By 神結
異世界に、来ている。
異世界と言っても中世ヨーロッパのような世界観でもないし、剣も魔法もファンタジーもない。僕が今いる異世界はどうみても現代日本だし、僕の知っている元の世界とは”たった一つの事象を除いて”同じ世界なのだ。
ちなみに異世界に転生させられてしまうのは、これが初めてではない。なんならこれが何度目の異世界転生なのか、もはやわからなくなってきている。いや、さすがにそれは嘘か。たぶん両手の指では足りてる……と思う。
というわけでn度目の異世界へとやってきてしまった僕は、普通に寝て普通に食事をしてそして今日も元気にカードショップにいるわけだ。
さて、そろそろ自己紹介をしておこうと思う。
僕の名前は森燃(もりもえ)イオナ。趣味はデュエル・マスターズ。今日もいつも通りCS(チャンピオンシップの略称。競技性の高いイベントのこと)参加のために、休日返上(?)でショップにやってきた。
「マッチングを発表しましたので、選手の方は席に着いてください」
大会もちょうど始まるところだった。
僕は発表された席を向かうと、対戦相手を待った。程なくして恐らく学生であろう、同世代くらいの人が対面の席に座った。名前の確認をし、よろしくお願いしますと声を掛ける。お相手も、挨拶を返してくれた。挨拶はゲームの基本なのだ。
大会主催者がルール説明や諸注意を行っている間、デッキのカットを行い試合の準備をする。
だが、手札は5枚用意するが本来あるべきシールドは展開しない。
何故ならば、“このデュエマにシールドはない”。あるのは山札と手札のみ、だ。
……先ほど、『”たった一つの事象を除いて”同じ世界』と言ったのを覚えているだろうか?
ではここで、その”たった一つ違う事象”について説明しよう。
「それでは、デュエマ、スタート!」
「よろしくお願いします」
相手は先攻で場に出したのは……なんと《偽りの王 ヴィルヘルム》!
もし僕が”普通に”デュエマをしていたのなら泡を吹いて倒れるところなのだったが、安心して欲しい。別にこのカードにマナ破壊効果もクリーチャー破壊効果もない。
このカードの注目すべき点は9というマナコストだけでいいのだ。
何故ならこのデュエマは、「マナコストの合計値が100になったら負け」というゲームだからだ。
1.お互いに40枚のデッキを用意する
2.じゃんけんで先手後手を決め、互いに5枚の手札を持ってスタート。
3.毎ターンカードを1枚引き、先手からバトルゾーンにカードを1枚出す。
4.互いにバトルゾーンに出していったカードのコストが合計100になった方が負け
†
僕も最初はびっくりした。
見知ったカードを使って、全く違う遊びをしているのだ。
それは、どこの世界に行ってもそうだった。
何度トラックに跳ねられて異世界転生を繰り返しても見知った土地に出会うし、デュエマにも出会うのだが、なぜか毎回毎回ルールが違う。知らないデュエル・マスターズに出会うのだ。
例えばある時はコスト1のカードでしかデュエマをしない世界だったし、またある時はデュエマを題材にしたラップバトルで勝敗を付ける世界だった。
奇妙な話である。
そして今回たどり着いた異世界で遊ばれていたルールは、「コスト100デュエマ」というものだった。
ルールは至ってシンプルで、40枚のデッキを用意して手札から互いにカードをプレイしていき、マナコストの合計が100に達したら負け、というもの。
いかに99を作るかというゲームでもあるし、一方で98とか97であっても、相手のデッキによっては詰みの状況を作ることができる。デッキ構築や相手のデッキとの読み合いも含めて、やってみると結構奥深いルールなのだ。
ちなみに余談だが、《伝説の禁断 ドキンダムX》のようなコスト99のカードや逆にコスト0の《Black Lotus》は軒並みプレ殿らしい。それはそうだ。
さて、相手の初手は《偽りの王 ヴィルヘルム》ということで、イメージ的には「5Cキューブ」とか「モルト王」のようなビッグマナモチーフの可能性がある。
この手のデッキの特徴は動きが3→5→7であることが多いので、奇数が多いということだ。
一方で、相手が「数字だけを意識して、デッキの中身に特に統一感を持たせない派閥」の場合、初手の情報は特に参考にならない。ただただ引いたカードの中から、数字が大き目のカードをチョイスしただけなのだろう。
序盤は特に数字を意識する必要はないが、相手が何を使ったかは覚えておきたい。
こちらの使用カードは《アイアン・マンハッタン》。合計コストはこれで18だ。
序盤に高コストを、終盤に低コストをといったカードの使い方は僕のよく知るデュエマとは全く違ったもので、これはこれで新鮮さがある。
さて、次の相手側の行動は、《百万超邪 クロスファイア》。コストは7。
これで相手のデッキ構築が「5Cキューブ」でもなければ「モルト王」でもないことがわかる。
これはいま流行中の「ランダム構成」デッキだ。
†
このゲームでは、一度大きなシンギュラリティが起きているんですよ、と大地マナ(という日頃お世話になっているプレイヤー)から教えてもらった。
シンギュラリティというのは、日本語に直すなら技術的特異点ということになるが、要するに「ゲームの中でめっちゃ革新的なことが起こった時」という風に解釈してもらえればいいと思う。
彼女曰く、元々このコスト100デュエマは既存のアーキタイプをそのまま使いまわす人が多かったとのことだ。つまり、「5Cキューブ」を使って参加したり「赤単レッドゾーン」を使って参加したり、ということだ。
そういったデッキを使ってくる場合、相手のデッキの構成は特定しやすい。例えば前者であれば先に言ったように奇数コストのカードが多かったりするし、後者であればコスト4や6に偏っていたり、といった特徴がある。コスト100デュエマデッキTierランキング、なんかもあったそうだ。
