By 神結
夢を見た。
そこにはすごく懐かしい顔があった。
彼女と最後に会ったのは――思えばもう、3年も前の話だ。
「惜しかった、イオナくん。ルートが悪かったね。《目的不明の作戦》から入っていれば、ボトム落ちまでケアできていた」
「これって運が悪かった、で済まない問題ですか?」
「ダメだね。ケアできるものはケアしないと。だって別に逆択をとっていたら負けてます、とかいう話じゃないんだから」
「確かに……」
地元のとあるカードショップ。僕はここで師からデュエマを教えてもらうのが日課だった。
今の自分のデュエマの基礎基本は、全てこの人から学びとったものだった。
「ところでイオナくん、これはもしもの話だよ」
彼女はいつもそう言ってから、例え話を始める。
だがその表情は、ほんの少しだけいつもと違って見えた。
何がどう違うのかまでは、その時はよくわからなかった。
「イオナくん、もし君が大会でループパーツと楯回収カードが同時に楯落ちしていた場合、どうする?」
「嫌な質問ですね」
ループデッキのループパーツが楯落ちするなんていうのはよくある話だ。ただ、楯回収カードと同時に落ちる、なんてケースは流石にそこまで多くはない。
「だいたいのループデッキはビートプランがとれるはずなので、殴りますね」
「なるほど、では相手が天門ループのようなデッキだったら?」
「その時は……」
まぁ、大会に出続けていれば、そういう日もあるんだろう。
「一応殴りますけど、これこそは運が悪かった、今日はそういう日なんだって割り切ります」
「そうだね。それでいい。プレイヤーとしてはそうあるべきだと思うよ」
彼女は納得したように、数度頷いてみせた。
「で、そしてそれがいまの私、というわけなんだよ、イオナくん」
突然、よくわからないことを言われていた。
「それって何の話ですか?」
「そのままの意味だよ」
そしてその後の彼女の顔を、僕は忘れることができない。
「今の私は、ループパーツが楯落ちしたデッキなんだよ。そして残念ながら楯落ち回収カードもないし、ビートプランもない。文字通り、ただ死を待つだけの身なんだ」
彼女の言う意味を僕が真に理解するまでには、もう少し時間がかかった。だが別に深い意味などなかった。言葉通りの意味だったのだ。
既に、彼女は全てを諦観していたのだろうか。
僕のデュエマの師である紅クルミは、この事実を告げる時も、まるで表情を変えることはしなかった。
そしてそれはひどく不気味にも見えたし、とても美しくも見えたのだ。
†
森燃イオナは大抵の場合、いかなる状況で目を覚ましても受け入れられる余裕があった。もっと正確に言えば、身につけてしまった。これまでの幾多の経験が、イオナをそうさせていた。
だが今回ばかりは、さすがのイオナも覚悟を決めざるをえなかった。
一旦、今日の記憶を振り返ってみる。
「道に迷った、という話ではないよな」
まず目を開けた時点から、今回は特に何かがおかしかった。
左右を見る。知らない場所、というのはやや語弊がある。
「知らない世界だ……」
街全体が古風……と言えばいいのだろうか。いや、古風なんて言葉では済まないかもしれない。どちらかというと、歴史の教科書で見覚えがあるような造りの建物が並んでいる。全体的に朱色の屋根をしているし、すれ違う人々の服装もおおよそ現代的ではない。
ただタイムスリップなのかと言われるとそれも違うような気がする。
まず気温が妙なほどに暑い。舗装されていない道を歩いているが、それだけで汗が出てくる。ただ湿気が凄いわけではないので、日本の夏とは違う暑さであった。
そもそもどちらかというと乾燥しており、周囲を見渡しているが特に木々も生えていない。遠くの方に目をやると、赤い山脈が並んでいた。
やはりこれは、異世界に来てしまったのかもしれない。
「困った話だなぁ……」
明らかに文化が違うのだ。常識が通じるはずもないし、言葉も通じないかもしれない。
