By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
地下鉄の駅、立ち並ぶビル、商店街、そしてカードショップ……街の光景を遥か遠くに残して、車は田んぼの間を走っていく。よく晴れた日ということもあって、農作業をする人も多かった。
「『NNGaming』の事務所って、随分と街外れの方にあるんですね」
車に乗っていた若き少年は、その純真無垢な目で外の景色を眺めていた。
「まぁ事務所というよりはうちの会社のラボだからネ」
「ラボ?」
「研究所のことだヨ」
白衣を着た青年が、運転席から会話に応じていた。歳は30手前くらいだろうか。喋り方に妙な雰囲気はあるが、身嗜みは意外としっかりしている。
「我々の会社ではeスポーツと脳科学の研究を続けているからネ。それには当然、大きなラボも必要、というわけなのサ。で、広い土地となるとこういう場所になるってワケ」
「……ナナさんは、凄いことしているんですね」
白衣の男は「ナナ」と呼ばれていた。そう、NNGamingのNNの部分は、この「ナナ」から取っている。
端的に言えば、彼こそがこのNNGamingの代表というわけである。
ところがその表情はとなると、お世辞にも好青年には見えない。どことなく狂気に満ちた光が、彼の瞳には宿っていた。
だがこの若き少年には、それを洞察するだけの力はまだなかった。それを求めるのも酷な話だ。
「本当にNNGamingに誘ってくれて嬉しかったです。これからはチームメンバーの一員として、活躍してみせます」
「うん、実に殊勝な心掛けだネ。ぜひ我々の研究に貢献してくれたまえヨ」
そこから更に30分ほど車で走っていくと、大泉岳と呼ばれる山に辿り着いた。そして車は一直線に、山の中へと向かっていく。
この山そのものが、ナナの所有物なのだ。表向きには「株式会社NN」が、その所有権を取得している、というわけである。数年前、自治体からナナに払い下げられていたのだ。
山道は進むにつれ徐々に細くなっていくが、やがて開けた部分に大きな建物があるのが目視できた。
「もしかして、あれがさっき言ってた研究所ですか?」
「そうだネ。君も今からあの研究所で、チームとして活動しながら様々な研究活動に従事してもらうことになるヨ」
「研究活動、ですか?」
「……難しく言ったが、要はデュエマを頑張れって話だがネ。期待しているヨ」
車は研究所の入り口で停止する。白衣の男は少年を車から降ろすと、自身は再び車のエンジンを掛けた。
「あれ、ナナさんはここで降りないんですか?」
「私は第三ラボの方に用事があるからネ」
あとは所員の指示に従ってくれヨ、と少年に言い含めておき、ナナの車は発進した。
車はさらに山奥へと進んでいく。
「ふふ、実にいいサンプルが手に入ったネ」
さぁ、何をしようかナ、と彼は一人ごちる。
「あのクスリは試したいネ。たぶん、数字は上がってると思うからネ。あとは術後経過のデータも欲しいから、脳にも触ろうかナ。どうであれ、サンプルFもKを超えてくれるはず……楽しみだヨ」
NNGaming、またの名を秘密結社NANA。
今日も若く将来有望なプレイヤーが、ナナの持つ研究所へと”運ばれていく”のであった。
†
5月30日は、よく晴れた日だった。
大地マナと、そして森燃イオナ自身の誕生日が今日である。
「私は諸々の準備があるので、イオナさんはCS行っててください」
「いや、普通に手伝うけど」
「いいからいいから。行っててください」
マナの誕生日にこれでいいのかという想いはあったが、こう言われてしまっては仕方ない。お言葉に甘えて、イオナはCSへと向かっていった。
となると問題は「王来MAXのカードのテキストを20倍する」というルールの方である。
20周年記念はわかるが、だからと言って20倍していいはずがないのだが、してしまったものはしょうがない。
ただここ一週間練習をしてみたところ、思ったより複雑なメタゲームがそこにはあった。
もちろん、先攻で2ターン目に《ジェニーの黒像》を出せると20ハンデスで結構わかりやすいゲームにはなるのだが、そうならなかったときは思ったより面倒だし、仮にそうなったときでも実はちょっと分岐がある。
