
それをよりによって、相談もなしに、まして帝王などに解決してもらうべきではない。順序が違うし、手段はもっと違う。
そんなことはマナもよく考えればわかってくれるはずで、でもマナは先に絶望を覚えてしまったのだ。そして絶望の淵にいたとき、悪魔の手が差し伸べられたのだ。
「わかったよ、マナ」
まずは責任を持って、帝王のふざけた野望を阻止しよう。アイツが自分の野望を叶えた先に、自分たちの未来はない。その上で、今後どうするか。それはゆっくり話し合って決めよう。
それで悪くないだろ、マナ? うん、決まりだ。それでいこう。
イオナは起き上がった。身体が軽い。部屋の寒さも気にならなかった。新しい、希望の朝が来たのだ。
そして再びスマホを手に取ると、手早く電話をかける。
「もしもし? 大急ぎでどうしてもお願いしたいことがあって――」
†
日本一決定戦で勝ったものだけが得られる、たった1枚のカードがある。その1枚には数々のプレイヤーの願いが込められ、想いが詰まっている。ある意味で、プレイヤーたちの思念が具現化した存在と言えよう。
ある世界線の帝王は、そのカードを手にし思念を増幅させることで世界の理を組み替えようとした。だが結局それは森燃イオナに阻まれ、夢は一度潰えてしまった。
しかし状況は変わった。夢を実現するための状況が、いつの間にかできあがった。
思念を増幅させるための装置は健在で、今回はその媒体として大地マナを得た。
「いよいよ私の夢が成就する。感謝するよ、大地マナ」
ここは千代之台にある小さな公園だった。既にすっかり日は落ちて、周囲も暗い。
この小さな公園は、これから儀式の場へと変わるのだ。
帝王はデッキケースを取り出す。箱の中に入っていたのは、小さくも複雑な機械であった。これこそが、思念を増幅させる装置だ。
大地マナはというと、終始無言だった。別に、それはいい。
彼女を引き込めるかどうかは、正直五分五分だった。初めて会ったときの拒絶具合を見ていると、こちらの話を聞いてくれるかはかなり微妙なところだった。
だがやはり恋は盲目というべきなのだろうか。結果として、それが功を奏したわけだが。
「君の想いは、確かに私が活用させていただこう。そして君もまた、悲願を成就させる。大変素晴らしいことではないか」
フフフ、と思わず笑みが溢れた。
あとは、「もう一人の役者」を待つだけだった。
そしてその役者は、思った以上に早く到着したようだった。
静かな公園に足音が聞こえる。
「ふむ、待っていたよ」
やがて足音と影は徐々に大きくなり、その存在は目の前へと現れた。
そこに立っていたのはもちろん、森燃イオナだった。
†
「イオナ、さん……?」
高森麗子に帝王の居場所を聞くと、何か諦めたような口調でこの場を教えてくれた。帝王はわざわざ居場所を自分に向けて開示していたのだ。
そして「待っていたよ」である。本当にムカつく奴だ。全て自分の掌の上だよ、とでも言いたげだ。
マナがいる。帝王がいる。
ここでマナに「帰ろう」と言っても、おそらく何も意味がない。マナにわかってもらうには、まずあのクソムカつく帝王の野望を断って、その上で話し合いをした方が良い。
「イオナくん、君のお陰が悲願が叶う。改めて感謝を示そう」
「…………」
イオナはカードを手に取り、帝王へと目を向けた。すると帝王は、少しおどけたような表情をしてみせた。
「おっと、君が勝負を望むなら、いくらでも相手してあげよう。私と、それともちろん、君たちも望む世界でな」
帝王もカードを1枚取り出した。
それはプレミアム殿堂カード、《転生プログラム》であった。
「思念と媒体、両方が揃った。では行こうじゃないか、異世界へ!」
そう言って、帝王は《転生プログラム》を”唱えた”。その禁術は増幅され、光り輝いた。
「マナ……!?」
光に当てられ視界がぼやける中、必死にマナを追い求めた。
だがイオナの意識は遠のいていき、そこで一旦途絶えた。
……。
…………。
ふと気が付くと、イオナは千代之台の駅前にいた。
見慣れた光景ではあったが、どこか少し様子が違っていた。周囲の建物に知らないものがいくつかある。上手く言葉では言い表せないが、違和感を覚えた。
「……来てしまったのか」
どうやら、また異世界転生をしたらしい。
直前のことは覚えている。帝王が《転生プログラム》を使って、何かを起動させた。そして気がつくとここにいた。
「……マナ、いるのか?」
アレに巻き込まれたなら、マナも近くにいるはずだ。少し歩きながら、マナを探した。
イオナは街を歩いていく。ただ、やはり違和感があった。
なんと言えばいいのだろう、これまで来た世界と比べると明らかにぼんやりとして見えた。なんというか、境界と境界がハッキリとしないような気がする。まるで細部が固まっていない、そんな世界なのだ。
これまで何度か異世界転生をしてきたが、この感覚は初めてだった。
街の様子もまた、少し奇妙だった。
……いや、これは正確には見覚えもあった。
「……あれはもしかして、具現化調理機か」
食材となるカードを元にして、料理を作る機械だ。それが街の店で、普通に売られている。
だとしたら、ここはグルメ・デュエマの世界なのか? いや、あの時はこんな違和感を覚えなかった。
よく見ると、街の木々には《若き大長老 アプル》が混じっている。あの車は《ドラン・ゴルギーニ》だ。
街に、デュエマが溢れている。まるでカードたちが、インフラであるかのように。
なるほど、そういうことか。この世界はつまり――
「いい、実にいい! なんと素晴らしい世界ではないか!」
恐る恐る、イオナは振り返る。
「君もそうは思わないかい? 森燃イオナくん?」
ようやくわかった。この感覚、どことなく恐ろしさを感じる雰囲気。
「帝王、お前……」
「イオナくん、君も気づいたんだろう? この世界がクリーチャーの力が具現化した世界であることに」
そして彼は、1枚の……いや、3枚のカードを取り出した。
「私が私の望みを果たすときが、ようやくきたのだよ、イオナくん。このカード、君なら知っているだろう?」
彼が手にしていたのは、《Volzeos-Balamord》。「新世界王」だ。
……なるほど、そういうことか。
「新世界王の力を具現化して、世界を作り替えるつもりか」
「いい読みだ。50点を与えよう。でもまだ合格点ではないな、イオナくん。何故かわかるか?」
帝王は今にも高笑いしそうなくらいに、上機嫌だった。
「『世界を作り替えるつもり』ではないんだよ、イオナくん。何故なら私は、もう既にその力を得ているからだ」
「…………」
「やがて世界は私思い通りになる。世界の理は、我が手に。いずれ私は空を飛べるようになるし、水を低い場所から高い場所に流すことだってできるようになる。ここは私の理想郷となるのだ」
「……マナをどこにいる?」
「さぁ。私の理想に必要となれば現れるかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにせよ、私は私の理想に邁進していくんだよ、イオナくん」
「そうか、やっぱりそうだと思ったよ」
イオナは再び帝王へと目を据えた。そして鞄に入っていたカードを取り出す。
「やっぱりお前とは話が合わない。ここでお前を止めて、マナを連れて帰る」
「なるほど面白い。イオナくん、君の優秀さは認めよう。だが、あらゆる権能を持つ私は、君にすら止めることは無理だよ」
そして帝王もまた、カードを取り出した。
(ファイナル・デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!