異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」 16-1 ~スローライフ・デュエマ 上~

By 神結

・これまでの『異世界転生宣言 デュエルマスターズ「覇」』

 森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。

 ある日大会に向かっていたところ、イオナはトラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
 目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常だった。

 だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
 あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。

「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」

 それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。

 これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。

 この日の朝、森燃イオナが目を覚ますと、彼の目の前には大地マナの姿があった。
 薄い水色のロングスカートに白いブラウス。マナが淡色系の色合いの服装を好んでいるのは、イオナもよく知るところだ。

「あ、おはようございます、イオナさん」

 マナはそう言う傍らで、外出用の荷物を忙しそうにまとめているようだった。その荷物というのも「ちょっとそこまで」といった類いではなく、比較的大きめなキャリーケースが用意されている。

 イオナは一度、周囲を見渡した。そこにあるのは、よく見慣れた景色であった。
 そしてどうやら自分が寝ぼけてないことを理解すると、改めてマナに告げたのだった。

「うん、何かおかしくないか?」

 はて、とマナはわざとらしく首を傾げていた。

 一旦、状況を整理しておきたい。

 まず場所の話をしておくと、ここはイオナの家であった。つまり昨日の夜にイオナは家で就寝し、そして朝になって目が覚めたというわけである。ここまでは、おかしなところはない。

 だがどういうわけか、目の前にマナがいるとなると話が変わる。どうやって入ってきたかは一旦置いておくにしても、朝から何の用件だ、とはなるわけだ。いや、「はて?」ではない。

 ついでにもう一つ付け加えておくと、マナがまとめているキャリーケースはなんとご丁寧に二つあったのだ。一つがマナの分であるのはまぁ、まだギリギリ理解できる。じゃあもう一つのキャリーケースは誰の分かとなると……そういうことになる。あってはならないはずの荷物が、そこにまとめられている。

 嫌な予感、という段階はとうに通り過ぎてしまった。もう何か起こるのは確定していて、それに従うか、一応抗ってみるか、の二択がこれから提示されることになるのだろう。

 ちなみに当のマナはというと、先のイオナの質問に答える気はなさそうで、時計を確認しながら準備を続けていた。

「イオナさん、おいおい出発するんで。イオナさんも早めに準備済ませちゃってくださいね」

 あぁやっぱり何か起こるんだ、とイオナは確認したところで、一応ではあるが当然の質問をぶつけてみる。

「いや、出発って、何処へ? 何の用で?」
「え、そんなの空港に決まってるじゃないですか。飛行機に乗るためですよ」

 新情報である。どうやら行き先は空港らしい。
 しかし質問には答えてもらったものの、核心的な部分は何も判明していない。いやほいクイズのようにイラストが判明した格好で、カード名は何もわかっていない。

「ほら、イオナさん。チェックインは余裕を持って、が基本ですよ?」

 結局マナに急かされて出かける準備を済ませ、そして何故かマナが用意していたキャリーケースを引っ張り、そして何故か何故か言われるがままに電車に乗り、何故か何故か何故か空港まで辿り着いた、というのが今だ。

 イオナは道中で何度か質問したものの、全てことごとくはぐらかされてしまった。新カード情報は何もなかったわけである。

「はい、イオナさんの航空券です」

 チェックインを済ませたマナから、チケットが手渡される。どうやら今日のマナは、このままかなり強引な手法で、イオナを巻き込むつもりらしい。

 イオナはチケットを確認した。そこには「大浦空港行き」と書かれている。知っている土地ではないが、耳に残っている名前ではあった。

 そしてそこで、ふと気付いた。

「マナ、大浦空港ってもしかして……」
「じゃあ、そろそろ行きましょうかイオナさん」
「うん。そろそろって言うならさ、マナもそろそろ説明してくれないか?」
「まぁまぁ。来ればわかりますから」

 そう言って、マナはかなり強引にイオナの手を引いていく。

 結局イオナは何も説明を受けないまま、大空へと旅立つことになってしまった。

          †

 大浦は九州の中でも西の方にある場所で、中心部から西に行けば海があり、東に行けば山もあるという土地だ。

 そして何よりここは、マナの地元でもある。

「なんだかんだで高校以来帰ってなかったので、2年ぶりくらいなんですよねぇ」

 空港で借りたレンタカーで、高速を飛ばしていた。
 ちなみに運転しているのはマナだ。イオナは当然、車の運転などできるはずもない。

「でもマナが車の運転できるのって意外だな……」
「そうですか?」
「いや、なんというか……」

 マナは特に変わらず、淡い水色のロングスカートに白いブラウスだ。
 言うならば、かなりお嬢様然として見える。それが車を運転し、なおかつ高速を飛ばしているという事実に、イオナとしてはなんとなくギャップを感じるのである。

