By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
マナのおばあちゃんが出した課題、その”提出日”がやってきた。
彼女に案内され、イオナとマナは牧場の奥にある小屋へと通された。入ってみると、綺麗に掃除された机が中央に配置されていた。曰く、とっておきのデュエルスペースらしい。
イオナは昨日、ずっとマナとデッキの調整をしていた。
スローライフ・デュエマはそこまで大きなゲームの変化はない。ルールは至ってシンプル。クリーチャーのcip効果(いわゆる出た時の効果)が起動しないというものだ。《天災 デドダム》や《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》などで、生き急ぐ必要はない。
しかしそれ故にcip効果に頼らないクリーチャーで構成されたデッキは強い。例えば《我我我ガイアール・ブランド》であったり、《ヘブンズ・ゲート》+ブロッカーデッキであったり。
そして与えられた課題とは、火単のアグロにも光のブロッカーデッキにも自然のクリーチャーコンボデッキにも勝てるデッキを用意しろ、というものだった。
一応、用意はしたつもりだ。マナと二人で話し合って、それなりに結論は出した。
これまでよりは、随分とマシになった気はしている。おそらく。
「さて、始めるかね」
そう言って、最初にマナチャージされたのは《Dの光陣 ムルムル守神宮》だった。
つまり、光のブロッカーデッキということだろうか?
ところが2ターン目のプレイは、火単色チャージからの《奇石 ミクセル/ジャミング・チャフ》召喚だった。
「……デッキ、変わりました?」
「そういうこともある」
どうやら火単から少しチューニングされて、火光のデッキになったらしい。
……まぁ、事前にテスト範囲を配ったけど応用問題が出したくなっちゃった教師みたいなもんなのだろう。実は事前に聞いていたが、マナ曰くこういうこともまぁまぁやるらしい。
だがこちらは別に予定の変更がなかった。2ターン目、自然マナをチャージして《リツイーギョ #桜 #満開》を召喚する。
「ふーん、リツイーギョねぇ」
このスローライフ・デュエマは、クリーチャーはスローライフで一昔前のスペックになるものが多いが、その分展開力を使ってくるデッキが多かった。そこで、これらを防止する《リツイーギョ #桜 #満開》なり《DG-パルテノン ~龍の創り出される地~》で序盤を凌ぐ、というところからスタートする、という結論になったのである。
特に相手のクリーチャーでメタクリーチャーが退くケースは稀なので、基礎パワーの高いメタクリーチャーはそれだけで重宝する。なんと《”轟轟轟”ブランド》でも突破されない。
メタクリーチャー+呪文のブーストなりでゲームを組み立て、巨大なフィニッシャーでゲームを終わらせる。
それが今回マナと作ったデッキだった。
この呪文+クリーチャーのバランスは結構大事だった。例えば呪文過多のデッキはそれはそれで回すことができるが、そうしたデッキは大概の場合、1枚から莫大なアドバンテージを作る少数精鋭のクリーチャー(例えば《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》だったり、《龍風混成 ザーディクリカ》だったり)が存在することによって、成立している。呪文だけでは別に、アドを取ったり盤面の制圧をしたりは難しいのだ。
で、そうした精鋭クリーチャーたちは大概の場合cip効果で大暴れするカードなので、スローライフ・デュエマにはそぐわないのである。
しかしクリーチャーたちが旧世代であるのに対して、呪文は本当に令和の精鋭たち。これを使わない手はない。
だからこそ、このバランスを調整しながらデッキを作るのは難しかった。
というわけで、ここは手札にブーストカードを構えて、《リツイーギョ #桜 #満開》で盤面を作りつつ次の動きも確保してターンを終了した。
「なるほどね、ではこれはどうかな?」
だがここで召喚されたのは、《奇石 タスリク》だった。呪文を二つ重くするという、こちらのプランを瓦解してくるカードだった。
当たり前だが、普通に致命傷である。
「昨日の時点ではどのデッキにも入ってなかったと思うんですけど……」
「アンタは大会で当たった相手に、『そのカードは見たことないんですけど……』って言うんかい?」
いや、これとそれでは事情は違う気がするのだが、とはいえ始まった試合に何を言ってもしょうがない。イオナは1枚チャージしてターンを終了する。お互いに3マナ。シールドはまだ5枚ずつある。
続くターン、イオナの目の前に現れたのは2コストの《こたつむり》、そしてそのまま進化して《我我我ガイアール・ブランド》が登場する。全て手札を使い切っての動きだった。
そしてタスリクで1点刻みにくる。これが通ってしまうと、いよいよ我我我が動き出す。
かなり厳しい状況のイオナだったが、ここで《フェアリー・Re:ライフ》のG・ストライクが捲れたことで、なんとか打点を止めることができた。
返しのターン、拾った《フェアリー・Re:ライフ》をそのまま撃つと、《リツイーギョ #桜 #満開》で《奇石 タスリク》と相討ちにしてターンを終了した。向こうの手札がない以上、《リツイーギョ #桜 #満開》にそこまでもう役割がないからだ。
なんとか最初の攻勢は凌いだが、盤面には《我我我ガイアール・ブランド》と《奇石 ミクセル/ジャミング・チャフ》が残っている。
正直、辛い状況だ。
負けるのか、僕は? 嫌な雰囲気を、イオナの頭は否が応でも意識してしまう。
「苦しいかい?」
そうに決まっている。
「なるほど、まだ少し自信を失っているように見えるね。このまま何も引けなかったらどうしよう、って思ってる。別にまだ、負ける状況ではないはずなのに」