ただ当たり前の話だが、何かしないことには何も起こらない。イオナは一旦、人が集まっていそうなところに向かうことにした。幸い、奥の方には市場のようなものが見える。話が通じるのかは不明だが、それも含めてわかることは、何かあるだろう。
だが、市場までの道の途中でイオナは捕まってしまった。正確に言えば、何者かによって制止されてしまったのだった。
イオナは顔を上げる。
そこには屈強……ではないかもしれないが、武装した2人の男が立っていたのだ。
「森燃イオナ様、でお間違いないですか?」
幸いなことに、
どうやら、言葉は通じるらしい。これはありがたい話だ。
「そうですけど、ここは一体どこなんでしょうか」
「質問はここでは受け付けられません。一緒に一旦、宮殿に来てください。主がお待ちです」
「ええっと……?」
割と強引に話を進められている気がするが……。
もしも、これが小説サイトで読むような異世界転生物語であるなら――与えられたチートスキルやらなんやらで彼らを吹っ飛ばして我が道をいくというルートもありそうなものだが。
しかし残念なことに、そういった力をイオナは感じていなかったし、あったとしても使い方を知らなかった。
ともかく、ここは択である。とりあえず現状でわかることは、言葉が通じること、そして「宮殿」なる場所があること。
(まぁ、迎えに来てもらえるなら逆に好都合か)
いつもならひょっこり顔を出してくれるマナも、どうやらこっちにはいないらしい。
そうであれば、彼らに従った方が何かは起こるだろう。
こうしてイオナは宮殿と呼ばれる場所まで向かうこととなった。
……というのが、現在に至るまでの話である。
宮殿は街から見えた”赤い山脈”の麓にあった。屋根や柱が全体的に朱色で左右対称という、東洋的な宮殿そのものだった。そしてこの赤い山脈とはその正体がどうも火山であるらしく、そこかしこから煙が立ち上っている。
宮殿の中に案内されると、主らしき人物の部屋に通された。
イオナは顔を上げる。主とはどうも、女性らしかった。ただ狐のお面を付けており、顔は見えなかった。
「ようこそ、火之国へ」
「ひのくに……?」
やはり、我々のよく知る国ではないらしい。
「この格好でごめんなさい。外部の人にいきなり顔をさらすことはできない仕来りになっておりまして」
「なるほど」
声の方は、お面で籠もって鮮明には聞き取れなかった。
「ここは火之国、轟の地方。この地方を治めています轟コウと申します。以後、お見知りおきを」
「森燃イオナです」
「ええ、存じています。呼び寄せたのは私どもなのですから」
コウは、この国の説明を簡単にしてくれた。
曰く、この国は全体的に火山地帯らしく、農業には向かないため温泉による観光立国で成り立っているらしい。異世界という割には、結構リアルな話だった。
「そして火之国は轟、烈、焼の3地域にわかれておりますが、間もなく統一されることとなります」
「そうなのですか?」
「ええ、そのためにイオナさん、貴方の力をお借りしたいのです」
話が点と点になっていて、よく繋がらなかった。
「あの、確認なんですけど」
「どうしましたか」
「間もなく統一される、というのはこう、具体的にどういうことなんです?」
「簡単な話です。先日、烈と焼の主の方々と話し合いを行い『国を統一すること』については同意しました。もっとも、どの地域の主が統一するかについては、これから決めるのですが」
「ではどうして、僕はここに呼び出されたんですか?」
「それはもちろん、イオナさんのデュエマの腕前を期待してのことです」
「え、ここでもデュエマやるの?」
まず、この世界にもデュエマがあることが驚きだった。、実はさっきの市場には、カードショップとかもあったのかもしれない。
そして、その腕を買われて異世界に召喚された、というのもよくわからない話だ。ここではデュエマは国家事業なのだろうか?
