By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
マナに言われたとおり、イオナはスローライフを送っていた。
昨日は草原に寝っ転がりながら一日を過ごし、温泉に浸かった。そして今日は朝起きて散歩した後、マナのおばあちゃんが経営している牧場の手伝いをした。
ちなみにマナのおばあちゃんは、普通にいい人だった。どうやらそれなりに認めてもらえたらしく、マナ曰くお手伝いも評価してもらえているらしい。そんな成果もあってか、この後に乗馬を教わることにもなった。まさか車より先に馬に乗ることになるとは、イオナも思わなかった。
そしていまは、マナとデュエマをしている。
それはスローライフ・デュエマという、これまたのんびりとしたデュエマだった。
・クリーチャーまたはタマシードが出て能力がトリガーする時、かわりにその能力はトリガーしない。
要するに、お互いの場に常に《十番龍 オービーメイカー Par100》がいるような感じだ。
《天災 デドダム》や《切札勝太&カツキング ー熱血の物語ー》などでデッキを生き急がせない、引いたカードで戦うまさしくスローなライフを満喫するためのルールと言える。
「じゃあ《南風の貴公子ピュゼロ》でシールドブレイクしますね」
どうやら牧場に置いてあるカード自体もスローなものが多いようで、マナが子どもの頃に遊んでいたであろうやたら古いコモンやアンコモンのようなカードが使われていた。
ちなみに《南風の貴公子ピュゼロ》は第14弾の転生編のカード。《南風の奇行士ピュセン》というリメイクカードが超天篇で登場している。
お互いに特に能力も持たないようなクリーチャーを並べ合いながら、シールドに向かっていく。本当に子どもの頃に遊んでいたようなゲームを再現していた。
うん、これ自体は普通に楽しい。
普通に楽しい……のだが。
「どうですかイオナさん。スローライフ、満喫してます?」
「いや、うん……」
「え~、それはどっちですか?」
思わず戸惑ってしまった。
もちろん、こういう機会を設けてくれたマナには感謝している。だが、ふと頭を過ぎる。
(本当にこれでいいのだろうか……?)
何というか、物足りなさがあった。
そしてもう一つ大きかったのが、イオナの中に危機感が芽生え始めているということだった。
(そういればかれこれ、3日もちゃんとデュエマをしてないな……)
もちろんいまやっているのは紛れもなくデュエマであるのだが……。それはそれとして、デッキを考えているわけでもないし、難しいプレイをしているわけでもない。
なんというか、真剣勝負をしていないのだ。
振り返ればここ3~4年、3日もデュエマから離れたことなどなかった。紅クルミからデュエマを教わっていたときもそうだったし、大学受験期は普通にデュエマしてたし、大学に入ってからもだったし、そしてマナと出会ってからもそうだった。
もはや呼吸をするようにデュエマを、それもかなり真剣にプレイしていた。
(マナに申し訳ないな……)
イオナはふと思う。
もし自分が不調だとして、それをマナが慰めてくれようとしているのだとして。マナが考えたことが、「一旦競技的なデュエマから離れさせること」だとして。
それはかなりマナに気を遣わせているようで嫌だった。
しかも厄介なことに、『気を遣わせているから嫌』という感情をイオナが持つことも、マナは嫌がりそうなのだ。なんというか、マナはそういう人なのだ。マナとしては、自分の好意に精一杯甘えて欲しいはずなのだ。
でも一度この考えになってしまうと、わかっていても甘えることはできなくなってしまう。となるとこれはもう、ただ面倒な悪循環になりかねない。
しかし一つ、その悪循環を突破する方法はある。
もう充分、時間はもらったのだ。お膳立てもしてもらった。マナには既に感謝しかない。
「…………」
「どうしました、イオナさん?」
「いや、ごめんなんでもない。とりあえず、これで一回ラストにしない?」
「了解です」
いま自分が抱える問題を解決すること。それがもっともわかりやすい方法だった。
†
イオナは、マナのおばあちゃんのところを訪ねた。一応、乗馬を教えてもらうことにはなっていた。
が、目的はそれではない。
やって来たイオナの様子を見て、彼女も言う。
「馬に乗りたい、というわけではなさそうだね」
「マナから話を聞いています。デュエマも相当お強いと。いまの自分を鍛え直してもらうことはできますか?」
「なるほど、”そっち”の方を選んだか。その気になったかい、と言っておくよ」
「”そっち”……?」
「それはマナに聞くことだね。一つ言っておくと、私は厳しいよ」
「それは、望むところです」
彼女はデッキを取り出して、イオナへと渡した。
もちろん《南風の貴公子ピュゼロ》のようなカードが入ったデッキではなかった。デッキを確認してみると、《天風のゲイル・ヴェスパー》を使ったデッキだった。
