By 神結
森燃イオナは、デュエル・マスターズの競技プレイヤーである。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまった。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色の日常に帰ってきていた。
だが大会へ向かうと、そこで行われていたデュエマはイオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった!
あるときはテキストが20倍になったり、またあるときは古いカードほどコストが軽減されたり、またまたあるときはディベートによって勝負をすることもあったり……。
「まぁ、デュエマができるなら何でもいいか」
それはホントにデュエマなのか? というのはさておき。
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
「なるほど。君たちの意見はわかった。今が頃合いだ、そう言うんだな」
玉座の王はそう投げかけ、対して『君たち』と呼ばれた”臣下”らは、その問いに頷く。
「ふうん、頃合いねぇ……」
王はそう言って、少し笑ってみせた。
「どうやら、珍しく君たちと意見が合ったな」
臣下たちからは、安堵の声が漏れた。
王は玉座に肘をつき、臣下たちを一瞥してこう続ける。
「今の彼は異世界に、そして具現化現象を起こしたクリーチャーたちに対して少しの疑問や嫌悪感、そしてトラウマを覚えている。心を揺するなら今、そう言いたいわけだろう?」
臣下たちは、やはりそれに頷いた。
それでいい、と王は言う。
「決して万全の準備ができたわけではないが、それはいいだろう。孫子の兵法にも『兵は拙速を尊ぶ』と書かれて……はいないが」
王は満足そうに頷いていた。
「では始めようじゃないか。世の理を、我らが手に」
不死鳥は、炎の中より蘇る。
そして君臨すべき王もまた、深淵より舞い戻る。
†
イオナがふと目を覚ますと、今回は駅前の広場にいた。どうやら、ベンチで佇んでいるところだったようだ。
もちろん、ベンチでのんびりしていたという記憶はない。つまりはまた、気付くと異世界に飛ばされたということであろう。この感覚は他人に説明ができないが、イオナの中では何となくわかるようになってきた。
顔を上げると、千代之台駅の入り口が見える。夕暮れ時だからだろう、行き交う人の数は多かった。
「良かった……」
イオナは思わずそんな言葉を漏らした。
脳裏にはほぼ反射的に、この前見てしまったあの廃墟たちが浮かんでしまっていた。無人の千代之台と、そこに蠢く異形。
正直、思い出したくもない。
どうやらイオナの中には、それなりにダメージが残っているらしい。
(嫌な話だなぁ)
クリーチャーの具現化について、元々イオナはそこまで否定的ではなかった。
グルメ・デュエマもある意味では具現化そのものであったし、《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》のお陰で記憶を取り戻せた(これはあくまで一説に過ぎないが)といったこともあった。
しかし大怪獣が跋扈するあの世界を見てしまうと、あの現象には眉をひそめざるをえなかった。”幸いなことに”いまいるこの世界はそうなっていないが、クリーチャーの具現化というのはあらゆる世界を異形が蠢く世界に変えてしまう危険性を孕んでいるというわけである。
もしかしたら、救えなくなった世界も既にあるかもしれない。
(あまりいい気分ではないけど)
まぁ、それは考えても仕方のないことだ。そういった世界に飛ばされないことを、祈るしかない。
「……デュエマ、するか」
イオナはベンチを立つ。目指す場所は一つしかない。いつものカードショップだ。
駅から徒歩でだいたい7分くらいの場所に、ショップはある。
しかし、とイオナは思う。徒歩7分が遠すぎずかといって近くもない絶妙な場所にあるとか、そういう話がしたいわけではない。
「デュエル・マスターズ、お前だけは……」