イオナは少し冷静になる。確かに自分が一番期待されることと言えば、客観的に見てもデュエマ以外にありえないだろう。
もっとも、背景的な話は依然として不明ではあるのだが。
「……ちなみに、どうしてデュエマができる人を集めているんです?」
「『集めている』というとやや語弊がありますが、結論から申し述べますと、火之国ではこれまであらゆる争いごとを全てデュエマによって解決しております」
「え?」
それは確かに国家事業かもしれない。
「えーっと、つまりデュエマの勝敗で国の行く末が決まるってこと?」
「そうなります。そしてイオナ様には、この後に行われる烈の国との代表戦に出場して欲しいのです」
「え、いきなり?」
「本当は私が出場したいところだったのですが、『主は代表戦に出られない』という仕来りがありまして……」
困った話である。
正直「オリンピック選手として出て欲しい」くらいの温度感だと思っていた。いや、それでも大事なのだが。
どちらかというと「政治家になって、国をあるべき方向へ導いて欲しいのです」くらいのことを言われている気がする。
そしてその代表戦というのは、地域同士の争いということになるわけだろう。これはつまり、誰かの生活がかかっていると言っても過言ではない。自分の勝敗如何で国の行く末も人の人生も変わるということになのだ。
知らない者同士の争いに巻き込まれて、恨みを買うのは避けたい。
「深刻に考えなくても構いませんよ? 他の地域の皆さんは代表戦をお祭りだと思っている節もありますし。まぁ、こちらとしては勝っていただかなくていけないのですが」
「いやいや、でも――」
「そしてこれは、申し上げにくいことなのですが」
イオナの困惑を余所に、コウは言葉を重ねた。
「仮にイオナさんはこの話を断ったとして、宮殿を出た後に、帰る家などはおありなのでしょうか?」
「…………」
「そして食事にありつくことは可能なのでしょうか?」
そうきたか。酷い話である。
「……つまり言う通りにデュエマをすれば、衣食住は保証する、と」
「そうなります」
つまり、結局こうなった以上は指示に従わなきゃ生きてはいけない、ということなのだろう。
いつもなら困った時に助けてくれるマナの姿も見えないし、どうも今回ばかりはひとまず生きることを優先した方がいいかもしれない。
「……一旦、お世話になります」
「ありがとうございます」
轟コウが狐のお面の下でどんな顔をしているのか、イオナには想像もつかなかった。
†
試合当日――
イオナはデッキを用意して対戦会場にいた。
場所は、例の宮殿にある広場だった。両地域の恐らくそれなりに偉いんだろうなぁという方々も対戦を見守っているが、雰囲気は朗らかだった。本当に、お祭り気分なのかもしれない。
いやいや、この一戦ってそんなに軽いの? とは思うのだが、この国の人たちがそれなら、それでいいのだろう。
今回の相手は、烈の地域だった。
そしてどちらかと言えば、烈の地域の人は何故か既に勝利ムードであった。
というのも、これにはそれなりに理由がある。
イオナはあの後、コウから新たに2つの情報が与えられていた。
まず1つは、どうもこの世界では生まれもった切り札を与えられており、それがスキルと呼ばれていること。
プレイヤーは、そのスキルとなっているカードを使ってデッキを組み、対戦することとなる。
スキルを見ろ、などと言われてもイオナは当然ながら何もわからない。
ただこの世界に飛ばされて気付いた時から、手に持っているカードはあった。
それが《二刀龍覇 グレンモルト 「王」》だった。
「モルト王ですか……」
コウはあまり好意的な反応を示さなかった。
いや、いいカードだと思うんですけど、とイオナは返した。実際、イオナは過去にモルト王を使って大会に出ていたこともある。
だがモルト王をそこまで歓迎しない理由は、確かにあった。