 それを言うと、マナは軽く笑った。

「田舎の必須技能なんですよ。別に、育ちがどうこうというよりかは、実利です。親にも取れって言われましたし」
「あー……なるほどね」
「免許証ってだいたいデドダムみたいなもんなんで。イオナさんも持ってると楽ですよ」

 身分証としてこれ以上ないくらいに便利というのはイオナも知っているところなので、例えとしてはわからなくはない。
 それとは別に、少し疑問もある。

「でもマナって免許取ったのって大学入って実家離れてからだよね? いつ運転の練習とかしたの?」
「あー、そのことですか。免許証って公道を走るときに必要な資格なんですよ。公道に面してない私有地とかを走る分には不要なんですよねぇ」
「え、あ、そうなんだ……」

 何か凄いことを言われたような気がしたが、イオナは何も突っ込まないでおいた。
 車は高速を進んでいく。左を見ると海、右を見ると山。あまり慣れない景色であった。

「で、それよりさ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな」
「何のことです?」
「いや、僕がどこに連れて行かれようとしているのかとか、そもそも何の目的があってこうなってるのかとか……」
「あー……そのことですか」

 今更ですか、みたいなテンションである。
 まるで物わかりの悪い人みたいなことにされているが、イオナは一旦黙っておいた。

「まぁ、私としては改めて言うまでもないんですけど」

 マナは軽くハンドルを握ったまま、一息吐く。

「イオナさん、ここ最近なんかずっと辛そうな顔をしていたじゃないですか」
「…………バレてる?」
「バレバレ。逆に私がわからないと思ったんですか?」

 マナはやや抗議の声音だった。マナがここまで何も話してくれない理由の一端を垣間見たような気がした。意趣返しなのかもしれない。
 そして、マナの指摘は事実である。
 大怪獣デュエマの殺伐とした世界、そして続けてやってきた帝王の存在と提案、その部下……。イオナにとって明るい話題は、ほぼなかった。その中で、ショッキングな出来事も多かった。

「悩んでたり苦労してるのはしょうがないにしても、それが何かデュエマのプレイにも影響しているように見えて。イオナさん、なんか調子悪くないですか?」
「…………」

 こちらも、否定はできなかった。

 不死鳥デュエマで帝王の手下だという水無月と対戦したとき、本当に初歩的なトリガーケアができなくて負けそうになった。なんなら、勝負には負けていた。たまたまこっちもトリガーを踏ませて勝っただけだ。

 仮にあれがプレイの問題でなく、相手のトリガーがケアができないデッキ・構築だったのだとしたら、そもそもデッキ選びや構築に問題があるということになる。つまり、練習が足りてないし、何も詰めきれていない。なんとなくデッキを選び、なんとなくプレイしただけだった。

 これまでのデュエマにおいて、イオナは一応の結論を出して勝負に挑んでいた。しかし、不死鳥デュエマはそうではなかった。
 そうした過去の経験を踏まえると、今のイオナの取り組み方は中途半端だと、マナの目に映ったのだろう。それが『調子が悪い』というゆえんである。

 ではどうしてそうした不調に陥っているかと言えば、その原因はイオナでもよくわかっていなかった。自分のモチベーションが上手く保てなかったから、としか説明ができないのだ。取り組みの量も質も落ちれば、結果的に実力も低下する。

 もう一歩踏み込んで、では何故モチベーションが保てていないのかと言えば……それがわからないのである。

「で、イオナさんがどうして調子が悪いのか、考えたんですよ」

 マナがこちらの思考過程を見透かしたかのように、続けた。

「イオナさん、多分ストレスですよ。過度なストレス」
「……まぁ」

 否定はできない。

「そこで、です。何もかもが忙しい都会の喧騒を離れて、田舎にどっぷり浸かって、のんびりリラックスしてストレスを解消してもらおう、と思いまして」
「なるほどね」

 出発前にこの話をされたら抵抗したかもしれないが、いま聞かされると妙に腑に落ちるものがあった。

「ごめん、マナに相当気を遣わせてたみたいで」
「あー、そういうところですよ、イオナさん。ネガティブ思考になってます。別に謝って欲しいわけでないですし、お礼とかもいまは要らないです、いまは」