このデッキは低コストのパワー12000ラインのクリーチャーを展開して、《ジーク・ナハトファルター》+《天風のゲイル・ヴェスパー》のコンボで大量展開して何らかのフィニッシャーで勝つ、というデッキである。
ただ、《ジーク・ナハトファルター》は今回採用されていないようだった。スローライフ・デュエマでは効果を発揮出来ないからだろう。その代わり《トレジャー・マップ》などのサーチカードが採用されており、コスト軽減から《古代楽園モアイランド》などの超強力なカードへとアクセスできるようになっている。
「スローライフ・デュエマとは言うけど、このルールはマナにデュエマの基礎基本を教えるために考えたルールでね。もちろん、その気になれば色々デッキを作ることも可能だよ」
そう言って、彼女はシールドを展開した。デュエルを始めるつもりらしい。
イオナも受け取ったデッキをシャッフルして、準備をした。
やがてゲームは始まったが、彼女は立ち上がり早々に1マナから《凶戦士ブレイズ・クロー》を召喚した。マジレスの火単らしい。
イオナは《デデカブラ》を召喚したが、2コストで《カンゴク入道》まで召喚され、火単の攻勢が始まる。
見えてしまった。もう負けはほぼ確定である。
くだらない、そう思ってしまった。
「……そのデッキ、強くないですか? 何に負けるんです?」
よくないと思いつつも、そんな言葉が出てしまう。
「……最後までやるよ」
イオナも《ジャンボ・ラパダイス》で手札を補充していくが、このデッキは構造的にアグロに弱い。その弱いというのもやや弱いという話ではなく、致命的に弱い。
3ターン目には《ボルシャック・フォース・ドラゴン》が設置されると、4ターン目には当然のように過剰打点が並び、結局そのまま粉砕されてしまった。
……厳しいと言ったが、もしかして不利対面と対戦し続けるのだろうか?
「いや、そうじゃないよ」
彼女はもう一つ、デッキをイオナに渡すと意図を説明した。
「それは《ヘブンズ・ゲート》を使った光単のデッキでね」
「あー……」
なんとなく、意図は察した。火単はゲイルに強いが、光単に弱い。そして光単はゲイルに弱い。ジャンケンみたいな相性になっている。
つまり一見、最強のデッキは存在しない。
「デッキは3つある。私はどれを使うかはわからない。これら全てに勝てるデッキを用意してきなさい」
「……なるほど」
与えられた課題はシンプルではあるが、それゆえに厄介なものだった。
†
イオナは草原の上に寝転がっていた。
少し肌寒さはあるがよく晴れており、日差しのあるところは温かい。全体的に過ごしやすい気温だった。
「全部に勝てるデッキ、かぁ……」
漠然とした話である。
全体的に靄がかかっているようで、くっきりとしない。アプローチの方法も、ぼんやりとしていた。
一応、既存の3デッキについて考えてみる。そもそもこの中に答えがないか。
デッキパワーで言えば火単の速攻は頭抜けて強いと思う。《ボルシャック・フォース・ドラゴン》や《”罰怒”ブランド》、《我我我ガイアール・ブランド》なども無理なく使えて、最強の手札補充である《カンゴク入道》すら許されているのだ。
せいぜい使えないのは《斬斬人形コダマンマ GS》くらい。
だから大抵のデッキは、おそらくこのデッキで勝ててしまう。火単に勝てるのは最低条件なのだ。
その点《天風のゲイル・ヴェスパー》系を始めとした、置物によるコンボデッキは条件を満たしていない。置物を設置している間にボコボコにやられる。
ただし光系のデッキで《ヘブンズ・ゲート》だとか《Dの光陣 ムルムル守神宮》だとかを入れたデッキに関していえば、火単を倒すことができるだろう。このルールは呪文もフィールド系も制限がないので、クリーチャー以外のトリガーは使いたい放題なのだ。
もちろん踏み倒したクリーチャーは登場時効果を使えないものの、流石に光のブロッカーの選択肢は無数にあるため問題ないだろう。G・ストライクや《護天!銀河MAX》なんて切り札もある。
《煌ノ裁徒 ダイヤモン星》あたりを入れた光のデッキは、本当に火単には強そうだ。これは一見、答えっぽく見える。
が、これらのデッキは今度は置物によるコンボデッキに弱いのだ。マナのおばあちゃんがわざわざ《天風のゲイル・ヴェスパー》をイオナに渡した理由は、おそらくそれを気付かせるためだろう。
やはりどう考えても、この三者は答えには見えない。もちろん火単ならジャンケンに勝って何も踏まなければ勝つには勝つが、「全てに勝てるデッキを用意しろ」という課題をクリアしているようには見えない。
一瞬《Dの光陣 ムルムル守神宮》を使ったゲイル系のデッキも思い付いたが、《Dの牢閣 メメント守神宮》ならともかく《Dの光陣 ムルムル守神宮》では火単の攻撃は止められないだろう。
つまり既存のデッキやそれらを組み合わせたものから回答を導けということではないらしい。