が、そこにシンギュラリティが起こった。
何処かの誰かが「デッキの40枚をめちゃくちゃな構成にして、デッキの内容について相手と読み合いをしない」というデッキを持ち込んだのだ。
転生してきた自分からすれば「それはそうもなるだろ」って感じもするのだが、当のプレイヤー達にとっては結構盲点だったらしい。前提や常識に違いがある以上、そういうこともある。
実際のところ、最初にこれを採用した彼はCSなどで大活躍し、このランダムチックな構築は瞬く間に広がっていったという。
いまでは、既存のアーキタイプを持ち込むプレイヤーと、ランダムチックな構成を持ち込むプレイヤーがちょうど半々くらいとのことだ。
さて、ゲームの手番が進んでいく。
相手がランダムチックにカードを提示するのに対して、僕は《アイアン・マンハッタン》、《ジョット・ガン・ジョラゴン》、《ジョギラゴン&ジョニー ~Jの旅路~》などなど……。
僕のデッキはジョーカーズを使った「ジョラゴンジョーカーズ」だ。それをちょっとばかりアレンジしている。
相手もそれを意識しているようで、こちらの使用したカードを確認しているし、「ジョラゴンだから……」といったような独り言も聞こえてくる。
鉄則的な話をするならば、「ジョラゴンジョーカーズ」は2357辺りの数字が厚く、逆に46辺りはやや薄め。10以上のカードは、基本的には入らない。ちなみに《ジョラゴン・ビッグ100》とかいうこのルールにぴったりっぽいカードもこの世にはあるが、僕は採用していない。
デッキをランダムチックにする場合、こうした構築の読みが少なくなる分”頓死”筋が増えるし、逆に構築がある程度わかられる場合は、敢えて相手の読みの裏をかくという勝ち筋もある。
ただ、上手いプレイヤーであればあるほど「読み」と「ケア」を同時に行うため、そうそう簡単に裏をかいて勝つのは相当難しい。
現状、数字は85まで来ている。ここで相手がターンを持っている。
コスト14を持たれていると負けではあるのだが、だいぶ前に《夢の変形 デュエランド》を使用しているので、その線は薄いと見ている。いくらランダムといえど、特定のコストを偏らせて採用したりはしないからだ。それをしてしまうと、その構築の意味がない。
そして逆に中途半端に13コスト――例えば《インビンシブル・テクノロジー》なんかを使ってしまうと、こちらの《ジョジョジョ・ジョーカーズ》によってゲームセット、なんてパターンも考えているだろう。
ジョーカーズの軽量コストの豊富さを考えると、ここで大型カードは投げづらい。
逆に言えば高コストの少ないジョーカーズに対しては、ある程度この場面では低コスト帯のカードを使うことが安定する、ということになる。
特にコスト5未満のカードであれば……比較的安全。そう考えてもおかしくない筈だ。
「《フェアリー・ミラクル》を使います」
やはり、14は持っていなかったようだ。そして、低コストカードの提示もしてくる。
まあ、正しいプレイに見える。
「了解です。これで88ですね」
「はい。ターン終了です」
本来ならば、「ジョラゴンジョーカーズ」だとこれは結構キツい状況だ。相手の手札とのお祈りの時間が始まる。相手の持っている手札次第で、もう負けるからだ。
しかし、先にも言ったが……僕の「ジョラゴンジョーカーズ」はちょっとばかりアレンジしている。
そしてこの手のアレンジは、強豪プレイヤーであっても結構引っ掛かってくれる。
このゲーム、僕の勝ちだ。デュエル・マスターズの女神が、僕の勝ちを望んでいる。
「ではこちらのターンですね」
僕は一枚のカードを提示した。
「コスト11。《サイバー・J・イレブン》」
「えっ?」
「合計99です」
既存のデッキタイプに限りなく擬態し、そういうデッキと思わせたところで決定機でランダムなカードを投げる……言うならば、ハイブリッド構築。
そう、僕の「ジョラゴンジョーカーズ」には数枚だけランダムチックなカードを採用しているのだ。特にジョーカーズであれば高コストが薄いため、そこに見事に引っ掛かりやすい。
そしてコストが99に達したということは……。
「参りました、やられましたね」
今回見事にそれを機能させて、理想的な勝ち方をしたというわけだ。
This is デュエル・マスターズ。最高のゲームだ。
†
「以上で大会を終了します。本日の優勝はイオナ選手です。おめでとうございます」
というわけで、その後も順調に勝ち進み優勝を成し遂げた。
「もしかして二度目のシンギュラリティが来ました?」
試合を見ていたのだろう、大地マナはそんなことを言っていた。彼女の紹介は遅れてしまったが、デュエマを含めて何かとお世話になっている。
「いや、流石に? でもまあ今回は上手くいったと思う」
「この調子で勝っていけば全国も届きそうなので、引き続き頑張っていきましょ」
全国、大会。やはりいい響きだ。
……どういうわけか、どの異世界に飛ばされても僕はCS優勝を目指してしまうし、全国大会も目指してしまう。
まるでそうあれと呪われているかのようだが、僕としては結局デュエマができればなんでもいいと思ってしまうのだ。
それは最初の異世界転生のときから、そうだった気がする。
そう、あれは確か、僕が元々いた世界で全国大会の出場権を争っていたとき、全てが始まって――
(次回1-1に続く)
神結(かみゆい)
Twitter:@kamiyuilemonフリーライター。デュエル・マスターズのカバレージや環境分析記事、ネタ記事など幅広いジャンルで活躍するオールラウンダー。ちなみに異世界転生の経験はない。