 マナはややアクセルを緩めて車線を移動した。やがてそのまま、高速を降りていく。

「というわけでイオナさんには、何かのキッカケが必要かなと思いまして。一回“スローライフ”でも謳歌したらどうでしょう、という私からの提案です」
「すろーらいふ?」

 イオナはスマホを取り出して調べようとしたが、残念ながら電波状況が不安定だった。

「まぁ簡単に言えば、ゆっくり心豊かに過ごしましょう、という感じです。あ、高速降りたんでもうすぐ着きますよ」

 イオナが左右を見ると、すっかり自然に囲まれていた。

「これ、結局どこに向かってるの?」
私のおばあちゃんの家ですよ」

 やがて少し行くと、マナは車を止めた。
 そこにあったのは、草原の広がる牧場だった。入り口の看板には『大浦バーンメア牧場』と書かれている。

「……ここ?」
「そうです。実はおばあちゃんは牧場の経営をしてまして。私も小さい頃よく遊びに来てたんですよ。あ、ちなみにおばあちゃんはデュエマもすんごい強いです。『1000年生きてる魔女』とか『最強最速』とか『大浦のクイーン・アマテラス』とかの異名があります」
「異名はそんなに要らないだろ、いっぱい……」

 その時、遠くから馬の嘶きが聞こえてきた。擬音で言うところの、ヒヒーンというアレである。

「あ、来ましたよ」
「え、何が? 馬?」
「いや、おばあちゃんですね」

 するとしばらくして、小さな地響きが起こった。そしてそれに付随して、蹄が地面を叩く時の音も聞こえてくる。

 見ると、一頭の馬がこちらに向かって駆けていた。そしてそれを操る人も見えた。

 やがて猛然と走っていた馬は、速度を落として二人の前に止まる。
 乗っていたのは、確かに老齢の女性だった。

「おばあちゃん久しぶり! あっ、紹介しますよイオナさん。こちらが私のおばあちゃんです」

 ……いや、これは魔女とかクイーンアマテラスとかじゃなくて、武将が正しいのでは?
 馬を操る姿、そして本人から発せられるオーラは、もはや武人のそれだった。たぶん、一人で城とか守ったことがあるに違いない。少なくともアマテラスというより《奇兵の超人》とか、そっちの方が相応しい呼び名な気がする。

▲「神化編 第1弾」収録、《奇兵の超人》

「はじめまして、森燃イオナと言います」

 イオナは挨拶をした。
 すると彼女はじっとイオナを見定めてようとしているのか、数秒間イオナを見渡したあとに、二度三度頷く。

「マナから話は聞いてるよ。好きにしていきな」
「あ、ありがとうございます」

 やがてそのまま、馬を引いて戻っていった。

「……なんか凄い人だということはわかったわ」
「まぁ大浦のクイーン・アルカディアスですからね」
「クイーン・アマテラスじゃなかった?」
「そうでしたっけ? まぁそれはともかく、イオナさん。ここは本当に自由です。牧場は広いですし、動物と触れ合えますし、近くに温泉もあります。ゆっくり心身を休めて、スローライフを楽しんでください」
「ありがとう、マナ」
「あともう一つ、ここはスローライフ生活の世界なんで。牧場の中ではクリーチャーのcip効果は一切発動しません

<スローライフ・デュエマ ルール解説>

・クリーチャーまたはタマシードが出て能力がトリガーする時、かわりにその能力はトリガーしない。

 ……なるほど、ちょっとゲーム感の難しいデュエマだな、とイオナは思った。

 つまり、互いのバトルゾーンに《十番龍 オービーメイカー Par100》や《界王類絶対目 ワルド・ブラッキオ》が建っている、ということになる。

 だとしたら、永続効果を持つシステムクリーチャーが強い環境になるのか、あるいは……。

「イオナさん、いま難しい環境の話とか考えてますね? そんな難しいことは置いておいて。とにかくいまはスローライフを楽しんでください」
「え、あ、うん」
「じゃあ行きましょう、イオナさん。念願のスローライフです」

 こうしてイオナのスローライフが始まった。

          †

 マナはイオナを案内しながら、思考を巡らせていた。
 全て”用意”はした。あとは、イオナが何を選ぶか。

「まぁどれを選んでも、イオナさんは……」

 マナはどこか嬉しそうに、スマホを指の上でクルクルと回していた。

(スローライフ・デュエマ 中 に続く)

神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemon

フリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。

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