主にその要因となっているのが、《コーライルの海幻》である。
このカードは本来クリーチャーかタマシードをデッキ下に送って1ドローさせるカードなのだが、つまりこのカードは相手を20ドローさせるカードである、ということになる。
基本的に2回このカードが通れば負けというわけなのだが、例えば《ジェニーの黒像》対策で《ゲラッチョの心絵》などをプレイして20ドローしていると、マナとやったように普通にデッキアウトで負けてしまうのだ。
ところがこのカードはクリーチャーかタマシードを指定して、それをデッキ下に送るカードである。つまり、相手が何のクリーチャーもタマシードもプレイしていない場合(要するに相手の盤面に何もいない場合)、ドローさせることはできないのだ。
ちなみに10万RTこと《ブルーバード5000RT》は「能力がトリガーする時、その能力を1度の代わりに2度トリガーしてもよい」という記述になっているのだが、これが「20度の代わりに40度トリガーしてもよい」というテキストになるのか、そもそも数字というより「一朝一夕」のような単なる日本語なのかで裁定が割れており、暫定回答では数字と認定されて20倍の対象となっている。ただこの場合も、「20度トリガーする代わりに」の条件を結局満たさないため使えない、という判断となっているらしい。
少し話は逸れたが、この20倍デュエマはシールドを殴ると基本的には大惨事になるため《コーライルの海幻》でドローさせて勝ちを狙うのが基本となっている。
しかしこれもまた絶妙なゲームバランスなのか、一見爆発的なマナブーストができそうな《ジャスミンの地版》などはあまり強いカードではない。テキスト上は「山札の上から1枚目をマナゾーンに置く」という記載になっており、つまり20倍しても単に山札の上から20枚目がマナに置かれるだけである。
結局1ターン中にできる行動は随分限られているのがこのゲームで、しっかり勝つのは意外と難しいのだ。
色々考えた結果、一旦イオナは巷で流行している水闇光(いわゆるドロマー)系のデッキを使うことにした。ハンデス、ドローがバランス良く行えるし、どちらにせよ一回は触っておいていいデッキだろう。もう1つデッキ案はあったが、それはまた別の機会とする。
さて、大会会場に着くと既に多くのプレイヤー達が準備をしていた。その中で、先週見かけた顔もいくつかあった。
(まぁ、やっぱりいるよなぁ)
当然ながら福岡カナメはいるし、NNGamingのメンバーも複数いる。
正直、対戦はしたくはないが、勝つためには避けては通れないだろう。
(嫌なんだよな、あの人たちと戦うの。メンタル的に最初から不利を背負ってる気がして)
大会受付をしながら、イオナは遠目で彼らの様子を眺めていた。
†
・王来MAXの新カードのテキストを20倍する
・マナコストやパワーなどは据え置きとなる
・王来MAXで再録されたカードについてもテキストは据え置きとなる
今日は順調に勝っていった。
予選は全6回戦だが、ここで4-1。最終戦に勝てば予選突破となる。
そして予選の最終戦の相手は、福岡カナメだった。一番当たりたくない人間である。
対戦卓に座ると、やはり彼は無表情だった。
ひとまず、一旦話し掛けてみることにはした。
「先週も対戦しましたね」
「そうですね」
「前回は負けてしまったので、今回は勝ちたいです」
「そうですね」
……この返答である。そもそも勝ちたいです、に対しての「そうですね」はおかしな話だが。
試合が始まると、互いに渋い手札だったらしくともに2ターン動けなかった。
3ターン目にこちらが引いた《ゲラッチョの心絵》によって、ようやくゲームが動く。対して、カナメは無表情を貫いている。
「……そこまで無反応なのって、何か理由があるんですか?」
あまりの徹底っぷりに、流石のイオナも思わず口にしてしまった。
「簡単な話ですよ。感情があると要らない思考が発生するからです」
「要らない思考?」
「そうです。例えば、焦りは計算を狂わせます。喜びもまた同様に、計算を狂わせます。カードゲームは確率のゲームです。計算をするときに、感情って必要ないですよね」
