異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」 10-3 ~デュエマ20周年記念 テキスト20倍デュエマ 下~

By 神結

・これまでの『異世界転生 デュエルマスターズ「覇」』

 森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
 
 ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
 目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
 
 さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
 
 どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
 
 これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。

 マナは自室の掃除を終えて、ホッと一息吐いていた。
 今日は自分と、そしてイオナの誕生日だ。共に誕生日を祝う、ということで部屋の掃除や慣れない調理などを行っていた。
 
 マナは時計を見る。時刻は午後17時。
 
「イオナさん、そろそろ帰ってきますねぇ……」

 スマホのメッセージを確認するが、先ほど送った連絡は既読が付いていない。だとしたら、まだ試合中なのだろうか? それなら随分長引いている気がしている。
 
 そもそも、この胸のざわつきはなんなのだろうか。
 イオナの性格上、決して不義理なことをするとは思っていない。
 
 ただただ、漠然とした不安が突っかかって取れないのだ。

 迎えに行こうかとも思ったのだが、入れ違うとそれはそれでナンセンスでもある。

「……まぁ、待ちますか。きっと優勝して私を驚かせるために、あえて未読にしてるとか、そんなところでしょう」

 口に出してみたが、ほんとにそんな理由だろうか?
 これはなんとなく長い待ち時間になりそうだと、マナは直感していた。

          †

 目を覚ますと、薄暗い部屋でベッドに横たわっていた。
 直近の記憶は……明瞭だった。大会で予選を抜けた後、なんとなく福岡カナメを追い掛けてみたところ、背後から殴られて気絶した。

「気が付いたかナ?」

 白衣の男が、見下ろしていた。

「……ここは一体?」
「NNのラボだネ。私は七北田ナナキ……NNのナナだヨ」
「あぁ、NNGamingの……」

 見た感じは、恐らく30かそこらの年齢だろう。
 だがその表情は、到底好青年と言えるようなものではなかった。「人を見かけで判断してはならない」とは言うが、直感である程度は分かる。コイツはヤバい。
 
「サンプルFをつけてたようだネ。一体なんの用事かな? NNGamingのファンっていうことでいいかナ?」
「サンプルF……?」
「なんて名前だったかナ……福田? 福島?」
「福岡カナメのことか?」
「あぁ、そんな名前だった気もするナ……」

 コイツ、人をサンプルと呼んでるのか?
 
「それで、ファンだったとしてどうする?」
「どちらかというと、今回は君への勧誘かナ。どうも強いプレイヤーらしいと聞いているからネ」
「NNGamingに、ってこと?」
「それ以外に、何かあるかナ?」
「普通、人を殴って勧誘しないだろうが」
「そうかい、覚えておくヨ」

 1つ、聞いておきたいことがあった。

「……NNGamingに関して、聞きたいことがある」
「せっかく呼んだんだからネ。いいよ、なんでも答えるサ」
「福岡カナメは『感情はゲームにおいて不要』と言ってた。ある種、的を射ている部分もあるとは思った。けど、人間は本来、感情を制御できないはず。誰も焦りたくて焦りはしない」
「それはそうだネ」
「じゃあ何故、福岡カナメは感情を消去している? いや、できている? アイツ、元々感情がないのか、ってくらいの受け答えだったぞ? いったい、ここではどんな訓練をしているんだ?」
「訓練? ……あぁ、凡人だとそういう発想になるのカ」

 私の偉大な発明を、訓練などト……と、彼は大きく溜め息を吐いた。
 
「そんなの決まってるじゃないカ。私がそうさせたんだヨ」
「……『そうさせた』?」
ちょっと脳を弄ってネ。お陰でサンプルたちは常に理性的な判断ができるというわけだヨ」
「待て待て待て、それってつまり……」
「もちろん、それだけじゃないサ。演算能力、処理速度……一般人に比べて格段に向上しているんだヨ。弄ったり、クスリを使ったりしたからネ。お陰で試合中に咄嗟の確率計算だってできるんダ。どうだい、魅力的じゃないかネ?」

