By 神結
森燃イオナはデュエマに全力で取り組むプレイヤー。
ある日大会に向かっていたところ、トラックに跳ねられて意識を失ってしまう。
目を覚ますとそこは異世界で――ということはなく、ごくありふれた景色がある日常に帰ってきていた。
さっそくデュエマの大会へと向かったイオナ。しかしそこで行われていたデュエマは、イオナの知るデュエマとは全くルールが異なるものであった。やはり、異世界へと転生してしまっていたのだった。
どんな世界であっても、デュエマをやる以上は一番を目指す――
これは異世界転生体質になってしまったイオナが、その転生先で行われている”少し不思議なデュエマ”に挑む物語である。
飛ぶ鳥を落とす勢い、とはまさにこのことなのだろう。
「NNGaming」は発足以降、大会において優れた成績を残し続けていた。
この「NNGaming」とは、言うならばプロチームの名称だ。株式会社NNが経営しており、特にデュエマ部門の突出した活躍っぷりは目を見張るものがある。
そしてこの日も、快進撃の真っ只中にあった。
『――試合、終了! 勝ったのはNN Gamingの福岡カナメ!』
それは客観的に見ても、圧勝と言えた。あと10試合しても福岡カナメが10回勝つのではないか。そう思えるほどの力が、彼にはあった。
そして驚くべきことに、彼はこのNNGamingの絶対的なエースでは決してないのだ。所属しているプレイヤーは全員彼と同等の実力があり、中には彼より強いと言われているプレイヤーもいると噂されていた。
もっともその情報は、福岡カナメへの称賛を妨げるものではなかった。
彼の圧倒的な勝利に対し、会場からも拍手が自然と湧き起こる。中には溜め息交じりの言葉もあったが、それは「お手上げ」を意味するものであった。
だがその歓声に対して、カナメは応えることはない。彼は淡々と勝利を重ねて、大会が終われば余韻に浸ることもなくいつのまにか会場から消えてゆく。
そんな姿から「定時退社の公務員」などと渾名もされていたが、本人はそれすら意に介していないようだった。
ただどういうわけか、この公務員スタイルは福岡カナメだけのものではなかった。NNGamingにはそんなプレイヤーが多かった。
それは本来、ただの”個性”で済むはずの話であった。
そこに何らかの意図があるなど、誰も想像もしていなかった。
故にその裏に存在するNNGamingの真実と、森燃イオナが関わることなど到底ありえない――そうなるはずであった。
†
ふと気が付くと、イオナはカードショップにいた。
直前の記憶はかなり怪しい。火之国でモルト王を使っていたことと、その後マナに導かれて目を覚ましたことまでは記憶している。そこから先は、どうもあやふやだった。
つまるところ、これはいわゆる「いつものパターン」ということになる。
ひとまず、周囲の状況を見渡す。どうせ、今回もどっかの異世界に飛ばされてしまったのだろう……と思っていたが、いまのところ、不思議なところはない。
手元のカードを見ると、シールドは5枚並べられているし、ちゃんと山札もある。手札を見ても不可解なカードもなければ最新弾であるところの王来MAXのカードまであった。
これはもしかして、ついに元の世界に帰ってきたのではないのだろうか?
「ところでイオナさん、いま思い出したんですけど」
対面に座っている大地マナが口を開いた。どうやら、マナとちょうどフリー対戦をしていたのだろう。
「イオナさん、来週の5月30日ってなんの日かわかりますか?」
もちろん、知らないはずもない。
「デュエル・マスターズ第1弾の発売日ね」
「いや、まぁそうなんですけど、他に何か知りませんか?」
「他に……?」
ちなみに、大きな心当たりはもう一つある。
「5月30日でしょ? その日は僕の誕生日だね」
「えーっ、そうなんですか!?」
マナは随分と驚いた様子を見せた。そういえば、自分の誕生日をマナに教えたことはなかったかもしれない。
ただ、そこまで驚くことなのだろうか?
