By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
想いとは、時に本人でさえよくわからないときがある。
ある意味では、本人であればこそ一番気付きにくいものかもしれない。
自分が本当にしたいことはなんなのか、自分が彼に求めているのは何か、自分が彼女に抱いているのはどんな感情か……それらを正確に言い表すのは、思ったよりも難しいのだ。
さて、海ヶ崎の波止場は、一段と霧が深かった。月は陰り、気味が悪いくらいに暗い。
今宵は若者たちの姿もなく、霧笛の音だけが、港に響いていた。
霧が深いのならば、奥へと進まないと景色は見えない。
「あ、ちゃんと来てくれたんですねぇ。イオナさん」
マナは軽く笑っていた。相変わらず、知っているマナとは随分と違う格好をしていた。
「イオナさぁん、私少しイオナさんのこと誤解してましたよ」
「誤解?」
「そうです。イオナさん、凄く負けず嫌いだから、負けたらすぐに見返すために勉強して、鍛錬して、そして向かってくるものだと思ってました。それなのに、待っても待ってもなかなか来てくれなくて」
「…………」
「その時気付いたんです。イオナさんって私が思ったよりも、ずっとずっと弱かったんですねぇ」
マナはうっとりと噛み締めるように、そう言った。
「……ラップもデュエマと同じだと、そう気付かされた。スキルは足りてないかもしれない。でもラップで大事なのは、何を伝えるか、だと。そう教わった」
「へぇ、それで?」
「マナ、君は何故……」
「それこそラップで聞いたらいいんじゃないですか? 教えてくださいよ、イオナさんの思ってることも」
マナはスマホを取り出すと、指の上でクルクルと回した後に音楽を起動した。
†
イオナにとってのマナが特別な存在なのは、言うまでもない。
もちろん「一緒にデュエマを上手くなりたい」とか、「2人で楽しく過ごしたい」とか、そういった正の感情も多い。
一方でそれとは別に、「マナはこうあって欲しい」とか「マナに離れて欲しくない」とかというような、言ってしまえば負の感情に近しいものも抱えていた。
だからマナが「待ってます」って連絡をくれたのはちょっと嬉しかった。見捨てられていないことがわかったからだ。消極的自己肯定である。
イオナは今回、自分の負の感情を嫌というほどに自覚させられている。
自分はマナに対して結構「こうあるべき」みたいな想いを持っていて、それが思ったより根深いもので、そうでないマナに対して拒否反応が出てしまう、と。だから「解釈違い」みたいなことが起こってしまう。
でもかといって、解釈違いのマナなら一緒にいたくないかというと、そうではなかった。
(我ながら、あまりに都合がよすぎる)
なんかマナに自分の好みを押しつけているようで、嫌だった。自分という人間の精神性に、ショックを受けた。
正直、かなり重いと思う。それを伝えて、マナが受け入れてくれなかったら……と思うと、怖かった。だから伝えるべきではない、ずっとそう考えていた。
イオナは、マナをじっと見る。
マナの手に用意されていたのは、「龍覇爆炎」のデッキだった。
「じゃあ、今回はこれでいきましょうか」
そう言って、マナは音楽を再生した。リズミカルに、マナが刻む。
「Yo 今日は準備OK?イオナ、from オウギンガ無敵王剣ぶった切って行くぜYeah!」
わかるかイオナ、アンタとのデュエマはつまらねーと言った、でも期待してた。アンタは打てば響く人、そう信じていたから。私が勝つなんてわかってた。でもそこからどう足掻くか見たかった、それを楽しみにしてた。
でもそれがどうした?
アンタはリングにも上がらず諦めた、それじゃ握れないガイギンガ、何処かで見ているグレンアイラも呆れるでしょ、それがわかるか?
「ああ、悪かったよマナ。あの日は僕は逃げた」
でもショックだった、僕は傷心した小心者だから。でも今は違う。マナ、もう一度チャンスをくれないか? 何処かで見ているグレンアイラ、がいるかどうかは知らないけど。
僕はびっくりした、マナがマナでなくなったのかと思って。受け入れられなかった。だから腐った。
結果こうなった。
僕はどうすればいい? いまのマナを受けれればいい? 凄まじい解釈違い、僕は何もわかってない。
――ああ、そうかい、とマナは笑った。
『あれも私で、これも私。解釈違い? そんなの知らない』
『僕は苦しい、それもわかって欲しい』
『そのうち慣れますよ、イオナさん』
『マナ、それは無理だよ?』
『だから言った、イオナさんは弱い』
『うん、そうだよ』
――へぇ、とマナは再び笑った。
「イオナさん、これももう一つの私。構って欲しい、甘えて欲しい、逆にもっと頼っても欲しい」
これが多分、深層心理。私は少し、自暴自棄。溺れるアルコール、遠ざかる栄光、そこまで言って、どうするイオナ?