 想像を絶する、とはこういうことなのだろうか。
 コイツはいま、人体実験をしていることをあっさり白状したのだ。しかもそれを、恐れるでもなく誇らしげに語ってる。
 
 思わず吐き気がした。邪悪だ。救いがたい邪悪が、そこにはいるのだ。
 
「私は実験ができて、サンプルどもはゲームで勝てるようになるんダ。WIN-WINだとは思わんカ?」
「お前……!」
「君ももっと強くなれるヨ。どうだい、興味はないカ?」
「冗談じゃない」
「残念だヨ。じゃあしょうがない、他のサンプルで実験を続けるかナ。君は帰っていいヨ」

 はい、そうですか。と言うわけにはいかないだろう。
 
「まだ実験を続けるつもりなのか?」
「当たり前じゃないカ。成果も上がってきてるしネ」
「告発する、と言ったら?」
「……無駄じゃないかナ。結構これでも権力もある方だからネ」
「…………」

 こうなると、イオナとしてもどうしようもない。

「そうだ、せっかく来てくれたんダ。私の”傑作”と対戦してみないカ?」
「傑作……?」

 そう言って彼は、一人の少年を呼びつけた。これが私の「暫定の」傑作だヨ、と彼は言う。
 よく見ると、見覚えのある顔だ。どこかの大会で、確か……。

「もしかして、先週の大会の決勝で福岡カナメに負けた子? 確か名取とか言ってたような……」
「詳しいネ。その通りだヨ。若いから、いいサンプルになると思ってネ」

 そんなに熱心に観戦していたわけでない。が、ライブでみた名取は溌剌としていた。
 それがいまは、瞳に生気もない。まるで戦闘AIのような、人造人間に見えてしまう。

 流石に、思うところはあった。

「試合は応じる。もしこの試合で僕が勝ったら、この子やお前が実験したプレイヤーたちを解放しろ」
「へぇ、面白いことを言うネ。それなら、こっちが勝ったら、君もサンプルになってもらうよ」

 ふと、不意にマナの顔が浮かんだ。今日この後、約束がある。大事な約束だ。
 だがこの眼前の実情を知ってしまった以上は……。

「……わかった、いいだろう。先に20勝した方が勝ち、これでどうだ?」
「試合数が多い方が結果に出るからネ。いいヨ、そのルールで」

 イオナは大きく一呼吸をした。そして、デッキをその手に持つ。
 大丈夫だ。この試合、絶対に勝つし、約束も守る。

          †

<デュエマ20周年記念 テキスト20倍デュエマ ルール解説>

・王来MAXの新カードのテキストを20倍する
・マナコストやパワーなどは据え置きとなる
・王来MAXで再録されたカードについてもテキストは据え置きとなる

 
 ハイテンポの20倍デュエマは、着々と勝負が進んでいった。
 
 先攻2ターン目に強力な動きをされたら返すのは難しいが、勝負は必ずしもそうだけにはならない。もたついたときにどうやって勝つか、それが重要になっていた。
 ただ、名取はもはや究極的なAIだ。確率を求め、シンプルに高い方を選択してプレイする。
 カードゲームの動きとしては、それで正しい。カードゲームとは、そういうものではある。
 
 今回イオナが使っているのは、光自然水(通称トリーヴァ)のタマシードデッキだ。大会では使わなかった方である。
 このデッキは《ヘルコプ太の心絵》から入る。このカード、テキストを20倍すると「山札を上から80枚見て、その中から進化クリーチャーを20枚相手に見せて手札に加えてもよい」ということになる。
 ただ大事なのはここからで、残りの山札を好きな順序で山札に戻せるのだ。

▲「キングマスタースタートデッキ ジョーのS-MAX進化」収録、《ヘルコプ太の心絵》

 
 つまり、先攻1ターン目から山札の積み込みが可能となる。これによって、残るゲームを確定未来で戦うことができる。2ターン目にほぼ確実に《ゲラッチョの心絵》をプレイすることもできる。
 こうして手札を大量にドローした後に、《ルナ・コスモビュー》などのG・ゼロクリーチャーを並べていき、3ターン目にコスト合計80以下まで出せる《トレジャー・ルーン》からの《スロットンの心絵》《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》を出してメガメテオバーン10をして勝つ。ユニバースが王来MAXのカードだとメガメテオバーンが大変なことになっていたが、それ以前のカードなので問題はない。