「奇遇ですね。私もその日、誕生日なんですよ」
「え? そうなの?」
確かにそれは流石に奇遇かもしれない。驚く理由もわかる。イオナとしても、もちろん驚いた。
「誕生日同じなら話が早いですね。二十歳にもなるわけですし、一緒にお祝いしましょう」
「でも5月30日って確か大会があったような――」
「大丈夫ですよ、別に大会終わった後にやればいいんです」
確かに、それもそうだ。
「決まりですね。絶対ですよ、約束ですからね」
そう言うと、マナは手札を1枚チャージした。どうやら、試合の途中だったようだ。
改めて、手札を見る。今回は後手だった。ひとまず1枚マナチャージしてターンを返す。
するとマナは2コストを使って《ジェニーの黒像》を使った。新弾のタマシードで、手札を1枚ランダムに破壊するカードだ。
しかし先攻でマナがハンデスを使うなんて珍しい。手札をシャッフルしていると、マナは首を傾げていた。
「イオナさん、全ハンデスですよ?」
「え?」
恐らく、誕生日が被ったよりも驚いた。
「一応、正確には20枚ハンデスなんですけどね」
「いや、どういうこと?」
「え? どういうことも何もないですよ。単純にテキストを20倍しただけです」
いや、するなよ、20倍。
「なんで?」
「イオナさん、知らないんですか? デュエマ20周年を記念して、王来MAXのカードはテキストを20倍してプレイするんですよ」
・王来MAXの新カードのテキストを20倍する
・マナコストやパワーなどは据え置きとなる
・王来MAXで再録されたカードについてもテキストは据え置きとなる
嗚呼、やっぱり知らない世界だった。決して、元の世界に帰ってきたわけではなかったらしい。
「……つまり《ジェニーの黒像》は2マナで20ハンデスってこと?」
「そうですね」
随分と野蛮なデュエマである。
「もしかしてG・ストライクって20体止まる?」
「王来MAXのカードであれば、もちろん」
「もしかしてもしかして《「正義星帝」 <ライオネル.Star>》って20枚ドローしてタマシード20枚踏み倒しながら、コスト120以下の進化クリーチャーを20体踏み倒せるし、ターンに20回能力使える?」
「もちろん出ればそうなりますけど、レクスターズか光のクリーチャー20体の上に置かないと出ないので」
「あ、そうか……」
進化クリーチャーはそうなるらしい。なんでよりによって進化クリーチャーを推してる王来MAXを20倍したんだ、という言葉は飲み込んだ。
「というわけでイオナさんは大人しく消えた手札でも眺めながらじっとしていてください」
「消えたものは眺めようがないだろ」
とにかくやることがないので、チャージしてターンを返す。
「じゃあ私のターンですね。《ゲラッチョの心絵》を出します」
2コストの光のタマシードで、場に出したときに1ドローをするカードだ。本来ならば。
1ドローということはつまり、20ドローなのである。
「おい、どうやって勝つんだこれ」
「まぁ例えばイオナさんも《ゲラッチョの心絵》を引けたりすれば、ゲームは続くかもしれませんよ?」
「確かに?」
そう言って引いたのは、《ゲラッチョの心絵》だった。
というわけで僕もこのカードを出す……が、気付いてしまった。
「これ、20枚ドローしているマナが2枚目のジェニー持ってないとかありえないよな?」
「まぁ、それはそうなんですよね。ただ、今回はもっと簡単な勝ち方ありますよ?」
そういって、マナは《コーライルの海幻》を場に出した。これもタマシード。
「イオナさんのゲラッチョをデッキ下に戻しますね。で、20ドローしてください」
「……あっ」
コーライルは場のクリーチャーかタマシードを選んでデッキ下に戻し、その分1ドローさせるカードだ。……本来ならば。
さきほど20枚ドローした山札は、当然10枚も残っていないわけで……。
「いやー、完勝してしまいましたねぇ」
「え、これ僕が悪いの?」
「まぁ、こういうこともあるよ、って話ですよ。イオナさん、気落ちしないでください」
「……すごいゲームだ」
ちょうどその時、店内からアナウンスが聞こえた。
『第1回戦のマッチングが発表されました。選手の皆さんは席についてください』
「ではイオナさん、頑張りましょうね」
「え、僕出てるの?」
「何言ってるんですか、さっき受付してたじゃないですか」
マズい。このゲームは完全に”やったことがない”。