確かに焦れば冷静な判断はできない。白い歯を見せると、大きな見落としをするかもしれない。その意味では、言ってることは理に適っているような気もする。
「だとしても、勝ったら喜んでいいのでは?」
「いえ、勝つのは当然なので」
「勝って嬉しくなかったら、このゲームやる意味とは何?」
「別に、仕事でやっているんで」
「…………」
とはいえゲームはイオナが優勢で、勝勢だった。
《ゲラッチョの心絵》が通ったことで、こちらの《一番星 ザエッサ》が通る。このカードはそのターン「はじめて」使うクリーチャー以外のカードのコストを1軽減する。これが「1番目に」みたいなテキストだったらあやうくポンコツになるところだった。
つまり20軽減されているということなので、1コストで《ブレイン珊瑚の仙樹》を唱える。溢れに溢れた手札から出てくるのは、当然ながら《水上第九院 シャコガイル》だ。
あとはザエッサの「はじめて自分がクリーチャー以外のカードを使った時、カードを1枚引いてもよい」効果を使うことで、最後まで山札を引ききって、勝ちだ。
「そうですね」
今回はカナメ側の事故に救われた格好だったが、勝ちは勝ちだ。カードゲームである以上、相手の事故に救われることもあるし、逆で負けることも多い。
そういう意味では、勝ち負けに一喜一憂しないのは大事かもしれないが……。
とはいえ一旦勝ちを拾って喜ぶことと、勝った試合をあとから反省することは別なんだけどなぁ、とイオナは思う。
何はともあれ5-1で予選上がりは確定したので、後は本戦を普通に頑張ろう。
一旦昼飯でも食べに行くか、と店の外に出ようとすると、カナメもちょうど店を出るところだったらしい。そそくさと歩いて行く様子が見えた。
そういえば連中、噂によると負けると速攻会場から消えるらしいが、何をしているんだろうか。
「何か、匂うんだよな……」
福岡カナメは異常な人物に見える。であれば、その背景にあるNNGamingとは……?
ほんの出来心ではあった。だが気付けば、イオナは彼の後を追っていた。
†
大泉岳のNNGamingが所有する研究所。表向きは、eスポーツやゲームに関する様々研究を行っている、とされている。
しかしその実態は、決してそんな社会的意義のある施設では決してない。
NNGamingという表の顔を剥いでしまうと、そこには「秘密結社NANA」という狂気の組織が露わになる。
彼らは劇薬や脳改造をもとにした人体実験という、およそ人類史の倫理に向かって唾を吐く行為を日夜行っていた。
そして所長であるナナこと七北田ナナキは、モニターに向かって笑みを浮かべている。
「いいネ。実に素晴らしいヨ」
そこ映っていたのは、数字の羅列だった。本人以外、この数字の意味を知る者はいない。
「演算能力、処理能力ともに充分過ぎる数値だヨ。流石に若いと”馴染む”のが早いネ」
これは傑作になるかもしれないネ、とナナは言った。
彼の人体実験に、目的などない。より正確に言うなら、人体実験そのものが目的だった。実験を行い、より高い数値を出す……それこそが七北田ナナキの目的そのものなのだ。
「せっかくだし、試してみようかナ。ちょうどいいサンプルも到着するみたいだしネ……」
その表情は、どこまでも狂気の影を纏っていた。
†
カナメが気付いていたのかは不明だが、彼は路地を右に左に折れて進んで行った。一切迷いがない。駅に向かっているのだとすれば、随分おかしな話だ。
仮にこちらの追跡に気付いているなら……尾けられるとマズいことがあるということなのだろうか。仮におちょくっているなら、可愛いところもあるということになるわけだが、この男に限ってその線はないだろう。
しかし3つめの角を曲がったところで、姿が見えなくなってしまった。
「あれ、こっちに来てたような気がしたけど……」
直後、イオナは背後に大きな人影を感じた。
そして振り返る間もなく、殴られたような大きな衝撃を受けて気を失ってしまったのだった。
(デュエマ20周年記念 テキスト20倍デュエマ 下 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!