▲転生編 第3弾「魔導黙示録」収録、《ルナ・コスモビュー》
▲王来MAX 第1弾「鬼ヤバ逆襲S-MAX!!」収録、《トレジャー・ルーン》
▲「キングマスタースタートデッキ ジョーのS-MAX進化」収録、《スロットンの心絵》
▲「ゴールデン・ベスト」収録、《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》

 
 仮に《ヘルコプ太の心絵》や《ゲラッチョの心絵》などが引けなかった場合にも、《トレジャー・ルーン》から《カーネンの心絵》などをプレイして山札のタマシードを引ききり、《キング・シビレアシダケ》を使ってマナに置いてから《トレジャー・ルーン》でユニバースを狙う、なんていうサブプランもある。
 
 対して名取が使っているのは、ドロマーカラー(光水闇)のタマシードデッキである。これは、イオナが大会で使った方にかなり近い。
 
 この試合のイオナは先攻で《ヘルコプ太の心絵》から入る万全の動きだ。効果は任意なので、手札に《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》は加えなかった。
 そして2ターン目に《ゲラッチョの心絵》をプレイし、20枚ドローから《ルナ・コスモビュー》、《天幕船 ドンデンブタイ》《ビーチボーイズ》《統率するレオパルド・ホーン》などを並べていく。

▲「四強集結→最強直結パック」収録、《天幕船 ドンデンブタイ》
▲超天篇 第3弾「零誕! 魔神おこせジョルネード1059!!」収録、《ビーチボーイズ》

 
 対して名取は、2ターン目に《ジェニーの黒像》をプレイした。イオナの手札は14枚だから、これが全てハンデスされる。

▲キングマスタースタートデッキ「アバクの鬼レクスターズ」収録、《ジェニーの黒像》

 しかしこれは想定通りの動きであり、特に問題はない。
 《天幕船 ドンデンブタイ》の追加ドロー、そして《ルナ・コスモビュー》の効果、ターンドローで4枚のドローが可能だ。
 これで《スロットンの心絵》、《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》、そして《トレジャー・ルーン》を引く。当然これは、《ヘルコプ太の心絵》で確定している。
 
 これでユニバースを決め、勝利。ジェニーに対して持ち込んだ、イオナなりの回答である。これは互いに想定通りだから、問題はない。
 イオナは16勝、名取は14勝。ほぼ互角だ。
 
 続く試合は名取が勝利し、32戦目は再びイオナの先攻だ。ただこの試合、イオナにゲラッチョやヘルコプ太といったカードはなく、名取側にもジェニーはなかった。
 そこでイオナは、3ターン目まで何もせずにターンを返した。ただマナをチャージして終了。
 一方、名取は《ゲラッチョの心絵》を引いた。ノータイムでこれをプレイする。

▲キングマスタースタートデッキ「ジョーのS-MAX進化」収録、《ゲラッチョの心絵》

 しかし返しのイオナは、名取の手札を指して《ルナ・コスモビュー》をプレイする。このカードは、どちらかの手札が潤沢であればプレイが可能なのだ。
 名取はジェニーをプレイしイオナの手札を枯らしたが、イオナはルナコスモの効果で追加ドローをすると、そこからゲラッチョを引き込みそのまま勝ちまで繋げてしまった。イオナのデッキは、これができた。
 
 名取のプレイは、分岐があった中で確率的には正しいことをしている。
 しかしイオナは「確率の裏目」を名取に提示してみせたのだ。結果、イオナは勝ち名取は負けた。
 
 そして次の次の試合、名取は同じ盤面に遭遇した。マナは3で手札にはゲラッチョ。確率的に言えば、先と同じプレイを取るのが正解なのだ。
 だが彼自身も、先の試合を思い出したのだろう。
 ゲラッチョをプレイすべきか否か……しかし、何もせずに返すと4マナで動かれて負ける可能性もある。
  