おそらく誰とどう対戦しても無限の初見殺しを食らうことになる。
こうなったらこれまでのデュエマの蓄積を生かして、なんとか試合の中で勝機を見出していくしかない。
イオナはそう決意して試合へと向かっていった。
†
「で、イオナさんどうだったんですか?」
「もちろん完敗だよ」
まるでいいところなく、と付け加えておいた。
当然の話ではあるが、初めてやるゲームで勝てるほど世の中もデュエマも甘くはない。そもそもカードゲームというのは分岐が多すぎるため、才能や経験程度で練習不足は補えないのだ。
そんなわけで、敗者は大人しくファミレスにいる。ちなみにマナは予選を抜けてはいたものの、本選の1回戦で負けてしまっていた。
「そういえばそろそろ決勝始まるんじゃないですか? 確か配信していたはずなので観ましょうよ」
マナはハンバーグにケチャップをかけながら(どちらかというと「ケチャップの海にハンバーグを浸しながら」が正しいが)、スマホを取り出した。今回の大会はライブ配信しており、全国のファンが試合の様子を楽しんだりお気に入りの選手を応援していた。
そして大会は、マナの言うとおりちょうど決勝をやっているところだった。
「あれ、この人たしか予選で当たったような……」
「福岡カナメ選手ですか? NNGamingの」
「NNGaming?」
「プロチームの名前ですね。福岡選手は中でも強くて有名だから、人気もあるんですよ」
「へぇ……」
相手は高校生くらいの子だった。名取、という名前らしい。彼は初めての決勝らしく、だいぶ意気込んでいる。目がギラギラと輝いていた。
ただ試合は実際、カナメのペースで進んでいた。カナメは黙々とカードを引き、淡々とカードをプレイしている。
そしてカードをプレイする度に、カナメ有利にゲームが進んでいく。
その光景に、何か既視感のようなものがあった。
「……そうだ、思い出したよ。あの試合」
「福岡選手との試合ですか?」
「なんというか言葉にしにくいんだけど……」
福岡カナメ、初戦で当たった相手だ。
「機械的すぎて、違和感凄かったんだよな」
「違和感、ですか?」
「そう」
言葉で表すのが難しいが……何をプレイしても、何を引いても、こっちが何をしても、一切感情の起伏がないのだ。そして何かをずっと思考しているわけでもない。何というか、将棋でCPU戦をやっているような感じで、ただただ淡々とゲームが進んでいった。
結果イオナは負けたのだが、試合を終えた後の違和感が妙に残っていた。
「まぁでも、NNGamingの人たちは感情を顔に出さないことで有名なんですよ」
「表情を顔に出さない、ねぇ……」
いや、違う。イオナはそう直感している。『感情を顔に出さない』のではなく、『顔に出せるような感情がそもそもない』といった方が正しいのではないだろうか。
これまで対戦してきた相手は、どんな試合であれ試合が終われば何かしらのやり取りや読み取れる感情があった。勝って嬉しい、勝ってホッとしている、負けて悔しい、強いカード引かれてムカつく……といったものだ。もちろん誰もが表情に出すわけではないが、「何か思うところはあるんだろうな」という部分は見えるのだ。何せ、人間なのである。
だが、福岡カナメにはそれがない。まるで彼はサイボーグかAIか、そんな印象を受けたのだ。
イオナは再び、画面の方へ目を落とす。
「だから面白くないんだよね。あの試合も、この試合も」
まるで機械が試合を棋譜どおりに自動で進めている。イオナの目には、この試合がそう映っていたのだった。
†
そこは、薄暗い部屋だった。
地下施設なのだろうか。窓は一切なく、ただ薄ぼんやりとした明かりが申し訳程度に主張をしているだけだった。
「うん、実験は順調だネ」
そこには、2人の人間がいた。1人は、全身麻酔を打たれて眠っていた。そしてもう1人は白衣を着て、怪しげな笑みを浮かべていた。彼は寝ている青年を見つめると、クックックと楽しそうに声を漏らす。
「ではでは、続きをしようかナ。大丈夫、後遺症はちょっとしか残らないヨ」
彼は椅子に腰をかけ、パソコンに何かのデータを入力している。
そのキーボードには、NNの文字が確かに刻まれていたのだった。
(デュエマ20周年記念 テキスト20倍デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!