確かに、次のターンに負けることはそんなにない。
向こうはトップのカードをキープしたまま、我我我とミクセルが動いてきた。ここにトリガーはなく、イオナのシールドは残り1枚まで追い詰められる。
「一度グチャグチャになった心は戻らないけどね。それはそれをわかった上で、乗り越えなきゃダメなところだよ。マナの話を聞く限り、アンタは『デュエマが楽しくて仕方がない』『自分が最強に決まっている』と思っていたようだが、ちょっと足元がぐらついているね」
「…………」
「自分のメンタルが弱っているなら、弱っている自分をまず受け入れな。その上で、次にどうするかを考えなきゃいけない」
「……わかっては、いるんですよ」
イオナは息を吐いた。
チャージして6マナ、《MAX-Gジョラゴン》を召喚する。
出た時効果は起動しないが、進化クリーチャーなのでこのターンの攻撃が可能だ。《奇石 ミクセル/ジャミング・チャフ》を破壊して、ターンを終了する。
だが、だいぶ余力もできたと思ったつかの間。
召喚されたのは、なんと《ブランド-MAX》だった。
「デッキは信じた方がいい、若人よ。こういう風にね」
「……なるほど」
突如3打点が、バトルゾーンにある。Gジョラゴンがあるので、1回までは耐えてくれる。が、それでは足りてない。
どうやら、覚悟を決めなくてはいけないようだった。
「イオナさん、大丈夫ですよ」
試合を見ていたマナが、そう声をかけた。
「イオナさんはもう、嫌な思い出も苦しいデュエマも、払拭できているはずです。後はイオナさん自身が、それを信じるだけです」
「……そう、だね」
弱っているのも、ミスをした自分も、それもまた自分。自分であるからこそ受け入れるべきだし、ミスをしたのが自分だとしたら、それを取り返せるのも自分しかいない。
《我我我ガイアール・ブランド》の攻撃がやってきた。
イオナは覚悟を決めて、最後のシールドをみた。
「……ありがとう、マナ」
イオナが宣言したのは、かつて自身を苦しめた《テック団の波壊Go!》だった。イオナは採用を渋ったが、「火単にもヘブンズにも使える」ということで、最後に押して入れたカードだった。
《ブランド-MAX》、そして《我我我ガイアール・ブランド》の進化元であった《こたつむり》が手札へと帰っていく。
打点は止まったのだ。
そしてターン開始時。
《MAX-Gジョラゴン》の効果で《自然の四君子 ガイアハザード》をマナに置くと、ジョラゴンはガイアハザードの力を手にする。
あとは簡単だった。
イオナは8マナでバズレンダを用いて《【マニフェスト】チームウェイブを救いたい【聞け】》を唱えて、ブーストしながら《自然の四君子 ガイアハザード》の回収に成功。そしてGジョラゴンが進化元のいない《我我我ガイアール・ブランド》を破壊する。
返しのターン、《自然の四君子 ガイアハザード》と化したジョラゴンを突破する術はない。
そして次のターンには、《自然の四君子 ガイアハザード》が着地する。火光の速攻が、このカードを退かす手段はないのだ。
「ふむ、乗り越えたようだな」
マナのおばあちゃんはそう言うと、デッキの上に手に置いた。
†
牧場の手伝いを少しした後、結局二人は戻ることになった。
マナ曰く、おばあちゃんはイオナのことを結構気に入ったみたいで「なかなかやる」とのコメントをもらっていた。
帰り道、マナは再び車を運転していた。空港に向かって、夕方の高速道路を走っていく。
「それにしても、す~ぐ勝っちゃうんですね、イオナさんって」
「どういうこと?」
イオナは首を傾げた。
「いや、私の考えではですけど、もう少しここにいる予定だったんですよ。でもどうやら、デュエマがイオナさんを離してくれなかったみたいです」
マナは少し苦笑を浮かべて続けた
「せっかくならもう少しスローライフを送ってくれてもよかったんですよ? 全然そのつもりでしたし。でもイオナさん、私を置いていくようにドンドン強くなっていっちゃって。それじゃあ、全然追いつけないじゃないですか。ゆっくり足踏みしててくださいよ」
そう言って、わざとらしく頬を膨らませていた。本気ではないだろうが、これはマナなりのちょっと愚痴だった。
別にスルーしても構わない。
だからこそイオナは、誠意を持って応じる。
「いや、僕が強くなっているのだとしたら、それはマナのお陰だよ」
「そうですか?」
「もちろん。マナが一緒にデュエマしてくれるから、強くなれてると思う。僕は別にマナとそんなに差を感じてないしね。プレイヤーとして信頼しているし、応援もしてくれるのも嬉しいし、これからも一緒にデュエマして欲しいかな」
それを聴いたマナは、二秒ほど黙ってから口を開いた。
「……もしかして、口説いてます?」
「…………」
「ねぇ、イオナさん?」
「で、それよりさ」
イオナは慌てたように話を変えた。
「せっかくおばあちゃんの家まで来てのに、よかったの?」
「え、何がですか?」
「いや、ご両親も近くに住んでるんでしょ? せっかくなら顔出さなくてよかったのかな、と思って」
「あー……なるほど。なるほど。そうですか、そう来ましたか」
マナはクスリと笑った。
「つまりイオナさん。それはイオナさんが私の両親に挨拶をしたかった、という解釈で合ってますか?」
「…………」
流石に今度は、イオナに変える話題はなさそうだった。
「大丈夫ですよ、イオナさん。私は急かしませんから。イオナさんがその気になるまで、スローライフでいきましょう」
車は夕焼けに染まる大浦を走っていく。
右手に見える海が、夕日に照らされて紅く染まっていた。
(スローライフ・デュエマ 完 次回に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!