なんか別のアプローチがいる、別のアプローチが……。
「あ、イオナさんこんなところにいたんですか」
ふと顔を上げると、そこにはマナがいた。
「てっきり乗馬の練習をしてるものかと思ってましたけど、もうダウンしたんですか?」
「いや、馬には乗ってないよ。マナのおばあちゃんとはデュエマをした」
「あーーー……”そっち”でしたか」
イオナは事の顛末をマナに話していた。マナは相槌を打ちながら聴いていた。
「だからたぶん、同じ土俵で戦おうとするとどれかに負けるんだよな。違うアプローチを考えないと……」
やはり明快な回答は、思い至らない。
「それはつまり、それらに対して共通のメタカードとかを探す、みたいな感じです?」
「共通のメタカードなぁ……」
実はどれもこれも、順当に手からクリーチャーをコストを払って出すデッキだったりする。スローライフ・デュエマは、不正してもそんなに強くないのだ。
「となるとなんでしょうね。例えば……実は共通して使われているギミックを探して対策するとか?」
「共通して使われるギミック……」
「あとイオナさんが前に教えてくれたと思うんですけど、『環境デッキの本質』を理解することは大事だよ、って」
「本質、か……」
その言葉が、イオナの引き出しのどこかに引っかかった。
いや、待てよ? いまマナが言った本質的な部分に着目すると……。
どれもこれも確かに展開してどうこうするデッキで……。
「マナ、それだよ」
「え? イオナさん?」
だとしたら、こういう軸にしながら戦えば全てのデッキに勝ちうるのでは……? それから新しいギミックも使えるし、あと他にも……。
頭の中で、突然何かが弾けたように、次々と案が浮かんでくる。
試したい。絶対強いはず。そして、楽しいはず。
「マナ、ちょっと試したいことがいくつかあるから手伝ってくれないか?」
「あー……やっぱりそうですよね、そうなりますよね」
「何のこと?」
「いえ。なんでもないです。お誘いはもちろん、喜んで受けます」
マナは笑顔で応じてくれた。
†
気付けば、空には星が浮かんでいた。
まるでプラネタリウムのような、満天の星空がそこにはあった。
「まぁ、なんとかなった、かな……?」
「もっと自信を持って下さいよ」
結局この時間まで、ずっとデュエマをしていた。暗くなってからは明かりをつけて、デュエマを続けた。
結果、試行錯誤の時間は長かったものの、ひとまずデッキにはなった。
「スローライフって言ったのに。結局根詰めちゃってるじゃないですか。ホントにイオナさんは……」
「いや、本当に助かった。ありがとう」
「いえいえ」
そういえば、とイオナは一つ思い出した。
「マナのおばあちゃんも言ってたんだけど、”そっち”とか”それはそうなるよね”とか言ってたアレ、どういう意味?」
「あー、そのことですか」
マナは明かりを手に持つと、それを少しばかり暗くした。
「イオナさんがちょっとダメージ負っているのはわかってて。だからここに連れてきて、一旦真剣勝負的なデュエマから距離を置かせよう、って思ったんです。で、問題はその後なんですよ」
「というと?」
「イオナさんがスローライフを気に入ってのんびり過ごすことを選ぶなら、別に私はそれでもいいかな、と。デュエマの真剣勝負に戻っていくなら、それももちろんよし、ということです」
「あー、それで”そっち”ということなのね」
つまりマナは最初から二択をイオナに用意していて、あとはイオナ自身がどっちを選ぶかという話だった。
で、ちゃんと”そっち”を選んだわけだ。
「まぁ、一度勝負の世界に身を投じた人間だから……。どうせこうなるってマナもわかってたでしょ?」
「そうですね。イオナさんのことですし」
「ちなみにマナは、どっちを選んで欲しかったの?」
「いや、それは答えませんよ? イオナさんの決断を尊重したいですし、かといって嘘っぽくなってしまっても嫌なので」
「わかった、ごめん。それは悪かった」
「いや、そこはお気になさらず」
イオナは草原に寝転がって、空を見上げた。
本当に見たことないような、綺麗な星空だった。イオナの地元でも、こんなにくっきりと星は見えない。
「とりあえずデッキもできたし、ある程度道も見えた気がする。対戦ももちろん、全力で勝つ」
「ええ、頑張ってくださいね。おばあちゃん強いですけど」
「ありがとうマナ。やっぱり最後は、マナがいてくれて、だよなぁ……」
「そう、ですか?」
マナは明かりを近づけた。イオナの顔が、照らし出される。
見ると、イオナは目を閉じて今にも眠り世界へと入っていきそうだった。
「風邪引きますよ~イオナさ~ん」
イオナにとってもマナにとっても、この日は特に思い出深いものになった。
(スローライフ・デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!