 この日、初めて名取の表情が変わった。
 明らかに、困っている。究極的なAIが、遂にプレイを迷っていた。
 
(そう、カードゲームは絶対的な確率のゲームであることには変わらない。でも何十戦、とやるうちに、相手との読み合いが発生する。その時に通る択、通らない択は”確率”の話ではないんだ)

 これが20本先取を提案したイオナの狙いであった。そもそもの相手の思想信条から、崩してしまったのだ。
 
 結局、名取は思考がショートしてしまった。プレイを選択できなかったのだ。手札を置き、その場にうずくまってしまった。
 
「……僕の勝ち、ということでいいですかね?」
「どうやら、そのようだネ」

 七北田ナナキは、素直に敗北を認めた。

「フム、興味深いネ。要するに、私の仮説では将来的に私のサンプルたちは君には勝てなくなる、そういうことになるネ」

 ハァ、と彼は溜め息を吐いた。

「わかったヨ。今回の勝負は負けダ。実験も失敗。私は仮説からやり直しだヨ」
「約束通り、全員を解放してもらうよ」
「そうだネ。まぁ、実験に失敗した以上はこの施設も用済みだしネ」

 そう言うと、ナナは何かのスイッチを押した。直後、大きな爆発音が聞こえた。
 
「おい、今のって……」
「ご覧の通り、施設は爆発させるヨ。あーもちろん、約束は守るからここにいるみんなは解放するヨ。頑張って逃げてくれたまエ」
「お前最後まで……!」
「最後? 冗談ヲ。私は生き延びるヨ。また会えることを楽しみにしているヨ」

 直後、イオナの背後でも爆発がした。
 イオナは光の見える方向へ、走り出そうとする。
 
 すると、名取がイオナの肩を掴んだ。そして、逆の方向を指差す。
 
「……爆発の方向と音、建物の構造から計算すると、唯一逃げ延びられるルートはこっちです。逃げましょう」
「……助かる」

 イオナは崩れる建物の中を、必死に走った。
 
          †
 
 夜22時を回った。
 マナはずっと、家で待っていた。来る来ないに関わらず、ここにいるしかないのだ。
 
「……イオナさん」

 約束は「CSが終わり次第」というものだった。CSはとっくに終わっている。既読も付かない。
 何かあったのか、それとも何もなくてこうなったのか、知る由もない。ただわかっているのは、イオナが来ないという事実だけ。
 
 マナは玄関から外に出た。辺りの様子を見る。道は暗い。
 
 1つ、溜め息を吐いた。家の中に戻ろう、そう思った直後のことであった。
 
「……ごめん、遅れた」

 思わず、振り返った。
 待っていた人は、そこにいた。
 
「イオナさん!」
「ちょっと野暮用に巻き込まれた、間に合ったということでいいかな……?」

 よくみると、一回山に登って降りたかのような、ボロボロの格好をしていた。
 
「……遅刻ですよ」
「わかってる」
「本当に、本当に遅刻ですからね」
「悪かったと思ってるよ」
「……どうせ」

 マナは一回、わざと溜め息を吐いてみせた。さっきのそれとは違い、その表情は明るかった。
 
「なんか無茶な人助けでもしようとか考えて厄介ごとに巻き込まれたんでしょ?」
「……ノーコメントで」
「さぁ、早く中入ってください。ケーキ用意したんですから。20人分
「え、20人分?」
「いや、せっかくの二十歳だし、と思って……?」
「いやいや、誰が食うんだよそんなに!」
「まぁ、いいじゃないですか」

 マナはイオナの手を引くと、家の方へと引っ張っていく。
 
「ゆっくり食べましょ、せっかくの誕生日なんで」

 そう言って、マナは明るく笑っていた。

(デュエマ20周年記念 テキスト20倍デュエマ 完)

 

神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemon

フリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。

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