味方であってくれよな、と思う。現状、自分が絶対の信を置けるのが、デュエマとマナしかない。
デュエマはいい。デュエマをしていれば、それで満足ができる。他のことを考える必要もない。
なぜ自分が異世界を飛び回っているのか。どうして行く先行く先で異なるデュエマをすることになっているのか。そもそも異世界とはどういったものなのか。そして時に別世界では、どうしてクリーチャーたちが具現化するのか。本来であれば疑問は尽きない。
本当はそんなことなど考えて生活したくはない。素直にデュエマだけさせてくれ、というのがイオナの偽らざる本音だった。
……もちろん、イオナ自身もこれらの問題について考えたことがないわけではない。
自分が異なる世界を飛び回っているのは、何者かの意図ではないか――誰かの手によって、異世界に次々と、何らかの目的を持って飛ばしているのではないか、と思ってはいる。おそらく、何らかの目的はあるのだ。
そうイオナが考えているのには、もちろん理由があった。
「『飛ばされるタイミング』が絶妙なんだよな」
なぜか毎回、「その世界のデュエマをある程度理解して、対戦や大会での勝利の後に、飛ばされる」という特徴があった。
もしランダムに目的もなく異世界を飛び回っているのなら、「いよいよターボ・デュエマでハンバーガー侍と決着をつけるぞ」っていう対決の前日や前々日に別の異世界へ飛ばされてもおかしくない。
しかし現状、そういったことはない。毎回、決着がついたり何かしらの問題が解決するまでは絶対その世界に留まっている。これは偶然ではないはずだ。
厄介な話だし、迷惑な話だともイオナは思う。自分の知らないところで、誰かの何かしらの目的のために飛ばされているなら、さっさと自分の前に現れて説明をして欲しい。
デュエマは面白い。異なるルールで遊ぶのも、楽しい。自分としても、「デュエマができればなんでもいいや」と思っている部分がある。だがもちろん、ストレスを感じないわけではなかった。普通のデュエマを恋しくも思う。
もっとも、異なるルールを遊んだり構築を考えているうちに、デュエマの実力はともかくカードゲーマーとしてのスキルは上がっているような気がする。もし将来的にカードゲームを作るような仕事をするならば……それは生きてくるかもしれない。まぁ、あるとしても相当未来のことにはなるだろう。
それが今すぐに嬉しいわけではない。
「うーん、なんかネガティブなことばかり考えてしまうな」
やはりメンタルにダメージを負っているのかもしれない。考え過ぎない方がいいか。
そんなことを考えているうちに、ショップへと到着する。
入り口の戸を開けると、そこには見慣れた光景があった。
大地マナ。やはり彼女は、ここにいた。デュエマと同じく、信の置ける存在である。
もっとも、マナについてもいくつか気になることはあった。例えば……。
いや、やめよう。
それらについては、イオナはできるだけ考えないようにしている。触れないことがマナにとって、何より自分にとって一番平穏で、かけがえのないものを失わない方法な気がしてならないのだ。
マナのテーブルの周囲には、子どもたちが集まっていた。おそらくマナは、彼らにデュエマを教えていた、というより一緒に遊んでいたのだろう。
「あ、イオナさん。こっちです~」
こちらに気が付いたマナが、手を振っていた。
このいつもの光景、当たり前の光景が恒久的に続いてくれれば。そして大会で、強いプレイヤーたちと気分が高揚する熱いデュエマができれば。
イオナはマナに応じると、席の方へと駆け寄っていった。
†
マナが用意していたデッキを受け取ると、その中身を確認した。
「赤単じゃん」
「そうですよ」
どうやら、《我我我ガイアール・ブランド》などが入った一般的な火単のデッキのようだった。これなら特に問題もなく回せる。
「ちなみに使いたいデッキあるんですけど、いいですか? 覇道なんですけど」
「《流星のガイアッシュ・カイザー》とか入ってるやつ?」
「いや、赤青です」
一昔前のデッキである。