「この火之国で行われるデュエマは、全て火文明のカードでなくてはなりません」
「え、じゃあ《フェアリーの火の子祭》とかも使えない?」
「はい。多色も無理です」
・火文明単色のカードしか使えない。
確かにそれだと、モルト王は構築を大きく制限される。
ただイオナとしては、もう一つの懸念があり、恐らくそっちの方が問題となる。
「……もしかして、相手のデッキは速攻ばかりだったりします?????」
「そういうことです。例えば、烈の地域の代表が使うカードはこれです」
コウは1枚のカードを提示する。
それは、《音速 ガトリング》だった。
というわけで、イオナはモルト王でガトリングに挑む格好となった。下馬評的には、ガトリングが有利といった具合らしい。
「モルト王で勝てると思っている? ガトリングに?」
対戦相手の烈の代表も、そんなことを言っている。
ただイオナは、周囲の不安をよそにかなり冷静だった。
「まぁ、いけるんじゃないですかね」
先攻をとったイオナは最初の2ターンを悠々とチャージエンド。
烈の代表が《斬斬人形コダマンマ GS》+《デュアルショック・ドラゴン》の通称「コダマショック」を決めたことで、会場は流石にざわついていたが、それでもイオナは動じない。
3ターン目、イオナは《ネクスト・チャージャー》で手札を入れ替えながらマナを伸ばす。
対して、《鬼切丸》からの《音速 ガトリング》を侵略。後手とはいえ、ガトリング最高の動きだ。トリガーはなく、あっという間にイオナのシールドは0枚となる。
イオナは淡々と《天守閣 龍王武陣》を唱えると、《龍世界 ドラゴ大王》を手に加えつつ《デュアルショック・ドラゴン》を除去だけしてターンを終了した。
「なるほど、革命0トリガーか」
「まぁ、そういうことですね」
赤い防御札としてお馴染みの《ボルシャック・ドギラゴン》と《革命の鉄拳》。特に《終末の時計 ザ・クロック》や《閃光の守護者ホーリー》といったトリガーの存在しない戦いでは、かなり価値も高いのだろう。
相手も、少ない打点で決めにいくと革命0トリガーでカウンターされると思ったようだ。盤面に打点を並べてターンをエンドした。
「じゃあ、それなら」
そう言って、イオナは《ボルシャック・スーパーヒーロー》を召喚した。ガトリング側の小型クリーチャーが飛ばされていく。
相手は苦い顔をした。会場の雰囲気も怪しくなってきた。
ターンを返すと、《怒英雄 ガイムソウ》がある。ガイムソウ+キングは、ドラゴン・サーガからの鉄板コンビ。ガトリング側もここで決めなくてはいけない。
だが、ダイレクトアタックには当然の《ボルシャック・ドギラゴン》。《革命の鉄拳》のオマケ付き。
向こうは《ボルシャック・ドギラゴン》の外しくらいしか祈ることがなくなったが、その祈りは届くことなくきっちりクリーチャーがめくれてゲームセット。
会場は騒然としていたが、やがて轟の人々は歓声を挙げていた。
†
イオナは再び、宮殿の主の部屋に呼ばれていた。
どうやら、今回の試合と今後について話があるとのことだった。
およそ、想定していた試合にはなった。正直《天守閣 龍王武陣》で2枚目の《ボルシャック・ドギラゴン》が見えなかった時は内心ヒヤッとしたが、《革命の鉄拳》があったから結果はよっぽど変わらなかっただろう。
やがて、主の足音が聞こえてきた。
「さすがに轟の英雄に、このお面を着けているのは失礼ですね」
そう言って、コウは狐のお面を外した。
そして次の瞬間、イオナは固まってしまった。
「えっ、クルミ先輩……?」
二度と会うことのない、会うことは叶うまいと思っていた顔が、そこにはあった。
(次回、9-2 火之国デュエマ 中 に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。
『異世界転生宣言 デュエル・マスターズ「覇」』バックナンバーはこちら!!