――イオナはそこで、考えてしまった。僕は、僕のことしか考えてなかったのか? 答えが、出ない。
「…………」
「イオナさんどうしました、それで終わりですか? 伝えたかったことって、そんなことなんですか?」
マナは急かす。
いや、違う。もう一歩先、そこに進まないと次はない。これで終わりになってしまう。
「マナ、僕は多分ちょっと重い、本当は絶対伝えたくない。でもここは戦略的ハートバーンで行く、ここで引いたら急ブレーキワックマンだから」
聞いてくれ、マナ。僕は怖い、僕の前から人がいなくなるのが。そんなことが、前にあった。心に大きな穴開いた。
だから怖い、誰かが前から消えるのが。今回マナも、そうなのかと思った。
多分、僕はかなり依存している。でもマナがいれば、きっと癒える。わかったこれからもっと頼る、だからマナ、僕の前からいなくならないでくれ。だって僕は――
――と、マナはそこで固まってしまった。
†
イオナのラップを聴いたマナは、バトルも忘れて口をポカンと開けたまま……その後、大笑いをした。
「マナ……?」
「いやぁ、いいですイオナさん。本当に、最高です。よく頑張りましたね。もう今日はイオナさんの勝ちでいいですよ、ホントに」
マナは笑いながら、二度ほど大きく頷いていた。
「ようやく言えましたね、イオナさん。偉い偉い」
「なんだよ、それ……」
このままだと結局マナの掌の上で遊ばれていた、ということになってしまう。
「イオナさんが重いことなんて、とっくに知ってますよ。だって小学生相手に嫉妬する人ですよ? 覚えてます?」
「…………」
そういえば、そんなこともあった。確かあれがヒストリー・デュエマの時だ。マナに直接、言った気がする。『僕を置いてミヤ(小学生6年生)と遊んでいるのが気に入らない』と。
普通に、弁解の余地もない。
デュエマでずっと勝ちを目指しているというのも、ある意味で勝ちを独占しないと気が済まない、ということなんだろうか? そこはまだ、自分の気持ちが整理できていないが……そうだとしたら、もう受け入れるしかない。
「でもイオナさんのそういうところまで含めて、まぁ私はそれでもいいですよ、って話です。『じゃあ、イオナさんのこと面倒みてやるか』くらいの覚悟はありますよ。安心してください。大地家の女は器が大きいんで、ふふふ……」
マナはやけに上機嫌にその場でクルクルと回ったり、踊ったりしていた。その手に握られていたのは、《闘将銀河城 ハートバーン》。
スラングとして、周到な計画から女性に想いを伝えることを「戦略的ハートバーン」などと言ったりする。
ただ今回のは明らかに、突発的なハートバーンだった気がする。
「イオナさん。魂のラップ、しかと受け取りました。これなら流石に、あの子も喜ぶんじゃあないですかぁ?」
「え? それって、どういう……」
「ではイオナさん。また会うときまで、ごきげんよう」
そう言った瞬間、目の前が真っ暗になり、イオナの意識もそこで途絶えてしまった。
†
イオナがふと目を覚ますと、電車の中にいた。
「ほらイオナさん、もうすぐ着きますよ。起きて下さい」
直後、電車の停車駅を告げるアナウンスがあった。どうやら、海ヶ崎駅に着くようだった。
「え、海ヶ崎? 何の用事で?」
「イオナさん、出かけるときにデュエマ以外の用事ってあるんですか? 普通に大会ですよ」
「あ、そうか……」
千代之台から電車で1時間ほどの場所が、海ヶ崎だ。仕事に行き交う人や学生で溢れる、活気のある街だ。
イオナは手を引かれ、電車を降りていく。
そこで、ふと気が付いた。
「あれ、マナ……?」
「え、どうしたんですか? そんなに珍しいですか?」
横にいるマナが、怪訝そうな様子でこちらを見ていた。
マナは薄水色のカーディガンを羽織っていた。
「マナが、マナの服を着てる……」
「イオナさん、寝ぼけ過ぎじゃないですか」
「マナ、ラップはどうしたの?」
「ラップ? なんのことですか? たぶん私にはかなり縁のなさそうな話題に聞こえますけど……」
イオナさん、今日は随分と寝ぼけてますね、とマナはクスクス笑っていた。
……あれは夢だったのだろうか。
だとしたら、不思議な体験だった。というか、滅茶苦茶恥ずかしい。どちらかというと、全力で夢であってほしい。
ともあれ。
もしあれが夢だったのなら、自分の気持ちはマナに伝わっているのだろうか。改めて、伝えるべきだろうか? でも、どうやって? なんて言う? 多分、いま口を開いても絶対にナンセンスなことしか言えない。「マナ、依存させてくれ」「マナ、僕の前から消えないでくれ」、どう聞いても最悪だ。
「……なるほど、ラップって便利なのかもしれないな」
「イオナさん、何の話してます?」
駅を降りると、空は明るく澄んでいた。
目の前には、大きなクリスマスツリーが設置されており、昼間にも関わらず装飾が光っていた。なるほど、世間はクリスマスらしい。帰り際には、ケーキも買おう。今回は幸い、ちゃんと財布にお金を入れてきた。
「会場は港の近くらしいです。ほらほら、行きましょ行きましょ」
「……マナ、なんか機嫌よくない?」
「そうですか? まぁ、そういう日もあるんじゃないですか?」
マナに手を引かれて、歩いて行く。霧笛の音が、微かに聞こえてきた。
この日、海ヶ崎の港に霧はかかっていなかった。
(アルティメット・デュエマラップ・バトル 完 次回へ続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!