別にこの対面に深いわけではないが、両デッキの知識は相応にあるつもりなので、問題ないだろう。
ゲームは、イオナの先攻だった。
こちらは1マナ、2マナでクリーチャーを召喚して1点刻んでおく。《終末の時計 ザ・クロック》がある手前、溜めて殴りにいくのは裏目が大きい。クロックは先に踏んでしまった方がいいのだ。
ところがマナはというと、2マナのクリーチャーは引いていなかったらしい。おそらく《”必駆”蛮触礼亞》+《勝利龍装 クラッシュ”覇道”》は持っているだろうが、このセットだけではまだ殴りきられないと考えると、これは大きい。
イオナは《我我我ガイアール・ブランド》を出して、シールドに攻撃していく。
が、これは1点目で《終末の時計 ザ・クロック》を踏んでしまった。
「いやぁ、危なかったですね」
マナはそう言ったが、逆に1点ならまだいい。
最後に踏んで覇道2セットとか抱えられると即負けである。
だがマナはというと、一切お構いなく《”必駆”蛮触礼亞》からの《勝利龍装 クラッシュ”覇道”》を繰り出してきた。
いや確かにギリギリ覇道2セット足りる手札ではあるが……。
「これで勝ちですね」
「そうなの? 覇道の2枚目ある?」
「いや、ないですけど?」
覇道の2点に《斬斬人形コダマンマ GS》のG・ストライクを合わせてクロックを止めると、イオナは残るシールドは3枚になる。
これなら全然耐えているように見えるが……。
「じゃあターン終了ですね。終了時に覇道を破壊して追加ターン、『不死鳥』効果で覇道を墓地から蘇生します」
「待って」
なんかおかしな単語が複数あった。
「どうしました?」
「何、いつからフレアで出した覇道って墓地から蘇生するようになったの?」
「いや、別にフレアの効果というかルールですけどね」
「ルール……?」
「イオナさん、『不死鳥デュエマ』のルールを知らない感じですか?」
・各ターンの終了後、そのターンに破壊されたクリーチャーを墓地からバトルゾーンに出す。
なるほど、今度はそうきたか。
覇道は2度目の追加ターンこそ取れないけど、まるで《勝利宣言 鬼丸「覇」》が殴ったかのように打点を残しながら追加ターンを取れる、ということらしい。
「え、じゃあ負けじゃん」
「だからそう言ったじゃないですか」
マナが追加で《ブランド-MAX》を召喚。
……覇道の2点から殴ると、どうG・ストライクを当てても負けてしまう。《ブランド-MAX》を指定すれば最後のシールドがなくなるし、クロックを指定しても、《ブランド-MAX》が殴るときに覇道が起きてしまうのだ。
結局、そのままゲームが終わってしまった。
まぁ、それはいい。今回は、そういうゲームなのだ。
マナの説明によれば不死鳥デュエマとは、破壊されたクリーチャーは不死鳥のごとく墓地から蘇ってくるらしい。
しかもマナの動きから考えると、ターン終了時に破壊したものでも蘇生できるようだ。B・A・Dとは相性は良さそうだし、そう考えると火単の《”罰怒”ブランド》なんかはすごいことになる。
そもそも、殴る系のデッキはトリガーで破壊されても戻ってくるのだから、それだけで凄い気がする。
他にも、色々なカードが頭に浮かんできた。
「マナ、もしかして《特攻人形ジェニー》って……」
「そうです、2ハンデスできますよ」
つまり《霞み妖精ジャスミン》もノーリスク《メンデルスゾーン》ということになる。
このルール、かなり凄いかもしれない。デュエマ欲が湧いてくる。
こうしてはいられない。
「マナ、ちょっとデッキ作りたいから環境について知りたいんだけど……」
だが、ちょうどそのタイミングであった。
イオナのスマホが、一通のメッセージを受信した。
それは、送信元不明のものだった。ただの迷惑メッセージかと思って読み飛ばしそうになったが、そのタイトルを見てイオナは思わず二度見した。
『異世界の旅人、森燃イオナくんへ告ぐ』
メッセージには、確かにそう記されてあった。
(不死鳥デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!